
現代の住宅デザインでは、ミニマリズムの傾向が強まっている。
ミニマリズムってなんだろうと調べてみると
完成度を追求するために装飾的趣向を凝らすのではなく,
それらを必要最小限まで省略する表現スタイル。
1960年代に音楽・美術の分野で生まれ,ファッションにも導入された。
というように記述表現されている。
現代住宅では、さまざまな「快適性」が実現されてきた。
電気が通って、まずは照明が家庭生活にもたらされた。
そして、水道が通って下水道も完備することが普遍化した。
その結果、数多くの生活利便性が一挙に家庭生活に導入された。
大きく透明な内外遮断装置であるガラス入りの窓は、
それが社会に導入されたときの興奮と価値感をいつしか忘却して
短時間に、もう後戻りは出来ない快適性として
「現代社会常識」を形成してきている。
多くの家電品などが、欲望喚起手法に乗って家庭に入り込んでもきた。
それらは、途中からは「人々が本当に欲しいのかどうか」よりも
欲望喚起の流れの方が「普通」とされて、
やがて一種の現代的豊かさのかたちそのものとして受け入れられていった。
そうなってくると、人間の「価値感」というものも
きわめておぼろげなものであることがわかってきて、
その結果、家庭の中はそういった「便利さ」が
人間を包囲するかのような状況に立ち至っていた。
そういった総体としての社会の流れに対して、
もう一回、「ほんとうに人間にとって必要不可欠であるもの」に目覚めようとする
そうした意味で、シンプルライフであるとか、ミニマリズムは正しい。
で、そういった人間性回復の流れは、
その精神性の部分で、どうも利休さんの茶道や茶室に通底すると感じられる。
極小のスペースに向かって、限界的に空間性を絞った流れは
日本にしか、その文化性は存在しなかったのかも知れない。
ただ、今起こりつつあるミニマリズムは、やはり宇宙ステーション的な
茶室空間であることは疑いがない。
人間は一度手にした「快適性」は本質としては絶対に手放しはしない。
利休さんや茶室の作り手たちが茶室で目指したものは、
コトバとしての「草庵」そのものではなく、
一見そのように見える中に、あらゆる快適要素を磨き上げたのだろうと思う。
五十嵐淳さんの還元手法的マンションリフォームで
剥き出しにされた換気ダクトが白く彩色されて
モノトーンに還元されても、機能性としては有用に利用されている様子を見て
こんな雑感に浸っておりました。
Posted on 2月 13th, 2016 by 三木 奎吾
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きのう、札幌市内は雪まつりの特異日。
市内中心部は、どこに行っても駐車場が満杯状態。
そんななか、市内でもほぼ真ん中で、大通会場にも200-300mと
ほど近い都心型マンションをリフォームした現場を見学。
交通立地のいいマンションって、
中古であろうが、その立地性で今後ニーズが高まるように思っています。
このマンションも名古屋在住の現代アート作家の方が
札幌での工房兼用的「別荘」として利用するという用途でのもの。
大都市札幌の現代的利便性をフルに享受して
用途としては、生活というよりも少し非日常的なステージに、という希望要件。
どうも、こういった希望要件での需要には
古い札幌都心型マンションというものは似合っていそうな気がする。
マンションって、日本で提供されているものは多少古くても
耐震強度など、スケルトンとしての耐久性は高いものがあると思います。
さてそういった希望に対して、建築家・五十嵐淳さんは、
こんな改造を提案して応えたという次第です。
まずはスケルトンに還元して、できるだけシンプルな空間獲得を目指した。
水回りのための「水勾配」確保の必要があるので、
新設した床面はやや高めにつくられ、電気配線など必要な装備を収容できた。
天井はどうしても撤去できない「銅管」や換気ダクト以外はすべて撤去して
コンクリート素地に還元してから、白く塗装。
キッチンは造作の建具でまるで壁面収納のように仕舞い込まれ、
寝室空間もカーテンで仕切られた細長い空間に納められて、
きわめてシンプルな広めの空間が確保できた。
床は、表情の豊かな木質フロアが一面に敷き込まれて、
天井の質感とあいまって、モノトーンな静寂が意図されている。
それをさらにテーマ性豊かに感じさせてくれるのが、
窓面側に造作された「間仕切り壁」。
これは、いかにも一般的なマンションの掃き出し窓の無機質感への緩衝装置。
タテ横の寸法感覚がほどよく、室内に導入する光や風景が制御されている。
