なぜかこういうのにめったに呼ばれることはないのですが、
きのうは、北海道地元の大手住宅企業だった、
「木の城たいせつ」の破綻から、その企業再生をめざす、
「きのしろ」「たいせつ」両社の再稼働式典に呼ばれて行って参りました。
「木の城たいせつ」は、北海道の住宅の歴史の中で、
きわめて大きな存在であったことは事実だろうと思います。
残された住宅の数でも、なんと19000棟に上るという。
いわゆる「無落雪屋根」の登場時期に「耐雪〜たいせつ〜ハウス」という
企業名そのものがキャッチフレーズであるというわかりやすさで
北海道の住宅と雪の問題に明確な解決法をアピールしていった存在です。
まぁ、無落雪屋根のひとつの工法、M形屋根について「特許」云々ということもありました。
その後、M形屋根から、フラットルーフに無落雪屋根の主流は移っていくわけですが
それでも、大きな足跡であったことは間違いがないと思います。
このふたつの違いは屋根に乗せた雪を
建物内部に「樋」を設けて水にして落とすというM形に対して、
小屋裏の断熱を強化して、屋根の上に雪を載せたままにするフラットルーフ
というような違いなわけです。
M形が屋根面からの熱漏れを半ば前提にした工法であるのに対して
フラットルーフの方が、合理的な解決法であるとは言えるでしょう。
しかし、こういう提案が敷地サイズを大きく取らねばならなかった北海道の住宅から
都市圏の狭小敷地利用を可能にしたという意味では、
経済的な側面で、大きなメリットがあったと考えられるでしょう。
いろいろに論議はあったとしても、なにより、
19000棟の建築実績を残したという意味では
多くの北海道民に支持されたことは間違いがない。
もうひとつ、この企業が大きなインパクトを持っていたのは、
北海道の木を大量に原木から仕入れて、
乾燥工程から、集成技術まで行う大きな「工場」を、いわば
「地産地消」の先駆けのような存在として取り組んできたことがある。
最盛期には、雇用者数が1300人を超えていたというように、
この工場生産を地元経済振興として取り組んできた側面は大きい。
きのう、わたしも初めてこの工場を見たのですが、
まぁ大変な広大さで、ちょっとびっくりしてしまいました。
企業経営で考えると、
こういう基本的生産コストが大きい、という形態は
なかなか変化の大きい時代には対応が難しいと思います。
そういうことから、建築基準法の運用厳格化による
「混構造建築」の建築確認ベタ遅れに直撃を受け、
高コスト生産システムが、資金ショートを招いた側面が大きい。
まぁ、そのほかにもいろいろな経営的硬直化はあったものと思います。
後継企業は、大阪を地盤とする「創建」という会社がバックアップします。
写真真ん中は、新会社の社長、吉村氏です。
左右には、地元栗山の町長さんや、北海道の空知支庁さんなど、
地元経済の大きな担い手としての期待が掛けられています。
〜長くなりそうなので、続きは明日以降に。
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Posted on 9月 12th, 2009 by replanmin
Filed under: 住宅取材&ウラ話
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