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【LINEスタンプ文化と日本の神さま】

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みなさんLINEは利用されていますか?
って、まぁだいたいの方は使っているのでしょうね。
わが家でも家族の連絡などにはたのしく使っています。
現代では、実際に集まるのとはまた違った体感として
LINE上での家族での「会話」があると思います。
このコミュニケーションにおいて「スタンプ」の役割は大きい。
コミュニケーションをすべてコトバでは置き換えられないのが実際でしょうが、
そのコトバでは伝えきれない、感受性のある部分にとって、
このスタンプ文化って、面白いものだと思います。
で、最近、LINEが世界進出を果たしていく上で
この「スタンプ文化」が、むしろブレーキ要因になるのではという
経済分析記事が出ていました。
スタンプは、たしかに日本人社会ではわかりやすく流通するツールだけれど
ではインターナショナルかというと、
どうもそうは言い切れないのだなと、ふと気付いた次第。
スタンプというバーチャルなコミュニケーションは、
それを受容する文化基盤があって、そこに世界と日本の違いがあるのではと、
そんな気付きがあった次第であります。

スタンプ自体は日本のマンガ文化をベースにしていることは明白。
マンガ文化は、たしかに全的に欧米社会に普遍的かといわれれば、
やはり少しく、違いがあるのだろうと思います。
じゃぁ日本人はなぜマンガ文化を生みだし、活用できているのか、
そんな疑問を抱きながら、毎朝の散歩に出掛けて
きのうからお祭りの始まった北海道神宮に。
で、お祭りの期間中、というか、御神輿が出発準備を整えて
これから札幌市内を神様たちが練り歩くという光景に出くわしました。
日本という社会に特異的に存在するバーチャルなるものが、
ここにあることが実感された。
日本の「神さま」って、それがスタンプのようなものであることは、
多くの日本人は共通の常識として認識している。
心性で理解するものであって、実態的存在であるとは誰も思っていない。
けれど、そういうものを尊崇する心を日本人は習慣的に持っている。
神社信仰の場合、その聖域である境内は一種の自由公共空間、
アジールでもあり続けてきた。
21世紀の今日でも、バーチャルな共同幻想に対して、
さも実態があるかのように、お伽噺と現実が混淆して存在している。
たぶん、こういう心性を持っているのは日本人的とはいえる。
どうもこういうことを受容する心性の中に、
LINEのスタンプで強く成立するようなコミュニケーション領域を
日本人は涵養し続けてきたのではないか、
そんな妄想的な着想にとらわれている次第であります。

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