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俵屋宗達さん絵画の魅力

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東京でのオフ時間に江戸東京博物館に見学に。
ちょうど明治初年に来日して、日本絵画を収集したというアメリカ人の
コレクション展があって、興味深く鑑賞いたしました。
で、会場のいちばん初めのところに掛けられていた掛け軸絵画がこれです。

なんか面白い虎の絵だなぁと近づいてみてびっくり。
これは俵屋宗達なんですね。
わたしは、密かに俵屋宗達さんこそが日本人の感受性のマザーなのではないかとまで
心酔させられているので、
ある日偶然に、ずっと思い続けてきた初恋の人に会ったような気分。
どうして虎さんがこんなにユーモラスな描かれ方をするものか、
突然、雷に打たれたような気分になりました。
絵の雰囲気からすると、
やはり「風神雷神図」の描かれ方と共通するような
なんともあたたかい人間性を感じさせてくれます。
ユーモラスなカラダの描き方と、目には力が感じられる。
風神の表情と非常に似た感じが迫ってきます。

俵屋宗達さんという人は
まだ生没年にもはっきりとした確証がないのだそうです。
京都に暮らした「俵屋」という扇子屋さんだったのでうはないかとされますが、
同時代の京都での文化人のなかでも枢要な人物ではあったようです。
「法橋」という、芸術家に与えられる朝廷からの称号を持っているので
当代一流の文化人であったことは間違いがない。
しかし、後の尾形光琳のような一派を率いるというような
流派の祖、というような人物ではなかったのかも知れません。
そうであるにもかかわらず、
京都の禅宗寺院・建仁寺に残された「風神雷神図屏風」が
尾形光琳に強い影響を与え、それを模写するという行為に走らせた。
一時期までは、光琳の代表作としてこの作品は広く知られていたほどですが、
それが,マザーは俵屋宗達さんだったことがわかって、
時代を超えた光琳の私淑ぶりが伝わるようになった。
やはり、芸術家のインスピレーションにおいて、強烈なインパクトを持ったこと。
その後の「琳派」の芸術活動が「日本人であること」の本質に迫っていったことも
考えていくと、
この俵屋宗達さんという芸術の才能の大きさに圧倒されます。
ともあれ、初めて見た作品に興奮を抑えられませんでした。

<写真は図録からの写真の一部画面です>

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