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【専制体制vs「御恩と奉公」契約社会 鎌倉建長寺-4】

なぜこの建長寺について書くのにその前段の武家政権のことにこだわるか、 自分自身で考えてみると、どうも現代にまで至る大陸アジアと日本の関係がある。 日本史では鎌倉幕府という国家体制が成立するのだけれど、 この体制というのは […]

【武士道の基本プランナー・頼朝 鎌倉建長寺-3】

建長寺について書き進める予定なのだけれど、 やはり仏教の日本での推移はそのまま権力争奪史に重なる。 朝廷内部の宮廷政治の流れが学校では日本史の基本のように学ぶが、 それは政治現象のごく表面の事柄であって、 基本的には民の […]

【一所懸命=「所得倍増」侵略計画 鎌倉建長寺-2】

タイムマシンができて日本史で時間旅行ができるようになったら、 やはり平安末期の源氏による権力奪取の瞬間がもっとも刺激的ではないか。 この時代、日本の歴史人口は757万人という推定値がある。 この数字を元に考えると戦争に動 […]

【武士道の創始「日本人の心」DNA 鎌倉建長寺-1】

日本人の精神史、こころの進化プロセスの中で まずは八百万神に由来する神道があって自然崇拝型の精神があった。 そして次いで鎮護国家思想で統一国家を形成確立するのに 仏教が導入され、それが歴史時間とともにさまざまな変化発展を […]

【鎌倉幕府の宗教政策・建長寺と道元 永平寺-4】

写真は江戸期に建て替えられたという永平寺「傘松閣」内観。 日本の政治権力は宗教と歴世、さまざまな関わりを持つ。 仏教導入自体が統一国家樹立に際してのアイコンとして機能していた。 それまで王権がゆるやかな連合国家体制維持の […]

【開祖・道元と後援者「波多野氏」 永平寺-2】

吉祥山永平寺、伽藍建築群空間の探訪ですがまずは背景の把握。 写真は参拝入口、参道、全体配置図。 開山の時代は1192年の鎌倉での武家政権成立からほどない歴史時点。 開祖の道元は1200年生まれ。父親は村上源氏名門・久我家 […]

【秀吉根来攻め兵火も延命「大師堂」 紀州根来寺-11】

天正13年(1585年)紀伊は寺社勢力や惣国一揆といった、 天下人を頂点とする中央集権に真っ向から対立する勢力の蟠踞する地だった。 根来・雑賀の鉄砲による軍事的脅威もさることながら、 一揆や寺社の体現する思想支配そのもの […]

【多宝塔=釈迦のストゥーパ 紀州根来寺-9】

ここのところ仏教寺院建築研究に没入気味(笑)。 個人としてもそろそろ加齢からの仏心が芽生えてきたものか、 とは思うのですが、住宅の現代の姿を長年取材し続けてきて 結局、その住文化のマザーとして宗教建築表現に強く導かれるの […]

【基壇⇒亀腹変化と雨除け「濡れ縁」 紀州根来寺-7】

根来寺シリーズ・伝法堂。こちらは「濡れ縁」の様子であります。 大陸からの仏教寺院建築文化が日本にやってきて徐々に日本独自の発展を見せ 基壇=平面地盤という建築形式から鏡餅のように仕上げた「版築」、 いわゆる「亀腹」にカタ […]

【1400年頃創作の伝法堂本尊3体 紀州根来寺-6】

仏教建築を探っていくとやはり本尊という存在は中核的な位置を占める。 建築と相互に関係しながらその建築の基本趣旨を語るもの。 基本的な宗教的意味を踏まえつつも、衆生として感受可能な表現物、芸術。 宗教側からすれば「広布」の […]