間接照明が窓面側に仕込まれているので、
そういった意図がさらにコントラストが際だたせられている。
わたし個人的には、この間仕切り壁、茶室の床の間的なものと思われました。
できるだけシンプルに造作された室内空間に対して、
この仕切壁は、光や眺望を制御する装置として、
いろいろな表情を暮らすひとに見せる演出装置のように思われた次第。
窓面には、遮光カーテンやレースというように多重での
採光・眺望コントロール装置が備えられています。
考えてみると、現代のマンション改造って、
利休さんの時代からの茶室建築と似通った創作的気分が感じられる。
現代の町家としての集合住宅・マンションを還元したら、
どうも、茶室建築にやがて通じていく設計モチーフになっていくのではないか。
そんな自由さを感じさせられた。

でもこの間仕切り壁、
北海道の建築家である五十嵐淳さんの意図開示では、
右手寝室側に設置されたFF暖房器からの温風送風を、
室内側と窓面側の両方に意図的に送る「仕掛け」として機能させているとのこと。
掃き出し窓として床面まで下りてくるコールドドラフトに対して
その端部まで十分な役割を果たしてくれるか、といったところですが、
バッファーというものが、機能的にもデザイン的にも二重奏になっている。
発想の部分にこういう温熱的意図を持って、しかも
有用なデザイン機能も果たしているということで、好感が持てました。
Posted on 2月 12th, 2016 by 三木 奎吾
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韓国人スタッフが新たに加わって、
いろいろと習慣の違いを教えられることが多くなっています。
日本という国は、北東アジアからの離脱を「脱亜入欧」という形で
この140年以上継続してきたといえる社会だということを
あらためて知らされるような思いがしてきます。
すっかり風物詩と化したかのような中国からの「爆」ツアーも
かの東アジア世界での「旧正月」がこの8日に始まったことで
それと前後して、大きな動きになっているようです。
とくに札幌は、毎年同時期に雪まつりが行われる関係で
年間で300万人近くが北海道に来てくれるきっかけになっているようです。
暦も、日本はいち早くアジア世界の常識を脱して、
太陽暦に変えたことで、新正月しか祝わない国になった。
実際に採用している暦と、旧暦が同居していて、
いろいろ不便ではなのかと思いますが、
こういった部分も、日本が経験したように変わっていくのかどうか。
で、風習としてこの旧正月を境にして、
「年を取る」ことになるのだそうで、
わが社のスタッフは、2月8日以降、本当は28歳なのが30歳になるそうです。
数えでは、生まれたとたんに1歳なので、
そういうことになるのだとか。
そうすると、2月7日に生まれた子どもは、ことしの2月8日には
もうすでに2歳という年齢になることになる。
生まれて2日で2歳だ、って、まぁいろいろ不都合が考えられる(笑)。
一方で、食べ物で言うと
お雑煮は、韓国では日本とほぼ同様なんだとか。
ただしお餅は、長くつくっておいたヤツを、
切って汁の中に入れて食べるのだそうです。
日本の場合の「のし餅」のような習慣とのこと。
やっぱり、顔かたち同様、韓国・朝鮮と日本は同じ国にならなかったことの方が
むしろちょっとした行き違いというようなことだったのかも知れません。
あ、写真はふぐ刺しでありますが、
韓国でもふぐはポピュラーな食材なんだそうであります(笑)。
今度の3月の視察ツアーが楽しみであります(笑)。
Posted on 2月 11th, 2016 by 三木 奎吾
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きのうの投稿には、多くのみなさんからの反響がいただけました。
出雲の博物館学芸員の方からも森林資源史についてのご教示もいただけました。
インターネット時代というのは、まことに素晴らしい。
SNSの広がりはたいへん大きな知の進化を生むのだと実感。
そういったなかで、やはり日本の森林の状況について
大きな危惧を多くのみなさんが持っていることが伝わってきます。
わたしたち、住宅建築に関連する人間にとって
その原材料としての日本国土の森林には思いを致さざるを得ません。
資本主義が全地球規模でその効率主義を開花させていく時代、
森林資源についても、世界的な競争原理に基づいて
原材料が、コストパフォーマンス原理で選別されることになるのは
市場圧力としては、ある意味、当然ではあります。
しかし、それによって日本の森林はコストに見合わないという理由から
