
さて本日はクライマックスシリーズの開幕です。
シーズン終盤、さっぱり打てなくなって終戦を迎えながら、
かろうじて、前半戦の貯金が効いて
わがファイターズは、本拠地で西武ライオンズを迎え撃ちます。
一方で、話題の巨人・原監督は神宮でヤクルトと決戦に。
いよいよ、ポストシーズンのスタートであります。
なんですが、一昨日のドラフトのドラマが話題沸騰であります。
どちらかというと、わがチームは伝統的に
読売巨人軍とは仲良くやってきておりまして、
友好的な関係を築いてきておりました。
小笠原のFA移籍などでは、あうんの呼吸もかいま見えた部分がありました。
そういったなか、敢然と菅野選手の指名では
満天下にはっきりと、ドラフトの筋を通して
「もっともいい選手を指名する」という当然の選択を行いました。
今回の選手指名では、巨人の原・現監督の甥という関係性もあって、
なんとなく他チームが指名に行きにくい雰囲気が漂っていました。
しかも、その巨人軍の親会社は情報産業であって、
それと真っ向から衝突せざるを得ない以上、
戦いには秘をもって臨むしかない。
たとえば、正直に「指名しますからどうぞよろしく」と挨拶したら、
親族に巨人軍監督がいる以上、その内容は筒抜けになることは明白。
しかも、ドラフトの戦略上、いたずらに敵チームを増やすのも得策ではない。
そのように考えれば、わがチームの作戦はまさにそれしかないだろうと思われる作戦。
結果として、他チームを尻目に巨人軍との
2チームによるクジに持ち込んだまでで、戦略はまさにツボにはまった。
あとは、天の声に委ねて、天命を待った。
そしてそれは、多くのプロ野球ファンの歓声とともに
わがチームの方に、野球の神さまは降臨してくれた。
まさに日頃から言っている通りの「ドラフトと育成で闘う」という
チーム方針どおりの戦い方で、なんら非難されるいわれはない。
少なくとも、多くの野球ファンの正論を味方にした、という意味では
たとえ、菅野選手が入団を拒否したとしても
プロ野球界で、わがチームへの支持が大いに高まったという点で
プロの興行性という部分では、決して損の少ない作戦だったと思います。
きちんとルールどおりに闘っているわがチームですが、
さて、クジという決定的な戦いで敗北した読売巨人軍。
今後の展開のボールは、大変申し訳ないが、
WBCオールジャパン軍指揮官でもある、巨人軍現監督原さんに行っている。
個人としては原さん、けっこう好きな監督さんなので、
こういった境遇に置かれざるを得なかったことについては
大変お気の毒としか申し上げられません。
一般社会であれば、このような多少のコネ入社は目こぼしの対象でしょうが、
やはり公平性を前提としたルールスポーツ競争社会ではやむを得ない事態。
満天下の注目の中で、
しかも現に、一球団の所属であるという立場もありながらではありますが、
しかし、冷静に、前途ある若者の判断の助けになっていただきたいと思います。
大変難しいと思うのですが、
ここは日本人全体にとって、固唾を飲む大きなドラマだと思うのです。
わがチームは、ドラフトという場で多くの巨人ファンと
正面から敵となる道を選択しました。
しかし正義と道義・ルールに、決して反してはいない。
ここで、わが甥ではあるが正々堂々と敵となってこい、闘ってたたきつぶしてやると
満天下に宣言するくらいの、
「巨人の星」を越えるようなマンガのようなドラマ性を作って欲しい。
読売巨人軍と、原監督にとって、
突然、真っ正面からの正念場が来ていると思います。
やや、申し訳ない気もしてはおります。しかし、これこそ
プロスポーツに国民大衆一般が面白がる核心的な「興行」部分でもあると思います。
英断ある対応を切に希望いたします。
<写真はたそがれの東京ドーム>
Posted on 10月 29th, 2011 by replanmin
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やや尾籠な話題で申し訳ありません。
わたしは、年中出張しているような人間なので、
いろいろなところでわが家以外のトイレにお世話になる。
で、そういうときに
この写真のようなセンサーに出会うと、やや緊張いたします(笑)。
ここでは、下の部分の説明書きにわざわざラベルを貼って
「センサー」と大書されています。
っていうことは、多くの人間がこのタイプのスイッチの
使い方をよく認識していなくて、
そしてたぶん、これにからんでの説明機会というのが多いだろう、
というような想像が、容易に湧いて参ります。
かく言うわたしも、このタイプのスイッチ、どうも苦手(笑)。
まずなによりも、動作しないことが頻繁であること。
水洗のスイッチなのだから、まずはその基本的用途を
的確に果たす必要があると思うのですが、
それが、うまくいったり、そうでなかったり、という
人によってバラツキが多いというのは、どうなのでしょうか?
