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【震災特需仙台で「寒くて」新築数年で住み替え?】

最近、仙台市内のビルダーさんから面白い情報を聞いた。
仙台地域は震災以降、被災地からの移住需要などが集中したけれど
その需要に応じて首都圏などの大手建て売り住宅メーカーが、
大量に「建売住宅」を建設して大量販売したとされる。
で、その住宅を入手して住んでいたユーザーは、元々は賃貸住宅などでの
寒冷地住宅体験はそれなりに持っていたのに、
これら建売住宅のあまりな「寒さ」に震え上がっているという。
「寒くって、とても耐えられなかった」
という実感をビルダーさんに吐露していたという。
資本の論理で土地を高値で仕入れて建て売り住宅を販売した
当の大手建て売り住宅メーカーのせいで仙台では土地価格が急騰したが、
その急騰を利用し築後数年しか経過していない「新築住宅」を売り抜けて、
また新たに新築戸建て住宅を建てる事例があるというのだ。
たくさん税金を納めることにはなるから、国の財政としてはいいのかも?
しかし、個人としてはまことにムダの多い投資をしたことになる。
なんとも、笑い事では済まされないようなことが今日起こっている。
たしかに仙台というマーケットでは転勤族も多いとされるので、
必ずしも寒冷地仕様の住宅知識をそれほど必須と感じないユーザーもいる。
しかし建てられる土地の気候条件を十分に把握せずに
製造業としての矜持、ポリシーなく建てられたと言っても過言ではない。

今日、「高断熱高気密」はセールス文句としては
どんなビルダーもそのように宣伝しているので、
ユーザー側でもまさかそれがただの宣伝文句とも思えずに
そういうところはそこそこマシなんだろうと考えて手を出すようなのだ。
逆に首都圏以西では、高断熱高気密技術は「普及期」にあって、
その技術要素が大きな「差別化」要因になっていく実態がある。
むしろ温暖地域の方がユーザーの「ホンモノ選別」がキビシイ。
一時的な特殊要因で大量生産がなされた仙台マーケットでの
きわめて特殊な事例であることを願う次第。

【油断大敵 ふたたび北海道地震情報 from仙台】

「すごい大きい地震❗️会社は物も落下せず大丈夫」
「でも今まで一番大きい。余震ありそうだね」
「ひええ…余震あるかな?でもこのまえはすぐ停電したよね?」
「それと比べたら停電してないからこの前より被害すくないかな…?」
っていうようなLINEでの家族のやり取りを、出張先の仙台のホテルで
それも夜中11時半ころ、ふと目覚めて確認して北海道の地震発生を知りました。
とりあえず、家と事務所の内部は特段の被害がないとのこと。
ですが、夜が明けてみてどうなのかと案じてはおります。

いままででいちばん大きいと感じたと言うことなので、
屋外などでなにか、異常がないかどうか気がかり。
また、スタッフは全員帰宅した後だったようなのですが、
無事の確認もこれからすることになります。
札幌の状況が夜間でもあり確認できないので、
対応についてはみんなに任せるしかないのですが、さて。
夜が明けて、LINEでの対話では「平常営業」が当然視されるとのこと。
今回は前回のように停電は事務所周辺ではなかったようです。
まだ情報は完全には確認できませんが、
ひたすら被害が大きくないことを願う次第です。
一昨日、月と地球の距離が近接する「スーパームーン」だったそうで、
ちょっと前には震度3程度の地震が発生もしていたという。
昨年の大地震の「一連の地震活動」という発表が気象庁からあったようです。
日本列島、どこにいてもこういう天変地異はいつ何時でも起こりうる。
つねに心のどこかで「油断大敵」と肝に銘じていなければなりませんね。
北海道のみなさんすべての無事を祈念していたいと思います。

【お元気(笑)ですね、アルミサッシの結露クン】

きのうまでの数日の札幌はすっかり春の陽気で
3月下旬並みのあたたかさというアナウンスでした。
雪まつりに合わせての市内一斉除雪からうち続いた暖気で
道路路面が露出している箇所も多くなって、
すっかり春の風情が漂っておりましたが、しかし、
そううまく冬将軍殿が遠征を止めてくれるとも思われません。
ドカ雪、寒波に身構えながら、春を待ちたいと思います。