森林管理もままならず、放置されることでやがて荒廃の危機に至ることも
近年の集中豪雨被害などから明らかだと思います。
適切な下草処理、間伐作業などの地道な営為がコスト面で
競争に耐えられないから,放置されると言うことは、
結果として、わたしたちの生命財産を大きく毀損させることになる。
ここは大きな「知恵」を出す必要があるのだと思います。
単純に、補助金を多く出して補助金付けの産業を生み出すという
安易な「解決法」ではない、持続可能な解決が求められている。
とはいっても、残念ながらいい考えはいまのところ、浮かんでは来ない。
そういうなかで、先日も紹介した丸谷博男さんから知らされた
オーストリア・ファールベルク州の村の例は参考になるかも。
それは、日本と同様の急斜面で
機械投入による森林管理に適していない杜を抱えている地域。
そこでは、地域でつくる公共建築を自分たちのヤマの木材資源を使うと
基本政策を決めたと言うことなのです。
この結果、人口減少地域であったものが、産業の勃興を招き
人口増加、新ビジネスの発達といった効果を生んだそうで、
いまや、20階建てのビルすら木造で建てられるという技術革新を生んだ。
先日のカナダアルバータ州でも、多層階木造技術は
いろいろに進化していたけれど、世界有数の木造技術大国日本でも
行政のなかの人々と、建築の側の人間が相呼応していけば、
こうした道は開けていくように思えます。
その萌芽や、実験的な動きはすでにあるのですから、
わたしたちは、そうした動きをサポートし、
みんなの知恵を集めていければと強く念願しています。
Posted on 2月 10th, 2016 by 三木 奎吾
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先日の丸谷博男さんの講演からの気付きで、
日本建築と、森林・木材利用の状況についての歴史的な論及がありました。
こういった「分野」というのは、どういう研究領域になるのか、
まだ未解明な分野ではないのかと思われた次第です。
日本では建築材料というのは歴史的に圧倒的に木材が使われてきた。
その材料になった木材の流通や、森林資源の状況について
歴史的にそれがどういった状況であったかを解明する分野ですね。
司馬遼太郎さんの文章で一度、
日本では大型建築と、華奢な建築とで建築文化が交互に
あらわれてくるようになっているとされて、
それは、伐採・製材加工して利用可能な地理範囲の原材料が
あるいは豊富に取れたり、一転して枯渇してしまったり、を
繰り返した結果ではないのか、と書かれていたのを読んでいました。
たしかにそれは歴史的に符合していて、
日本史では、奈良時代に木造大型建築の最盛期が一度あったが、
その後、戦国末期まで大型より美しさの方に建築の興味が移っていた。
それは森林資源を使い切って、やむなく
そういう方向に建築の志向が向かったのではないか、
とされていた記述があったのですね。
なるほど、と手を打ってその慧眼に目を見張った記憶があります。
ただ、司馬遼太郎さんは文学者であり、科学的な立場からの
こういった問題での興味・追及というのは不勉強で目にしていない。
その後、筑波大学を退官された安藤邦廣先生の講演で
戦国の大量森林資源破壊から、
京都の街再建の気運が盛り上がった当時、地理的利用可能範囲内で
建材利用できる森林資源が枯渇してしまっていた。
そこで京都町衆は、北山に森林を植林していったが、その樹種として
杉を選んだ。それは杉が短期間、30年ほどで利用可能な径にまで
成長する木材だったことによる、と論及されていました。
いわゆる北山杉の初源と言うことですね。
その植林の過程で、間引きして得られる小径木利用について
天才たる千利休は、草庵茶室を考案し積極的に利用デザインを考えた。
いわば「応急仮設住宅・戦国版」こそが京町家の原型だとされた
講演を聞いて、そうした材と建築の関係に思いを深くした次第です。
その後の、江戸の繰り返された大火と、
そこで財を成したという紀伊国屋文左衛門の故事などもあって
この基底的な事情からの分析は、非常に強い興味があります。
通史的なこの分野での研究を勉強したいと希求している次第です。
う〜〜む。
Posted on 2月 9th, 2016 by 三木 奎吾
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北海道・札幌は、雪まつりで、街中は
アジアンな人々に埋め尽くされているようであります。
先週金曜日に札幌駅に降り立ったとき、夜9時過ぎだったのですが