そういう「不便さ」をも乗り越えさせるようなメリットが
このスイッチにはあるのでしょうか?
たとえば節水の効果であるとか。
ちょっと調べてみたのですが、よくわからない。
っていうか、このスイッチの情報の特定ができない。
人感センサーというと、トイレの照明の項目が
検索では引っかかってきて、こちらの情報に当たらない。
どうもわたしには、2重3重に情報格差が感じられるのですね(笑)。
大体、人感センサー自体、
わたしはまことに苦手であります。
トイレにいると、一定時間で照明が切れたりするアレですが、
沈思黙考していると照明が消える。
なにかの考えがそこで中断させられる。
ちょっと動くとまたオンする。
そのうち、消灯への不安から常に体を動かしていたりする。
自分で自分のやっていることがバカらしく思えてくる。
そういう思念を見透かしたように、動きを止めると
「無駄な抵抗は止めろ」的にスイッチがオフになる。
トイレなんて、暗くていいだろう、バカヤロー
って言われているかのようであります(笑)。
ヘタをすると、それで気が散って便意が遠のく場合すらあるのではないか。
<ちょっと大袈裟か>
っていうような経験、みなさんありませんか?
ことがことだけに、
なかなか、普通の人間の感覚がこうした機械の開発に
十分に反映されていないのはないか。
たぶん、開発の経緯は清潔感への配慮とか、
節電、節水ということではあるだろうと思うのですが、
どうも大きなお世話、使いにくい、と感じるのは
わたしだけでしょうか?
おっと、さっそくご意見がありました。
2件、掲載します。議論のネタになれば幸いです。
<札幌市・Mさんから>
これは、不特定多数が利用する公衆トイレにおいて
「どこの誰か解らない人がウンコ拭いた手で触ったものを操作するのは嫌だ」
という人のためのものです。
公衆トイレでは、各個室の外に手洗い場があるので
洗浄スイッチ・レバーを操作するのはどうしても「手を洗う前」になります。
一時期、スイッチに触れたくないがために、流さず出て行ってしまう人が増えたのです。
最近のSA・デパート・ホテルなどの公衆トイレでは
男性用の小便器もほとんどセンサー式になっていますが
「どこの誰か解らない人がチンコ触った手で~」という理由からです。
こうしたリクエストから産まれた部品であると考えると、
>普通の人間の感覚がこうした機械の開発に
>十分に反映されていないのはないか。
というのとは、真逆の感想を持つのではないでしょうか。
<これはよくわかりますね。確かにこの論はわかる、けれど・・・>
<an71pm さんから>
通電していなかったらどのみち浄水も照明もムリなのかもしれないけれど、いたずらにオートマティック化、システム化するのは無駄だと私も思います。いざという時の手動選択ができないからです。それよりも採光技術を工夫したり自然換気できる仕組みを取入れたり、照明の数を減らするほうが有効なのでは?と思う事が多々あります。
あと、自動水栓や自動洗剤噴出。自動で止水するのは節水のためいいとしてもどうかなぁと思います。ひねりが利かない世の中みたいでイヤだわー!
