たいへんマイナーな夢だったのですが、 わたくし、この度ついに、念願の地、十三湊を見ることができました。 感激いたしました。 東北をたびたび訪れるようになったとはいえ、さすがに 津軽半島の西側日本海本州最北端に近い 十三湊 […]
Posted on 9月 6th, 2008 by replanmin
Filed under: 歴史探訪 | No Comments »
たいへんマイナーな夢だったのですが、 わたくし、この度ついに、念願の地、十三湊を見ることができました。 感激いたしました。 東北をたびたび訪れるようになったとはいえ、さすがに 津軽半島の西側日本海本州最北端に近い 十三湊 […]
Posted on 9月 6th, 2008 by replanmin
Filed under: 歴史探訪 | No Comments »
本日は趣味の世界の歴史探訪です。申し訳ありません。 どうしてもこういうものから興味が離れません。 やっぱり大学で、歴史を勉強しておけば良かったかなぁ、 っていう思いを強くしているのですが、 まぁ、趣味の世界で知識を得る方 […]
Posted on 8月 31st, 2008 by replanmin
Filed under: 歴史探訪 | No Comments »
写真は東京国立博物館で展示されている銅鐸です。 国の宝物、歴史を経てきた「国華」に、ここにいけば会えるのですね。 それこそ、土偶から始まってこの銅鐸など、ずっと考古年代まで含めた 日本民族の宝物ばかりで、しかも常設展示し […]
Posted on 8月 2nd, 2008 by replanmin
Filed under: 歴史探訪 | No Comments »
・・・(奥州の地で は)官軍の兵に限らず、エミシの兵によらず、古来より多くの者の命が失われました。・・・罪もなく命を奪われしものたちの御霊を慰め、極楽浄土に導きたいと願うものであります。 きのうの続きです。 ことし平泉一 […]
Posted on 7月 22nd, 2008 by replanmin
Filed under: 歴史探訪 | No Comments »
古来、タイトルのように伝えられている上奏文が残されています。 大きな寺院を開くときに、朝廷に対して勅許を得るために送った正式文書。 この文書の主体は奥州藤原氏初代・清衡か、2代基衡か、 という解釈論争があるそうですが、書 […]
Posted on 7月 21st, 2008 by replanmin
Filed under: 歴史探訪 | No Comments »
仙台市内の「地底の森ミュージアム」で 「陸奥国大戦争時代」という企画展が開催されていました。 こういうのには弱いので、行って参りました。 っていうか、そもそも「地底の森ミュージアム」という名前も聞いてはいたけれど どうの […]
Posted on 7月 19th, 2008 by replanmin
Filed under: 歴史探訪 | No Comments »
浅草で宿泊したので、日本の民間信仰のメッカともいえる 「浅草寺」を見て参りました。 いま建っている建築群は、だいたいが鉄筋コンクリート建築ですが、 浅草寺って、歴史を見るとなんどもなんども火災で失われては再建する繰り返し […]
Posted on 7月 3rd, 2008 by replanmin
Filed under: 歴史探訪 | No Comments »
きのうのブログの関連で、交易ルートのこと。 平泉の藤原氏居館跡地の発掘作業では大量の陶磁器が出土するとか。 多くは日常使いと言うよりは、今日で言えば弁当箱のような 「かわらけ」が主体なんだとか。 都市平泉は「接待」が主要 […]
Posted on 6月 29th, 2008 by replanmin
Filed under: 歴史探訪 | No Comments »
いやぁ、すごい発見があったのですね。 以下、26日の北海道新聞からの抜粋です。 貝殻跡付いたアスファルト塊 国内で初めて出土 函館・南茅部の縄文遺跡(06/26 09:15) <アワビによく似た貝殻の跡が付いたアスファ […]
Posted on 6月 28th, 2008 by replanmin
Filed under: 歴史探訪 | No Comments »
写真は古代律令制時代の胆沢城の北東鬼門に位置する八幡神社。 胆沢城は、鎮守府の置かれた地で、 一関から盛岡北方全域を呼ぶ「奥六郡」地域のヤマト朝廷の支配の象徴。 歴史では、そういう開設時の思惑は紆余曲折を経ていて、 開設 […]
Posted on 6月 25th, 2008 by replanmin
Filed under: 歴史探訪 | No Comments »