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非常食と日常生活

きのうから、福島県いわき市で行われている
「地域安全学会」の東日本大震災フォーラムに参加しております。
まぁ、いわきということで旧知の方の近況も知りたいし、
その活動の取材と言うことも念頭にあってという次第。
地域安全学会、というのは聞き慣れない組織なのですが、
参加して聴いていると、まことに幅広い領域での研究が行われております。
応急仮設住宅の研究から、被災者の行動分析まで、
ふだん聞き慣れない情報を聴くことが出来て
大変、新鮮な視点を提供していただいています。
そんななかで・・・。

非常食についての研究発表まで行われておりました。
大震災や、大きな自然災害などうち続いている日本社会ですが、
そういったなかにあっても、非常食というのは
やはり、熱しやすく冷めやすい日本人気質のまま、
いま、大量に「期限切れ」の事態に直面している。
非常食の「期限」はおおむね5年程度のものが多いそうです。
メーカーによっては、
期限切れになる1年前に「下取り」して、
世界の「飢餓地域」に流通させる仕組みに取り組んでいる会社もあるそうです。
さらに期限切れを前にして、1年前や半年前などの
タイミングでそれをユーザーに告知までしているのだとか。
一方で、
「喉を通らなくて、食べられない・・・」という声も多いそうです。
非常食が、ふだん食べている食品ではなく、
それこそ「ストック用」であるということが、阻害要因だというもの。
写真は、三陸海岸の漁業関係の会社が取り組んでいる缶詰め。
漁という、これも不定期性・非連続性の生産活動を
獲れすぎたときに非常用ストックとして利活用させているのだそうです。

そういえば、きのうお話を聞いた限りでは、
いわき市の小名浜漁港などで活発な水揚げが始まり、
築地などでも、そのままの産地表示で
高値で売買されるケースが増えてきているそうです。
もちろん安全基準は満たされ、確保された上での出荷。
まことに喜ばしいと思います。
いわきは、放射線量もきわめて低レベルで推移していて、
原発被災地からの避難者のみなさんも、気候風土が似通っている都会と言うことで
多くの人が集まってきている。
活気に満ちているなぁと言うのが、実感であります。

ジャズのある豊かな時間

昨晩は、アメリカから帰ってきていて
あちこちでライブをこなしているジャズマンの笹島明夫くんを聴きに行きました。
で、会場は、これも高校の先輩に当たる建築家・豊島守さんのオフィスビル最上階の
ライブスポット・KENNY BURREL。
顔を出してみると、これも懐かしい人たちばかり。
また、初対面の人とも簡単に親しくなれる雰囲気。
出掛ける寸前になって、ちょっとしたトラブルがあり、
会場に滑り込んだのは、スタートの直前だったので、
親しい友人たちとはあんまり会話を楽しめなかったのですが、
まぁ、かれらとは、いっしょにいるだけでも
いろいろなコミュニケーションになっているので、目線でも会話できる。

笹島君のお母さんは最近90歳になって、
介護付きの施設に移られたのだとか。
そのような話題を耳にするケースがあちこちで散見されます。
私たち自身も還暦を迎え、
親の年代も当然ながら、元気であればそういった状況になってくる。
高齢化時代というのは、
でも、元気な中高年、という存在も大量に生み出している。
笹島君の演奏は、相変わらずエネルギッシュで、
ときに繊細に、ときにパワフルに、
ギターって、こういう音色も出せるのかと驚くような
いろんな表現の階調を響きだしてくれていました。
でも、よく聞いていたら、口からまるで打楽器のような音も発していて、
「おい、笹島、最近打楽器も始めたんだ(笑)」であります。
ジャズって、その演奏者たちの個性が感じられてくるモノですが、
きのうは、パワフルなピアノの板谷さん、
叙情的で、抑揚の効いたベースの重松さんとカラフルな色模様。
なかでもドラムスの館山さんは、
本当にバラエティ豊かな音をさまざまに聴かせてくれていました。
気がつくと途中では、スティックをさまざまに替えていって
繊細なリズムから、乾いたリズム、重厚なリズムと多彩な音空間を作っていく。
終いには、アフリカンな音色が響いてきたな、と思ったら
なんと、手で直接ドラムスを叩き始めている。
それも指を立てて強く叩いたり、指をまとめてやわらかく叩いたりと
音の豊かなグラデーションが万華鏡のように響き渡ってくる。
そんな豊かな音の時間空間が、肌にここちよい気温の札幌らしい夏の夜を
彩ってくれておりました。

