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【DNA的出会い・兵庫福崎「三木家住宅」取材】




新型コロナ禍で生活している地域から他地域への移動行動がしにくい。
一時的な移動は別にして、広域への「取材紀行」が難しくなっている。
わたしの場合、仕事で各地域を訪れそこで地域を深く知るために
その地域の「古民家」を取材行脚するのが、ライフワークになっていた。
それがすっかりこの半年以上、叶わなくなってしまっていることに気付く。
写真を整理整頓する習慣があったことも半ば忘却していて
2019年度途中で中断し、更新されていない。・・・。
新型コロナがまた猖獗し始めたことで、再びそういう機会は遠のいてしまった。
たまたまご先祖探索を継続している兄と久しぶりに話し
この写真の兵庫県福崎町の「三木家住宅」のことに話が及んだ。
この古民家はわたしの直系家系と400年ほど前に枝分かれした家系が
江戸期を通して住み継いできた「大庄屋住宅」。
福崎町では「兵庫県指定文化財」として保護されてきていて、
3年ほど前に「復元工事」が完成を見ていた。
その様子、写真は細部まで撮影していて記憶はすぐに再生できる住宅。
いろいろな「縁」を感じて、もう7−8回は訪問し続けている。
で、町の教育委員会がこの古民家の復元に先だって1999年に
「三木家住宅総合調査報告書」「文献民具目録」を上梓してくれていた。


この記録も日々の忙しさにかまけて、入手してから3年以上経つのに
目にすることがなかったのが、兄との久しぶりの会話機会で思い出し、
目を通し始めてみた。・・・その丹念な調査活動ぶりに驚かされ、
遠縁のひとびとの生きた「肉声」のようなものまでが胸に響き渡ってきた。
なんと、わが家家系の文書にも同名の人物が書かれていることも発見・・・。
記録に残る生存年代もほぼ同じであり、周辺的な事跡まで符合している。
本格的に調べないとイケない。ヤバい。深みにドンドンはまる。

播州と尾道周辺という、距離にして150km超の遠隔地ですが、
しかし瀬戸内海運というのは、想像以上に活発な交流圏でもあった。
同族血縁という関係性は、想像以上に強い紐帯で繋がっていたとも思える。
わたしの父親、大正から昭和を生きた世代ですら、
遠隔地の「地縁者」でも生きるための「縁」として大きなファクターだった。
どちらかといえば、商業者と思われる生き方をしてきた家系にとって
その地縁をさらに越える「同族」連帯意識は、きわめて大きかったと推測できる。
さらにことし、息子はある全国企業に入社して、なんと先祖と縁の深い
姫路市英賀保のすぐそばに住み始めている(笑)。
どうも、縁は時間をはるかに超越して巡ってくるのかも知れない。
DNA的な不思議さに驚かされているのですが、それにつけても、
新型コロナの社会「分断力」のすさまじさに深く無念を感じてなりません。・・・

【経済活動中心・東京に不安状況】

実相の定かでない不安の恐怖をまき散らす新型コロナウィルス。
ふたたび東京を起点として、日本の経済再開の足下を揺るがしている。
PCR検査の拡大に伴って、夜の街クラスター関連での感染例が不気味に上昇。
2日連続で200人超という上限張り付き傾向のアナウンス。
首都圏隣接各県などでもその影響から、漸増傾向。
危険回避という心理が強まってくるのは致し方ないところ。
また日本だけで経済回復といってもやはり世界との人的交流の制限が
本格的再開の足かせになることは避けられない。
一方北海道内の状況は、きのうの北海道新聞では要旨以下の通り。
「道と札幌市、新たに6人が感染 新型コロナ」
〜道と札幌市は10日、新型コロナウイルスの感染者を新たに6人確認したと発表した。
感染経路不明は4人。道内の感染者は計1272人(実人数)となった。
道内の日別の新規感染者が5人を上回るのは2日以来8日ぶり。
6人のうち4人は札幌市内で確認。市によると、会社役員の60代男性と非公表の1人の
感染経路が不明で、職業非公表の60代男性と60代女性は同居家族。
会社役員の男性は6月22日以降に東京滞在歴があったが、夜の接待を伴う飲食店は
利用していないという。市は「都内で感染した可能性がある」とみている。〜

