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【新型肺炎「グローバリズム危機」と地産地消経済】

現代世界は国民国家がその基礎であることは間違いがない。
各国政府は自国民の生命・財産を保護することが基本的な使命であり、
そのために必要な範囲で国際的な協調を行い国連などの組織を利用する。
あくまでも国民国家が基本であって国際関係が上位ではない。

一方で現代世界では、経済はグローバル化し物流サプライチェーンは
価格合理性に基づいて先進国から主に中国を中心に移転してきた。
この国境を越えた経済的な結びつきは思想的にグローバリズムに結実した。
ヨーロッパは単一通貨で統合されEUという共同体が出現した。
2000年代初頭に比べ世界の航空機での往来は10倍規模に達しているとされる。
グローバリズムが世界を席巻し世界の生産工場は安い人件費を求め中国に流入した。
それは先進国での「空洞化」と同時に価格低下のデフレ基調を招いてきた。
製造業によって立脚していた先進国内地域経済は空洞化していった。
そういう「痛み」は先進国の国民負担に沈殿していった。
この世界の潮流に対して、まずはじめにイギリスがEU脱退を決め、
アメリカでも自国第一主義のトランプ政権が誕生した。
現代の基盤である国民国家の理念とは相容れないグローバリズムの暴風に対し
国民国家の発祥地ともいえるイギリス自身がノーを宣言し、
基軸国家アメリカも同様の流れになってきたといえるのだろう。
そしてグローバリズムが本当に有益であるのか大きな警告が発せられている。
今回の新型肺炎禍はその危機を浮き彫りにした。
資本主義の製造業プロセスのサプライチェーンに中国が深く介在しながら、
その国家体制は共産党独裁の異分子構造である危険性が露呈してきた。
さらに中国にお金が蓄積することでWHOのような国際機関まで
その影響力で変質させられ、国際秩序の脅威であることが明確化してきた。
今回の新型肺炎禍自体はやがて終息することを期待したいけれど、
この災禍はけっして拭い去ることが出来ない禍根を残す。
この国際危機から学んで行かなければならない。
トランプの対中政策は、やはり本質的に正しいと思わざるを得ない。

身近な製造業である住宅産業に於いて、基本的な生産活動の主体には
自立的な「地域工務店」も数多く存在し「地産地消」の役割の中心になっている。
大手ハウスメーカーとは言ってもその多くは下請けの工務店が現場を支えている。
そういう産業構造が基本だけれど、いまの新型肺炎禍で
多くの「建材」、加工組立が基本である衛生機器などの流通が危機にある。
地域工務店の主要な関与領域である木材流通などは問題が少ないけれど、
この加工組立製品が入荷しないことでボトルネックが生じてきている。
結果として工期に支障が生じ、資金循環においても停滞が生じてこざるを得ない。
しかも日本は消費税増税というきびしい消費減退期に突入もしている。
現代世界の突破口として「地産地消」の価値の再評価が必要ではないか。
グローバリズムの危険性に、地域の自立性向上が対抗軸になるのではないか。
全産業の中でも、住宅建設業ではまだ地域のパワーが残っている。
そういう存在がもっと輝いていくべきなのではないだろうか。