会場提供者の豊島さんは、きのう東京出張で
終わり近くの閉演1時間前くらいに懐かしい顔を見せてくれておりました。
ちょっとしたインスピレーションもあったので
あるご案内も差し上げたところ、すぐに乗ってもいただけた。
まさにジャズって、コミュニケーションが一気に進むチャンスを作ってくれる。
それ自体がコミュニケーション的な音楽であり、
同時にそういった雰囲気を提供してくれるものなのだと思わされた一夜。
わたしは本日早朝から出張が入っているので、
直来の時間が始まっていて楽しげな雰囲気に後ろ髪引かれながら、
カミさんに迎えに来て貰って帰って参りました次第。
あぁ、楽しかった。ありがとう、笹島君。

生き物たちのたたかい

カラダが散歩になれてきて
すこぶる体調が良くなってきております。
やっぱり人間は動物なので、ふつうに身体感覚が呼び覚まされている必要がある。

で、散歩を心がけていると
身の回りでの自然動物たちへの見方もやや変化する。
写真は、毎日歩いている北海道神宮境内で
ほぼ毎日のように遭遇するキタキツネであります。
わたしは、かれらを見るとすぐに
エキノコックスの病原菌のかたまり、というパブリシティが
頭をよぎるので、交流することはありませんが、
たくさんの人たちが可愛がっているようで、
ふとした目線のしぐさを見せると、餌をくれると思って近づいてきたりします。
わたしにはその気がないことを段々理解してくれて
「距離感」がだいたい確定してくる。
エゾリスとかも多くて、だいたい人間には大人気であります。
そんなふうな自然動物との相思的な関係に気付いてくると、
いろいろな変化にも敏感になって参ります。
きのう、事務所駐車場に着くと、なにか、カラスが騒がしい。
どうしたのかなぁと気になっていましたが、
その後、デスクから正面の窓を見たら、
植え込んでいるカツラの木にカラスが止まっている。

そんなに高さの高くない5〜6mほどの木なので、
カラスのような大型野鳥がハネ休めするには、違和感がある。
ふだんはこの木に長く止まっているということはない。まぁスズメ程度。
どうもかれらの世界で何かが起こっているようなのです。
で、観察していると、やや離れた上方の電線の上でカラスが2羽騒いでいました。
このカツラの木の中のカラスを気遣っているのか。
カツラのカラスを見てみると、どうもハネを気にしているしぐさ。
で、なかなかカツラの木から離れていかない。
どうも、なにか事故に遭ったかで傷ついているかのようなのですね。
そうしてみていると、やや離れた位置から警告のような鳴き声を周辺に聞かせている
カラスどもは、どうもこの傷ついたカラスの関係者。
巣立った後の、この傷ついたカラスを見守っている親カラスかも知れない。
なんていう、想像も沸き起こって来る次第。
カラスという種族とはあんまり仲良くしたくないほうなのですが、
まぁ、こういう窮鳥には多少は情けも感じる。
ややうるさいくらいのことなので、我慢してやろうかと思っておりました。

