さてすっかりグシャグシャ雪道対応に追われるブログになっていましたが、最近の本筋「四百年間のいのちの履歴書」シリーズはジミジミと探究を続けていまして、ようやく「あらすじ」判明。 歴史ものでも四百年間というスパンのものは […]
Posted on 2月 25th, 2026 by 三木 奎吾
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さてすっかりグシャグシャ雪道対応に追われるブログになっていましたが、最近の本筋「四百年間のいのちの履歴書」シリーズはジミジミと探究を続けていまして、ようやく「あらすじ」判明。 歴史ものでも四百年間というスパンのものは […]
Posted on 2月 25th, 2026 by 三木 奎吾
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さて、この連休、みなさんいかがお過ごしだったでしょうか? 温暖地域からはウメ開花のお便り。まことに麗しい限りと羨望の思いですが、雪国人はただただ肉体酷使の除雪三昧ホリデーであります。南のウメと北のクルマ雪ウメ(泣笑) […]
Posted on 2月 24th, 2026 by 三木 奎吾
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写真はわが家周辺の中学校通学路でのクルマの車輪の「空回り」雪埋め状況。最近の通称では英語の「スタック」というコトバが一般名になってきた雪国晩冬の悲しい風景(泣)。 今年の札幌は例年の1.5倍といわれる大雪に見舞われて […]
Posted on 2月 23rd, 2026 by 三木 奎吾
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ことしは北海道内でもピンポイント的に札幌周辺が大雪の様相。例年だと石狩地方よりも空知、岩見沢方面の方が積雪が多いのが一般的なのですが、ことしは札幌の多雪が極端。写真は、わが家前の中学校側の「雪山」の様子。除雪車が中学校 […]
Posted on 2月 22nd, 2026 by 三木 奎吾
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「四百年間のいのちの履歴書」シリーズ。1718年から1728年のまでの期間中にわが家系は大転身した。 記録を1815年に「原氏由来の事」という巻物として残してくれた三木寛蔵・先祖の記載では、以下のような大転身の内容記述 […]
Posted on 2月 21st, 2026 by 三木 奎吾
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「四百年間のいのちの履歴書」シリーズ。浅野藩領・入野から1718年頃と推定の移転地「松永塩田・今津浜」の探究の項。 家系史の事実確認では、この1743-1771年当時を生きていた「2代三木治右衛門」は、今津塩田から1 […]
Posted on 2月 20th, 2026 by 三木 奎吾
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さて、家系にとって隣藩の福山藩・松永で勃興しつつあった藩総力での塩田事業。 上の地図は「松永はきもの資料館」で確認した塩田地図。松永地域でもたくさんの新開塩田が時系列的に分かれていることがわかる。そのなかで「今津」と […]
Posted on 2月 19th, 2026 by 三木 奎吾
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さて「四百年間のいのちの履歴書」シリーズ、松永塩田へ「藩境を越えた移転」篇。 広島・浅野藩の徴税責任者としての「所務役」であった家系の当主・原平七は1718年の百姓一揆で「打ち毀し」されてしまった。その時点でのわが家 […]
Posted on 2月 18th, 2026 by 三木 奎吾
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昨年後半から取り組んできているわが家系の時系列探究。 時系列的な掘り起こし=系図的な人物特定と、その生きた土地空間を実体験する旅路。とくにわたしは住宅雑誌メディアを作ってきた経験から、空間取材からの想像力刺激が大きい […]
Posted on 2月 17th, 2026 by 三木 奎吾
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自分の家系の過去をたどる、というのは自分のDNA的な「アイデンティティ」を探索する旅。 メッチャのめり込んでしまう。その理由は史的な事実が掘り起こされる都度、同じ体験をいま現在の自分がしたらどう感じるだろうと考えるこ […]
Posted on 2月 16th, 2026 by 三木 奎吾
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