一方で写真は断熱にはやや鈍感な仙台の賃貸ビル、非暖房のトイレ窓面。
なにを隠そう、当社の仙台オフィスの「恥部」であります。
事務室部分の方はオーナーさんに承諾を取って
「窓の複層化・樹脂窓化」をさせていただき、
暖房器具もエアコンにプラスして灯油FF暖房機を設置しています。
しばらくこの暖房熱源への灯油供給パイプの不具合で
寒い環境を耐え忍んでおりましたが、
年明け早々には復旧して、いごこちのいい暖房空間が実現しております。
ただ、このトイレの方は樹脂窓化をしていなかった。
この「樹脂窓化」改造の時に、忘れてしまっていたのですね(泣)。
断熱思想のないRC建造物での内外温度差は自ずとあらわれるもので
窓面とアルミサッシ枠には、盛大に結露水。

非所有の賃貸建築であり、
自由に手を加えることはできないので、
もう一度工事をさせてもらうにしても許可を得る必要がある。
本格的な「断熱工事」まで行うのはオーナーを説得する必要があり
そういうことまでする意志はない。
どうしようかなと、考えることは考えるけれど、
常駐していないし、ついつい忘れてしまっているのですね。
窓メーカーのHPなどではいろいろな方法もあるようです、
一度、きちんとコスパの優れた対応策を考えたいと思っております。

【書という芸術分野を共有する東アジア】

「王羲之を超えた名筆」という書が日本で公開されている。
顔真卿さんという一般の日本人には馴染みのない名前ですが、
中国の人たちにとっては、その漢字文化の究極を表しているようです。
以下インターネット上で見られた「美術手帳WEB」の案内の要旨。
「中国において、東晋時代(317–420)と唐時代(618–907)は、
書法が最高潮に到達したとされる時代。そして「書聖」とも呼ばれる
王羲之(おうぎし)が活躍した東晋時代に続いて、唐時代には虞世南(ぐせいなん)、
欧陽詢(おうようじゅん)、褚遂良(ちょすいりょう)ら
初唐の三大家が楷書の典型を完成させた。
 そして顔真卿(がんしんけい)は三大家の伝統を継承しながら、
「顔法」と称される特異な筆法を創出。王羲之や初唐の三大家とは異なる
美意識にもとづく顔真卿の書は、後世に大きな影響を与えた。」
というように紹介されていました。

たまたま東京出張の機会に、ちょっと見てみるか、
というような軽い興味で東京博物館に行ったけれど、
顔真卿の《祭姪文稿(さいてつぶんこう)》という名書を見るには
なんと、行列3時間ということだったので、
そこまでの強い思いがあるわけでは無論ないので、体感は諦めた。
しかしそこを起点にして、こういう中国史での「芸術」について
考えたりし始めています。
中国の山水画の類というのは、どうも日本人にはいま馴染みがない。
テーマが老荘の思想の極致を表現する、みたいな
なまの人間の叫びを感じさせるテーマではないために、
人類的共感としてはどうも感受しにくい。
個人的にわたしはそう思い込んでいるようです。
ただ、この「顔真卿の《祭姪文稿》」の紹介エピソードからは
この生きた個人、顔真卿さんという人物の個性とか息づかいというものが
立ち上ってくるように感じられました。
「乱によって従兄とその未子を亡くした顔真卿が亡骸を前に書いたという。
冒頭は平静に書かれているが、しだいに気分の高まりや激情が見られる筆致となり、
書き間違え、行そのものが曲がっている部分なども現れる、劇的な書」
というような紹介なのですが、実際にポスターなどでも
そういう書き間違えの部分などもあって、
激した感情というものが強く感じられてくる。
書というものに馴染みがなかったのですが、そういう劇的シーンが
感情移入されてくると、ようやく見方のスジがみえる。
まぁ入門としては貴重な機会だったかなと、見ることはなかったけれど
ふしぎに納得感が広がってきています(笑)。