<写真は140年前わが家近辺「琴似屯田兵村」始原期の木材伐採〜開墾の様子>

【コロナウィルス渦中でのデマ情報「戦争」】

昨日ブログアップ後、ある知人からメール。
見たら、よく知っている学究の方から知人へのメールの転送で拡散希望。
「◎◎(学究)さんから情報拡散を依頼された」という趣旨で、
内容はコロナウィルス禍に対しての「生活アドバイス」というもの。
本当であれば、信頼を寄せる学究なのでわたしも内容を確認して
信頼性があれば拡散に協力すべきかと咄嗟には思っていました。
しかし、内容をチェックすると「武漢研究所に派遣されている
アメリカの友人からの文です。ぜひ多くの方に伝達してください」と記されている。
「武漢研究所」という組織が実際にあるのかとまず疑問が湧いた。
しかも「派遣されているアメリカの友人」とあるけれど、
中国とアメリカは今回のコロナウィルス禍で熾烈な情報戦まっただ中であることは
普通に考えて誰もが常識的に思っている。
実際にトランプ大統領は、米政府機関に対してコロナウィルスの
素性・出自について徹底的な調査を命じている。
そして中国に対してアメリカの疫病対策の中枢機構CDCの専門家を
「人道的に」派遣したいと数度にわたって申し入れているけれど、
中国側はまったく無視を決め込み、拒否している。
またWHOの調査団にアメリカの関係者が入っているかどうかの情報も出てこない。
そういう現状のなかで「アメリカの友人」がいまの中国で活動し得るのか、
それも内容を見れば、ウィルス感染に対する生活指針のようなもの。
であれば、「武漢研究所」なるものはその専門研究機関と推認される。
そういう名前の組織は実際にはまず存在しないだろう。
「北海道研究所」のような地名+一般名で、組織性格が表現できるわけがない。
また加えて言えば「文です」という言い方も日本語として非慣用的。
と疑問が湧いた段階でくだんの学究に確認のメールを送った。
というよりも、その方の名前をかたっている可能性の方が高いと判断した。
また、直接転送メールをくれた知人には電話連絡を取って、
どうも内容にも確認が取れないので、と申し入れた。

ということがあって、ブログで書いた手前もあるので
こうした情報について調べたところ、WEB上でたくさんやり取りされている。
同じような内容がチェーンメールのように飛び交っているようなのです。
またわたしがきのう書いたブログもあるサイトではアクセスゼロという表示。
ほぼ定期的に見てくれている方が400名くらいはいつもいるはず。
どうも腑に落ちない。
・・・この件続報ですが、Googleにこの旨申し立てして数時間後、
たぶん5-6時間経過後、昨日のアクセス状況が反映されていた。
UUはほぼ通常ベースだったけれど、総閲覧数PVが異常に多くて通常の5-6倍。
あきらかになにか、人為を感じさせる経過を見せていた。
Googleは当然アメリカサイドの資本なので復旧させたものか。
きのう「日本の感染者数にクルーズ船感染者数を加えるのはおかしい」
と書いたけれど、日本で感染者数が増えることで受益するのは誰か、
という情報戦争的な判断力も必要になるのだと思う。
こういうことから推察できることは、
サイバー空間で熾烈な「情報戦争」が繰り広げられているという当然の推測。
根拠不明ながら中国人民解放軍のサイバー軍団が大量動員されているという、
蓋然性が高そうなアナウンスがあったが、スパイ天国の日本であれば、
どういった「情報工作」が行われているか、推して知るべしでしょう。
きのうの結論同様、一人ひとりが情報リテラシーを高める必要がありますね。