Posted on 10月 28th, 2011 by replanmin
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先日なくなったスティーブジョブスさん、
もうすぐ伝記がわたしの元に届くようになっています。
Amazonで購入したのですね。本当はAmazonじゃなく、
近くの本屋さんで購入すべきだと思うのですが、
やはり利便性には勝てない。
倉本聰さんは、こういう利便性にしか「進歩」の本質はない、
そしてそれは、本質的に人間に怠惰性を植え付けるだけだ、
っていうような論旨を展開されていますね。
戦後、受け入れた「資本主義」文化というものが
そういうものであったという論理展開。
まぁ、インターネットとか、ITというものもその通りかも知れません。
しかし、現実に、こういった文化は受け入れて
それをこなしていく先にしか、未来はないのではないかと思っています。
あ、話、脱線(笑)。
ジョブスさんって、本を読んだりする限りでは、
ものづくりの制作総指揮者能力、とでも呼べる能力において、
まことにたぐいまれなものを持っていたようですね。
人間的には疑問も付くような、ひとへのあたり方もあったようですが、
しかし、それは優れた「製造業能力」、その「判断力」の
諸刃の刃の一面を表現しているような気がします。
あるビジョンに向かって突進していく様を読んでいると、
そういう状態の空気感が明瞭に伝わってくるように思います。
考えてみれば、製造業において、
すべてを自分一個で完結させられる個人芸でもない限り、
こういうことは、普遍的な課題なのではないかと思います。
自分自身も、雑誌を作ったり、制作物を作ったり、
それも協同的な製造業を構成しているのですが、
どうしても自分一個の能力の範囲でしか、他者に依頼する部分は見えにくい。
それで思わぬ結果が招来したときに、
どのように軌道を修正させ、本来の道筋に修正していくのか、
製造業のマネジメントというのは、
たいへん厳しく、難しい人間営為だなぁと思わざるを得ません。
まぁそんな思いをしながら
ここんところの日々の作業に没頭しております。
さて、きょうはこれから、青森に出張であります。
さてさて、がんばるぞ、と。
Posted on 10月 27th, 2011 by replanmin
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きのうは、ちょっとした大物の企画原稿と格闘しておりました(笑)。
で、そういうときには、やはり集中した環境の方がふさわしい。
ということで、わが家の書斎でずっと作業。
この企画ものはなんとか片付いたのですが、
まだまだ仕上げなければならない原稿が溜まっているので、
もうすこし1日ほど、籠もっていることになりそうです。
そんなことで、わが家にずっといて、
ときどき事務所に顔を出すというようにしていました。
<事務所とわが家は徒歩でも5分の距離>
わが家、建てたのが1991年でして、ことしは20年目であります。
基本はブロック造ですが、からむように2×4の木造が掛けられています。
多少は水仕舞いの面でメンテはありましたが、
いまはほぼ安定した環境を形成していてくれております。
まぁ、いま現在は3人で暮らしているにしては
86坪という大型住宅なので、広すぎる。
当初が事務所兼用だったので、仕方ないのですが・・・。
でもやはり、一日家にいると安心できて、落ち着きますね。
写真は玄関に向かっての方向を撮影。
床には、玉砂利洗い出し仕上げを行っております。
なぜかカミさん、この仕上げが大好き。
たってのリクエストだったのですが、
わたしももちろん、大好きな仕上げ方法であります。
この写真のような独特の光の照り返しがあって、
渋くて、好みです。
欠点としてはやや暖かみに欠けるということなのですが、
しかし、断熱をしっかり考えているので、
表面温度は年中、安定しているため
冬には暖かく、夏には涼やかという一定ぶりであります。
玄関、ということば、玄という字の意味が面白い。
どうして日本人は、こういう言葉を使ってきたのか、
語源的に禅と意味合いが似通っているそうです。
「玄妙の道に入る關門」という意味合いなんですが、
そういう風に考えていくと、こういうような仕上げスタイルも
って考えて作ってみたのですね。
まぁ、わが家にいると、いろいろ思い出すことが多いです(笑)。
Posted on 10月 26th, 2011 by replanmin
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週末は、家の書斎に籠もって書き物をこなしていました。
日曜日には、午後から事務所で合計9時間近く、打合せもあったのですが・・・。
まぁ、それは別にして、
ずっと集中して書いていく環境としては、
自宅の書斎というのが、やはり落ち着いて気分が高まる。
ハラが好いたら、自分でテキトーに食事を作って食べられるという