こういった制約の厳しい中で、可能な活動でどこまでできるか、というのが今。
停滞状況、不安定状況は覚悟していくしかないのでしょう。
なんとも難しい局面だなぁと思わされます。
日本の地方はやはり東京との関係が最重要でまさに生殺与奪の部分。
地方だけでの経済活動には限界がある。
ちょうど世界に日本全体が制約されるのと同様に、地方は東京に制約される。
極限的な停滞を余儀なくされている旅行・宿泊関係業界への
支援策として「GoToトラベルキャンペーン」が7月22日からとアナウンス。
しかしここから2週間で状況が好転してくるきざしは感じられない。
いましばらくは、あまり打てる手はないのかも知れません。
まずは顧客先、スタッフその家族の健康最優先で企業活動はその制約範囲に。
ホント、手探りのような状況。共存共苦というスタンスで慎重対応でしょうね。

写真は円山公園の明治開拓以前からとおぼしきヤチダモの巨木。
自然のかわりなさがひととき、心の平安をもたらせてくれています。

【芽から花へ オオウバユリ劇的変化】


春から夏に季節は移ろっていくのですが、
北海道札幌では、開拓期以前のこの地の太古由来の自然輪廻が
保全されている地域が北海道神宮周辺にあります。
わたしの毎朝の散歩コースですが、
その地域に毎年顔を覗かせてくれるのが写真のオオウバユリ。
いつの頃からか、この花の成長ぶりが自然からの便りのように感じられ
日々観察し続けるのが、無上の楽しみになっております。
「きょうはどんなふうに変化〜へんげ〜するのか?」と
ワクワクしながら、その姿を固唾をのんでウォッチし続けている。
きのう、そのオオウバユリのいのちにわかりやすい「転機」がきた。
上の写真のように、花芽が大きく分枝して、まるで「花開く」瞬間。
その下の写真のように、たわわに膨らんだ花芽の各部位が
それぞれに分かれて、ひとつの花になっていく瞬間であります。
このひとつひとつの「枝分かれ」の先端部分が花として開いていく。
いかにも「ゆり」としての繊細な開花を迎えるのですね。
しかし、一個のいのちとしては、この分枝する瞬間がもっとも、
「お、お」と見る者に訴えかけてくれる。
神々しいまでのいのちの「美」を感じさせてくれるのです。

上の写真のような個体は、昨日朝時点ではまだ群落のなかで1−2個。
オオウバユリの姉妹群のなかでもいちばん「お姉さん」ということでしょうか?
たわわな花芽の房が、どっと崩れていく様は、まことに圧巻。
この地の自然環境がみせる初源的な大地のエロスとも思える。
この地に移住してきた南方からの和人にとっては、
たぶんごく一部の人間にしか、この花の美は知られていなかった。
この花の根茎部分に堆積するデンプン質が、
先住のアイヌにとっては、貴重な栄養補給源であったことも、
あまり知識はなかったことでしょう。
開拓から150年以上の年月が経過しているけれど、
和人たちの社会は、このデンプン質栄養源にはそれほど固執をみせていない。
植物のDNA徹底的利用民族文化を持っているのに、
このオオウバユリにそれほどの執着心を持たなかったことには、
米作への民族的な深い執着が最優先されたことがあっただろうし、
また、北米の「お雇い」開拓技官たちが、このような背景自然環境を愛し、
原始のままに環境保全すべきと開拓使に建言して採用されたことが
非常に大きかったのかも知れない。
いまとなってはわからないけれど、このような一個の尊厳ある
いのちのいとなみを現代に生きるわたしたちも感受することが出来ることは、
先人たちからの大きなプレゼントだとも思われます。

