本文へジャンプ

【わが家系を「甲子夜話」で紹介・松浦静山の平戸城訪問】

 さて九州全周の旅、佐賀県という自分にとって「未踏の地」を歩きながら、ずっと気になっていた場所があった。  それは、平戸(ひらど)のこと。  わが家系は江戸後期、広島県福山市の西、尾道に隣接する今津で「商家・あが屋」を営 […]

【軟弱地盤対応型「木組み」と維新期・佐賀の英傑たち】

 きのうに続き、佐賀城の「構造」についての現地説明の補足。  いわゆる「在来工法」といえば、室内空気と構造材からの「除湿」を最優先するその通風重視の思想に対して、北海道においては積雪寒冷条件に適合させるため「高断熱高気密 […]

【天保9(1838)年再建時の復元建築・佐賀城の構造】

 幕末から明治の動乱期に大きな影響力を与えた肥前佐賀藩。36万石余という外様藩のなかで8番目の石高という雄藩であり、藩主・鍋島直正は幕末屈指の名君として知られる。長崎からの海外情報にいち早く接することで経済を活性化させ、 […]

【薩長土肥の維新主導/佐賀藩の実力】

 北海道は明治維新によって欧米列強に学び、同時にその脅威と対峙することになった日本社会にとって、「北門の鎖鑰(さやく)」とされ、ロシア南下政策の脅威への最前線地域とされた歴史があります。  その明治維新は、いわゆる「薩長 […]

【唐津から佐賀市へは山道の一般国道一択、むむむ】

 さて、唐津という魅力的な街に別れを告げ、県庁所在都市・佐賀市のお城見物へ向かった。 書いてきた通り、九州全県を回るのが今回のツアーの初心であり、その中でも佐賀県というのは大分県と並んで、全国でなぜかこれまで一度も来たこ […]

【玄界灘・日本海/江戸期までの日本史の主舞台】

 九州佐賀県・唐津探訪篇であります。  北海道の人間として長く生きてきたのですが、一線を離れたこともあって近年は四国や近畿、中国地方などを巡り歩くことが「数寄」になってきています。とくに島根県や鳥取県、さらには「海の京町 […]

【足下からアラート・土踏まずの痛み/対応作戦】

 さて、このブログでもいかにも「ドヤ顔」で日々の健康維持のために1日1万歩超の散歩習慣を公言してきましたが、ここ1-2週間前くらいから徐々に足下からアラートが発信されてきていた。左足の土踏まずの部分からの「痛み」でありま […]

【佐賀県唐津/城と水路に抱かれる庶民のくらし】

 さて、薩摩鹿児島にはたった1日で弾丸往復したのだけれど、デジタル写真を整理整頓すればするほどに、その土地で感じていたことが脳内に復元されてきてなかなか静止してくれない(笑)。おいおいであります。この他にも九州を全県回っ […]

【薩摩島津家訪問。鹿児島は江戸期「藩」が残照する】

 5/28に訪問していた鹿児島県の「仙巌園」地域篇。この薩摩・島津家の屋敷地・磯に残っている邸宅は当然、島津家の建築遺構をベースにしたモノ。写真は「獅子乘大石灯籠」という石灯籠。  大名家の私邸ということで当然ながら、そ […]

【住宅解体作業を見学。お見事のひとこと。】

 4−5日前からご近所で住宅解体工事が行われていて、散歩の道すがら見学させていただいていた。  ご近所なので時折騒音が発生したりするし、どうも建築の様式としてブロック造と木造のハイブリッド的な建てられ方だったので、興味も […]