しかしこの顔真卿の《祭姪文稿》は
国共内戦を経て、台湾に大量に貴重な文物が移転し、
「故宮博物館」が北京と台北にあり、そしてこの書は
なかなか公開されることがなくて、海外に出たのは
アメリカに次いで日本になったという経緯だと言うこと。
そういう経緯から中国本土のひとたちからは、
これが日本に行かなければ見られないことへの残念感が盛り上がったという。
しかし、旧正月休暇で実物に触れてきた人たちの口コミSNSなどで、
その素晴らしい「体験」への感動が多く語られているとのこと。
中国は繰り返し「易姓革命」が展開した。
それに対して日本は長く一体的国家意識が天皇制とともに継続した。
そういう社会の相違から、誤解も発生するけれど
こういう文化面での思わぬ局面も生まれるのだと興味深かった。

【北海道で「焼き魚」といえば定番は?】

って、ふつうは「ホッケ」だろうと考えていた・・・。
きのう「社長食堂」メニューが「焼き魚」に変わったタイミングで
社内スタッフに意見聴取していた。
「焼き魚といえば、なにがいいと思う?」
「アジ!」
「アジ!」
おいおい、であります。
昭和中期からの生き残り世代としては、少年期から青年期、
アジなんていうものは、見たこともなかった。
個人的には、大学で東京に行ってはじめてアジを食べた。
ホッケの肉厚ぶりとは比ぶべくもない薄さ。
味も脂身がホッケとはだいぶ違う淡泊ぶり。
しかし、たとえば「アジのたたき」などを食べたら、
その旨みには惚れ込んでしまう部分もある。
「そうか、東京の人って、こういう味わいに慣れているんだ」
というような食文化ギャップを味わっていた。
こういう体験を持っている世代として、北海道でアジを食べたいと
多くのスタッフから言われるのがちょっとカルチャーショック。
わたしなどの世代では魚は近距離の輸送しかできなくて
近海物に嗜好が限定されていたのでしょう。
東京で銀座に支店があった仕入取引先が若い北海道出身のわたしを
食事に連れて行ってくれたことがある。
メニューを見たら「ホッケの開き」と書いてあったので大喜びで頼んだ。
でも出てきたのはどう見ても「ホッケの干物(泣)」。ガリガリで泣けた。
しかし、ある時期からは冷凍技術が発達し輸送手段も発達して
高級魚は北海道の産地よりも築地の方がおいしいものが出回る、
みたいな逆転現象も起こったのでしょう。あ、いまは「豊洲」か。
そのような食嗜好の変化で、こういうリクエストになった。
で、きのうは焼き魚、アジでありました。
まぁ、ホッケよりも「特別」感があるのかも知れませんね。

写真は,食べ尽くされた残骸でたいへん恐縮です(泣)。
なんですが、この「食べ方」がオモシロくって記録した次第。
下の右側は,なにを隠そう、わたしの「食後」であります(笑)。
きのうは副食メニューも充実させたのでここまでで廃棄したのですが、
焼き魚の場合はこうして皮を集めてからガブリといくのが
乙な食感で、ついついこうやって集めたくなるのです。
他のスタッフの食べっぷりを見てちょっとオドロキ。
というのは「最近の若いヤツは・・・」というオヤジの小言定番で
魚の食べ方で「食い散らかす」、というのがあったのですが、
みんなの食べっぷりはなかなか礼儀正しいのであります(!)
こういうふうに食べられたらアジも本望だ、と思える。
一時期「家庭教育がなっていない」というアナウンスが行き届いてなのか、
こういう食文化でマナー伝統が復権してきているのかも。
社長食堂、継続しているといろいろなコミュニケーションができて
お酒を飲む以上にオモシロい発見もあり楽しい。
スタッフからの提案に感謝しつつ、頑張っていきたいと思います。

【東北とヤマト古代史の中心・国府多賀城】


移動の途中で「国府多賀城」遺跡周辺に。
これまで不思議と一度もきちんと見たことがなかったことに気付く。
周辺は、たぶん史跡扱いになっているようなので、
ほぼ古代の状況を推し量れるような、そういう場の雰囲気が感じられる。
本日は東北とヤマト政権古代史への探究篇ブログであります。