一期一会のいのちのいとなみとの出会い。
この種のよろこびはまことに得がたい「法悦」だと思います。

【まだら模様の「住宅世論」再起動】

写真はきのう開催の「アース21」雑誌委員会Zoom会議の様子。
(メンバーの方が上げてくれた写真に若干画像修正)
年に1度発行する北海道の地域工務店グループによる出版です。
これまではリアルに会場設定して集まって話し合ってきた。
それがこのようなカタチでの今年度キックオフであります。
途中、ひとりのメンバーの方の「集音マイク」環境が悪くて
パソコンからスマホに切り替えたりして時間ロスもあったけれど、
それはリアルの会議でも「話が脱線する」ことはままあるので(笑)
まぁご愛敬。逆に多数の「ああすれば、こうすれば」のアドバイスが飛び交って
そういうプロセスは笑える「息抜き」にもなってオカシイ。
環境引っ越し後、きれいな音声が聞こえて「よかった」の声多数。
で、こうして建築会社さんのさまざまな「意見」に接すると、
それは日々接している「住宅ユーザー」の声が反映されたモノでもあるので、
住宅についていま人々がとらえている「世論のありか」が表出する。
いろいろな意見交換で「落としどころ」が見えていくので
しばらくこういった環境がなかったことを考えると、意義深い。

折から、北海道建設部の「住宅施策会議」のリアル会議日程も確定。
こちらも昨年末からですのでタイムラグは半年以上。
途中ではメール返信などでの「意見交換」もあったけれど、
ようやくにして、住宅世論の再構築が図られることになった次第。
住宅は人間が生きている直接的な環境であり、
それへのなまなましい「感受性」の把握、協議には
いま現在の人間の暮らし方状況全てが反映するのだと思われます。

一方で、仙台に置かれている「新住協本部」からは、
今年度9月末予定だった「総会・研修会・基調講演・懇親会」などの
予定会場であった群馬県高崎市内の施設から、総勢300人以上ということで
新型コロナ禍から「お断り」の連絡を受けて、やむなく規模縮小の通知。
一般社団法人としての「総会」だけを仙台で行い、
それへの参加も少人数で行いたい旨の書面通知が寄せられました。
全国各地で「高断熱高気密」住宅に取り組んでいるみなさんとの意見交換は
貴重な「情報交換」機会だったわけですが、
これは規模が大きすぎて、いまの状況の中ではやむを得ないかと。
やはり「社会復元」には、行きつ戻りつのようなジグザグがつきもの。
しばらくはやむなくこのような展開が進行していくと思われます。
可能なことから「積み重ねて」いくしか、当面は仕方がないでしょうね。

【検索ランク急上昇「浸水被害住宅の復旧」情報】

昨日北海道の住宅建築研究機関「北総研」の方から情報提供。
「平成28年の南富良野の洪水被害でつくったもの。
被害の事実を写真で見せるコンセプト。公表してから4年経過。
ここ数日、yahoo、googleの検索上位にランキングに復活している状況をみて、
HPのお知らせ欄でみえるようにいたしました。」というご案内。
北海道はいまのところ、今回の「豪雨」被害は大きくは出ていませんが、
日本全体としては九州地域をはじめ各地で悲惨な状況が伝えられています。
そういうことなので「情報の杖」としてシェアしたいと思います。
浸水被害を受けた住宅の復旧における注意事項
以下「はじめに」として記述があります。(要旨)
「水害からの復旧、復興の一助とするため、平成28年8〜9月にかけての
大雨災害による被害について、南富良野町を対象に調査を実施しました。
積雪寒冷地である北海道では、断熱・気密化した住宅が広く普及していますが、
こうした住宅は浸水被害を受けると排水されにくい(乾燥しにくい)という特徴も
併せ持っています。浸水した部分に水分や汚泥が長時間留まることで、
凍結による水道管の破損や断熱材の性能低下、腐朽による柱・はり等の
耐久性・強度の低下、汚泥に含まれる雑菌やカビ等の発生による健康被害などに
つながりやすく、早期の対策が重要です。」
・・・ということから、浸水被害を受けた住宅の注意ポイントがまとめられています。
九州地域でも先進的なビルダーは高断熱高気密住宅を推進し強く支持されている。
ひとつのガイドラインとして、あるいは万が一のための「情報の備え」として
一般のみなさん、住宅関係者のみなさんに活用されればと思います。
なお、弊社「ReplanWEBマガジン」でも北総研に取材した災害対応記事を
アップしておりますので、あわせてご覧いただければと思います。
https://www.replan.ne.jp/articles/6489/