<写真は明治初期函館港の様子。早く開拓期北海道テーマに戻りたい(笑)>

【新型肺炎の報道記述表現への疑問】



連日報道され続けている「新型肺炎」ですが、
毎日アナウンスされる「感染確認者数」について報道がかなり違う。
いちばん上の表はフランスの通信社・AFPの最新の発表数。
これをみると日本の感染者数は、クルーズ船の感染者数を除外して
()付きでいわば別枠扱いとして表現されている。(2/25(火) 3:25配信 )
これによると、日本国内の感染者数は146人であり、
イタリアの219人よりも少ない。
香港の79人、シンガポールの90人と比較して対中交流度合いから考えて
そう大きな偏差はないように思われる。ちなみにSouthCorea韓国は833人。
それに対して2番目の記事スクリーンショットは日本の通信社、
共同通信の配信記事。記事タイトルに明瞭に「851人」と記載している。
AFPはクルーズ船と日本国内感染者数を分けて発表しているのに
こちらではクルーズ船を含めた数字を印象的に報道している。
国際運航の「クルーズ船」での感染症発生という未曾有の事象の中
その入港を拒否する選択も、主権国家としてはあり得たのに
たまたまそれを「受け入れた」のが日本であった、ということであって
いまもそれをコントロールするべく努力している最中だと思う。
当初の事実解釈の違和感に外国の通信社は正しく気付いて
ほぼAFPのように「クルーズ船」感染者数を除外しているのに、
全国の新聞社が記事をおおむね依存している日本の通信社が
まるで背後から射撃するかのような発表をしていることに驚かされる。
きょうの読売新聞では以下のような記事が見られた。
<数千人規模の検疫を行い乗船者の治療を行う負担は大きく外務省幹部は
「寄港を受け入れた国が全責任を負うなら、今後も寄港拒否する事例は
多発しかねない」と懸念する。菅官房長官は19日の記者会見で
「国際的な協力態勢の構築を含めて、いかなる対応が望ましいのか、
一段落したらしっかり検討したい」と述べた。>まるで日本国を貶めるような
記事を発信し続ける共同通信は誤情報の拡散と取られかねないのではないか。
3番目は日本の厚生労働省の2/19時点での発表数字。
こちらをみればチャーター機での帰国者を除けば日本国籍陽性反応は44人。
20日以降、国内での感染確認も続いているけれど、
現状把握としては、こういうところなのだろう。

この報道の違いはどういう理由なのだろうか?
各社それぞれの見識があってのことだろうから一概には言えないけれど
メディアの報道についての「記述表現」について
受け取り側は、それらが意図的かどうかは別としても
解釈が大きく分かれる「見方」で表現されていることに留意する必要がある。
洪水のような報道の中で、ファクトチェックは冷静にしなければならない。

【鹿島神宮「神鹿」奈良の都への集団移住イベント】



きのう鹿島神宮と香取神宮のことを書いたら好評の様子。
ということでコメントへの返信としても書いたのですが、
鹿島神宮境内で見かけた「神鹿縁起譚」からのスピンアウトテーマ。

神社の縁起というのは神代のお話しなので
その信憑性をあれこれはしにくいのですが、
この東国の神社は「国譲り」説話に於いてヤマト朝廷側に立って
出雲大社の勢力に強談判して政権移譲を実現したということになっている。
たぶん、古代の権力闘争に於いて東国の産土神が大きな役割を果たした。
実際に軍事出征して出雲側がその兵力差を悟って和議としたのでしょう。
そこで「宮中での四方拝」の対象にいまでもなっているのでしょうか。
そういえば鹿島の国宝「直刀」は全長約3メートルで奈良時代の作と伝わり、
国内最大最古の直刀として有名であり、また鹿島は剣法の流儀としても有名。
武神とされる祭神をいただくので、このあたりの経緯が頷ける。
で、この武神を出雲に遠征させるべく説得に当たったのが「鹿の神霊」とされる。
「天照大神の使者、天迦久神(アメノカグノカミ)は、鹿の神霊だったとされ
これに因んで、鹿島神宮の神使は鹿とされるようになった。」と縁起にある。
そして後代、この武神を奈良の都造営と同時に開闢した「春日大社」の
祭神として勧請したとされる。そのときに東国の鹿島から奈良まで
1匹の白鹿にご神体を背負わせた上で、従者の「神鹿」たちが集団移住した。
東京の江戸川区には「鹿骨」地名が移住痕跡で残っているとのこと。
「地名の由来〜奈良時代(8世紀)藤原氏によって奈良の春日大社の創建に際し、
常陸の鹿島神宮から分霊されたがその際に多くの神鹿を引き連れて
およそ1年かけて奈良まで行ったと言い伝えられており、その途中、
鹿が死んだためこの地に葬った。これが「鹿骨」の地名由来。」
そして奈良の地に至って、その鹿たちが「神鹿」として根付いたとされる。
奈良の都創建時期は奥州からの産金や、その前時代からの人口増加もあって
空前の好景気社会だったとされる。その都に大量の鹿の群れがやってくる。
その道中でのアナウンス効果も含めて、人心を躍らせたに違いない。
大仏開眼式典には、世界中から各国皇太子なども参列したという。
東アジア世界に日本という国家を強く印象づけた時期。
そういうなかでも神鹿の愛らしさは宣伝力としてかなり強力だっただろう。

