琳派という存在は日本画の一統とされる。
尾形光琳という京都の大店の息子に産まれて放蕩の限りを尽くし
ついには家業を潰してしまったという男が
再生を期して一念奮起、画業で身を立てようとして始めたのが、
この流れの創始とされている。
そのときに高名な先生に師事するのではなく、すでに死んでから
100年近く経っていた俵屋宗達さんにはるかに私淑して
そのなかでも「風神雷神図屏風」を丹念に模写するという仕業を企てた。
俵屋宗達と尾形光琳のその絵には微妙な違いはあるけれど、
その「感じ方」とか、呼吸の仕方のようなものを
尾形光琳は全身で受け止めたかったのだろうと思う。
こうして風神雷神図屏風は大きな評価を獲得して、光琳は苦境を脱した。
模写した風神雷神図屏風はむしろ尾形光琳オリジナルとされていたという。
このふたりとも、京都の経済界をバックボーンとした絵師・作家。
そのことは抜けがたく、職人的なというか、町衆的なというか、
ベースのところに商マインド、空間装飾としての要素がある。
キリスト教的世界や仏教美術での神仏に奉仕する美術、といったような
そのような傾きから相当に自由な表現世界。
そういった体質を琳派芸術の基本として刷り込んでいったと思う。
そんな琳派が、大好きであります。
で、きのうも書いた山種美術館でありますが、
上の写真はその山種美術館正面壁面を飾る陶板美術です。
以前から、来る度に見ほれていたのです。
今回の訪問した展示で、この作家、加山又造さんという名を知った。
陶板は総数120枚だそうで、構成する画面寸法は2.5m×4.16mが2面。
山種美術館のために創作したものだそうで、
画題取材で鹿児島を訪れ、彼の地で海面の波濤と
一斉に飛び立った鶴たちの集団群舞が、その音響のすさまじさとともに
強く創作意欲を掻き立てて、このような現実にはありえない、
鳥瞰的画面構成にまとめあげている。
琳派という美術の流儀には、デザイン性要素が色濃い。
様式化というか、デフォルメであったりする表現性が強いと思うけれど、
この作品には、壁面を飾るという建築装飾目的への昇華がある。
用のデザインとも言うべきなのでしょうか。
スタッフのみなさんに聞いたら、この壁面は写真OKということでしたので、
たいへんうれしく、撮影させていただきました。
背景は石材が貼られた壁面であり、陶板はまことに似合っている。
その目的に照らして、作品性と空間装飾性をみごとに調和させている。
琳派らしい表現ではないかといつも思っていた次第です。
Posted on 5月 21st, 2018 by 三木 奎吾
Filed under: 住宅マーケティング, 日本社会・文化研究
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