本文へジャンプ

【大仏のイレモノ・巨大木造「金堂」 東大寺再見-4】

一般的に「大仏殿」と呼ばれる建築は本名は「金堂」。 いわゆる「大仏を見たい」というのが普通の見方と言えるのでしょうが、 大仏が永く存続していくためにはその保護が大切になる。 外観はきのう確認したとおりなのですが、 本日は […]

【45m超大仏殿「雲太 和二 京三」 東大寺再見-3】

平安時代中期970年の書『口遊』(くちづさみ)には当代の建物の大きさ比べで 「雲太 和二 京三」とあり出雲の大社が一番、次いで大和東大寺の大仏殿、 3位が京都平安京の大極殿と注釈してある。 東大寺の大仏殿は当時高さ45m […]

【運慶仁王像と仏国寺・四天王像 「あをによし」東大寺再見-2】

東大寺南大門といえば金剛力士立像であります。 南大門は平安時代の962年に台風で倒壊した後、 源平争乱期1181年に平重衛の南都焼討によって多くの堂塔を失ってしまった。 多くの僧俗の南都復興の声に応えた僧・重源さんの勧進 […]

【東大寺南大門と伽藍 「あをによし」東大寺再見-1】

さてふたたび古建築再見シリーズ、今回は東大寺であります。 奈良には5−6回は行っているハズですが、必ず巡礼させていただいている。 であるのに伽藍配置がどうなっていたか、記憶が薄い。 最初にシカ達が迎えてくれて惑わされ宗教 […]

【わたし的・札幌人原風景「石狩川上空雲」】

人それぞれに「この世で見る景色」の原風景ってあるのではと思っています。 ・・・変な言い方でまことに恐縮ですが。 人間が生きている間、感覚する世界認識で視覚は基底的・根源的。 「あ、この風景・・・」と懐かしい視野感覚ってあ […]

【ゆっくりと秋冷に向かう散歩道・・・】

ことしも早いもので中秋の名月も過ぎて爛漫の秋までもうすぐ。 早い木々では色づきはじめた個体も見えてきています。 日々の散歩道ではようやく秋の気配があちこちに見られるようになって来ました。 ことしは行動抑制もあってじっくり […]

【東アジア関係史の再認識を 法隆寺と仏国寺-11】

韓国仏国寺の取材写真に導かれ対比としての法隆寺取材写真とともに考えてきた。 年代としては、西暦600年代初頭と750-770年代。 どちらの寺院建築もほぼ「国家的宗教施設」として建設された。 そういう経緯なので自ずと半島 […]

【軒天デザインの好対照 法隆寺と仏国寺-10】

古代の寺院、宗教建築の彩色感覚を調べるのに参照したのは 国立歴史民俗博物館研究報告・第62集(1994年) 「日本建築における色彩」濵島正士氏の論文資料です。 神社建築や住宅建築では素木で無塗装というのが日本建築の基本だ […]

【古代人の色彩感覚 法隆寺と仏国寺-9】

きのうつい「あをによし」という奈良の都の枕詞に触れましたが、 知人の読者の方から面白い反応もありました。 古代の建築、600年代初頭の法隆寺と750-770年代の韓国仏国寺の比較。 古代といっても150-160年の時代差 […]

【半島国家と日本の宗教文化の違い 法隆寺と仏国寺-8】

写真は韓国仏国寺の奥の院のような紫霞門に掛かる石橋・青雲橋と白雲橋。 聖なる橋の色として青雲として「青」がここで特定されているけれど、 この青とは建築の組物の着色ぶりから「緑」が想定されているように思える。 日本人も緑と […]