わたし的には、この時期の国家意識の高揚政策や、そのための
さまざまなイベントを仕掛けた手腕、構想力にうならされる。
推測すればこうした政策立案、遂行で藤原氏が勢力を拡張したとも思える。
とくに春日大社は、藤原氏の氏神色の濃い宗教施設として創建された。
現代に至るその後の日本社会での「奈良の神鹿」効果は抜群のものがある。
たぶん、この鹿の大群の上京は一大イベントだったのでしょう。
その後「鹿島立ち」させた側の鹿島神宮では鹿が絶滅したか減少したようで
奈良に行かせた神鹿をカムバックさせてもいるということ。
奈良の時代の空気の中を東西往復した神鹿たちが演じたアナウンス効果に
深い興味を覚える次第であります。

【香取神宮と鹿島神宮】



わたしは全国の神社の参詣を趣味としてきています。
別段、神社本庁の回し者というわけではなく、古寺社巡礼的な
時空間に身を置くと、日本人的な「つながり」意識が再確認できて
ある種清々しい気分になれる、という程度の崇神意識からであります。
わが家の神棚空間にはそういった全国の神さまのお札が鎮座しています(笑)。
コレクションとして家人がわたしの死後も敬ってくれるかどうかは
定かではありません(笑)。そういう期待はありません。
高校生のときに学生運動で退学処分寸前になったときに
親が案じて子どもの時からの家業の手伝い・アルバイト名目で貯めてくれていた
お金を使ってヨーロッパ旅行に行かしてくれました。
それはそれでたいへんいい体験記憶であるのですが、
帰ってきてすぐに奈良京都を巡っていたことがあります。
なぜなのか、古い歴史をもったヨーロッパを巡るうちに
北海道人として、日本の伝統空間への強い民族性共感を求めたのかもと
そんな風に自己分析しています。「オレ、やっぱり日本人」意識。
そういうベースがあって、自分のルーツへの興味とか、
歴史への思いというようなものが強くなっていったのではないかと。
出張で各地を訪れると、時間の許す限りそういう空間を探訪し続けてきた。

で、関東ではどうしてもこの2社、鹿島神宮と香取神宮であります。
「鹿島神宮は茨城県鹿嶋市宮中にある神社。式内社、常陸国一宮。
旧社格は官幣大社で現在は神社本庁の別表神社。 全国にある鹿島神社の総本社。
千葉県香取市の香取神宮、茨城県神栖市の息栖神社とともに東国三社の一社。
また、宮中の四方拝で遥拝される一社である。」
一方で香取神宮は、
「香取神宮は千葉県香取市香取にある神社。式内社、下総国一宮。
旧社格は官幣大社で現在は神社本庁の別表神社。関東地方を中心として全国にある
香取神社の総本社。茨城県鹿嶋市の鹿島神宮、茨城県神栖市の息栖神社とともに
東国三社の一社。また、宮中の四方拝で遥拝される一社である。」
という次第。あまり一生懸命調べてもいない、というか、
縁起を読んでも、神代のことが続くので浮世離れしていてリアリティがない。
ただ「宮中の四方拝で遥拝」されることが興味深い。
京都でも東京でも、この2社は東の方角に位置するだろうし、
とくに鹿島の場合は、列島社会全体でももっとも東端に位置するのではないか。
<北海道が領土に組み込まれるまでの歴史時間>
古代の権力というのは農業の時間管理が大きな正統性根拠だと思う。
「このころに種まきして、このように農事をせよ」みたいな
そういうことが自然に行われたのではないかと思います。
東の端に位置する神域というものには、そういう要素があったには相違ない。
関東にまた縁が深まってきて、この2社にはご挨拶だけはしておいた。
現世利益的な邪な動機ではありますが、とりあえず敬わせていただき、
じっくりとその神威のなんたるかを探究したいと思っております。 
・・・遙拝。

