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【製造商工業者の古民家・オモテ空間④ 四国住空間-42】

江戸期からこの上芳我家は愛媛県・内子で木蝋生産で栄えてきた。 白蝋の大量生産・技術革新がこの家系によって確立したからとされる。 栃木県に芳賀という地名があるが、そもそもはその地から精蝋の技術をもって この地に移住してきた […]

【明治有数の輸出産業を支えた食空間③ 四国住空間-41】

この上芳我家、現在価値にして45億円という明治の輸出産品製造業では おおむね30人程度の雇用を生み出していたとされている。 蝋生産の職人やかれらをサポートする女中さんたちなど。 外観写真左側の主屋から右手に接続した棟がこ […]

【明治期輸出産品「木蝋」事業者の家② 四国住空間-40】

明治期の海外貿易において木蝋という産業の位置がどういったものであったか、 その概観を捉えることから、残された建築への理解は始まるでしょう。 現地では概要のおはなしは説明員の方から聞いたけれど、 いろいろと周辺事実を探って […]

【江戸明治期の「木蝋」生産豪商の家① 四国住空間-39】

さて四国の住空間探訪ですが、わたし的にクライマックスの住宅がこちら。 内子という愛媛県内の山間の宿場町で江戸期には旧大洲藩領。 藩の殖産興業策としてローソクや化粧品原料となる「木蝋」生産に注力した。 先般紹介した「臥龍山 […]

【東讃岐山村農家に見る原風景の暮らし④ 四国住空間-38】

日本人と住宅、という関わりについて その原型のようなものを深く気付かされるような典型例。 床面積11坪、「ウサギ小屋」と欧米社会から言われるような家だけれど、 だからこそ見えてくる日本人家族意識の原風景。 写真上は家族の […]

【いのちを繋ぐおくどさん・東讃岐山村農家③ 四国住空間-37】

「最小限住宅」というコンセプトは戦後の復興期に 東大の建築工学をリードした池辺陽氏が打ち出したコンセプト。 今日では難波和彦氏の「箱の家」シリーズがその志向を継承していると思う。 復興期の家づくりにあたって指針を示してい […]

【日本的イエ意識・東讃岐山村農家② 四国住空間探訪-36】

今日では住宅の床面積はかなり拡大確保されてきている。 「ウサギ小屋」と対欧米社会との比較で言われていた日本家屋だけれど 経済発展の結果、家屋数と床面積は飛躍的に増え、 また「核家族」化と資本主義的な経済活動拠点の都市集中 […]

【東讃岐「ぐるり八間」山村民家① 四国住空間探訪-35】

いまから200年以上前の東讃岐の平均的な山村農家。 寄棟造・茅葺きの11坪というコンパクト住宅です。 「周囲〜ぐるり〜八間」と一般的に呼ばれた庶民の家という。 一般呼称の「ぐるり八間」というのはやや自虐的な愛称のように響 […]

【坂出塩田の父・久米通賢の家② 四国住空間探訪-33】

塩田というのは環瀬戸内海地域の十州が江戸期の最大産地。 そのなかでも讃岐は、一時期日本の塩生産の半分を占めるほどの 地域基幹産業になっていたとされ、その基板となる「入浜式塩田」土木工事で この住宅の主人、久米通賢の主導性 […]

【開放建築の建具技術「掬月亭」⑥ 四国住空間探訪-31】

きのうは皇室とこの栗林公園・掬月亭の関わりを見た。 日本社会のありよう、特質として古代からの「国のかたち」が 皇室の存続という形式で受け継がれてきていることが大きいと思う。 絶えざる「易姓革命」によって独裁権力が維持され […]