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家のアイデンティティ

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家を取材し続けてきて
最近の年代のみなさんの家を見ていると
とうとう、というべきか、仏壇とか神棚というようなものを
一切なくしている家が増えていると思います。
っていっても、わたし自身も、カミさんはそういう部分に無頓着。
年代で言えば、50代でもそういう点では、似たようなものとも言えると思います。
しかし、考えてみると、どんな古民家を見ても、
祖先を祀っていないような住空間って言うのはあり得ない、と言ってもいいほど。
別にわたしは特別にそのことを問題だとは思っていないのですが、
興味がわいてくるのは、そもそも家って、
そのアイデンティティって、一体何なんだろうということ。
その意味では、いろいろな古民家とかには、
明確なアイデンティティが存在していて、人間がそこで確かに
年代を重ねながら、命を積み重ねてきたことへの畏怖のようなものが感じられます。
自分自身という、セルフの価値観を超えて
「家」系という、命の伝承性を重視する暮らし方をしてきていた。
一方で、最近の東京都内でのバラバラ殺人事件など、
そもそも「家族」としてのアイデンティティが存在しているのか、疑わしい事態も起きている。
家は、モダンになってはいるけれど、
内面世界では、底深い空洞が広がっていて、
その深淵の闇に、簡単に落ち込んでしまうような事件が頻発していますね。
そういう部分では、個人の価値観というか、セルフの価値観に絶対性を置いてきてしまっている
現代社会の病理が噴出していると言えるのではないでしょうか。
アメリカの訴訟社会を支えている考え方、
個人の権利と社会性との関係において
限りなく個人の好き放題を容認する社会が、事故中毒を起こしはじめている、
そんな印象を禁じ得ません。
じゃぁ、単純に伝統的な価値観に
帰るべきかどうか、という点では難しいでしょう。
その辺で、これからどういう価値観に変化していくのか、
家の造られようも、それにつれて変化を見せていくでしょうね。

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