【落ちそで落ちない がんばる屋根雪ハラハラ】



2月も20日が過ぎて、陽射しは完全に春めいてきている。
終盤に来てのドカ雪傾向から、まだ1−2回は大雪があるようにも思うのですが、
陽射しがあれば屋根雪は溶け出してくるほどの気温。
で、そういう時期にはいろいろな「雪の造形」が見られるようになる。
写真の屋根のように、徐々に「ずり下がってくる」岩盤上の雪庇が
相当のかたまりになっても、落ちずに頑張り続けるのです。
こちらは駐車場を借りている近隣の「教会」の建物。
北海道住宅では屋根の瓦葺きが最初からほとんど採用されなかった。
開拓使の建設した住宅群では、柾板葺きが採用され
その後、金属屋根が主流になった。
こうした金属屋根では、積層した屋根雪がこのように「ずり下がる」。
その年の雪質の積層ぶりには差異があって、
たとえば最初に湿った雪が積もった後、軽い乾燥した雪が降り
そのあともいろいろな雪質が複雑に降り積もり、
その間の気温状況も条件として加わってくるのですね。
もちろん基盤になる屋根面との「温度差」も大きなファクター。
で、今年の場合、ごらんのような粘り気のある雪庇が形成された。

見ている側にするといまにも落ちそうで危険に思うので、
人為的に手を加えて落とそうとしていましたが、
なかなかこれが手強い。
軽い雪質であれば、ちょっと手を加えればスパッと断裂が生じるけれど、
屋根面側の最下層の雪が鉄板面で家屋内部からの熱漏れを受けて
岩盤状の氷床になっていて、しぶとく形状を維持する。
そういった状況の中、いろいろな造形ができて
それはそれで雪国的なオモシロさに通じるのであります。
もちろんこういうヤツがドカッと落ちる瞬間の爽快感はすごい。
春の気温上昇を利用してしぶとい冬を撃退できた、みたいな
北国人特有の春待ち願望が極点にまで高まる瞬間なのですね。
う〜〜ん、なんとか落としてやりたい・・・。

さて新型肺炎、どうも仕事への影響が顕著になってきた。
いろいろなイベントなどが中止されたり延期されたり、であります。
冷静な日常生活を取り戻し、危機を乗り越えたいものですね。

【EVの消費電力はどう作る?「自分だけ環境派」エゴ】


マツダが「電気自動車(EV)自体は確かにCO2を出さないが、
発電時に排出されるCO2を含めてみるべきだ」という至極まっとうな
アピールをしていて、その声に賛同する動きが官民で出てきているという報道。
EVは「CO2排出ゼロではない」 風向きを変えたマツダの主張
っていうか、住宅建築の分野では「LCCO2」という考え方、具体的には
「<ライフサイクルCO2>の略で、建築物などの建設に伴って発生する
二酸化炭素(CO2)の排出量を削減するために、建物寿命1年あたりの
CO2排出量を算出して評価する手法のこと。
手順は、まず、評価対象となる建築物の資材消費量や、建設時の物資輸送距離、
冷暖房や照明などのエネルギー消費量を算定する。」
っていう「揺りかごから墓場まで」の全ライフサイクル期間を対象に
CO2削減をみる考えが当然の大前提と思ってきた。
ところが、世界を引っ張っている自動車業界において、
そういった考え方ではなく、インフラの電気をどう作るのかについて
まともには論議されずに、いわば自分だけの論理でEV翼賛に陥っていた。
それに対してマツダさんが孤軍奮闘で異議を唱えてきていたという。

