きのうの続きであります。 瀬戸内海世界では、とくに本州側・山陽地区、近畿地区は 瀬戸内海に向かって河川が、水運が流れ込んでいる世界。 したがって、この河口地域を抑えれば、 必然的に経済の物流を抑えることが出来る。 そして […]
Posted on 6月 18th, 2011 by replanmin
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きのうの続きであります。 瀬戸内海世界では、とくに本州側・山陽地区、近畿地区は 瀬戸内海に向かって河川が、水運が流れ込んでいる世界。 したがって、この河口地域を抑えれば、 必然的に経済の物流を抑えることが出来る。 そして […]
Posted on 6月 18th, 2011 by replanmin
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写真は、広島県福山市の歴史博物館のもの。 中世の瀬戸内海交易、というか、歴史年代に於いて 瀬戸内海世界がどのような世界であったか、 そういう姿を明らかにしているのが 「草戸千軒」遺跡です。 「千軒」という表現は、たくさん […]
Posted on 6月 17th, 2011 by replanmin
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最近知ったのですが、 旭川にはいくつかの変わった名前の街々がありますね。 御料とか、神楽とか、聖野とか、八千代とか、 皇室を連想するような名前がある。 ちょっと奇異な気がしていたのですが、 調べてみると、「上川離宮」計画 […]
Posted on 6月 12th, 2011 by replanmin
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先日の京都出張の時に クルマで移動していたので、前から一度見ておきたかった 「平等院鳳凰堂」を見てきました。 なぜか。 東北を知る度に、平泉の藤原氏というものがどういった考え方だったのか その相方として、貴族の藤原氏との […]
Posted on 6月 8th, 2011 by replanmin
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写真は、先日見に行った旭川博物館の展示から。 北東アジア民族の靴です。 たぶん、マンモスハンターの末裔であるかれらは 海洋生物の狩猟に優れた能力を見せていた民族のようなのですが、 アザラシとかの獣皮を加工してこのような見 […]
Posted on 5月 31st, 2011 by replanmin
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江戸期には、わが家は「阿賀屋」という屋号を名乗っていたということ。 丸にあの字のマークも使っていたのだそうであります。 そういうことで、商家や庄屋を伝統的に営んでいた。 たとえばきのう触れた神埼郡のお宅のように 一国庄屋 […]
Posted on 5月 29th, 2011 by replanmin
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今回の関西出張の折に かねてよりの念願であった、わたしの家系伝承の地を見たい、 という思いを一部、叶えることが出来ました。 兵庫県から、広島県に掛けて 長年調べてきていたわが家系の痕跡が残っている場所が点在しています。 […]
Posted on 5月 28th, 2011 by replanmin
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京都出張での見学先のひとつであります。 歴史民俗博物館の日本建築の特集企画では 「日本の木造住宅の原型」とされています。 室町時代後期、ということなのですが、 なぜ、室町期というのは今日に至るさまざまな文化伝統が そこか […]
Posted on 5月 27th, 2011 by replanmin
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きのうの続きであります。 アイヌ社会の生き生きとした展示で ひときわ面白さが際だっている旭川市博物館の展示より。 アイヌの社会では、 たとえば、結婚に際して男性がその新居の構造材料を切り出してきて 茅葺きなどの作業はコタ […]
Posted on 5月 19th, 2011 by replanmin
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写真は、先日行ってきた「旭川市博物館」での展示ジオラマ。 アイヌの歴史への洞察の鋭さが表れているものです。 アイヌの住宅遺構を発掘していくと、 さまざまな状況への洞察力が働くようで、 この鍛冶職人は、春から夏の期間、この […]
Posted on 5月 18th, 2011 by replanmin
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