〜震災や原発事故の被災者に継続的な支援を続けてきた人たちの姿は
しだいメディアの後景に退いている。
もともと彼らを駆り立てていたのは、個人的な「惻隠の情」であった。
被災者を支援しない奴は「非国民」だというような攻撃的な言葉遣いで
被災者支援を語る人間は私の知る限りどこにもいない。
他者の痛みや悲しみへの共感は政治的な語法となじみが悪いのだ。
でも、「口を動かすより手を動かす」という謙抑的な構えをとる人たちに
メディアはすぐに関心を失ってしまう。
メディアは、その本性からして、
「ぺらぺら口を動かす人間」「何かを激しく攻撃している人間」を好むのである。
〜内田樹さんのブログ記事より〜
メディアを作っている立場の人間として
この内田さんの言葉は、重く感じ続けています。
写真は昨年行ってきた陸前高田要谷地区の高台移転用地。
旧市街は海に隣接していて、大きく津波を受けた。
この高台用地と海の間には国道も通っていて
歩くと20分くらい、クルマでも5分くらいはかかりそう。
間の国道での通行状況も影響しそうです。
そういうことなんですが、
やはり実際に高台の移転用地というのを見ると
そこに至ったプロセスの遠大さを思い知らされます。
平坦な土地の少ないリアス式海岸地域では
高台移転とは言っても、その用地造成は土木的にも難工事。
このように出来上がった用地も
どれひとつとして高さレベルが同じものがないほど。
日本の農業景観として「段々畑」や、「棚田」がありますが、
そういった言葉を思い起こさせるような景観です。
言ってみれば「段々集落」とでもいえるでしょうか。
この平成の世で多額の費用と
ひとびとの苦難を費やしたこうした土地集落が
これからどのような歴史を刻んで行くことになるのか
幸多かれと祈るほかはありません。
幸いにして、この地域では活発な家づくりの動きが出てきており、
真新しい住宅地に大きな息吹が咲こうとしています。
海と道、そしてそれらとの距離感が
この地域の新しい生活文化の基盤になっていくのでしょう。
一番は海との距離感ということになるでしょうが、
建てられた新築住宅では、一様に
海に向かっての景観確保が優先されていました。
Posted on 2月 4th, 2014 by 三木 奎吾
Filed under: 住宅取材&ウラ話
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