住宅建築の分野ではよくイメージで、太陽光発電で「戸建て持ち家」で
マイカーに充電してエネルギーを賄う、という刷り込みが行われてきた。
しかし、雨が続いて日照が十分でないとか、
寒冷地ではそもそも積雪条件で冬中発電できない条件下でのEV充電は
不可抗的に町場の充電スタンドが充電場所になることが自明。
たとえば日産リーフだと1kWhで約9km走行。
1回の充電で180km走行可能。100km走行で約11kWh消費。
お金のことは別にしても、電力需要はこのEV普及に伴って爆発的に増える。
初期コストが現状で太陽光発電は100万円単位で掛かるのを考慮するまでもなく
持ち家でもマンション居住者や、持ち家以外・賃貸住宅居住者などの大多数は
「町場の充電場所」が主力のエネルギー供給源になる。
その充電場所としてガソリンスタンドの業態転換が常識的に考えられるけれど、
この業界はいま、廃業が続出する業界でプレーヤーが激減している。
そういう論は別にしても、充電場所では潤沢な電力供給が
絶対不可欠な社会インフラとして提供されねばならない。
さてその膨大な新規需要の電力はどうやって生産するのか。
ご存知中国では、7割が石炭火力発電だとされ、経済成長に伴って
世界のCO2排出量が飛躍的に増えたことは疑いがないだろう。
日本でも原発アレルギー世論からCO2排出原料での発電にならざるを得ない。
どう考えても世界のCO2排出にとって危機を生み出すのではないか。
〜こういう当たり前の論議が起こってきたというのです。

たしかに自動車だけで考えればEVはひとつの流れではあるだろうけれど、
しかし目的の「CO2削減」から考えれば世界全体、人類社会的に
本当はどうであるのかは、十分に検討されてはいないのではないか。
どうも日本の省庁の「縦割り」弊害のようなことが世界で起こっている?
自動車産業の「自分だけいい人に見られたい」という近視眼志向が
過大な電力の設備投資を必然化させ、その発電のために
あらたなCO2増大が不可避になる近未来図がみえてくる。
結局エコロジーではなく「エゴロジー」と言われても仕方ないのではないか。

【札幌積雪 急激な「帳尻合わせ」進展中】

昨日も朝には積雪が多く20cmくらいの体感。
カミさんも除雪に復帰してくれて、2人掛かりでやるとスムーズ。
しかし、積層する肉体疲労は限度まであと少し(笑)。
昼過ぎには思わず横にならざるを得ないほど体力消耗。
そろそろ勘弁してもらいたい。少雪暖冬と言い続けたことへの意趣返しか。

図はいつもの気象台発表の札幌「積雪深」「積雪量」
下の積雪量では、昨年291cmを超えて327cmと平年435cmに近づきつつあり、
積雪深では、昨年54cmを超えて73cmと平年77cmまであとひと息。
この折れ線グラフの通り、少雪傾向が2月になって急激に解消され
この趨勢で行けばほぼ平年並みに近づきつつある、というところ。
やはり目先ではなく、長期的な変動の範囲内で季節は進行している。
「2月に入ってドカ雪が襲ってくる」と歴年降雪観測データから
予測を教えていただいた方からの「忠告」はまったく当たってしまった。
この冬の中盤での暖冬傾向から「温暖化」が気になっていましたが、
サイクル変化のひとつのパターンだったのが正解のようですね。
やはり目先のことばかりではなく、巨視的な視点が重要だということか。

