先日の十勝大樹での学生コンペ取材の際に
このLIXILによる研究施設の基本建築となった
隈研吾さんの「メーム」を再度、訪れて参りました。
この建物の取材的な報告については、
わたしのこのブログの、2012年6月15日と16日版で詳報しています。
http://kochihen.replan.ne.jp/blog2/?p=6910
http://kochihen.replan.ne.jp/blog2/?p=6900
興味のおありの方は、そちらもごらんください。
で、3年半後の再訪であります。正直に言って
「もう一回、行って見たい」
と思える住宅建築っていうのは、そんなにはありません。
個人的にはほとんど数えるほどであります。
そういうなかに、この「メーム」は入っておりました。
この建物は石油化学製品の皮膜や断熱材で構成されています。
20世紀になって生み出された建材です。
人類が産業革命というプロセスを経て、
化石エネルギーを自由に操って社会を作るようになって
石油という資源によって現代という時代を作ってきた。
こういうことに否定的であるという意見はあるでしょうが、
しかし、もはやわたしたちは間違っても
エネルギーを使わないで済む状況に至ることはないでしょう。
再生可能エネルギーにしろ、原子力にしろ、
それらを合理的に使って、
次世代へのバトンタッチを考えていかなければならない。
一方でわたしたちは、人類進化という時間記憶の中にいる。
その間に生み出されてきた住宅デザインの素器のような
そんな記憶も積層している。
こうしたふたつの根源的な思いのようなものが、
この建物を見たり、触れたりすると感受される。
半透明皮膜によるテントの建築に、
シンプルな人類のくらしのイレモノという初源が想起される。
この住宅建築を建ててから、
以降、隈研吾さんと主催者LIXILは、この周辺に学生コンペによる
実験住宅群を実作するという企画を推進してきた。
東日本大震災から1年後に建てられたこの建築から
次世代に向かって、住宅建築がどこに向かうのか、
そんな思惟の旅を展開させようとしているように感じる。
いま、この「メーム」に再度行って見たら、
どうやら前日にでも宿泊した人がいたような
排煙装置付きの囲炉裏への使用痕跡と、やわらかな暖房余熱が
感じられていました。
また、2重皮膜の化成素材越しの半透明の壁天井は
なんとも魅力的な室内を構成していました。
これも化成品であると想像されるテントの骨は、
ちょうど古民家の木材のような力感をもたらせている。
また人間の皮膚に触れる足下には、
大きめの自然繊維素材による畳の表皮が敷き込まれています。
「いごこちのいい家」であることは、間違いがありません。
Posted on 12月 6th, 2015 by 三木 奎吾
Filed under: 住宅取材&ウラ話
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