写真は、1991年竣工当時のわが家であります。
ちょうど今から25年前ということになります。
25年という築年数になると、たしかJIAの方でそういった賞があるそうです。
年月が経てその建物がホンモノであるかどうか、といった意味合い。
わが家もようやくそういった年数に到達したわけです。
新築当時のわが家は、こぢんまりとした人数での出版社の職住兼用住宅。
基本は夫婦で働けるように、夜も昼もなく働けるように
そんなイメージで建てたのです。
働いてもらうスタッフも、まぁ5人程度と思って、
1階のオフィスゾーン25坪で十分以上と考えていた・・・。
ところが、そういう部分ってなかなか測りがたいものがある。
竣工から数年してスタッフは7〜8人までになった。
あっという間にスペースが足りなくなってしまったのです(泣)。
で、「増築リフォーム」のやむなきに至り、なおそれでも手狭になって
やがて近隣地に事務所を新築せざるを得なくなった。
新築の時のこのプロポーションが大好きでした。
設計の高村正夫さんにとっても自宅以外でのはじめての住宅建築。
わたしより10歳くらい若いかれと、いろいろなことを語り合ったことが、
いろいろに思い出されます。
そういう、相談とも夢想の開示とも言えないような時間。
そのとき、「北海道らしい家」というイメージがあって、
「煉瓦の外壁の家にできるだろうか」と夢を語った。
それは、基本構造がコンクリートブロックであり、外断熱にするので、
外壁はむしろ「断熱材の保護」というような位置付けになる。
なので、その素材はむしろ自由に選択可能だという条件になったからです。
そんな与条件を受けて、わたしとしては煉瓦の外壁を希望したのです。
やはり北海道庁旧本庁舎建築、通称赤レンガ庁舎の、
百年の風雪に耐え、いまでも「白化」現象を見せるほどに生きている素材感。
そういった姿が、北海道のなにかを訴えかけてくれていると思っていた。
自宅の建築に当たって叶うモノならば、そういう建築でありたい。
そんな夢を語ったら、なんとかやってみようということになった。
ブロックと煉瓦積みの工程は、まことに心躍る光景だった。
その工事部分を担当してくれた、「畠山煉瓦」の社長さんが、
積み上がっていくブロックや,外壁煉瓦の様子を見てくれながら、
「いい家になってきたね」とニッコリしながら工事してくれた。
外壁の煉瓦は、「本煉瓦一丁積み」という積み方で、
煉瓦をまっすぐに積み上げていく、施工の側の緊張感を伴う施工法。
「いまどき、こんな工事頼まれること、滅多にない」
というかれの言葉が、こっちの背筋を少しピンッとさせてくれていた。
煉瓦外壁ばかりだとイメージ的にも工事費用的にも重すぎるので、
右側1/3ほどの外壁面積の仕上げとすることにした。
それでも、通りに面する側だけでなく、まったく見えない裏側も
しっかりと煉瓦で積み上げることにしてくれた。
もう片方の外壁の軽快なガルバリウム角波鉄板も楽しかった。
まことに恥の多い人生を歩いている次第ですが、
しかし自宅新築では、こうしたみなさんのおかげで
いまもなお、愛着を持って暮らせるわが家だと思っています。
いろいろな出会いに深く感謝している次第です。
Posted on 1月 29th, 2016 by 三木 奎吾
Filed under: 住宅性能・設備
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