そういえば、わたしもいかに勉強していなかったか、思い知らされたのが
「いま現代が<氷河期>である」ということを知らなかったこと。
学校でこのあたり定義をしっかり記憶していなかった。
地球歴史では、数回「全球凍結」という赤道地域まで含めた氷河期が
あったとされ、逆に極地もふくめて「氷河」のなくなった歴史年代もあった。
「氷河時代(ひょうがじだい、英語: ice age)は、地球の気候が寒冷化し、
地表と大気の温度が長期にわたって低下する期間で、極地の大陸氷床や
高山域の氷河群が存在し、または拡大する時代である。 …
この定義によれば我々は氷河時代の間氷期―完新世―の只中にいる。」
地球規模の気候変動は過去何度も繰り返されてきたサイクルがあり
そのサイクルでは、現代は巨視的にはもうすぐ寒冷期に突入するとされる。
生物は温暖期に活動が活発化して進化発展するけれど
寒冷期には、基本的には「耐え忍ぶ」ことになる。
日本史でもこうした寒冷期には飢饉などで苦しい時代が続いていた。
江戸時代でもこの寒冷によって悲惨な状況が出来している。
なんにせよ、2月はまだ途中であり、
これからもまだドカ雪が襲ってくる可能性がある。
きのうも街を見ていると、大雪の年の光景・既視感が垣間見えて、
目先だけを見ていると見誤るなと、教えられる気がしております。

【ジワリ 新型肺炎での安全保障危機拡大】


いまや世界的な「パンデミック」と呼ぶべきではないかと思える
武漢肺炎・新型肺炎ですが、いよいよ日本経済に影響が懸念される段階。
ごく身近な北海道の工務店グループ・アース21のキクザワ・菊澤社長の
Facebookを見ていたら、以下のような要旨の案内。
「新型コロナウィルス(COVID-19)による、出荷遅延(可能性)のお知らせ
2020年02月14日
世界各地で大きなニュースとなっている新型コロナウィルスによる影響で、
以下メーカーより「中国から材料を輸入している製品において船舶が日本に
入ってくることが出来ないため、製品出荷の遅れの可能性がある」
というお知らせがありましたので一足早くお知らせいたします。
・LIXIL・Panasonic・TOTO・クリナップ・太陽光関連製品(デルタ電子)
これより以後の製品で納品遅延の可能性がありますので、
新規のお客様におかれましては工事工程について個別に
ご相談させていただく場合がございます。
(日本国内工場にて生産している製品に関してはまだ遅延の情報はありません)」
で、<よければシェアしてくださいね>とのことなので紹介しました。
・・・と懸念を深めていたら、今度は新住協北海道支部からの案内。
「【重要】新住協北海道地区大会を延期します
まことに残念ですが、3月12日・13日に予定の新住協北海道地区大会を
延期することに決定しました。新型コロナウイルスの拡大を防ぐため
東京マラソンを始めとして大きなイベントの中止が相次いでいます。
道央圏からは感染者が出ました。厚労省からは以下注意喚起が発信されています。
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000164708_00001.html
以下、要旨を部分引用
〜【多くの方が集まるイベントや行事等の参加・開催について】
多くの方が集まるイベントや行事等に参加される場合も、お一人お一人が
咳エチケットや頻繁な手洗いなどの実施を心がけていただくとともに、
イベントや行事等を主催する側においても、アルコール消毒液を設置するなど、
可能な範囲での対応を検討いただけますようお願いいたします。〜
状況が落ち着き次第、開催に向けて再起動したいと思います。
ただ、状況の見通しも立たないことから、開催時期は未定です。」