古代の王権にとって、こういう「遠の朝廷」という一種の「都市」を建設するとき、
方位や位置の感覚はきわめて重要だっただろうと思われる。
中国的な風水思想を踏まえて建設地が選択されたに違いない、
とまでは容易に想定される、ということで立って見た。
写真は政庁建築の発掘位置がわかるように地面がマーキングされている。
2枚目の写真はその位置からほぼ真南と思われる方向を拡大した。
おおむね政庁は、鹽竈の湊の方向に対して正対している。
鹽竈は古名でいまは塩釜だろうけれど、
この湊、港は仙台湾で南に向かって開いている。
人的往来、畿内地域との交流においての海路の条件は重要ポイント。
鹽竈神社が古格な神社として重要な歴史的位置をもっていることがわかる。
先日、仙台市若林区にある「国分寺」遺跡をはじめて見たけれど、
その位置からはかなり離れているとされる。
古代国家は当初、政庁として「郡山官衙」を建設したとされ、
その位置は現在の仙台市太白区の長町地域だとされている。
その官衙「都市」との位置関係では国分寺の位置は妥当な距離感。
この多賀城は当初は、対蝦夷の軍事施設として建設されて
その後、この写真のような政庁施設を持つ古代都市として造営された。
そういった経緯で国府と国分寺が10km以上離れている。

この多賀城に立ってみると、この地がやや高台にあって、
鹽竈の湊から、まっすぐに北上する位置にあることになる。
古代の王権関連の人物にとって、この地に派遣されると言うことは
どんな心事だったのだろうかと推定してみる。
古歌によく謳われる「宮城野」とか、松島などの自然景観は詩心を刺激はしただろう。
そのようなフレーズを入れ込めば、畿内政権文化圏内で
「おお、やはり多賀城からの歌はこうでなければ」みたいな判じモノだったかも(笑)。
郡山官衙からこの多賀城に古代東北の政庁が移動したのには
やはり黄金の採掘という大きなインパクトが働いた気がする。
いまも「涌谷」というような地名が残っているけれど、
多賀城の北方にはこういう産金地域が後背として存在している。
・・・いっとき、古代の時間間隔、地域感覚に思いをはせてみた次第。

【あおり運転的なドライバー、増えている?】

わたしはクルマでの移動がたいへん多い人間です。
わたしから見ると、運転者のマナーって全国でとくに違いが大きいとも思えない。
たまたま気がせいていたり、個人として問題のあるケースもあるけれど、
おおむね日本人の運転教育は悪くないレベルではないか。

ただ、きのうは宮城県海岸地域某所で、
片側2車線の右側を走行中、前方車が急に右ウインカーを出し減速しはじめた。
そこで左側車線を確認したら後方車とはそこそこの距離があった。
そこで車線変更しようとして、左ウインカーを出したら
その後続車が急に猛スピードを出して接近してきた。
「オラオラ〜、絶対入れてやんないからな!!」みたいな。
危険な距離になったので車線変更を諦め、減速しほとんど停止寸前に。
そうしたらその猛スピード車からすれ違いざまに「○×△▲」と
悪罵を投げつけられていました。
当方のウインカーの出し方に激昂してしまったのかも知れません。
とはいえ、車道にはそこそこの道幅はあったのですが、
ほとんどスレスレの距離で走り去っていった・・・。
当方としては危険回避のためにそういうドライバーとは関わらないように
そのクルマとの距離を取るようにその後、運転しておりました。
こういった手合いに対応するとさらなる逆上の方が怖ろしい時代だと。
どうも最近、こういった「あおり」に近い運転をするひとはいるように思います。

そんな体験をしていたので、
ReplanWEBマガジンで、スタッフのブログで以下の記事を興味深く読んだ。

北から目線の暮らしルポ2019.2.14
冬だけ親切?
東京から北海道に移住して10年のスタッフがお届けする北海道ならではの日常。

ことしの札幌、積雪深はほぼ平年並みですが、
寒さはかなりのレベルなので雪融けがあまりなくて、
道端での雪の堆雪量はかなりになっております。
当然道幅は狭くなっている。
北海道人なら、運転で雪にタイヤを取られて立ち往生という苦い経験は
みんながそこそこには持っているので、
そういう「共存共苦」の気分というのは共通感情としてあります。
なかなかいいコラムだなと思ったので身内ですが
ご紹介したいと思いました。
雪は危険ももたらしてくるけれど、一方でこういう機縁にもなる。
「なんもさ」「おたがいさま」という気分、大切にしたいですね。