で、仕事を片づけていて、
ふと気付くと、あのカラスの姿が見えない。
傷は癒えないまでも、飛んで行くには可能なほど体力が回復したモノか、
そうかそうか、と安堵しておりました。
で、用事があってクルマに乗って出掛けようとしたところ、
くだんのカラスとおぼしき死骸が、車道路上に展開していたのです。
一部、内蔵も露出しているような状況から判断すると、クルマにでも刎ねられたか。
当社駐車場から10数メートルほど離れた場所。
「・・・むむむ」という次第ではありましたが、
要件の約束時間も迫っていたので、そのまま外出し、2時間後帰って来たら
その死骸も、片付けられていました。
あのカラス、ではないかと思うのですが、
どのような経緯で、あのような最後を迎えてしまったのか、
ただただ想像するしかありません。
まことに生き物の世界、万物流転・諸行無常の思い、迫ってくる次第。
畜生ながら、こころのなかで合掌いたしました。
この変わらない日常の世界は、実は
まことに厳しい生存競争と掟が支配する世界なのだと思い致されます。

普通の国になるには

わたしは1952年の生まれです。
この年の4月には日本はサンフランシスコ講和条約が発効して
一応は国際法上は、7年間の占領期間を経て日本は独立した。
戦争に負けたのだから、仕方がないのだけれど、
その後の日本って、アメリカの傘の元で生き延びてきた国家であることが
世界の中での基本的な位置関係。
イヤだけれど、アメリカの属国的存在であるという認識からしかスタートのしようはない。
それが冷厳な現実なんだけれど、
国内だけの動向で見ていれば、どうもその視点を忘れがちになる。
アメリカによる占領支配の痕跡は、いったいどんなところにあるのか、
今日では、そういった視点すらなかなか見えにくい。
けれど、ある国が多くの犠牲を払ってある国をコントロール下に置いてから
その「コントロール権」を簡単に、平和的に手放したりするだろうか?
歴史の必然で言えば、そういったことはありえないだろう。
国内でいがみ合う前に、こういう冷静な分析に踏まえてから論議した方がいい。
ただ透明な言論のなかで、そういうことが可能なのかどうかはわからないけれど。

世代論で言えば、わたしたち世代は、真空的なこういう空気の中で
しかしアメリカ的な「民主主義」の仮構的自由の世界を生きてきた。
日本という歴史時間は確かにあるけれど、
その民族としてのアイデンティティ・正統性に対して
懐疑的であることをあらかじめ押しつけられる社会。
無意識のうちに、日本人的であることを否定的に考えてきた空気感の中にいた。
与えられた「自由」は、本然的な意味の「自由」ではない。
あらかじめアメリカの世界支配体制の中での、
その範囲を決して超えてはならないなかでの「自由」だった。
戦争に負けた国民がふたたび立ち直るとき、
普通であれば、「なぜ負けたのか」という自問自答からスタートすると思うけれど、
アメリカは、そういった基本視点をも簡単には許してこなかったと思う。
事実、戦後の論壇や政治の場面でこういう論議はほとんど聞かれなかった。
このように形作ってきたアメリカの日本社会に対する戦略の骨格部分は、
現在の日本社会のすべての「既得権益層」に、その痕跡はあるのだろうと思う。
そのなかでもマスコミというのは、世論を形成するという意味で
こういった支配体制の中で、もっとも有用な存在であることは明白。
わたしたち日本人は一見自由に見えるけれど、しかし、
真綿のような「支配体制」の中でしか、世論も持てないし民主主義も行使できないのだ。

で、こういうような現実を、わたしたち世代は
無自覚なまま、次世代に「引き継いで」いかなければならないのだろうか。
どうしていけばいいのだろう?
たぶん独立的な、「普通の国」的な志向はつぶされ続けるだろう社会、世論支配の中で
本当の意味での「日本の道」を考えて行くには、どうすればいいのか?
軍事的にはスーパーパワーとしてのアメリカの支配体制のなかでしか
わたしたちの生きていく方向性はない。
たまたま、軍事的な徹底的敗北を喫したこと自体は、
世界史的に見て、そう恥じることはないのだろうと思う。
一方、冷静になって、アメリカの世界戦略はどうなっていくのか、ということを
踏まえていく必要性は高いだろうと思う。
そしてアメリカの戦略的方向と、対極的な国家運営は日本は現実的にできない。
なんといっても、わたしたちの国には駐留米軍が存在しているのだ。
あれは日本を守るというのは建前で、いつでも「占領を回復する」装置なのだ。
アメリカから見たら、対中融和的な、日中基軸的な方向性に
田中角栄が、そう見えるような動きを示した途端に
一気につぶされてきたのが、現代日本にとってのかなり大きな歴史の教訓とも言える。
そこからアメリカもその植民地的国家社会に推奨(?)している
「権力腐敗」の告発、という価値観を主にマスコミを使って発動され、
「政治と金」というタブーの極大化を強制され、
その末に今日の官僚中心的な、日本の権力構造がある。
また、今日の「嫌中・嫌韓」的な世論というのは、やはりアメリカにとって
そうであったほうが、かれらの世界戦略からして有用性が高いと判断しているのだろう。
アジアは、分断的にしておきたいのだろうと思う。