北海道では新型コロナ禍感染者状況に小康がみられ、
ようやく住宅関係でも各種の情報交流の動きが徐々に起動しつつあります。
北海道の住宅施策についての諮問会議なども日程が提示されてきています。
会議に向けてのテーマ整理なども行われてきて
先般書いたような「常識・世論」を盛り上げていく場が確保されていくと思います。
通常の世界、常識豊かな「判断力」が涵養されていくことはきわめて貴重。
人間同士の「分断・断片化」というのがこのコロナウィルスの最大の悪業。
ソーシャルディスタンスなどに十分留意しながら、
よりよい「住環境」を人間社会として再構築していくためにも、
この新型コロナ禍をも乗り越えていきたいものだと考えます。
災害はやむことなく人間社会を繰り返し襲ってきますが、
それとの戦い方を整備し、知恵をもって克服していけるのも人間社会。
洪水や疫病、その複合といった危機が今回襲ってきていますが、
衆知を集めていきたいと強く思わされますね。

【多事多忙につきオシドリ親子観察】

九州・熊本県などで大規模な洪水が発生しています。
被害の甚大さが刻々と報道されていますが、まことに胸が痛みます。
新型コロナ禍のなかでの大規模水害。まさに起きて欲しくないことが続く。
民主党政権時にダム計画を中止して「ダムなし治水」を続けてきて
それが大きく破綻してきているのではないかと。
知事さんが無念のコトバを述べられていたけれど・・・。
治山治水は政〜まつりごと〜の基本中の基本。
災いを転機として、どうすればいいか、衆知を集めるべきでしょうね。
一方、中国では三峡ダムに「決壊」懸念までが高まっているという。
こちらのニュースでは中国政権に対して批判的と思われるWEB記事に
アクセスしようとしたら複数回アクセス不可アラートが出現していた。
「あなたはクジに当たりました、おめでとう」みたいな不可解なページアクション。
で、そのページは404とかのエラーアラートで読むことが出来なかった。
香港のこともあり、たまたまであるのか人為的なのか、不気味。・・・
北海道もここのところは良い天気でしたが、梅雨前線北上とのこと。
きょうからは悪天候が予想されています。用心肝要。
梅雨まっ盛りの多雨、まだまだ警戒必須なようです。

仕事の方でも週の初めで、たくさんの案件が一気に集中して
判断し対応すべきことが多くまことに多事多忙。
それに加えての東京の新型コロナ禍の不気味な増加傾向で
ビジネス上の往来がふたたび懸念されるような状況。
ビジネスは活発化しようとしているけれど、気が気でない状況が微妙。
ことしは本当に大乱の年のようですね。
・・・ということで、朝の散歩ではこころを静めたい。
写真は散歩道途中のメム(アイヌ語の池)脇に陣取っているオシドリ親子。
多くの人が行き交う水辺で、こんなふうに寄り添っている。
もうちょっと安全な場所があるのではないかと思うのですが、
たくさんのひとが手を伸ばせば手に取れるような場所に無防備に
その「家族団欒」ぶりをさらけだしてくれている。
まぁかれらオシドリにしてみると、札幌のこの周辺の人間たちは
「人畜無害」と認定しているのかも知れないけれど、
それはそれで「野生」の衰微ととれなくもなく、心配にはなる。
自然にはやはり自然にふさわしい「リズム・鼓動」があるのではと思う。

