「四百年間のいのちの履歴書」シリーズ。浅野藩領・入野から1718年頃と推定の移転地「松永塩田・今津浜」の探究の項。 家系史の事実確認では、この1743-1771年当時を生きていた「2代三木治右衛門」は、今津塩田から1 […]
Posted on 2月 20th, 2026 by 三木 奎吾
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「四百年間のいのちの履歴書」シリーズ。浅野藩領・入野から1718年頃と推定の移転地「松永塩田・今津浜」の探究の項。 家系史の事実確認では、この1743-1771年当時を生きていた「2代三木治右衛門」は、今津塩田から1 […]
Posted on 2月 20th, 2026 by 三木 奎吾
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さて、家系にとって隣藩の福山藩・松永で勃興しつつあった藩総力での塩田事業。 上の地図は「松永はきもの資料館」で確認した塩田地図。松永地域でもたくさんの新開塩田が時系列的に分かれていることがわかる。そのなかで「今津」と […]
Posted on 2月 19th, 2026 by 三木 奎吾
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さて「四百年間のいのちの履歴書」シリーズ、松永塩田へ「藩境を越えた移転」篇。 広島・浅野藩の徴税責任者としての「所務役」であった家系の当主・原平七は1718年の百姓一揆で「打ち毀し」されてしまった。その時点でのわが家 […]
Posted on 2月 18th, 2026 by 三木 奎吾
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昨年後半から取り組んできているわが家系の時系列探究。 時系列的な掘り起こし=系図的な人物特定と、その生きた土地空間を実体験する旅路。とくにわたしは住宅雑誌メディアを作ってきた経験から、空間取材からの想像力刺激が大きい […]
Posted on 2月 17th, 2026 by 三木 奎吾
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自分の家系の過去をたどる、というのは自分のDNA的な「アイデンティティ」を探索する旅。 メッチャのめり込んでしまう。その理由は史的な事実が掘り起こされる都度、同じ体験をいま現在の自分がしたらどう感じるだろうと考えるこ […]
Posted on 2月 16th, 2026 by 三木 奎吾
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写真は「舟木本洛中洛外図」から、日本女性の「乱舞」シーン。 わたしは少年期からマンガ文化興隆期にめぐり会って生きてきました。現代ではたぶんゲーム文化にその血脈が脈々と息づいていて、世界に日本発の文化シーンを広く拡散さ […]
Posted on 2月 15th, 2026 by 三木 奎吾
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高齢になってくるとあんまり行動的では無くなる、という社会常識がありますが、長寿社会の到来でそういう理解は徐々に薄れていくのではないかと思っています。 わたしは少年期に自転車の練習をしようとしたら、自宅が札幌市内有数の […]
Posted on 2月 14th, 2026 by 三木 奎吾
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「四百年間のいのちの履歴書」シリーズ。いまは1718年の百姓一揆遭難からの生き残りを賭けた決断の内容を考えています。一族で丹念に「家系史」を調査すると遭遇した困難でリアルな現実に突き当たる。 しかし、現代にわたし・子 […]
Posted on 2月 13th, 2026 by 三木 奎吾
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「四百年間のいのちの履歴書」シリーズ、昨日からの「竹原塩田」篇。 わたしにこの家系史探究の承継を命じた次兄の取り組んでいたのは、やはり「系図」探査という日本人一般にある心的情動部分が大きい。しかし引き継いだわたしは社 […]
Posted on 2月 12th, 2026 by 三木 奎吾
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「四百年間のいのちの履歴書」シリーズ、1718年百姓一揆で打ち毀されたわが家系のその後探究。 この当時の当主、原平七については伝承されてきた記録や親族による調査でもその後の形跡が残されていない。ただその息子の「源七」が […]
Posted on 2月 11th, 2026 by 三木 奎吾
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