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【稀有な日本国家の新開地・北海道経営の成功】

さて昨日書いたブログ記事で開拓初期札幌での 「御用火事」と、その理由になった「草小屋」について。 札幌市公文書館に所蔵された歴史学者とおぼしき方の講演記録で 話が及んでいて、その説明写真を詳細に観察して 「これが草小屋」 […]

【明治4-5年札幌 「草小屋」住宅と家作料補助】

本日はふたたび「北海道戸建て住宅事始め」テーマ復帰であります。 明治初年ですがまだ150年程度なので、先人の残された資料も多いし、 なんといっても「写真記録」までもあるので、実相にも迫れる。 先日、この明治4年時期、2代 […]

【9.26-27新住協総会 in 仙台に参加】

26-27日と仙台で開催された新住協全国総会に参加。 北海道内では顕著なのですが、基本的には高断熱高気密住宅運動は いま、世代交代期に差し掛かってきて、 どのようにその運動を根付かせて日本の住宅建築風土、構造の中に 定着 […]

【先住アイヌ社会も協力した札幌都市建設】

昨日書いた記事の参考資料として札幌公文書館所蔵のデータに 「琴似又市」というアイヌの「乙名」のことが書かれていた。 開拓のとき、明治天皇の詔勅を背中にくくりつけたまま、 明治2年に海を渡ってきた判官・島義勇は、いったん「 […]

【官府札幌始原期の判官命令「御用放火」】

さて、北海道の住宅史を歴史に沿って見始めております。 北海道での住宅の流れ、実像を掘り起こしてみたい。 アイヌ地名起源である琴似に屯田兵屋が建てられた 北海道での官制公営始原住宅は明治7−8年のことですが、 それに先だっ […]

【寒冷地の人口定着 「住」が北海道最大テーマへ】

きのうまでは明治初年、屯田兵の住宅を検証してみた。 やはり公営住宅としての機能性格が似通っていた江戸末期の 下級武家の公営住宅がその原型だったことが浮かび上がってきた。 江戸末期の八王子千人同心組頭の家と琴似・屯田兵屋と […]

【明治初年・屯田兵屋「住みごこち」と設計者】

きのうの続きです。琴似屯田兵屋の「設計者」は以下だという。 村橋久成(1842年〜1892年)幕末薩摩藩士、開拓使官吏。英国留学経験あり。 事跡からは特段「建築を学んだ」形跡は見られず、薩摩軍人として 明治戊辰の箱館戦争 […]

【江戸由来の武家規格住宅 札幌・屯田兵屋】

さてきのうは江戸期の中級武家住宅、八王子千人同心組頭の家を 記事構成しましたが、ひるがえって北海道での特異な戸建て住宅、 札幌市西区・琴似の屯田兵屋について考えてみたいと思います。 わたしどもの事務所は、この屯田兵屋(跡 […]

【現代住宅のルーツ? 「江戸期中級武家」屋敷】

写真は江戸東京たてもの園の「八王子千人同心組頭の家」。 秋田の設計者・西方里見さんから、よく 「現代住宅のモデルは江戸期の中級武家住宅」と言われる。 氏と本格的にこのあたりの「どうしてなの?」というところは ヒアリングは […]

【フェイクも多い中国正史 「明史」日本伝】

魏志倭人伝というのはナゾ多き古代史の白眉。 邪馬台国、卑弥呼というフレーズに日本人は揮発性が高い(笑)。 わたしは本格的国土になって150年の北海道ネイティブでもあり やや引き気味。ただナゾといわれると野次馬的興味は高ま […]