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【史跡「飛鳥宮跡(板蓋宮)」 飛鳥歴史証言-9】

昭和47年に「史跡・伝飛鳥板蓋宮跡」として史跡指定された地域は 平成28年10月に名称が史跡「飛鳥宮跡」と変更された。 日本書紀などでは推古天皇から持統天皇に至る7世紀の約100年間、 歴代天皇の宮が次々と飛鳥の地に造営 […]

【アマルガム中毒を乗り越え大仏鍍金 飛鳥歴史証言-8】

飛鳥の時代のひとつの終焉のカタチは 東大寺大仏の開眼、造立ということだったように思う。 日本という国家、その共同幻想の基軸となった大きな柱は 鎮護国家思想であり、国内諸国に国分寺を建立し 奈良にはその中枢として東大寺を建 […]

【歌垣と芸能・男女恋愛文化 飛鳥歴史証言-7】

歌垣というのは人間の本然・種の保全本能に基づく男女の出会いの場。 そこには当然ながら普遍的な人間模様が表現される。 人類はながい歴史を刻む中で出会いの機会を文化として創造してきた。 万葉集はそういう「歌」文化を基盤として […]

【国家始原の技術力「鍛冶工房」 飛鳥歴史証言-5】

きのうは飛鳥大仏という具体的な金属加工芸術品とその生産を考えた。 文明が進歩発展していくということは めずらしきもの、キラキラしたるものが起爆力として先導していく。 日本国家の始原期・飛鳥の時代において「近代化思想」は仏 […]

【飛鳥寺と「池工房」&聖徳太子 飛鳥歴史証言-4】

ことしは聖徳太子没後1400年ということだそうで、 なかなかかわいらしいイラストによる告知がされている。 飛鳥寺からは摂政であった太子と大臣・蘇我氏の関係性もうかがえる。 上の写真は現地を歩くと飛鳥寺とは指呼の間である飛 […]

【飛鳥寺大仏の金属加工技術 飛鳥歴史証言-2】

さて昨日からふたたび飛鳥の探究をしたい、それも金属工房などをテーマに、 と考えていたのですが、実は以前から調子悪かったわたしのMac環境が 大きな悲鳴を上げて緊急のトラブル対応に追われておりました(泣)。 データを収めて […]

【飛鳥での「池工房遺跡」という歴史証言-1】

飛鳥の歴史探究シリーズにふたたび取り組んでみたい。 北海道に住んでいて基本的には明治以降に多くの日本人が移住してきて その最大の足跡とは「日本の住宅革新」ということなのだと思っています。 この事跡についてメディアを立ち上 […]

【モザイク画表現の動機は? ポンペイ・悲劇詩人の家-3】

上の写真2点はこの「悲劇詩人の家」を飾っていたモザイク。 「猛犬注意」のユーモラスなモザイクは象徴性もあったのか床面だけれど、 これらの室内モザイクは壁面を飾っていたのだという。 このほかに3点のモザイク画が展示されてい […]

【ヨーロッパ都市集住の初源 ポンペイ・悲劇詩人の家-2】

ポンペイ遺跡でももっとも保存状態が良かったとされる家。 2200年前に建てられた家だけれど、1960年前のAD62年には地震被害があって その時点でリフォームされ通りに面した側が店舗になったという。 裏手側は「洗濯屋」に […]

【2200年前の家復元模型 ポンペイ・悲劇詩人の家-1】

さてふたたび2200年前のポンペイ遺跡・古民家探訪。 こちらの家は先日書いた「ファウヌスの家」のような大豪邸ではなく ポンペイの普通「中の上」程度でしかも保存状態が良い住宅として知られる。 この復元模型はこの「悲劇詩人の […]