わたしが札幌の駅で見たどんな光景よりも多くの人並みを見ました。
「おいおい、これは新宿・東京とは言えないけど、渋谷くらいは・・・」
というような混雑状況でした。
金曜の夜というわたしの普段の生活には縁遠い時間での体験なので
ふつうでもこれくらいは人出があるものなのかも知れませんが、
まことにビックリさせられました。
田舎だと思っていた札幌がなにやら、まぶしくて・・・。
まぁ、活気に満ちていて、まことにご同慶の至りであります。
こうやって観光に見えていただいて、
また、今後とも楽しんでいただけるようにするには
北海道人は、どんなふうにお迎えできればいいのか、
さらにリピーターになっていただくためには、どんな魅力が必要なのか、
列車道中でもけっこうな人が函館や,登別などに向かってもいるワケで
オール北海道として、もっと楽しい観光はどうやったら提供できるか、
知恵を絞っていかなければなりませんね。
そんな底意ということではないのですが、
わたしたち年代では北海道のストリートアートとして
子どものころには、氷柱の鑑賞が楽しみのひとつでもあった。
この時期の「驚きの光景」として「氷柱の美」というのもあるのです。
北海道では新設住宅ではほとんど見掛けなくなってきた氷柱。
逆に海を渡って、東北の雪が多い街にはよくみかける。
たぶん、東北の街では雪と寒冷という条件が重なれば、
どんな街でも多くなるのだと思いますが、いまは青森の街が
いちばん「華やか」ではないかと思っています。
しかし、札幌ではさすがに屋根面への熱の逃げの象徴である氷柱は
住宅からは、姿を消しつつあるのであります。
姿を消しつつあること自体は、いい防寒性能の家になってきた証であり
率直に喜ばしいことなのですが、
わたしの子どもの頃には、一種のストリートアートとして、各家の
つららの表情の違いを,子どもたち同士で評論しあっていた(笑)。
いまどきでも工場群などでは、写真のような「見事な」氷柱が見られる。
あんまり楽しむゆとりは無い寒い時期の「街歩き」ではありますが、
たまには、こんな見事なヤツもあります。
危険には十分に配慮の上でですが、
自然と建物の熱的欠陥が生み出す、寒冷都市芸術でもあると思います。
ストリートアートのような「ノリ」で、楽しめなくもないのでは(笑)。
ちょっと逆説的で、無責任すぎるかなぁ・・・。
Posted on 2月 8th, 2016 by 三木 奎吾
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札幌雪まつりでごった返す札幌の街に
建築家・丸谷博男さんが来られて、表題の研究会の開催であります。
丸谷さんは東京芸大出身で、科学する建築家・奥村昭雄先生のお弟子さん。
奥村先生が太陽エネルギーを使ったパッシブな家を提起された当時、
その研究生として、自宅建築を実験台に提供された。
わたしたちとは年代も違う方なので、奥村先生は存じ上げませんが、
その薫陶を受けた丸谷さんにはいろいろと交流させていただいている。
芸大出であるけれど、さすがに科学する建築家・奥村昭雄のお弟子さんらしく
美学をベースにしながら、環境建築への志向を持っている。
そうした思いを持ちながら、日本の民家について
行動的なスタンスでひとつの運動体として「エコハウス」を
追求されてきている。
わたしたち、北海道をベースにしながら高断熱高気密運動のなかにいる
そういう立場からすると、ときにベースの違いを感じさせられますが、
その情熱にはリスペクトを感じる存在であります。
きのうの研究会は、それこそ研究会らしく、
いろいろな立場のみなさんの研究発表がうかがえて
たいへん勉強になり、かつ参考になった次第です。
以下、きのうの発表と発表者、テーマの箇条であります。
1 呼びかけ人・丸谷博男さんの趣旨説明
2 北大長野研究室・葛隆生准教授による地中熱ヒートポンプの話題
3 輻射暖冷房・クール暖のメーカー・テスクさんの発表
4 パッシブハウス基準クリアの木製窓について開発者・飯田信男さん発表
5 建築家・照井康穂さんのエクセルギー的建築環境論
6 稚内産珪藻土についての日本システム機器・関さんの紹介
7 屋根の上から、北海道の屋根板金事情について樋口建人さんの現場報告
8 (株)物林さんから 木製サッシなどのお話し
9 釧路から鶴居に居を移した建築家・柏木茂さんの分離発注システム論
10 最後に丸谷さんの「日本住宅建築歴史論」
という、まことにバラエティに富んだお話しで、これは当社のスタッフに
勉強させたかったという内容でした。
個人的には、丸谷さんの歴史論にはいろいろ突っ込みを入れたいところ(笑)
