本文へジャンプ

高温多湿が生む緑への感受性

北海道には希薄にしか存在しなくて
一方、本州以南地域では一般的に存在する点景に、写真のようなのがあります。
まぁ、ごくありふれた料理屋さんの前庭であります。
北海道でも探せばあるのですが、
普通の料理屋さんなどでは、こういうしつらいまではしない。
っていうか、やっぱり冬場の緑の管理とか、
雪囲いを徹底しなければならないとか、
手間暇が掛かりすぎると言うことが大きいと思います。
なんですが、やはり緑の植生の違いもやはり大きい。
ヨーロッパの緑と日本の緑は、針葉樹と広葉樹くらい違うと耳にします。
ヨーロッパの緑はほうっておくと消えてしまう緑だけれど、
日本の緑(本州以南地域)は、大変な成長力に富んだ緑である、と。
高温多湿、きわめて蒸性の高い環境が
活発な植栽環境を構成していて、
自然への感受性において、独特のものが生成されたのではないかというわけ。
わたしたち北海道に暮らす人間は、
こういう写真のような光景は大好きなんですが、
このまま、北海道で作ろうとすると、メンテナンスが大変なんですね。
でもまぁ、じゃぁそういう「めんどくさい」っていうものを放置しておいたら
どこまでも感受性が鈍磨していってしまうのではないか、
っていうような危惧も生まれるとは思います。
ある意味ではその通りで、
なんでも、簡単に手間を掛けないで、というようになると
いろいろ大切な民族的感受性を失ってしまう部分が大きいと思います。
わたしたち現代がほぼ失いつつあるものの中に
日本的「家」感覚、というものがあります。
これは個人的な思いを超えて、人間の生存の基本のようなものとして
「家の存続」ということを、個人主義の上位概念として持っていた。
そういう感覚が、どんどんなくなってきている現実がある。
親戚関係が喪失して、結婚式すらほんの直系家族だけで済ませるとか、
というようなことが当然のようになってきている。
きのうのブログのような
「向こう三軒両隣」的なコミュニケーション重視社会から、
都市的孤立生存志向の「マンション近隣トラブル」関係への移行なのか。
まぁ、大きく言っていけばそういう現実が進行していると言えますね。

でもまぁ、現実に北海道的な環境の中では
メンテナンス意識の高まりと、環境の厳しさは、
文化レベルとして、バランスがまだとれていないということか。
あるいは、日本列島社会2000年超の文化性と、
高々150年程度の文化蓄積社会では、違いが大きいと言うことなのか。
なんとなく、こういう部分でも
その違いをいろいろに実感させられてきています。

北のくらしデザインセンター
NPO住宅クレーム110番|イザというときに役立つ 住まいのQ&A
北海道・東北の住宅雑誌[Replan(リプラン)]|家づくり・住まいの相談・会社選び

コメントを投稿

「※誹謗中傷や、悪意のある書き込み、営利目的などのコメントを防ぐために、投稿された全てのコメントは一時的に保留されますのでご了承ください。」

You must be logged in to post a comment.