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【伝統的知的活動の場「書斎・書院」のありよう】

わたしは研究者ではなく「興味・好奇心」の強さで住宅に関わってきた人間なので、
視点はつねに一般人の目線ということになります。
で、自分自身の仕事としては出版とかの表現が主要な領域。
そういった人間として、住宅のなかでのそういう活動の場所に
ある特別な関心を持っています。
人間の進化の過程で表現物、絵画とか彫刻とかといったものと、
おもにテキストを扱う人間類型というのは、自ずと違いがあると思っています。
自分自身のことを考えれば、やはりテキストが中心。
そう考えてくると、「書院」といった建築の場所のことは気になる。

写真は國學院大學博物館のなかにある折口信夫さんの書斎の復元展示。
折口さんというのは柳田国男さんと並ぶ「民俗学」の研究者として
すでにこの書斎建築創建時、活発に活動されていた時期のものです。
昭和14年(1937年)に建てた「叢隠居」と名付けられた箱根仙石原山荘内の空間。
富士山や芦ノ湖、仙石原草原などが一望できる場所とされている。
この様子を一見して、伝統的な「書院」の形式だと知れる。
大きな開口が座卓レベルから開けられてやや細長の座卓面一杯に広がる。
まずは文字を読むための採光が最重視されたことがよくわかる。
また、窓のそとに広がる周辺の光景とは、いまのパソコン画面の背景、
いわゆる「壁紙」とでもアナロジー可能なのかも知れない。っていうか、
こういう人類共通的な思考空間体験記憶がパソコン画面に投影した結果か。
その右手側は「床の間」的なしつらいと見て取れる。
背面側、部屋中央にも座卓が据えられていて、
そのときの気分に応じて窓辺とスイッチしながら、使ったに違いない。
左手には書棚が設けられ、座ったレベルの下部には引き戸の収納がある。
床は畳が敷き詰められ、窓に面した座卓の下は板敷になっている。
天井は板が張られて、押し縁がやや太めに渡されている。
書くテーマについて考えを巡らせるとき、あるいは行き詰まったとき、
この天井を見上げて、寝転んでいただろうなどと想像が膨らむ。
こういう空間の中から、知的活動産物、テキストは生産されていった。
これらの両空間を合計して目分量でみれば、おおむね4畳半。
人類は、この折口さんの段階から80年くらい進化してきているけれど、
テキスト系の創造活動の空間という意味から、
さまざまなことが読み取れるのだろうと思って、ときどき訪問すると立ち止まる。
やはり「書院」という形式がどうして日本人に広がったのか、
その歴史的な事情といったモノを「取材」したいなと思わされる。
たぶん、いろいろな事情が「形式」というカタチに高まったことは疑いがない。
書院が広がったのは室町期とされるので、まだ空間体験としては1000年に満たない。
人類知の一断面と考えると面白そうだと思っています。
逆に「温故知新」で未来のニッポン的「思考生産活動空間」がイメージできるかも。

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