でしたが、時間の関係もあって、悶々としておりました(笑)。
それと照井さんの説明前に、「エクセルギーで考えるとわかりやすい」
という事前説明を個人的に受けていたのですが、
室内光は、いったん外部の「蓄熱装置」で受け止めて、その熱を回収してから
反射光としてだけ室内に取り入れるべきではないかという点には
たいへん強い印象と興味を持たされました。
今後、各参加発表者と、交流を深めていきたいと思います。
Posted on 2月 7th, 2016 by 三木 奎吾
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わたしの「書籍」読書習慣はいまや、まったくのKindle化。
雑誌はやはり紙の方がいろいろに優れている部分が多いと思うのですが、
「書籍」の方は、その本がKindle版になるまで、待っている状態。
ということで、先日、紙の本としてはもうボロボロになるまで
読みまくっていた「司馬遼太郎・関ヶ原」をふと思い出して
新潮文庫版のそのあまりの落丁、ボロボロぶりに、
ついに意を決して、Kindle版を購入することにいたしました。
大体、上巻と下巻はボロボロになっていながらも
見つけることが出来たのですが、中巻にいたっては、
どこをどう探しても、見つけることが出来なかったのであります。
購入したのが,学生当時のハズなので、
軽く40年以上前のこと。そこから引っ越しも9回も繰り返していますから
まぁムリもありませんね。
余談ですが引っ越しって、わたしは、生涯でここまで14回になります。
最後の引っ越しから25年以上経って、落ち着いたわけですが、
人間というのは、よく引っ越しをする動物ですね。
で、kindle版のいいところは、
電子デバイスがあれば、どこででも読書が続けていられること。
きのう、函館・青森の出張から帰還したのですが、
その間のとくに移動の汽車の中では
iPhoneでずっと読み続けられたのであります。
とくに函館から札幌までは、折からの雪まつりでの中国からの観光の
みなさんが車両の大半を占める環境の中、
まさに没入することが出来た次第であります。
で、上巻を途中で読み終わって、中巻に立ち至った次第ですが、
これがまぁ、はじめて読んでいるような新鮮なシーンの連続。
一度も読んでいないワケではないのですが、
それこそ上巻や下巻のように、一字一句まで
そのフレーズ全体を暗記しているようには
この「中巻」は、なっていないことに気付いた次第なのです。
わが家の本棚で発見できなかったのは、こういう読書体験が関係している。
「ひさしぶりに関ヶ原、読んでみっか。えっと、あ、このシーン」
っていうように読み始めるのが、初めのシーンの上巻と
クライマックスになっての合戦への盛り上がりの下巻にほぼ集中する。
3巻をまとめたら、なぜか手が進まないのが中巻だと。
しかし、その結果、大好きなのに新鮮という
後の祭りのおたのしみというような、無上の歓びが得られる(笑)。
「おおお、そうだった、そうだった、あ、こんなシーンもあったんだっけ!」
と、大喜びしながら、中国人のみなさんのど真ん中で
ひとりほくそ笑みながらの不気味な楽しみにどっぷりとハマっていたのであります。
関ヶ原は、政治ドラマであり恋愛ドラマであり、人間ドラマであるわけですが
読み返してみて、いまや日本の古典に属していると感じます。
そしてコマ割りされたシーンは、まるで歌舞伎の1場面のようにも思われる。
戦後という日本史の中の一時代を代表するもの。
近松門左衛門、琵琶法師といった日本人気質形成の部分にまでいたる
そんな作品性を感受させられております。
そういう楽しみも、Kindle化にはあるのだと思った次第。
Posted on 2月 6th, 2016 by 三木 奎吾
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さてきのうは青森市内での今年初めての「講演」任務でした。
写真のような催しでの講演ということで、
工務店のマーケティング的な内容でのお話し。
なんとか、無事に終了と言うことでひと安心であります。
はじめてお会いするみなさんと、いろいろな情報交換ができて、
大変有意義に過ごすことが出来ました。
写真のようなすばらしく元気のいいシメで、久しぶりの爽快感(笑)。
やっぱり威勢のいい一発芸は盛り上がりますね。
なんですが、もうすぐ北海道新幹線の開通。
何度も「津軽海峡線」にはお世話になっていた次第ですが、
これからは写真のような「函館山」の海上の景観は見られるのでしょうか?
