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対話不在の「注文住宅」

最近の「住宅110番」に寄せられる相談を見ていると、
本当に、コミュニケーション能力が
社会全体として落ちている、と痛感せざるを得ません。

建築家という呼ばれようが、勘違いを生んでいる側面も大きい。
意匠性と、安全性との境界意識が理解できていない想像力不足の建築家。
一方で、対話して自分たちの考えを正しく伝えることが出来ない建て主。
どちらも甘えの構造の中にいるように思えてならない。
もちろん、建築の側はそのようなケースでも主導的に
建て主に対してきちんと対話する努力をすべきであり、
それも含めての建築業であるとは言えますが、
現場的にはたしかに、コミュニケーション能力に欠けるユーザーとの対話は
大変な難しさを抱えていると感じます。
え、こんなことをどうしてハッキリ言えないの?
というように思えるようなことが発端で、
とんでもない事態がひき起こったりしている。

注文住宅を頼むには、とくに意匠性を重視して建てるには
建て主側の覚悟は、ある程度は必要だと思う。
相手の建築家(と自称するだけの存在を含めて)には、
必ずしも、安全性とか、断熱気密とかのことがらへの理解がない場合もある、
ということを前提にして掛からなければならない。
当然、「頼む側の力量」というものが必要な部分がある。
こういった能力は、ある程度は学び取らなければならない。
そういうものもなく、ただただ、ビジュアル的な部分しか見ないで
暮らしへの理解のない見てくれだけのデザインに惹かれてはいけないと思う。
実際に暮らしてみたらどうなるか、
そういう建て主としての想像力が必要なんですね。
しかしそうは言っても、いまのデザインの主流は「生活感のないデザイン」。
そういう空間性がもてはやされているうちに
建てる側にすら、そういう生活実感の積層がなくなって、
ただただ、見てくれだけが一人歩きしてしまっている。
そういう建て主と、「建築家」が
図面に向かい合って、相談するのだけれど、
ほとんど、対話コミュニケーションが成立していない。
っていうような状況が、現に今、たくさん進行していると思います。

行き着く先は、家庭内事故の発生と訴訟。
そもそも建築家を上手に使えるような、
コミュニケーション能力がなければ、
満足のいく「注文住宅」などを建てるのは無理だと思う。
まぁ、あとは建築家という存在を選別する人間観察眼が
特段に自分は持っていると認識できているかどうかですね。
そうでなければ、むしろマンションや、建売住宅を購入した方が
よほど似合っていると思われる人は多い。
どうも、そういう事例が増えていると実感させられております。

事例が具体的に書けないもので、
どうもわかりにくい部分がありました。 申し訳ありません。
これもコミュニケーション不足ですね(笑)。
<写真は無関係の京都料亭の「納涼床」風景>

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