まぁ、考えてみれば幕末・明治以来、私たちの日本という国民国家社会は
常に、こうした「欧米的価値観」と向き合いながら、
薄氷を踏むように、世界のなかでの生き延びる道を考え続けてきたとは言える。
そういう視点を、わたしたちはふと数十年間、忘れていただけなのかも知れない・・・。

都市の緑面積の拡大を

仙台は戦争で空襲を受け、
市の中心部が焼け野原になってしまった。
東京の代替都市としての計画があったことで、
アメリカの空襲計画の重点的なターゲットにされた。
そこから都市計画をやり直して、中心街に大きな通りを確保し、
その通りにケヤキの並木を植え続けてきた。
司馬遼太郎さんが仙台について書いた文章の中に、
仙台市の地域計画に与る行政担当者が、
伊達家以来の「残すべき伝統・地域性」について悩んでいるという記述があったけれど、
いま、この夏の暑い時期に仙台を訪れると、
「杜の街」という素朴なコンセプトが実現していて、
都市空間として、なかなか秀逸ではないかと思える。
そんな街の雰囲気がほんのちょっとした小空間にも及んでいて
写真のようなちょっと古めのビルなんですが、
街路樹を工夫して2階のベランダまで一体化したような緑が覆っている。

そこには、こんな小径が実現していて
緑の高さも、人間が行き交うギリギリに設定されているので
光合成が生み出す生物的呼吸感が、歩くひとにも迫ってくる感じがする。
ビルの1階は店舗群で、ときおり打ち水も心がけているようで、
そういったここちよさを売り物と心得ているかのようです。

ひるがえって札幌の街ですが・・・。
残念ですが、ふさわしい写真はありません(笑)。
札幌は街を離れれば、ゆたかな緑の環境が自然に近い感じであるのですが、
そういうことにアグラをかいて、都市緑化については
どうもあんまり熱心ではなかったように思う。
確かに冬の除雪のことを考えれば、並木は「邪魔者」という考えも
わからなくはないけれど、
その対応は、文化的とはとても言えないのではないか。
札幌市の中心街では、「並木道」というような奥ゆかしさの感じられる道が存在しない。
北大構内の「ポプラ並木」も、先年の風台風で無残な姿になってしまった。
大通公園もほかの日本の大都市の公園の杜の景観とは比ぶべくもない寂しさ。
雪祭りイベント会場としての使いやすさ優先で、
この夏の時期のカンカン照りに、ひたすらさらされる広場空間になっている。
こういう潤いの無さでは、
独自な精神的文化は育つことがないのではないかと
そんなさみしい思いをずっと感じ続けています。

滴るみどりの中を

暑い日が続いていますね。
人間は生きている時間の中で
ほぼ人工的環境の中におおむねいるんだそうですが、
高断熱高気密な住環境の中で安定的な居住環境を獲得している人間は
まったく新たな経験を積み重ねてきているのかも知れません。

