昨年の10月に次兄からわたしに「家系史探査」継続を厳命されて以降の中間とりまとめ、その方向性について昨日再度、次兄と話し合いの機会を持った。次兄と伯父一統の探索で家系の当主の流れについては過去のおおむね400年間の、か […]
Posted on 2月 28th, 2026 by 三木 奎吾
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昨年の10月に次兄からわたしに「家系史探査」継続を厳命されて以降の中間とりまとめ、その方向性について昨日再度、次兄と話し合いの機会を持った。次兄と伯父一統の探索で家系の当主の流れについては過去のおおむね400年間の、か […]
Posted on 2月 28th, 2026 by 三木 奎吾
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写真は、ひさしぶりに散歩道に選んだ札幌円山公園~北海道神宮周辺の池の畔の光景。 厳寒期にも散歩していたとき、結氷していてイキモノの痕跡を確認することはできませんでした。が、昨日訪れてみるとご覧のような光景が広がってい […]
Posted on 2月 27th, 2026 by 三木 奎吾
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既報のように大雪から一転して、春の陽気になってきてグシャグシャ道路化している札幌市内。 きのうは住宅街のわが家周辺を抜けて、直近の「琴似」のメイン道路を見たら除排雪作業が徹底して行われていた。市内各所で「まだら模様」 […]
Posted on 2月 26th, 2026 by 三木 奎吾
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さてすっかりグシャグシャ雪道対応に追われるブログになっていましたが、最近の本筋「四百年間のいのちの履歴書」シリーズはジミジミと探究を続けていまして、ようやく「あらすじ」判明。 歴史ものでも四百年間というスパンのものは […]
Posted on 2月 25th, 2026 by 三木 奎吾
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さて、この連休、みなさんいかがお過ごしだったでしょうか? 温暖地域からはウメ開花のお便り。まことに麗しい限りと羨望の思いですが、雪国人はただただ肉体酷使の除雪三昧ホリデーであります。南のウメと北のクルマ雪ウメ(泣笑) […]
Posted on 2月 24th, 2026 by 三木 奎吾
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写真はわが家周辺の中学校通学路でのクルマの車輪の「空回り」雪埋め状況。最近の通称では英語の「スタック」というコトバが一般名になってきた雪国晩冬の悲しい風景(泣)。 今年の札幌は例年の1.5倍といわれる大雪に見舞われて […]
Posted on 2月 23rd, 2026 by 三木 奎吾
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ことしは北海道内でもピンポイント的に札幌周辺が大雪の様相。例年だと石狩地方よりも空知、岩見沢方面の方が積雪が多いのが一般的なのですが、ことしは札幌の多雪が極端。写真は、わが家前の中学校側の「雪山」の様子。除雪車が中学校 […]
Posted on 2月 22nd, 2026 by 三木 奎吾
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「四百年間のいのちの履歴書」シリーズ。1718年から1728年のまでの期間中にわが家系は大転身した。 記録を1815年に「原氏由来の事」という巻物として残してくれた三木寛蔵・先祖の記載では、以下のような大転身の内容記述 […]
Posted on 2月 21st, 2026 by 三木 奎吾
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「四百年間のいのちの履歴書」シリーズ。浅野藩領・入野から1718年頃と推定の移転地「松永塩田・今津浜」の探究の項。 家系史の事実確認では、この1743-1771年当時を生きていた「2代三木治右衛門」は、今津塩田から1 […]
Posted on 2月 20th, 2026 by 三木 奎吾
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さて、家系にとって隣藩の福山藩・松永で勃興しつつあった藩総力での塩田事業。 上の地図は「松永はきもの資料館」で確認した塩田地図。松永地域でもたくさんの新開塩田が時系列的に分かれていることがわかる。そのなかで「今津」と […]
Posted on 2月 19th, 2026 by 三木 奎吾
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