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日本人と土地_4

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ひきつづき、吉野ヶ里の写真から。
これは城郭側から周辺の倉庫群を見たところ。
倉庫の外側にも逆茂木が張り巡らされ、全体が防御されています。
こういうかたちで基本の食料が管理され、
それを恒常的な武力で守り、また隙あらば、他国を侵略しようと
虎視眈々と狙い続けていたのですね。
魏志倭人伝の「倭国大乱」というのは、こういう恒常的戦争準備から見て
むしろ平和でのどかな「弥生」なんてなかった事実を伝えてくれます。
わたしたちの受けた教育では、どちらかといえば
栽培型で穏和な生産システムが弥生的稲作農業で、
狩猟採集型の縄文システムは野蛮でおどろおどろしいイメージで
語られていたのではないかと思います。
でも、こういう丹念な復元努力や調査研究が指し示してくるのは
大がかりになった人間同士の殺し合いの進化。
鉄も青銅も、こうした集団に付属した形で抱えられていて
とくに鉄は農業生産を高める切り札ではあったのでしょうが、
秀吉の刀狩りを見るまでもなく、
どこまで農業用で、どこからが人殺し用だったのか、
境目はわかりにくいと思います。
こういうの、現代の核を巡る技術と似ていて、
原子力発電の技術蓄積が十分な日本は、潜在的核保有国ともいえるようなもの。
(たぶん、世論意志が定まれば、数日で日本は核を持つでしょうね)
しかしこういう部分を、現代の私たちのモラルから考えるのはナンセンスであり
逆に今の時代の表面的な平和の方が不思議な光景であるのかも知れません。
いずれにせよ、歴史のなかで土地の果たしてきた役割をすこし考えてみただけですが、
日本人の土地信仰はこういう歴史を背負ってのものであり、
草の根的な根がらみな、根源的なものなのですね。
どうも、欧米のような狩猟採集と、農業の組み合わせのような歴史とは
意識の上で、だいぶ違いがあるのだろうと推察できます。
ちょっとしばらく、歴史ネタにこだわってきましたが
あしたからはまた少し趣向を変えたいと思います。
っていうか、きょう札幌は沖縄以上の暑さで、スタッフから
「ビアガーデンとバーベキューやりましょ!」
という声が出ておりまして、その準備にもかからなければなりません。
花火も用意すっかなぁ(ルンルン)・・・
ということで、ではでは。
●番外の番外
最近、ブログ満1年を明日に控えて、サーバーの調子が悪くなって、アップ作業に手間取っております。
きょうもアップが大変遅れました。
なかなか原因特定が出来なくて困っていますが、なんとか「毎日更新」は継続しますので
ご愛読をよろしくお願いします。

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