そういった環境もいいのですね。
不思議に、書き物に集中してくると、お腹が空く。
なんか、脳味噌って、結局は筋肉運動なのか、
いやまぁそんなことはないでしょうが、
考えて書く、っていうのは、思った以上に体力を消耗することなのかも知れません。
で、一方、いまお願いしている絵画系の作家さん、
このひとは、ふだん自宅で仕事しているようなのですが、
今回お願いしている仕事では、どうも自宅では
集中できない、ということのようで、
きのうは、当社の空いたスペースで、
いわゆる「缶詰め」状態で集中して作業に没頭してもらっています。
かれには、こちらの環境の方がずっと集中できるようですね。
同じような集中が要求される作業ですが、
ひとによって、あるいはその時の状態によって、
集中力が高まる環境には大きな違いがあるのでしょうね。
でもまぁ、わたしの場合には、
そのほかに処理しなければならないような、判断の仕事も多い。
また対外的な折衝、調整の仕事も多い。
そういう仕事には、やはり情報がさまざまに入って来やすい環境が必要。
ひととの交流ができやすいことも必須。
まぁ、当たり前ですが、
その仕事の質によって、「すすむ場所」っていうのは違うものですね。
きのうは早々と就寝して、本日は夜中の2時から集中する仕事に。
いろいろ場面転換させながら、
頑張っていきたいと思います。ではでは・・・。
Posted on 10月 25th, 2011 by replanmin
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わたしは北海道の人間なので、
なかなか理解できない部分があるのですが、
関東以南地域の人には、抜けがたく寒冷地住宅の室内環境への不信感があります。
最近も、そういう方とお話ししていて、
ギャップの大きさにややとまどった次第。
ただそのなかに、大きく尊重しなければならないポイントも聞けました。
それは、わたしも不思議だったのですが、
アイヌのひとたちの住居が、それまでの
「竪穴」住居から「平地住居」に変わった経緯についてです。
江戸期の北方探検家・間宮林蔵の「北蝦夷図説」で触れられている
北方民族の住まいについての記述などですね。
かれらはおおむね、夏の家と冬の家を住み替えて生活していた。
冬の家は「穴居」と書かれた竪穴住居なのだけれど、
これは冬の極寒期だけの住まいであったというのです。
春になって雪解け時期になると、
もっと通風重視の、換気重視型の住まいに住み替えるのだそうです。
冬には断熱重視の住まいを選択するけれど、
そのまま夏期をそこで過ごすと、
疾病を招く、というように記載されている。
たぶん、かまどなどでの煮炊きによる室内気候の暑さや
雪解けなどの時期には室内の湿度が上がって、住みづらくなるのでしょう。
アイヌの住まいが竪穴から平地住宅に変わったのには、
そういった経緯もからんでいたと言うことなのだろうか、という点です。
逆に言うと、このような潜在意識が日本民族には
原体験的に刷り込まれているのだろうか?
アイヌの人たちというのは、推定で言えば日本の基底的文化である
縄文人をピュアに伝えている民族ではないかと思われる。
日本というのは、この狩猟採集の縄文文化の上に
弥生のコメ生産に特化したシステムが乗っかって形成された文化。
で、このような民族的住体験記憶が、無意識のうちに
日本人に強く存在しているのではないか。
どうも、そのような発想に
ここのところ、大きく心がとらわれております。
もう少し、焦点を定めて、考えを進めてみたいと思っております。
<写真は、岩手県の古民家>
Posted on 10月 24th, 2011 by replanmin
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きのうは青森県からの見学のみなさんが20人超で
その多さにちょっとびっくり。
で、午前中は当社の社屋をご覧いただいたあと、
札幌市内西部地域、具体的には宮の森、藻岩山麓一帯を
バス見学にご案内いたしました。
札幌は、開拓以降約140年。
急速に発展してきた都市なので、
熟成の時間がまだ、その時期に到達していない気がします。
しかし、いくつかの特徴は現れては来ている。
それも近代、現代という歴史時間の中で経過してきている
日本の都市の中でも、特異な発展形態の街だと思います。
まず、原札幌ともいうべき条丁区画の街割りに見られる計画都市性。
これは、通常の「通り」の幅が30m以上あって、
中小路ですら8mが基本になっているという
ゆったりとした都市計画だという点。
これは、明治期の「お雇い外国人」による計画立案が大きかったのでしょうが、
基本は、京都の都市計画などに見られる考えだったろうと思います。
そして、そこからの発展形では
市の西側に設置された「北海道神宮」の社域が高級住宅街を形成した。
今、札幌の高級住宅街は「宮の森」というのですが、
ネーミングからして、そのようなことを意識している。
また、北半球では偏西風が吹くので、