そういう環境の中にいて
新鮮な外部のみどりのなかを毎朝散歩しています。
写真は、毎朝見ている北海道神宮周辺の緑道の様子であります。
この周辺は「円山自然林」として保全されていて、
開拓以前の北海道の自然環境がそのまま生かされている一角。
針葉樹と広葉樹が混淆している自然林。
こういったみどりの中にいる時間は、本然的にここちよい。
なにより視線的にみどりの生み出すグラデーションや、
小鳥たちのさえずりの気持ちよさ、
風が渡っていく爽快感。
みどりの中というのは、高等霊長類にとって、
まさにDNAが全部で感受するここちよさを持っているのでしょうね。

一方で、
わが家は1〜2階がコンクリートブロック造ですが、
とくに1階では昼でも夜でもおおむね24度の室内気温を維持しております。
しかし、冷房運転などはしておりません。
新築してから21年目なのですが、断熱がしっかりして
なおかつ、蓄熱、夏には床壁天井とも「蓄冷」しているので、
1年を通して室内気温は一定で、まことに過ごしやすく、ここちよい。
日射取得熱はほぼ遮られ、断熱がしっかりしているのです。
外気がきびしい暑さに見舞われるこの時期になると、
住宅の性能と言うことが、まさに実感できる。
どんなに暑い時期になっても、わが家の1階・2階にいれば忘れて過ごすことが出来る。

このような外部と室内の環境を行ったり来たりしています。
まさに夏の北海道は、天国に一番近い島であるのかも知れません。
ふつうの暮らしがいちばん楽しくここちよい。
そんな小さな幸せを感じている昨今です。

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靖国で感じたこと

きょうはちょっと政治的なテーマです。悪しからず。

ここんところの日本のシステムの停滞を見るに付け、
どうも日本って、独立国家とは言いにくいのではないかと思えてなりません。
アメリカによる占領という戦後史の基底的な出発があって、
外交的独自性のある動きは大きく制約を受けているのが実態。
対中国交樹立に動いたニクソンショックを受けて
田中角栄が、独自ルートで中国との国交回復を実現して
その直後に大々的に金権批判が起こり、ロッキード事件で失脚させられた。
あのとき、あの異常な「金権批判報道」とは一体何だったのか、
あれ以来、対米追従を再度徹底することが基本的な日本権力のスタンスになった。
鳩山さんはたいへんマスコミの評判が悪いけれど、それなりの抵抗は示したと思うけれど・・・。
日米関係が日本外交の基軸だ、という言い方は
要するにアメリカの言うことには、少なくとも国際関係ではなんでも従うということ。
こういった国のありようでは、非常にゆがんだ政治システムにならざるを得ない。
日本のシステムでの「官僚優位」って、
こうした権力構造にその淵源があると思われます。
政治システムは一見、民主主義的に運営されているように見えて
その遙か上位に、アメリカの世界戦略があって、
それに従属することが大前提になっている。
であれば、官僚システムを政治がコントロールするなどというのは、
政府支出の出先についての口利きくらいしかありえないだろう。
アメリカの支配体制の衛星的国家群では繰り返し「腐敗」が問題とされてきたけれど、
日本の政治権力というのは、戦後、おおむねこのように運営されてきた。
独立的権力行使や、国家関係の中できわめて「国家戦略的に」判断するということが
あらかじめ失われている権力は、必然的に腐敗くらいしかすることがない。

そんなことを漠然と思い始めていて、
そのように見切ってしまえば、これは出口なしとしか思えなくなる。
欧米国家間の独立的な外交関係を国際関係のひとつの理想と考える思考があるけれど、
そしてそれを対岸の理想として、わが国を卑下するマスコミ論調というのがあったけれど、
なにをかいわんや、だと思う。
そういう独立的な国家戦略など、アメリカは日本に対して認めていない。
そして日本のマスコミは、むしろこうしたアメリカ権力迎合一辺倒で来たのではないか。
こうした閉塞感から、日本独自な権力の志向を考えてみたくなって
靖国神社に初めて行ってみた次第。
どんな論理構築をしているのかと、確認してみたくなったのです。
国家のために殉じた命を奉っていくこと自体は、当たり前のことだと思う。
しかし、展示を見終わって残った感想は、短絡的な国粋主義としか感じられなかった。
案外中国からの観光客が多かったのが印象的というくらいでしょうか。
やはり圧倒的なアメリカの影響力の中で、
もっと冷静な日本の国際戦略を考えてみるべきではないのか。
ただエネルギー政策でも、日本は独自に動くことを禁じられていると思う。
原発がなかなか動かなくなって以来、
日本のエネルギーは完全にアメリカの戦略に制圧されているという声がある。
ある大学教授によれば、国際相場から見て大変高いコストを支払わされているという説。
・・・なんとも暗澹たる気分になってしまう。
しかし現代の国家安全保障とは、間違いなくエネルギー戦略そのものであることは
きわめて明白ですよね。
結局、靖国が戦争終結から思考が止まり続けているように、
戦後の日本政治システムは、一歩も独自には歩んでいないのではないでしょうか。

