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都市計画と環境思想

1908

2日間、東京に出張しておりました。
で、札幌に帰って来ての散歩道での癒され方が
普段とはまったく違う感じで深くこころに迫ってきておりました。
今回はなぜか、宿泊先を新横浜にした。
まったくはじめて使う電車での移動が多く、注意が必要なので
時間的にもせかされることが多く、やや神経的に疲れていたのか?
いや、どうもそればかりとは言えない。
どうも宿泊した新横浜って、まったくの真空的なビジネス中心地域で
うるおいというものがない、という印象だったのです。
ホテルの人に聞いても、
「散歩道〜?、そんなのありませんよ」という悲しいお答え。
「え、公園とか、川とか、神社仏閣とか、なにもないの?」
いやはや、人間的な精神性文化への無理解に閉口させられます。
いったいここの都市計画というのはどのように設計されたのでしょうか?
新幹線の駅が横浜とは離れて新設された当時のことは
話題にはなっていましたが、
その後の「都市の熟成」はどうなっていたのか、
少なくとも、人にうるおい環境を提供するはずのホテルの人間が
そのようにしか答えられないというのは、残念都市と言わざるを得ない。

っていうことで、北のわが家ホームに帰ってきて
毎日の散歩道のありがたさに、思いを致した次第。
わたしは北海道神宮境内と、その周囲の円山公園、
円山周辺自然保全地域を3kmほどの距離で散歩しています。
神宮境内はそれこそ日本的伝統的環境景観が施されています。
これは日本社会の伝統的アジール空間の考え方がデザインされている。
一方で円山公園は札幌都市をグランドデザインした
アメリカ北西部から「お雇い外国人技師」としてきた都市計画者たちの仕事。
そしてその計画の一環として、円山周辺地域は
北米的な「自然公園」環境が保全されているのです。
いまもアメリカ領事館はこの円山公園に隣接して建てられており、
欧米的な「環境」が市民に親しまれる形で、維持されてきている。
散歩道ではときどき欧米の方も歩いているのですが、
たぶんかれらのネイティブな都市計画にともなった自然公園環境が
伝統的日本アジール空間とシームレスに親和している様を
感じてくれていると思います。
札幌にいて、こういう先人たちの都市デザインを毎日感受できることは
まことにありがたいことなのだと、今さらながら
深く実感させられました。

きょうはこの時期としてはたいへんあたたかく、
また、やや朝霧っぽいおだやかさにつつまれていて、
空気に艶と叙情がある。
森がおりなす陰影、色彩、植物相のおもしろさ、小川のせせらぎ、
野鳥や小動物たちのうごめき、鳴き声などが、
渾然一体となったハーモニーで、心理疲労を癒してくれます。
気分がスッキリとして帰って来た次第であります。

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