ZEHをめぐっての市場動向の実態をヒアリングする機会があった。
住宅市場では、いまはある分水嶺の時期なのかも知れませんね。
「あそこのZEHはここが欠点」
「光熱費ゼロにはならないですよ」
「屋根にあんなもの載っけて構造的にどうなのか?」
「電力会社はそのうち買電しなくなりますよ」
「台風も大型化してきて、大丈夫だろうか」
あるZEH推進派ビルダーさんが営業対応していくと、
それ以外のメーカーなどからのこうした反ZEH営業攻勢が大きいという。
顧客の争奪戦なので、このように現場ではなっていくのでしょう。
毎日のように「営業作戦会議」が開かれて、
あの顧客の場合、こう言ったら考えが変わったとか、こっちになびいたなど
日々リアルなオセロゲーム的やり取りが行われているようです。
これまではZEH推進派に対しては「スルー」という対応が多かったのが、
より積極的に「反ZEH化」してきているような実感を持つのだという。
「国策」的上から目線への反感というのもベースにはありそう。
総じてユーザー側から「ZEHの方がいごこちがいいから」という声は少ないとされる。
ZEHの基本的訴求ポイントが人類的視点での省CO2の側面が大きく
そういった問題テーマと、建て主さんの人生計画の反映である家づくりの間に、
意識としての乖離感が払拭しきれない。
人生の場として住宅は、生々しく具体的な「家族の幸せなくらし方」の装置。
一方でZEHは、生活設計方針レベルの話のようでもある。
たとえば高断熱高気密化には、寒冷地ユーザーであればそれは当然視できる。
いや寒冷地に限らず、寒冷地以上にお寒い室内気候に現実にさらされて、
より高断熱住宅を求める需要は温暖地でも大きく拡大している。
ヒートショックの啓蒙は政府の仕掛けもあって、かなり進んでいるようです。
一方でZEHは、そういった感覚可能な事柄とはやや違う。
ZEHにしたから、目に見えて暮らしが楽しくなるということとは違う。
お金の問題であるとか、省エネへのユーザーレベルでの対応の問題。
どうもそんな平行四辺形的なすれ違いが発生しているように思われます。
そう考えると、たしかに建築とか住宅というのは「感覚可能」な事柄が大部分。
空間という事象を扱っているので「どう感じるか」が主要なテーマ。
どちらかといえばわたしたち住宅メディアも、そういう人間の感受性をあつかう仕事。
このあたりの微妙なズレがなかなか払拭されないというのが現状か。
推進派のビルダーさんに言わせると、
多勢に無勢感をいつも感じさせられるのだそうです。
主観的には1:9くらいで反ZEH派の方が多数派ということ。
国策としての住宅政策、行く末はまだまだ見通しにくいようですね。
Posted on 10月 30th, 2017 by 三木 奎吾
Filed under: 住宅マーケティング
コメントを投稿
「※誹謗中傷や、悪意のある書き込み、営利目的などのコメントを防ぐために、投稿された全てのコメントは一時的に保留されますのでご了承ください。」
You must be logged in to post a comment.