・・・どうも未体験ゾーンに突入してしまったようですね。
中国は独裁国家なので経済をほとんど停止させて人間の流動抑制を
強権的に発動させているけれど、危機管理についての国家主権法整備が
まったくなされていない現状の日本国家では、超法規的にしかやりようがない。
世界各国は非常時安全保障対応・軍事マターとして今回の事態に
対応してきているけれど、日本ではそういう法整備がまったくない。
経済活動に制約を加え得る国家主権という概念がない。
いまの横浜港での船舶管理ですら、安倍内閣の責任に於いて入国させない処置を
超法規的に取っているとされる。いま現に開いている国会でこのような問題点を
なぜ論議しないのか。憲法改正に反対はいいけれど、ではこういう危機に対して
日本国家はどうやって国民の生命と健康、財産を守り得るのか、
立法府はその全体重をかけて論議し、打開策を考えるべきではないのか。
いまは直接的に国民にその災難が降りかかってきてしまっている。
現代的な危機に対応した体制整備をしなければならないけれど、
事態はそういう準備を許さない状況において出来してしまった。
当面は上記、厚労省からの「自粛要請」くらいしか手が打てないのでしょう。
そもそも原因発生国が隠蔽体質の独裁権力国家なので、発信される
情報が正確であるかどうかも不透明ななか、どうやって国民を守っていけるのか。

どうも新たな「黒船」は中国から違ったカタチで来襲してしまったのではないか。
危機は現代日本国家の問題点を究極的にえぐり出しつつあると思える。
今後、どう展開していくのか予断は許されない状況でしょう。

<イラストは歴史的気候変動での地球の海陸の地形変動図>

【明治13年北海道鉄道敷設での米国技術支援】

しばらく「北海道住宅始原の旅」を書き込んでおりませんが、
けっして終わりたいわけではありません。
資料収集は順調に進んでいて、とくに北大図書館の写真データベースは
たいへんありがたく参照させていただいております。
しかしそこは研究者ではない身の上ですので、
時間的にどうしても「割ける時間」に限りがあるというところ。

明治の開拓にとって明治14年の天皇行幸というのは、
多くの意味でまさにエポックだったように思われます。
時限的に設置された「開拓使」という中央政府官庁にとって、
ひとつの盛大な区切りでもあったようです。
有望な石炭資源の発見と産業化構想が立案されて、国家プロジェクトとして
札幌本府の「外港」機能を担っていた小樽から札幌を通って
いまの三笠にあった「幌内炭鉱」までの鉄路の開削事業が推進された。
人口密集地である東海道線もまだ全線開通していないのに
開拓間もない北海道に鉄道が敷設されることになったのです。
上の写真は北大データベースに保存されていた小樽港周辺での
明治13年段階の鉄道敷設の記録写真。
この当時は、写真撮影というのは「格別」のことだったようで、
敷設工事に関係した多くの人たちが総出で写っている。
機関車は右側が画面から切れていますが、
当時アメリカから輸入された7100形蒸気機関車であることはあきらか。
その本体の送達と同時に鉄道技術者たちが招聘されていた。
クロフォード一行という人名が写真説明に付されています。

当時の(いまも)世界の位置関係から考えて
海運、海上交通が基本である時代、日本はアメリカと近づくのが
もっとも合理的だったのでしょう。
アメリカ自身もまだ独立後100年ほどの段階ではあったけれど、
ペリーを派遣するほどには対外通商への興味は強く持っていた。
太平洋は大きく遠隔だけれど、途中遮るものがないという意味では
「隣国」関係といえるのだろうか。
幕末明治以降、日本の地政学的位置関係でアメリカは決定的因子。
日本がアジアの中で基本的な独立を守り得たのには
欧米列強とのバランスがうまくとれていたことも大きかった。
とくに欧州列強やロシアなどに対してまだ若いアメリカとの善隣的関係は
良好な「バランサー」の役割も果たしていたのだと思う。
今日日米同盟は世界の中でも強固な同盟関係だけれど、
140年前のこの写真を見ても、それが自然な成り行きだと思える。
今後も好むと好まざるとに関わらず、この関係は永続するのでしょう。
北海道の開拓にも色濃くこの国際関係が表れている。
日本でもっともアメリカナイズされた地域が北海道。住宅も同様。
アメリカ「合理主義」が基本から導入されているのが北海道住宅だと。