【四季の美を感じる家 きた住まいる南幌相談会】

北海道の住まい、くらしの魅力は四季の美しさにあります。
あんまり庭造りには熱心ではない北海道民ですが、
それって、それ以上に魅力的な自然美がふつうに存在しているから。
窓の外にちょっと目をやれば、人工物をはるかに超える美観が支配している。
冬は寒さも厳しい季節ではあるけれど、
全国の一般住宅とはまったく別次元の室内気候が実現しているので
そういった安心快適の室内から、自然の空気感を味わうことができる。
喧噪を少し離れただけで、異次元の自然に包まれた豊かなくらしが実現する。
札幌からおおむね30分ほどのほどよい距離感の南幌町でのくらし。
写真のような雪のまばゆい反射光、透明感の高い空の青が
厳寒の冬の暮らしをパノラマ模様に彩ってくれます。・・・

全国的に話題を呼んでいる「きた住まいる南幌」の5棟の住宅。
北海道が推進する「きた住まいる」は、地域の特性を家づくりに活かす
技術を高いレベルを保持する作り手たちを北海道が推奨するもの。
住宅政策でつねに全国をリードしてきた北海道だからこそ実現した、
地域優良工務店と地域の建築家が協働した家づくりです。
公開開始以来、実に大きな反響を全国的に巻き起こしています。
隣接する住宅地の販売が活況を呈したり、
このモデルハウスを見学後、作り手と家づくりを進める事例など
多くの活発な動きが見られてきています。
この南幌の高性能住宅群はこのようにモデルハウスとして活用されるとともに
そのまま購入可能な住宅として、オーナーを募集しています。
家づくりを手がけた建築家と地域工務店が今回「冬のいえづくり無料相談会」を開催。
真冬の厳しい寒さの中で住宅性能の確かさを実感できてさらに
北国の住宅の大きな魅力とも言える「照明計画」の内観・外観まで
夕方の時間帯には実際に確認することもできます。
ぜひ、北海道での最先端の性能とデザインの住宅に触れてください。

南幌町みどり野きた住まいるヴィレッジ冬のいえづくり無料相談会

■日時:2019年3月3日(日)・3月10日(日) 13:00〜17:30(現地集合、現地解散)
■場所:南幌町みどり野きた住まいるヴィレッジ(空知郡南幌町美園4丁目158番)
■相談会内容
この相談会は、皆さまの家づくりに対する疑問にお答えするとともに、専門家チームがこれまで手がけた住宅の模型や図面なども見ることができる、またとない機会です。ぜひふるってお申込みください!
また当日は南幌町、住宅金融支援機構、北海道住宅供給公社の担当者もおりますので、町の支援制度や住宅ローンなどについてのご相談をすることも可能です。
■時間帯
A:13:00〜14:20
B:14:30〜15:50
C:16:00〜17:20
■専門家チーム
01.(株)アシスト企画 ✕ 山本亜耕建築設計事務所
02.晃和住宅(株) ✕ 山之内建築研究所
03.武部建設(株) ✕ アトリエmomo
04.(株)キクザワ ✕ (株)エスエーデザインオフィス
05.(株)アクト工房 ✕ (株)ATELIER O2
■申込み方法
住宅相談会へのご参加には事前に申し込みが必要です。ご都合の良い時間帯と相談したい住宅の専門家チームを、こちらのフォームでそれぞれ選んでお申し込みください。

【ニッポンの住まい「冬をデザイン」する】

日本の住宅は、長く「夏を旨として」考えられてきた。
蒸暑の夏をいかに過ごしやすくするか、というのが基本。
寒冷に対しては結局「耐え忍ぶ」という「生活文化」しか生み出さなかった。
住宅のデザインも、そのことに大きく連関していたから、
「より開放的に、通風最重視」みたいな方向で美意識が優先された。

