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【108年前、大正初期の南紀・田辺市の街区と現在】

 南方熊楠さんの自邸探訪その2であります。こちらの敷地はおおむね400坪ほどで、江戸期に紀州藩の「支藩」であった安藤氏の城下町というのが街区の由来。旧邸で質問にお答えしていただいた女性からの伝聞では、南方家というのは、こ […]

【1916(大正5)年頃の南方熊楠の家・台所空間】

 昨日は久しぶりのわが家帰還で、体力涵養を第一に過ごしておりましたが、都合5日間で札幌ー東京ー新幹線移動ー大阪ー南紀白浜ー奈良ー播州兵庫ー神戸ー大阪・堺ー関空から帰還、という長距離移動での疲労なので、すぐには全快はいたし […]

【司馬遼太郎さんとの「縁」 in 姫路英賀】

 きのうのブログテーマ「霊柩車遭遇」ですが、わたし自身は「いい方」解釈派だったのですが、昨夕関西から帰還したのですが、なぜか搭乗機が「機体トラブル」で後発便よりも新千歳空港到着が遅れて、約2時間の遅延の事態に。こういうト […]

【関西のあちこち探訪、ふと前に霊柩車・・・】

 一昨日、南方熊楠さんの探訪をしましていわゆる「民俗」についてのわたしなりのフィールドワークに1章が加わった感がありました。たくさんの体感写真群を撮影したので、札幌に帰還後その写真類を整理整頓して、「シン民俗」とでも言え […]

【南紀白浜にて「南方熊楠」探訪】

 今回関西方面に来たかった目的のひとつが、こちらの南方熊楠氏の記念館や自邸などの探訪。大阪府内の根拠地としている地・堺市からいつも使っているレンタカーで一路、南紀白浜に向けて移動。  わたしは仕事生活は一段落したわけです […]

【久しぶりの東海道新幹線…タイムトラベル感】

 きのうは急遽入った日程でその前日から東京におりまして、そこから本来の目的地である関西地方に長躯移動。で、仕事現役時にはよく利用していた体験記憶が甦って、タイムトラベル感……。  写真は大好きな「伊吹山」であります。関東 […]

【狩猟採集文化と現代人〜ところ遺跡-6】

 この竪穴の「ところ遺跡」探訪ブログ記事シリーズは、その前の「福島市民家園」で、珍しく復元展示されていた「庶民の住宅」事例で江戸期後期の建築であるのに「土座」住宅に強く惹かれたことがきっかけ。  オイオイ、と深く驚かされ […]

【竪穴住居の木組みと外皮構造〜ところ遺跡-5】

 今回取り上げている北海道東北部オホーツク沿岸の北見市常呂町の遺跡群についての研究は「東京大学大学院人文社会系研究科附属 北海文化研究常呂実習施設」として現地で半世紀以上調査研究を継続し歴年の成果を上げてきている。北海道 […]

【木製床仕上げ・1000年前北海道住宅〜ところ遺跡-4】

 きのうのブログで触れた「アイヌ期」住宅では、もうひとつ重要な擦文期までとの違いとして、縄文・続縄文・擦文と約3,000年間「竪穴」住宅で北海道の先人たちは暮らしていたのに、アイヌ期には「平地住宅」に移行していることが挙 […]

【1000年前北海道「カマドと囲炉裏」〜ところ遺跡-3】

昨日に引き続き、擦文期(約1000年前当時の北海道島での時代区分)の竪穴住居。きのうは主に竪穴住居の土壌面の掘り下げ土木工事作業と、その「温熱的」人類知に沿ってまとめてみた。成員30名程度のムラ社会にとっての価値感を考え […]