しかしいっとき、多事多忙を忘れさせてくれる清涼剤。
周辺ではまだ鄙が小さく幼い一家も複数巣ごもりしている。
やがてこどもが巣立つまで、こうした光景がみられるのでしょう。
せめてあたたかく見守ってあげたいところであります。

【木の外壁の黒変と「出窓」志向】

住宅団体などの集まりが新型コロナ対策から開催されなくなっている。
代替的に「Zoom会議」が散発的には開かれているけれど、
ではそれが「世論」形成に至るかというと、それは難しい。
あくまでも「会議」であって、フランクな「交流」で自然に形成される
多数人による「常識形成」機会とは似て非なるものと言わざるを得ない。
新型コロナの最大の災禍は「社会の分断・断片化」だと思う。
多くの他者との自然な交流で形成される集団知による「常識的見方」の価値に
わたし的にようやく気付くようになってきた。

北総研がこの新型コロナの時期に発表した「木外壁での防火認定取得」という
ある種の「インパクト」がどの程度の浸透を見せるのか、
このことの「建築業界的」意味合いについて、それを検証する
常識的な「世論の場」が持たれないということはたいへん悲しい。
ふつうであれば、いろいろな「建築常識涵養の場」において検証され
次には「課題・問題点」が指摘されて、改良改善が施されて
その技術進化発展がさまざまに波紋を描いていく、というのが流れだと思う。
・・・と言っていても始まらないので、
わたし的にこの変化の次の段階として、木の外壁というものが
今後の住宅市場にどのような変化の可能性を持っているのか、
地道にたどってみたいと思っております。
写真は北海道札幌でそこそこ見かける「木外壁住宅」の経年変化の様子。
「北海道開拓の村」にはこういった住宅群が多数保存されていますが、
注意していると、札幌市中心部縁辺の古くからの「住宅地域」では、
このような木造住宅がいまでも散見されるのです。
わたし的には幼少期に見ていた「札幌の街・家」の基本的なイメージです。
家の外壁は黒くなっていくのが当たり前であって、
そこに冬になれば雪が降って白と黒のコントラストが形成された。
それは「街並み」の基本風景であり、心情に刷り込まれてきている。
この自然素材である木の経年的変化、黒変に対してイマドキのユーザーは
いったいどのような「反応」を見せるのかに強い興味を持っている。
住宅雑誌を発行するようになって、建築家の倉本龍彦さんや宮島豊さんなど
このようなイメージを共有する感受性に出会って安心感も持てたけれど、
しかし多数派というのはどのように反応するものであるか、まだ不明。
圧倒的な常識派は、そういう感性レベルではなく「防火」という実利に従順だった。
コスト面でほとんど差がない選択として提示される、
木の外壁と工業製品サイディングとの単純な「比較検討」に際して
若いユーザー層は、いったいどのような反応を見せるのか。
たしかに保護皮膜の塗装費用付加があり得るけれど、それは「風合い」との
見合いとも考えられる。ただ残されている木造住宅では
時計台などの象徴的木造を除いて、実用建築では塗装はあまり見られない。
手間とコストを考え合わせると、あっさりパスされたものか?
さらに作り手たちはどのように選択基準を提供するのか、興味深いのであります。

