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【東アジア関係史の再認識を 法隆寺と仏国寺-11】

韓国仏国寺の取材写真に導かれ対比としての法隆寺取材写真とともに考えてきた。 年代としては、西暦600年代初頭と750-770年代。 どちらの寺院建築もほぼ「国家的宗教施設」として建設された。 そういう経緯なので自ずと半島 […]

【半島国家と日本の宗教文化の違い 法隆寺と仏国寺-8】

写真は韓国仏国寺の奥の院のような紫霞門に掛かる石橋・青雲橋と白雲橋。 聖なる橋の色として青雲として「青」がここで特定されているけれど、 この青とは建築の組物の着色ぶりから「緑」が想定されているように思える。 日本人も緑と […]

【創建時の国際関係 法隆寺と仏国寺-7】

写真上と2番目は韓国仏国寺の門の建築の様子。 対して3番目は法隆寺の南大門です。 法隆寺の玄関にあたる総門です。三間一戸の八脚門で現法隆寺建立時には中門前の 石段上に立っていたが、寺域の拡大により現在の場所に移転。(国宝 […]

【日本人の仮想現実・ファンタジーへの態度】

昨日Zoomなどでのコミュニケーションのことを書いたら 読者の方から「ひょっとして相方はAIだったりして」みたいな投書をいただいた。 そういった仮想現実的発展が今後進んでいく可能性は高いと思います。 テクノロジーの進化と […]

【天平の天然痘パンデミックと仏教・鎮護国家】

写真は韓国慶州の仏国寺で参観の仏像。 日本ほどに仏教は根付かなかった朝鮮・韓国ですが、 異国で日本社会で広範な宗教施設を見ると強い親近感がある。 日本に本格的に仏教が普及していくきっかけになったのは、 東大寺の建立と大仏 […]

【村入口の道祖神? 韓国「河回村」追想-2】

河回村と漢字で書いて韓国語では「ハフェマウル」と発音する。 とくに「マウル」というのは村というコトバの韓国語表現だろうけれど、 日本のムラという言語以上に思えるほど雰囲気が感じられる。 最初この語感を聞いて、その表現のま […]

【韓国・慶尚北道安東「河回村」追想-1】

古民家探訪記から木造の歴史探訪のような展開になってきたわたしのブログ。 もともとの歴史好きが住宅に関わってきたことから 興味の行方としてはまぁ、ごく自然な展開なのだろうと思っています。 それで「日本のいい家」シリーズを続 […]

【日本特異建築「天主閣」発想は信長/日本のいい家㊳-13】

さてきのう、戦国末期安土桃山時代を画した安土城をみた。 天主という不思議な高層建築への志向性はほかのアジアとは異なる。 三内丸山、出雲神殿という深層の日本建築文化が復興するかのように 旺盛な建築需要、日本中での城砦建築ラ […]

【室町期「大鋸」製材革命ビッグバン/日本のいい家㊳-11】

木材製材の歴史で「大鋸〜おが」は14〜15世紀室町時代に中国から導入された。 大鋸は長さが約2メートルあり2人がかりで左右あるいは上下から 縦挽きに挽いて木材を切る。木材建材の生産能率が飛躍的に上昇した。 竹中大工道具館 […]

【大陸から建築技術導入:法隆寺/日本のいい家㊳-10】

さて古代の日本列島での木造技術を見てきたけれど、 やがてアジア世界との交流が本格的に始まっていく。 天皇制というシステムと統一国家としての統治思想として鎮護国家政策で 各地で国分寺・国分尼寺が造営されて建築として たぶん […]