このマンガは先日見学した「最上徳内記念館」での掲示から。 わたしは現在67歳で昭和中期に生まれて教育を受けた。 そのときには江戸時代というのは「士農工商」の強固な身分制、 っていうように教えられてきた。 そういう基本的な […]
Posted on 5月 31st, 2019 by 三木 奎吾
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このマンガは先日見学した「最上徳内記念館」での掲示から。 わたしは現在67歳で昭和中期に生まれて教育を受けた。 そのときには江戸時代というのは「士農工商」の強固な身分制、 っていうように教えられてきた。 そういう基本的な […]
Posted on 5月 31st, 2019 by 三木 奎吾
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祓川と須賀の滝 (はらいがわ・すがのたき) 昔、出羽三山詣での人々は必ず祓川の清き流れに身を沈め、 水垢離をとり三山への登拝の途についた。 滝は承応3年(1654)時の別当天宥により月山々麓水呑沢より 約8kmの間を引水 […]
Posted on 5月 22nd, 2019 by 三木 奎吾
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きのう書いた国宝・羽黒山五重塔続篇です。 五重塔という建築はお釈迦様の墓、というような意味だそうですが、 宗教性を持った建築そのものですね。 住宅というのは、こういう志向性を持つということは少ない。 いわゆる大工という存 […]
Posted on 5月 21st, 2019 by 三木 奎吾
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きのうは山形県を探訪。 前から気になっていた「紅花」についてよく知りたかったのと、 北海道探検でゆかりのある最上徳内さんの記念館探訪。 紅花というのは、北海道のニシンが江戸期の各地の綿花生産に 不可欠な「金肥」として活用 […]
Posted on 5月 19th, 2019 by 三木 奎吾
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さて長かった令和はじめの連休も今日まで。 みなさん、いかがお過ごしでしょうか? 若くもないわたしども夫婦としては、あちこちの軽い遠出くらいで ゆっくりと骨休め中心で過ごしておりました。 仕事のことは気には掛かるけれど、 […]
Posted on 5月 6th, 2019 by 三木 奎吾
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わが社仙台オフィスから東南方向約5kmくらいにこの古墳があります。 1kmくらいには「陸奧国分寺」もあり、遺跡がいろいろにある。 札幌や北海道では感じられない古代からの消息が空気に馴染んでいる。 この古墳は4世紀末の築造 […]
Posted on 5月 5th, 2019 by 三木 奎吾
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平安期仙台の大きな自然災害による公共事業の大崩壊事件。 まぁ、現代で言えば東京スカイツリーがポッキリ折れたようなもの。 承平4年(934年)閏1月15日に、国分寺七重塔が雷火で失われた。 このとき塔頂の銅製飾りが落下し地 […]
Posted on 5月 3rd, 2019 by 三木 奎吾
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きのう「仙台市博物館ではなく伊達氏博物館?」みたいに書いたら、 「そりゃぁあんまりでは」みたいなコメントが。 それもその通りかもとやや反省しております。 ただ、わたしとしては伊達氏がこの地を支配するまでにも、 多くの人類 […]
Posted on 5月 2nd, 2019 by 三木 奎吾
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さて今週が終わると、新天皇即位関連の大型連休が始まりますね。 それまでに片付けなければならない案件が山積なのですが、 どうなるか、頑張るしかない。 なんですが、しばらくカラダも酷使してきたので、 きのうはひたすらの体調調 […]
Posted on 4月 22nd, 2019 by 三木 奎吾
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写真は先日参詣した中尊寺の「本堂」であります。 慈覚大師円仁さんの開闢と伝えられる天台宗の由緒正しき寺院。 奥州藤原氏がその財力を傾けて、 北方に日本とはやや異質な地域権力を樹立したことを 明示的に示す意図を持って創建さ […]
Posted on 4月 3rd, 2019 by 三木 奎吾
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