ということですが、写真はその木の外壁の経年変化ぶりと
それとのコントラストのように「出窓化」された開口部デザインの様子です。
出窓という建築手法は北海道で多用されたと思うのですが、
住宅技術研究の事跡を探っても、あまり論及は見られない。
辛うじて北大の絵内先生も関与された論文を発見しましたが、
出窓の発展形態としての「サンルーム」の研究。一部で出窓にも論及がある。
〜日本建築学会技術報告集 第23号  2005年6月
北海道における住宅用ガラス被覆付設空間に関する調査
ー濃霧発生地域におけるサンルーム付き住宅の有効性について
佐藤彰治 絵内正道〜
出窓とサンルームでは、どうも似て非なるとも思えるのですが、さて。・・・
サンルームもまた北海道では自然発生的に多くの事例があった。
わたしの親も自宅建築で迷わず造作したのですが、あまり研究はされていない。
寒冷気候と「出窓・サンルーム」との相関関係については確かに断熱気密のように
性能技術的に根源的とは言えなかったので衰退したであろうことはわかる。
しかし高断熱高気密以前の木造建築で、写真のような試みも
多くのユーザー志向として存在したことも事実だと思われる。その動機について
もうちょっとスポットを当てるべきではないかと気になります。
これらはむしろ開口部の重厚化、ガラスの複層化の端緒とも思えるか。ふ〜む。

【Go Toトラベルキャンペーンは成功するか?】

新型コロナによる経済停滞が広く深く波及している。
そのなかでも最たるものは旅行業関連であることはあきらか。
北海道でも街中で中国語を聞くことがなくなったし、
わたしがよく行く「札幌中央市場」でも、観光客向けの店舗も
まったく手持ち無沙汰の様子が見て取れる。
知人の旅行観光関連業の人には気の毒で声も掛けにくい。
そんななかで、政府は「Go Toトラベルキャンペーン」を8月から始めるという。
細目はまだ明確にはなっていないのかも知れないけれど、
「旅行代理店」経由のパッケージツアーに対して最大半額補助という
アナウンスが流れてきている。
観光関連業の比率の高い北海道などでも期待が高いとされている。

さてどうなるか、といった胸突き八丁の局面か。
東京の新規感染者数が連日三桁を超え始めて、さらに連動して
各地域の感染者数が上昇傾向を見せ始めている。
当面は国内旅行の促進ということがキャンペーンの主目的だろうけれど、
その場合、もっとも所得の高い東京・首都圏地域から各地域へという
「人の流れ」がもっとも自然なカタチと想像される。
いま現在の東京突出状況を考えると、なかなか難しい局面。
非常事態宣言解除後の漸増傾向をみていると、
いまの状況を低減させる「打つ手」はどうもなかなかないのではないか。
行動的な若い世代の感染割合が多いと言うことは、拡散にも加速度が予想できる。
しかし、もう一度非常事態宣言ということになれば、
せっかく歩み始めた「経済正常化」の道筋がまったくみえなくなる。

北海道では、札幌で新規感染者が2日間出ていない。
だらだらと続いていた「昼カラ」関連も抑え込みができてきて、
ようやく、といったところ。
せっかく抑え込んできてこれで観光産業にも復活の可能性が、と
期待が出てきているところでの、東京中心の漸増傾向。
経済状況共々、こういう一進一退がしばらく継続していくのでしょうか。

【いのちの尊厳・・・無念の叫び】

日課になっている札幌円山自然林散歩途中の「オオウバユリ」チェック。
わたしがチェックしているのはいくつかのポイント箇所ですが、
毎日見続けることで、自然と「愛情」に似た感覚を持つ。
かれらオオウバユリはひとつの「いのち」であり、
そのいのちのいとなみを見続けていると、その必死さが自然、伝わってくる。
もちろん植物であり、動物のように切れば血が流れる、と言う存在ではない。
人類はそういった存在を「栽培」というカタチで自己都合で利用してきた。
コメという主食も自然界に存在したDNAに対して深く、長い年月関与しつづけて
人間に都合がいいように改竄して、主食にまでDNA改造してきた。
人類はそういう存在としての罪業は背負っているとは思う。
しかし、と思うような光景を見てしまった。

写真右側のあきらかな切断断面は、その上にオオウバユリの花芽があった。
左側写真のようなおおきな花芽。
見ると、散歩道に面したいくつかの個体がこのような状況に。
よく「花泥棒は捕まえるな」というコトバがある。
あまりの花の美しさに魅了された心根をおもんばかって、
その過ちを責めることをたしなめるように表現したものでしょう。
誰でも、道を歩けばその足下には無数のいのちがあり、
それを踏みしだき蹂躙して生きなければならないのが宿業なので、
なんとも言えないイヤな気分はこれを飲み込むしかない。
帰り道、北海道開拓神社に参詣していっとき祈る時間をすごす。