その風上に当たる西側地区が高級住宅地になりやすい、また、
同時にそれはやや高台である、というようなほぼ世界標準に近いような
そういった発展形態を取ってきている。
東京は別にして、
わたしが良く通っている東北の各都市では
このような発展形式はあまり見られない。
大きく言えば仙台は、支配者であった城が西部高台にあるので
そういう概念に近いとも言えるけれど、明確ではない。
で、札幌ではそのような「高級住宅街」が明確に発展してきている。
そしてそこに建てられている住宅の有り様は、
それこそ、デザインについては千差万別、
実にさまざまなデザイン傾向が伺えるけれど、
しかし、明確なのは瓦屋根のような和のデザインを外観で見せるのは
きわめて少ない、ということ。
そういった無秩序な住宅群が存在しているのだけれど、
しかし、自然林の後背が明確に存在し、その余韻がまだまだ街並みに
樹木を遺させているので、デザインはバラバラなのだけれど、
自然はうまくそれらに一種の調和を計らせている。
そんな印象がありますね。
で、バラバラなデザインの中に、個性的な建築家関与の住宅が点在し、
その数も、他の都市とはまったく違って多い。
まぁ、おおざっぱに言って、こんな都市性を札幌は持っている。
こういうあり方が、
都市としての札幌のプライドに育っていくのか、
ずっと、ウォッチし続けていくことになりそうであります。
さてさて、原稿まとめ、比較的順調ペースであります。
やはり、通常の日のように外部からの接触がないとたいへんはかどる。
面白いもので、執筆がベースの暮らし方にあってくるのが
自宅での生活だというのが、よくわかります。
こういうのもまぁ、楽しい暮らし方だと思います。がんばるぞ、と。
<写真は富良野プリンスの一角のログタウンを絵画風にアレンジ>
Posted on 10月 23rd, 2011 by replanmin
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さて本日は、Replan東北最新号のお知らせです。
東日本大震災からの復興をめざす東北に元気をもたらすのは
大工さんたちの建築の槌音。
そんな思いから、優れた地域ビルダーの優良住宅をご紹介していきます。
地域住宅雑誌、Replan東北が新しい号を発行しました。
東北VOL.33 2011年10月21日発売
2011年10月21日発売・2011年秋冬号・A4版・定価420円(税込)
【特集】30坪以下で住む
エコ、省エネ、環境負荷低減などが、今後の大きなキーワードとなる住まい。
そして、単に広いこと、部屋がたくさんあることが豊かな暮らしの象徴では
なくなっています。
今回訪ねたお宅はどれも30坪以下の、小さなおうちばかり。しかし、「必要
な広さ」「ここちよい広さ」を正確に把握し、「このサイズが欲しかったから」
「この広さがぴったり」と、自分たちサイズの家を求め、そこしかない快適な
暮らしをつくりだしていました。
contents
●特集/ 30坪以下で住む
●対談 未来を開く再生でありたい
柴田 敏晶×村上 ひろみ
全国の建材流通大手企業・伊藤忠建材と、東北地域で自らビルダーも手がける
建材流通の・北洲。この両社のトップが、東日本大震災からの復興を
熱を込めて論じます。
●ランニングコストの少ない家〈コラム+実例〉
●リフォーム特集
●薪ストーブ企画 炎を囲む暮らし
●NPO 住宅 110番
●TOHOKU ARCHITECT
宮城県「成田の家ー素の家ー」三浦 正博
多くのみなさんの家づくりのお役に立ちたいと念願しています。
販売は、WEBでも行っています。どうぞよろしく。
http://web.replan.ne.jp/content/bookcart/b2tou/t33/index.php
さて、本日は青森県からの住宅見学のみなさんが来社。
ときどき、全国から見えられますが、
自分たちにとっても、札幌の建築のプライド
さてなんだろうと、いつも考えさせてくれる契機であります。
年末に向けて、諸作業が盛り上がりを見せています。
今週は土日も、いろいろ仕事。がんばるぞ、と。
Posted on 10月 22nd, 2011 by 三木 奎吾
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東京に来ると、いろいろな街を巡るようになってきました。
っていっても、ホテルを替えて、新しい街を体感する
というようなことなんですが、
年齢とともに、古い街並みのくだけた空気感が無性に欲しくなってくる。
きのうは日本橋界隈でお昼を食べたりしたのですが、
写真は宿泊した人形町の界隈。
まぁなんでもない飲食店舗が軒を接しているのですが、
なかなかにキッチュで、なに情緒なのかわからない、けれど、
なんとなく懐かしさがこみ上げてくる街並みであります。
こういう「街並み感」って、都市計画の専門家たちには絶対に見えてこない世界。
しかし人間の情感の世界ではかけがえがない、なにかを訴求してくる。
