お盆なので、先祖のことを思いながら、昔の家のことを。
きのう書いたように大正の末に北海道に移住した三木家は、代がわたしの父に代わり、祖母が栗沢で亡くなったのを機会に札幌に移転し、父がそれまで取り組んでいた農業を廃業して、食品製造業を営むことになります。
3歳で引っ越してきたわたしにとって、生家と思える印象があるのはこの家。
いまから50年ほど前で、現在の札幌市中央区北3条西11丁目、北東角地の60坪の敷地に建っていた木造住宅。その当時札幌で手広く不動産業を営んでいた、「木下藤吉」〜たぶん一種の屋号でしょうね〜から、建て売り60万円で購入したのだそうです。
外壁は、当時札幌の景観を表していた下見板張り。玄関が大きく開口して、商売に適していると判断したのでしょう。
大きな玄関から奥は広い土間、右側に居間・台所がその奥。居間には道路に沿って出窓があったのが特徴です。出窓の下側は収納に利用できて便利だった記憶がある。何回か、というかいつもリフォームしていたような家で、使い方も変わっていたから定かな間取りは不明。
でもこの写真を見ていると、実にさまざまなことが思い出されてたまらなく懐かしい。
父母がいまのわたしよりも若く、仕事と子育てにわれをわすれていた日々が、その意味合いがようやくわかってくる年代になったのでしょうね。
この家で納豆作りや、もやし作りに取り組んだのですが、よりあたたかい環境を必要とする食品工場の増改築のたびに、いまでいえば断熱の新技術をつねに取り入れていたようで、ごく初期のコンクリートブロック造もやっていました。
これは、無意識とはいえ、木造でなかなか実現しない気密化を石造で、と考えたからのようです。
北海道では、こんなふうに一般の人たちも、「よりあたたかい室内環境」について、それこそ真剣に考え、悩んできたんです。こうした積み重ねがこんにちに受け継がれてきたといえるのです。 <この項、つづく>
Posted on 8月 16th, 2005 by replanmin
Filed under: こちら発行人です, 古民家シリーズ, 歴史探訪
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