きのうは社員研修を兼ねて、ニセコ地区での活況な建築群探訪。
知人で以前、Replan誌で写真撮影の仕事を依頼していたイギリス人がいて
そのかれが、この地域で飲食店や高級リゾートホテルZABORINを経営している。
イギリスからオーストラリアに家族で移住した後、
かれは単身で日本にやってきて北海道で日本人女性と結婚して住み着いた。
・・・っていうようなことについては、また機会があれば。
で、そのかれのやっているホテルZABORINのフロント正面に写真のような
屏風絵を発見したのです。
たくさんの建物を探訪する過程での1物件で、
総勢20人弱の当社スタッフと同行だったので、詳細までは聞けなかった。
入手したのは古美術品商からということ。
断片的情報としてはこの絵の他に同じ6双の対の屏風絵の片方があること。
そっちの方には、画家のサインがあるようだということ。
それは倉庫にしまっているということでしたが、
どうも受け答えの感じではかれ自身は強い興味を持って関与していないようです。
なのでそれ以上は突っ込みようもなかったというところ。
でも、どう見てもこの屏風絵は面白い。
わたしは屏風絵についての深い知識があるわけではありませんが、
それにしても制作年代はやはり相当さかのぼるように思われる。
タッチは古来の大和絵の伝統的スタイルと思われるし、
なんといっても色彩の感覚がなかなかに素晴らしい。
きっと欧米人のかれには、美観的にハマったものかも知れません。
画題としては、蝦夷地へ戦争に負けた武家の一団<奥州藤原氏or義経?>
が落ち延びてきて海岸地帯で現地のアイヌ民族と遭遇した一場面。
こういった画題を屏風絵に描かせた人物がいたわけですが、
制作年代、その人物像、またその製作依頼意図、「取材」の状況など、
深々と興味を刺激されて止まなかった。
こういう画題はやはり蝦夷地についての興味を持った人物の想像だろうし、
まさか、この絵に描かれた武家に連なる人物が描かせたということはないだろうと
思いますが、万が一そうだとしたら、そのことについても想像が膨らむ。
屏風絵というのは制作にそれなりに費用が掛かり、
取材にしても、それなりのスケッチなどが必要だっただろうと思います。
さらに屏風絵の依頼者からの「画題の指示」があったでしょうから、
そのような画題を選んだ意図について、まことに興味が尽きない。
見る限りでは、平安末期〜鎌倉初期の日本国内戦争での敗者、
たとえば奥州藤原氏などが北海道に落ち延びてきて、
現地のアイヌの人々に対して道を尋ねているシーンと思われる。
他のスペースについて説明に忙しいので、支配人さんにこのようなことについて
質問していましたが、どうも残念ながら詳細知識はないようでした。
「この絵について詳細まで聞かれたことは初めてでした」ということで、
あまりみなさん興味を持っていないようですね(泣)。
まぁなんでも鑑定団の曜変天目のこともあるので、真贋がどうこうとまでは
不明ですが、贋作としてもその意図・背景が面白い。
どなたか、こうした画題の屏風絵について、知識をお持ちの方に
コメントをいただければと思います。
Posted on 7月 20th, 2017 by 三木 奎吾
Filed under: 日本社会・文化研究, 歴史探訪
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