メインストリートではない、セカンドストリート的な場所では
江戸なのか、戦前までの東京なのか、
なにか、人間の暮らしか、欲求の残滓のようなものが立ち上ってくる。
いま、東北では「復興計画」が
各地域、市町村レベルでまとめあげられつつあります。
しかし、その計画の「受注」はほとんど東京のシンクタンクが
独占的に受注してしまっているようです。
全国マスメディアというのは、なぜこういう事態について
論陣を張らないのだろうか。
地方出身の小沢一郎に対しては、
またかつてでいえば、田中角栄のような存在に対しては
執拗に根拠の薄い追及を行ってくるのに、
一方で、東大教授のような存在を錦の御旗にした中央の専制支配には
絶対に問題追及をしない。
おっと、また脱線しそうであります(笑)。
言いたいのは、中央の「都市計画」って、こういう人間の生業とか
空気感のようなものには、まったく鈍感であるということ。
本当は、中央的な「都市計画」は
地方には似合わないし、そしてそのような都市計画の結果は
より中央集約的な方向にしか機能しなくて
地方の独自な文化をたぶん、相当に破壊し尽くすだろうと言うこと。
リアス式の海岸地帯では、高台移転について
国費支出による道が開かれていくようですが、
その高台には、その地域の独自文化がほんとうに造形できるのか、
息の長い、中央と地方の戦いが継続していくと思われます。
でも、こういう東京の真ん中でも、
結局は、人間生活の句読点を刺激するような
界隈性が、絶対に不可欠だと思うので、
紆余曲折はあっても、たくましく生き残っていくものがあると
信じています。
Posted on 10月 21st, 2011 by replanmin
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きのうは福島のホテルを朝ゆっくり出て
新幹線で東京へ移動。
ホテルに荷物を預けてから、少し時間があったので
秋葉原ヨドバシカメラにてiPhoneのカバーと
やはり必要に思われたストラップの装着を行いました。
わたしのようなあわて者の場合、
やはり落っことしてしまう確率は高そうだと、
移動しながら、認識が高まりました次第であります。
移動中って、多くのものを管理しながら、というケースが多い。
お財布から始まって、手荷物・書類などがあるわけですね。
その上に、このiPhoneや、PocketWiFiが加わったのですから、
やはりケータイ電話であるiPhoneには、首からストラップに
なっていただくしか、方法はないと思い至ったのです。
で、その後、秋葉原駅から初めて
「つくばエクスプレス」で、最終駅の「つくば」まで乗車。
わたしが東京に住んでいた40年〜32年以上前には
こういう土地はまだ、地図に存在しなかったのではないかと思います。
って、まったく、記憶していない、ということです。
もちろん、こういうつくばエクスプレスという路線もなかった。
「快速」で、45分ということなのですが、
その電車の速度にもちょっと驚き。
あとで訪問先の筑波大学・安藤邦博先生に聞いたら
東京都心から60kmという距離なのだそうですが、
なにか、印象的には100kmくらいの感じを持ちました。
とにかく、すごいスピードと思いました。
この春に、同じつくばの建築研究所も訪れたのですが、
そのときはレンタカーで行ったので、まったく印象は違います。
広大なキャンパス環境もあって、土地の印象は北海道に近いような
そういった感覚を持ちます。
駅からはバスに乗車。路線バスというのにはあまり乗らないので
お金を払う段になって、行きも帰りも間違えまして
運転手さんにご迷惑をおかけいたしました。
先に「両替」してからちょうどの金額をボックスに入れる、
というようなシステムになっているのですね。
申し訳ありませんでした。
ちょっと早めに着いたので、学内をちょっと見学。
東京都内よりも気温、2〜3度くらい低いのではないでしょうか。
秋の夕暮れ、というたたずまいが感じられました。
先生とお話しして、いろいろな発見をいたしました。
先生は、わたしたち北海道の高断熱高気密研究の第1人者、
鎌田紀彦先生とは、東大の研究生時代の同僚だったのだそうです。
研究開発の方向性としては異にする部分が多いということですが、
個人的には親しい関係とお聞きしました。
その後、帰り道、
時間を計算しながらつくばエクスプレス駅まで戻り、
秋葉原まで帰って参りました。
やはり移動距離の分、人間は疲労するのだ、という感覚があって
どっぷりと疲労感覚に襲われまして、
さきほどまで、気絶したように爆睡しておりました。
たぶん、移動距離合計は450km位はありましたね。
さてさて、本日は1日都内で多くの打合せなどの予定です。
ではでは。
<写真は、宿泊先、人形町周辺の下町の料理屋さん街にて>
Posted on 10月 20th, 2011 by replanmin
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