健康診断・無罪放免

さて、ことし1月の定期健康診断で、
「糖尿病予備軍」というように認定されて以来、
一向に改善しない血液検査の定期検査を続けて参りましたが、
昨日、ここ1カ月ほど取り組んできた早朝散歩が効果を発揮し始めたのか、
ついにおおむねの数値で劇的に改善が見られ、
お医者さんから、無事、無罪放免の許可が出ました。
前日には、多くの知人のみなさんとのバーベキューパーティも欠席し、
万全の体制で早朝の血液検査に臨んだ次第ですが、
そういった詰めの努力も実ったようであります。
でも、ほんとうは一昨日も暑かったし、
く〜〜〜っと、ビールで喉を潤したかったのですが(笑)・・・。

まぁまことに個人的なことがらであって、
ブログに書くべきかどうか、という話題ですが、
やはり率直にうれしい。
薬の服用で下げたのではなく、運動を心がけて改善したのが
たいへん誇らしく、清々しい思いが致します。
さぁ、お祝いにぐ〜〜〜っとビールで乾杯したいところですが、
来週火曜日、会社の駐車場で行うビアパーティまで我慢していようと思います。
今回の数値改善の歩みは
まことに遅々としておりました。
途中、風邪の症状がなかなか改善しないというようなこともあって
集中的に取り組めない状況も続いていたのです。
で、散歩の習慣はズルズルと先延ばしになればなるほど
ついつい、おっくうになっていっておりました。
人間、自分のだらしなさと正面から向き合うと言うことはなかなか厳しい。
でも、まわりのみなさんの励まし・協力もあって、
ようやく散歩を復活させられた。
良く前から感じていたのですが、散歩って、
その途中で「考える」ことが多い。
で、散歩中の考え方って、「前向き」であったり、前進的であったりする。
人間は動物なので、こういうカラダで考えるというのは
非常に影響力が大きいものなのだと思います。
カラダが自然に前に向かっていけば、考え方もそれと同期していく。
最近、そういったことが強く実感されてきています。
さてよかった、これからあんまりお医者さんにお手数をかけないように
自分で出来る努力を続けていきたいと思います。
ありがとうございました。  ほっ・・・。

テーブル高、5cmの戦い

わが家の改装計画もそろそろ大詰めになってきております。
ようやく最後の居間のブラインド、ハニカムサーモスクリーンの見積もりも上がってきました。
さてようやく、というところなんですが、
カミさんと意見が合わずに、そのまま「じゃぁ、しょがない」と妥協していた
70cmに設定したテーブルの高さ、やはり気になります。
わたしは当初から、65cmを主張していたのですが・・・、
こういうのは夫婦でしっかり話し合うしかないのですが、これがなかなか難しいですね。
きのうも、建築の専門家・武部建設さんと話していて、
施主さん夫婦と建築側との関わり方、っていうような話になりまして、
最後は人間性の問題になってくるというのが結論だった(笑)。
考えてみれば、夫婦と言っても違う人間が、同じ住環境を共有するのに
どういった「会話のプロセス」を経て結論を出していくのか、
それ自体は、やはり夫婦関係に依存するしかない。
ことはたかが5cmのことなんですが、
そこから惹起する夫婦の考えのバトルを想像すると、
つい、「まぁいいや」と手を打っていくしかない、と思わされるのですね。
でも、そうすればそうするほど、かえって気になってくるから不思議。
どこに行っても、見ても、テーブルの高さに目が行ってしまう。
そんなときにふと訪れたそば屋さんのテーブルが上の写真。