きのう、出産して休暇中のスタッフがその子といっしょに来てくれた。
まだ3ヶ月くらいだろうか、はかなげだけれど、
たしかな「重さ」をカラダで感じさせてもらった。
いっとき、いのちのリズムのようなものとゆらぎを共有する時間。
赤ちゃんって、神さまがこの世にカタチをもって
降り立ったようなものだと思わされる。
いのちには確かなパワーがある。
なんとなく未来はある、それは明るいに違いないと信じたくなる。
先日北海道開拓期に、伊達藩から移住してきた主従一行の苦難の道行きで
数人の赤ちゃんが生まれて、みんなが希望を持ったという消息を知った。
いのちは偉大だと深く思わされる。・・・

【印象への訴求/絵と写真のあいだ】


写真という表現方法が開発されてから長い年月が経過してきた。
1826年フランスで開発されたと言うから、200年ほど前。
写真と出会って、人類は長い間夢見てきた「画像記録」という手法を手にした。
それ以前、こうした映像記録は絵画がその役割を担っていた。
絵画と写真とは、その後、共存する時間を過ごしてきている。

わたしは住宅雑誌という表現の領域で半生を過ごしてきた。
実際の住宅を取材して、写真を指示し記録表現を継続してきた。
数多くの現場を見て、そしてたくさんの写真を収めてきている。
ライブラリーストックは、雑誌1冊あたり平均で700〜800点程度は越す。
年間でいえば1万点程度なので、総体数十万点の写真が保存され続けている。
写真にはそれぞれにコミュニケーションの記録が痕跡としてしのばれる。
そういう一点一点はやがて「あわい」印象で記憶化されていく。
そんな時間経過を経験してくると、
不思議と今度は「絵画」というものの持つ「風情」というものに心が動いていく。
さまざまな絵画が存在しているけれど、
絵画の作者の印象がそこに投影されて、そう「感じた」こととの対話がある。
その対話ということが、非常に興味深くなる。
そういえば、小学校低学年の時に、絵描きさんになるというすじみちもあった。
自分が描いた絵が、札幌と姉妹都市ポートランド(アメリカ西海岸地域)に
「日本の子どもたちが描いた絵」として選出されて送られた。
その自分が描いた絵とは、一度も再会できていない。
せめても、写真で残しておきたかった(笑)。
たしか相撲の絵を描いたのだ。コンクールの経緯からして
こういうテーマがふさわしいだろうと「打算」もあったように思う(笑)。

そんな写真と絵画の関係というのは、人類全体がここ200年程度しか
経験蓄積してきていない。まだ未分化で不明な関係段階だとも思う。
こんにちわれわれが人類史から残された絵画をみるときに、
過去において「写真」的記録性として残されたものと、完全な作品表現として
意図されたものとの境界は、あいまいなのだろうと思う。
ふと手にした画像ソフトで、写真から絵画風表現も可能とされていた。
たまたま古民家の写真を使って、その差異をまじまじと見ております。
具象である写真も、そのアングルであるとか、あるいは画像処理として
ある修正を施したりもしている。
そうした写真を、その画像処理の延長、一環として、絵画風処理が可能。
その仕方も、さまざまに加工可能。たしかに「絵」っぽくなる。
その比較が上下のふたつの「画像」であります。
人間の「印象」というものと向き合うようなプロセスだと思えてきている。
いまのところ、上の画像の方に強く惹かれる自分がいます。
写真と絵画では「人間度」が違うのかも。絵画からは物語性が漂ってきて、
この家を巡ってのいろいろな人との会話性が強まるのだろうか。
これがどういうことなのか、自分でもまったくよくわからない。・・・