マジか? であります。
このブログで何回か、その取材した内容をお知らせしている
「竹中大工道具館」での展示から目からウロコのように知ったことであります。
人類進化の過程で、木材の利用というのはどうやら「舟を作る」ことが
最大の動機のようだと言うことは、先般来の探究で見えてきた。
だから大工の起源で「船大工」と「家大工」というように分類され
船大工が一種の孤高な存在ということにも思い当たった。
やはり起源として自分たちこそが正統であるという自己認識があるのでしょう。
で、その「舟を作る」ときに当時は「石器」で木をくりぬいていた。
竹中の展示でもこの事実が始原の事実として象徴的に表現されていた。
木を扱うようになった人類、たぶん3万年前くらいのことなのでしょうが、
そこから農耕革命があって、石器から鉄器への移行があった。
その過程で「木を切る、加工する」道具の「のこぎり」の類は進化したことでしょう。
当然、多くの人類が「農耕革命」をはじめた「大陸地域」で
このような「道具の進化」も始まったというのが自然な考え方。
そういう大陸型の道具の「使い方」として木を切るには
「押して切る」というのが洋の東西を問わずに普遍的だというのです。
しかし、今日に伝わるこの列島社会での「常識」はそうではない。
のこぎりは「引いて使う」のが、われわれのDNA的な道具観だろうと思います。
なんと、この考え方・道具観が人類一般からは乖離した考えだというのです。
不勉強でというか、文系的興味から住宅に関わった出版系人間として
こういう事実を知ったのは、はじめてなのであります。
いやしかし、そういう人間であればこそ、文化人類学的に
この事実は相当に深く、なにごとかを伝えてくれていると思い至った。
竹中が調べ尽くして展示発表しているのでしょうから、
このことは事実だと前提してもいいのだろうと思います。
そうだとすると 1)この列島の条件に他の人類生息地域とは違うものがあって、
2)さらにその条件に適合するように独自進化したという事実が浮かび上がる。
この2つの大きなテーマだけでも、相当に巨大な「謎」だと思われます。
たぶん1つ目の謎については世界的にも有数の多雨・四季変化顕著気候から
生育する樹種が大きく異なっていたのだろうと推測が働く。
ちょっとインターネットで調べた範囲ですが、こういう推測はあり得るようです。
しかし、わたし的には2つ目の事実の方がきわめて興味をそそられる。
まさにガラパゴス・ニッポンということなのか、であります。
しかしこの独自進化は、やはり1つ目の条件への
「創意と工夫」が生み出したモノでしょう。
大陸から技術が伝えられ、その道具も持ち込まれてきたときに
それで実際に使ってみたら、すこし違和感があった。
その違和感をベースにして創意と工夫を重ねているウチに
根本的に技術の根源まで遡って改変を加えたに違いない、
というこの列島社会での先人たちの知的冒険心に、深く打たれるのです。
こういう「飛躍」がこころに浮かぶ柔軟性とはいったいなんなのだろうと。
むしろ、このことの方がはるかに重大ななにごとかをあらわしている。
こっちのことが、わたしの「ツボ」にハマってしまって身動きが取れません(笑)。
みなさん、いかがお考えでしょうか?
Posted on 10月 29th, 2018 by 三木 奎吾
Filed under: 住宅マーケティング
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