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「下山の思想」について

五木寛之さんという作家は
一度も読んだことがなかった。
なので、最近かれが書いたという「下山の思想」も読む機会がなかった。
NHKニュースで、それが密かなブームであり、
その内容に多くの共感者が広がっている、ということを知って
あわてて、書店に行った。
たしかそのときは仙台にいたのだけれど、
どこの書店でも「売り切れ」と言われた記憶がある。
で、札幌・琴似に戻って駅前の書店に行った。
時間がもったいないから店員さんに「ありますか」と聞いたら
ややしばらくわからなくて、
ようやく探し出したら、なんのことはない、
いちばんいい陳列棚で展示してあった。
そのとき感じたことは、北海道の社会の雰囲気と、
全国の社会の雰囲気に大きな違いがあるのではないかということと、
同様に書店員さんの教育についても
北海道は、遅れているのかも、という2点だった。

そんな経緯で購入し、読んでみた次第。
たぶん、多くのみなさんが読まれているだろうから、
内容についてはぐだぐだ書いてもしょうがない。
明治の時代の富国強兵から、戦後の「経済大国」路線へ
まるで高みに登るような登山をし続けてきた日本。
しかしここらで、日本人の心象風景が大きく変化してこざるをえない。
司馬遼太郎が書いた言葉で言えば、
明治以来ずっと、「坂の上の雲」を追い続けてきた。
しかし、日本人はそこから自分たち自身の心象を変えることができずに、
さまざまな困難に立ち至ってきた。
自分たちのいまを正面から認識することを避けていた社会から、
ようやく一筋の考え方を提起する作家が出たのか、
そんな思いが沸いてきたのですね。
「坂の上の雲」を見つめて坂を上り続けて、
いつしか経済大国と言うまでに自分自身が高みに上り詰め
そこで後は、下り転げる恐怖と、どうしても折り合いがつかなくなった、
そんなときに、大震災が襲ってきて、
茫然自失のまま、時間が停止してしまっている。
そういうわれわれに、ある生き方の指針を打ち出すのが、
国民の言葉で物語りする作家たちの仕事だと思うのです。
司馬遼太郎さんは、死期近くの発言でこれからの日本が憂鬱な時代であると
言って、そのまま死んで行かれたような記憶がある。
五木寛之さんの本には、そんな思いを持って接しました。

読後の感想で言えば、
半分は共鳴し、半分はさてどうなんだろう、というのが本音です。
氏の意見では、堂々と下山して
あらたな登山を目指すべきである、と語られているけれど、
わたしには、下山は登山よりも時間が掛かるように感じられる。
なぜなら、いや、また登ろうという考えの多くの人々との折り合いを
どうやって付けていくのか、という問題をその都度
解決しなければならないと思うのです。
どうなんだろうか、と思いつつ、
でも久しぶりに作家と、「対話した」感覚は残っていました。

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