そういう寒冷に無力な日本の住宅文化につけ込んで
19世紀から北方の生活文化を持ったロシアが北海道を領土として狙った。
幕末の日本社会の沸騰は、この帝国主義列強への危機感が根底にあった。
北海道という日本文化からすれば「異郷」といえる地域に
それでも日本人を移植しなければ領土実態を主張できない。
日本にとって北海道はこういった経緯から開拓されてきた。
開拓の初期から、アメリカ北東部マサチューセッツ地方などの
寒冷地域から「開拓技官」が招聘され、寒冷地建築思想が導入された。
開拓初期から戦後初期までは、これらを「見よう見まね」する段階だったのではないか。
しかしかれらと日本人は生活様式に違いが大きかった。
戦後になってようやく日本住宅建築としての高断熱高気密化が進展し、
ここ20-30年の間に、工法的にはほぼ確立されてきた。
最近になって、本州地域でもこうした民族的技術資産は注目されるようになった。
北海道が歴史的にはじめて「日本から学ばれる」ことになった。
それはそれで地域としては喜ばしいことだけれど、
一方でデザインの面では、まだ本格的な醸成はされてきていない。
無意識にまだ「夏を旨とする」デザインが日本社会では主流なのではないか。
けれど、写真のように富士山も外観としては
雪をいただく冬の姿の方が、美しいと感じるひとは多い。
そういえば、富士山ってカタチは単純化の極みですね。
自然のうつろいに対して、それをまっとうに受け止めて美に昇華させる。
たぶん「冬のデザイン」の要諦って、そういうところなのでしょう。
雪が多いところではそれを活かしたデザイン。
雪が少なくより寒さが厳しいところでは、寒冷で環境風景が乏しいなかのデザイン。
外皮はより単純化させることが求められる。
外皮表面積がどれほど単純化できるかが、技術要件としては大きい。
そのときに、外観デザインはどうまとめたら良いのか。
また、外構のデザインも「冬のデザイン」としては課題が多い。
高断熱高気密技術に伴って、合理主義は波及していっているけれど、
こうした「冬のデザイン」はまだまだ道半ばの領域のように思われます。

【建築と自然が織りなすデザイン】

昨年、わが家を再建築リニューアルしたのですが、
その折りに、玄関に庇が取り付いた。
かわいい系のデザインで、まったくの水平ラインだけの
シンプルさだったけれど、ポストモダン風のわが家に
どんな印象の変化がもたらされるかと楽しみにしています。
機能要素としては雨除けということになりますが、
さて、雪の季節の中でどんな表情になるかと期待していた。
5日間出張で出ていて、その間東京や仙台で
「北海道は観測史上最高の低温、大雪」とかと騒いでいました。
さてどうなんだろうかと心配していましたが、
どうも最近の天気予報のアナウンスは大袈裟のように思われます(笑)。
この時期の北海道としては通常運転の寒さで雪も平年並み。

で、いまの庇と雪の表情であります。
雪の降り方というのはそのときの風向き強さなどで
積もり方に大きな変化があるものですが、
この表情を見る限りではおだやかに垂直的に降り積もった感。
この庇は「跳ね出し」的に差し掛かっているだけで、
支柱などは省略されている。
その分シャープなんですが、華奢と思われるので、
この冬に一度屋根雪を下ろしています。
庇面近くに水平ラインが見えているのはそのときの名残。
玄関というのは建物の「目鼻立ち」のイメージが強いので
女性がお化粧するように、やはり持ち主・住み手がメンテするべき。
そのように考えればこうした「雪の積もり方」は
ちょうど「帽子」をあれこれと考えることに似ているかも知れません。
まぁ、雪なので白というカラー限定ですが(笑)、
それでも日中と夜間、照明があるなしなど、
ひとに与える印象ってさまざまに千変万化するものだと思います。
また、この庇屋根と対比させて、床に石山軟石の敷石を敷いているのですが
北入玄関ということで日射が当たらず、熱供給がないので、
どうしても雪が掃除しきれない。
そうすると、床面は白い表情になっていくことになる。
ときどき除雪するけれど、そういうふうに「グラデーション」のある表情になる。
これもこれで、自然と人間と建物の相互作用的表情。

メンドイともいえるけれど、こういう建物と自然との対話的表情、
関わっていると、それなりの楽しみ方を教えてくれると思います。