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【涼やかな空気感、佇まいを求めて】

写真は、東京国立博物館中庭の茶室と、源平合戦図の水軍船の様子。 水軍船が水上を水面と交叉しながら櫂が水と会話している。主に「水の描写」をテーマとした絵図というように感じさせられる。戦争の一場面描写だけれど、瀬戸内の水に癒 […]

【人格化されなかった神の社殿・息栖神社⑤ 東国三社探訪-25】

息栖神社の境内には「本殿」「拝殿」というような建築はない。代わりに「社殿」が中心的な建築物として建てられている。いわゆる祭神の明示がない。由緒書きには以下の記述。 〜息栖神社が最初に置かれたのは現在の日川地区と伝えられて […]

【海上交通の社、陸の景色・息栖神社④ 東国三社探訪-24】

息栖という神社名の由来についてもう少し考えて見たい。 「栖」という文字は鳥の巣、ねぐらというような意味合いの文字なのだという。そうだとするとこれは漢字的な「意味」からの命名だろうと確定して考えることができるのではないか。 […]

【おきす⇒いきす&国内海運史・息栖神社③ 東国三社探訪-23】

現地の息栖神社では不覚にもこの「碇」の存在に気付かず、説明板のついでに周辺を撮影した写真から今回いちばん上の写真を拡大・編集してみた。よく文章を読んでみたらこの目立たない「碇」が重要な役回りで港(津)であったこの息栖の地 […]

【列島海民のはるかな交流・息栖神社② 東国三社探訪-22】

鹿島や香取は海との関係はそれなりには感じるけれど、この息栖に至ってなぜ、東国三社というように言われ続けてきたのかのワケが腑に落ちてきています。 そもそもこの日本列島に現生人類が到達したのには海を渡って来たのでしょう。わた […]

【古代地形とナゾの海神・息栖神社① 東国三社探訪-21】

さて東国三社と呼ばれる鹿島神宮、香取神宮、そして若干スピンアウトして蘇我氏の関係する龍角寺とみてきましたが、このシリーズ最後はナゾに包まれた息栖神社であります。 事前にわかる資料もほとんどなく、歴史好きの興味で「東国三社 […]

【素朴な神性「奥宮」・香取神宮⑥ 東国三社探訪-20】

香取神宮の「奥宮」は荒魂というように言われる。荒魂は神の荒々しい側面、荒ぶる魂である。経津主大神の勇猛果断、義侠強忍等に関する妙用とされる。先日触れた拝殿そして本殿の江戸文化最盛期の爛熟デザインに対して、こちらは古格な神 […]

【武神の本殿建築と装飾性・香取神宮⑤ 東国三社探訪-19】

明治以前まで全国の神社の中で「神宮」という名称を託されていたのは、伊勢と香取・鹿島の3社のみ。 神社建築の場合は祀られる神さまが鎮座される建築が「本殿」であり、それに対して参詣する場が「拝殿」ということになる。一般的な神 […]

【キッチュな元禄建築「拝殿」・香取神宮④ 東国三社探訪-18】

楼門を抜けると、香取神宮の拝殿がまっすぐ参詣者の眼前に現れる。三角形の破風と、さらにその下にはまろやかなカーブを見せる唐破風がわたしたちを引き寄せてくれる。香取神宮の前に鹿島神宮を参拝しているわたしからすると、鹿島神宮の […]

【楼門と朝臣像の仁王門・香取神宮③ 東国三社探訪-17】

香取神宮をめぐってその霞のような上代の様子を眺めると、やはり蝦夷、東北地域の制圧に向けた軍事上の重要拠点だったことが露わになってくる。香取神宮の祭神・経津主大神(ふつぬしのおおかみ)は奈良の春日大社でも祀られるとともに、 […]