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【北海道での養蚕事業と伊勢詣り 東旭川の養蚕民家-9】

養蚕というのは蚕というイキモノを相手にすることからか、 神棚は非常に印象的な場所とたたずまいを見せておりました。 その家の精神性は神棚や仏壇などに表現される場合が多い。 公開住宅では仏壇はふつうは家人とともに移転している […]

【用に忠実な超「民藝」建築 東旭川の養蚕民家-8】

北海道ではこういった生業に即した民家建築というのは 主に日本海側・西部海岸沿いの漁家建築が多数残っている。 どちらもその産業による建築への要請が色濃くあって、 いかにも「用の建築」という要素が強く感じられる。 現代の住宅 […]

【塗り壁から木壁重ね張り「付加断熱」 東旭川の養蚕民家-7】

福島から旭川へ、1905年に移住した人々の生業の痕跡探訪。 今回は「壁」工法についてのポイントであります。 上の写真3番目は故地・福島県にいま保存されている養蚕の家の様子。 木造軸組に対して、外皮は塗り壁で構成されている […]

【福島から旭川へのスタイル変化 東旭川の養蚕民家-6】

この東旭川の養蚕民家は、福島県伊達市近郊からの1905年の移住者の建築。 この北海道旭川で故郷での養蚕民家建築を移植したもの。 当然、故郷での同様建築への興味が湧くところですが、 これも匿名氏からの情報を頂きました。福島 […]

【南面2層吹き抜けの和室空間 東旭川の養蚕民家-5】

わたしの住宅探訪写真データの喪失事件で連載ブログ記事 「東旭川の養蚕民家」シリーズが中断のやむなきに至っていましたが、 そもそもこの建物を紹介していただいた匿名氏から、なんと助け船。 氏が以前にご自分で撮影された大量の写 […]

【寒冷地環境への知恵と工夫・暖房強化 東旭川の養蚕民家-4】

道北旭川の養蚕民家探訪篇、その4です。 そもそも蚕を育てるということは、室内環境にデリケートであること。 以下に蚕の生態と繭に至るプロセス。 ●蚕を育てる 卵からふ化した蚕に1ヶ月ほどエサの桑の葉を与える。この間に蚕は […]

【寄棟と半切妻「片あずま」架構と植栽 東旭川の養蚕民家-3】

北海道内で一時代を築いていたと思われる養蚕業だけれど、 その盛時を伝える遺構は非常に希少。というか、 わたしも教えていただくまでまったく知らなかった。 養蚕自体は東アジア地域全体で広く取り組まれていたけれど、 需要はヨー […]

【福島の養蚕建築技術を北海道に移植 東旭川の養蚕民家-2】

福島県大田村・現在の伊達市から1899年(明治31年)に集団移住した人々。 移住団長・菊田熊之助氏が移住の「米飯地区」に野桑が繁茂している様子を見て 団員に養蚕を奨励したとされる。 そもそもが大田村は養蚕が盛んだったとい […]

【113年前、養蚕に賭けた開拓魂 東旭川の養蚕民家-1】

1909年建設という旭川の奥、東旭川にある養蚕民家。 本州地域ではこの程度の築年の建築は多数あるけれど、 明治以降の開拓史しかない北海道では、十分に「古民家」といえる。 この建物は旭川市指定文化財となっている。 先般来、 […]

【民藝的な用の美 「赤城型」養蚕民家-1】

北海道で高断熱高気密住宅という住宅性能の革新が起こって それと同時にそこでの住宅建築がどのように「民族化」するか、 出版活動を通してわたしはその興味に引き立てられながら生きてきた。 温暖地日本から隔絶した気候条件の地域で […]