下の写真は、開業間近の「新函館北斗駅」。

学生時代からこの函館本線、青森への道中は変遷してきた。
最初は青函連絡船での東京までの長距離移動の道中。
連絡船への乗り換えには、なぜか、早足から駆け足になっていた(笑)。
知らず知らずに「いい座席」を確保しようという心理が働くものか、
荷物を抱えながら、ドタドタと走り込んでいた。
ここ10年ほどは青森での仕事が増えてきたので、
札幌から青森までの往復というのが、2カ月に1度くらいの割りで発生。
ほかの東北の各地には仙台から向かうケースが多いけれど、
青森は鉄道移動が多くなっていた。
移動コストのこともあるけれど、なぜか学生時代以来の
鉄路移動への愛着がどこかの深層心理に残っているのだと思う。
修学旅行などで東京から関西方面へ、
「新幹線」にはじめて乗ったのだけれど、そのこと自体も
旅の目当てでもあったと思います。
それが、函館までとはいえ、ついに北海道まで新幹線が伸びてくる。
まさに隔世の感、ひとしおでありますね。
でも、そういう進歩の影で、
鉄道料金は、青森ー函館間が1.5倍程度の値上がりになる。
新幹線はいいけれど、鉄路移動は独占なので
ユーザー側からすると、コストがだんだん見合わなくなってきている。
札幌ー中部国際が片道6500円程度で済む時代に
予想される札幌ー東京の新幹線料金が30,000円近くなるというのは
はたして、適性であるのかどうか、
競争原理をもっと働かせる工夫はないものかと思ってしまいますね。
Posted on 2月 5th, 2016 by 三木 奎吾
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2日間、工務店グループ・アース21の道南例会に参加したあと、
きのう午後には行動を別にして、いまは青森です。
写真は一昨日見学して来た木材製材工場・ハルキさんの様子。
たくさんの製材プロセスなどを見学していたのですが、
だんだんとその背景である工場の建物群に目が行き始めてしまった(笑)。
木材の製材には広大なストックヤードや加工のためのスペースが必要。
それらを経営効率よく建築していかなければならない。
そこには「遊び」の要素などは入り込む余裕はない・・・、
って思っていましたが、しかしあにはからんや、
建物としてみているウチに、その「清々しさ」に目からウロコの思い。
とにかく、雨露をしのぐという基本の性能確保を
どうやったら、いちばん効率的に、小コストで実現するのか、
徹底的にムダをそぎ落とした解を求めている姿に感動であります。
わたしは文系の人間なので、こうした様子を見ていても
構造力学的な解析力はありませんが、
しかし、ほとんどのムダがなく合目的的な建築であろうことは
きわめてわかりやすく「伝わって」くるもの。
そしてなおかつ、そうした姿というものが、
むしろ清々しい美を生み出すことにも、発見の面白さを感じた。
「いいじゃないか、これで」という笑いが自然に込み上げてくる。
屋根を掛けるのに、必要最小限で工夫すると
この程度の重力対応が必要なのだとスケルトンに伝わってくる。
その「スケスケ」な表れようが、なかなかに「クール」だと。
また、木材を外気で自然乾燥させて保管するのに
柱を立てて屋根だけを掛けて持たせるのに
その保管する木材にも、「安定」の役割を持たせているかのような
こういった工夫には、ミニマリズム的なデザインセンスを感じて
面白く、ワクワクさせられていた次第であります。
Posted on 2月 4th, 2016 by 三木 奎吾
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