で、こちらがわが家のテーブル。
あんまり高さを強調しないアングルの写真ではあります(笑)。
同じように無垢材利用なんですね。
で、上の写真の店では、お店にお願いして高さを測らせて貰った(笑)。
もちろん、そんなメジャーはなかったので、
お店の人に頼んでメジャーまで探して持ってきて貰ったのです・・・。
なぜそうしたかというと、この椅子とテーブル面の高さバランスが
イメージにピッタリだったからなのです。
膝がテーブル下面につくくらいなんですが
それは思うほどには、まったく気にはならなかった。
第一、このテーブルの厚みは20cmくらいあって、わが家の無垢板の倍はあります。
やはり案の定、測ってみたら65cmぴったりであります。
わたしの身長と、座高高さその他の身体条件には、
どうやらこういった寸法が親しく感じられるのだなぁ、と再認識した次第。

なんですが、さて、
こういうのをどうやってカミさんと争論にならずに納得させられるか、
息の長い戦いが必要だなぁと、ため息をついております(笑)。

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オフィスの環境居住性

仙台のオフィスの今回のリニューアル、一段落しました。
「仕事の環境」って、
その職種によって、企業の個性によって、
まったく違うものだと思います。
当社の場合には、活動範囲が東北一円から場合によっては
関東にも出掛けるようなことも多く、
まずは、クルマの駐車のことがあります。
現状の事務所は、仙台駅、それもクルマでのアクセスのしやすい東口側まで
クルマで約5分程度、徒歩では約15分くらいでしょうか。
電車利用だと、「仙石線」榴ヶ岡駅から徒歩5分。
駐車場は野立ての路面駐車でアクセスがきわめて容易。
また高速ICまでは、仙台東が直近ですが、おおむねクルマで10分程度。
っていうような立地条件にあります。
昨年の震災以降、環境構築については現地スタッフに任せきりで
まぁ、「応急仮設」的な状況で推移してきていました。
そういった状況、今回のリニューアルで少しでも改善したかった次第。
まぁ小さい事務所ですが、それなりに居住性が向上いたしました。

で、きのうは仙台空港周辺の
わたしや、札幌からの出張スタッフが東北での移動に利用する
車両の駐車場契約も済ませてきました。
以前にも周辺の駐車場、月極で利用していたのですが、
津波被害以降、駐車場自体がなかなか営業開始しておりませんでした。
ようやく、そういった活動を受け入れている駐車場と契約出来た次第。
場所は仙台の空港の国際便の側から徒歩でも5分ほどの立地。
なのですが、まだ周辺はがれきがようやく撤去された、というような状況の場所。
津波被害以前から営業していた事業者さんなのですが、
全部、津波で流されて、今現在もまだ電気が来ていないし、
固定電話も引くことが出来ないのだそうです。
しかし、お話をしていると人間的には信頼できそうなタイプ。
その経緯を聞いていると、よくぞここまで立ち直ってきたなと思えました。
まぁもう一度津波が来たら、預けるクルマは諦めざるを得ない立地ですが、
動産であるクルマの保管としては、許容しうる範囲内と判断した次第。
今回の震災を経て、リスクのマネジメントということが、
現実的な計算に反映されてきていることを実感しますね。

そういえば、事務所の間仕切り壁などでも、
要所には耐震性の確保を心がけていますが、
そのリスクとのトレードでの利便性とのバランスシートが
かなり明確なポイントで見えてきていると思いますね。
そんなことですが、
まずとりあえず、最近増えてきた直接雑誌の購入希望の方にも
対応できる程度の環境は確保できたと思います。
小さい事務所ですが、
機能性はそこそこ使いやすくなってきましたので、
これからさらに稼働性を高めていきたいものと思っております。

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