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戦後日本社会の「住宅政策」

ロシア革命のころ、
アメリカ資本主義のお金と権力を握っていたひとたちは
奴隷制度大国であることから、恐怖を抱いていたそうです。
きっとああいうように革命がやがて起こって
自分たちの既得権益が侵されて行くに違いない、と怖れた。
で、どうしたか。
労働者たちを、あたかも資産家であるかのように錯覚させる仕組みを考えた。
自分たちも持たざるものではなく、持てるものだと認識させたかった。
そこで考えられたのが、「持ち家」制度なのだという説がある。
労働者にも、住む場所は必要で、
工場や会社の近くに「勤労住宅」が建てられて、それは
主に賃貸住宅として提供されるのが一般的だった。
それに、擬似的な「資産性」を持たせて、
「持ち家」志向をあおって、「ほれ、お前もアメリカンドリームが可能なんだ」
というような錯覚装置として利用した。
ありよう的には賃貸住宅とそう違いがない住宅を個人所有とした。
本来資産たる住宅とは、金持ちの住むような邸宅だったり、
もっと大きい意味では、生産価値のある大農場の付いた大農家住宅のことだった。
都市の集住性の高い住宅は
労働者として務めるために必要な休養を得る装置なのであって、
本来的に資産としての価値が高いものではない。

欧米での中古住宅流動性の高さを見れば、
住むための住宅というものは、社会資産という意味合いの方が強いのだと思う。
欧米ではおおむね土地の造成と建売が新築住宅販売の基本で
そういう意味では、街の中のたたずまいも総体として購入するのが一般的。
デザインといっても、ある程度の社会的常識の範囲で許容範囲の了解が存在する。
スターターハウスは初めて家を持つ世代のためのものであり、
それを売って、次のミドルクラス住宅購入を目指す。
住宅といっても、その「たたずまい・ステータス」を基本的に購入しているので
庭木や緑が豊かになればなるほど、言いかえれば古くなればなるほど価値が出る。
そしてやがて、わらしべ長者のように、人生の上がりとして
資産価値の高いハイエンドの住宅を手に入れる。
人生の成功者としての喝采を浴びながら・・・。

こういうシステムのごく一部を導入したのが、戦後社会の日本。
労働者に持ち家の夢を与えることで、都市への人口集中を計ってきた。
江戸までの社会が、生産手段付きの土地の争奪を基本とした競争社会だったので、
日本人には土地への抜けがたい執着心があって、
都会のなかの猫の額のような敷地にすら、強い執着心を持った。
上物はまぁ、そういう事情から基本的には「住めればいい」ということだったのだと思う。
大量に、それも一気に建てまくる、ということで、
生産手段に近い立地条件の土地に新しい街が造成され、
大量生産を担うハウスメーカーシステムが稼働した。
こういうプロセスを見れば、それが資産としての生産を目指したものでないことは自明。
基本的には、こうしたありようは、町家建築の一変形ではないのか。
あるいは、マンションなどは、現代版の長屋なのだと思う。

現代日本で建てられているような個人住宅って
それが「資産」になる、というようには建てられたり、維持されたりはしていない。
本当の資産形成なのであれば、本来日本の中古住宅流通はもっと活発になるはずだ。
戦後すぐに宅地開発されたような中古住宅は、
立地条件もいいはずだから、もっと高値で取引されるべきなのだ。
ところが、けっしてそのように活発化はしていない。
土地の値上がりがあった時代までは、それでも土地が上がったから
それなりのゲインが得られたけれど、
そうした場合でも、上物は壊して更地にして取引するのが一般的だった。
いまや、土地の値上がりはありえない状況になって久しい。
地方都市では、右肩下がりに土地価格は下がってきている。

さて、こういう「住宅政策」が事実上行われてきた日本で、
今後、住宅はどのようになっていくのだろうか?
まとまりきらないのだけれど、こんなことが頭のなかを駆けめぐっています。
時々、立ち止まる瞬間がある・・・。

AppleジョブスCEO退任

スティーブジョブスさんが退任を発表した。
Apple社の株価は時間外取引で5%下落したと伝えられている。

知人の方から、最近のアメリカの景気状況について
「Apple社の近隣以外は火が消えたようだ」というように伝えてくれていましたが、
いま、Appleはアメリカ企業としては時価総額で最大の企業。
IT産業という、わたしたちが生きてきた時代で
もっとも成長を見せた産業領域で繰り広げられてきた、
現代版「三国志」のような世界の中心人物として
長く、その名を刻み続けた人物が退場しようとしている。
いまこうして書いているパソコンもApple製であり、
わたしのようにかれを知らない人間でも、身近と感じ続けてきた人物です。
ひとびとが毎日欠かさずに使い続けているもの、
そして時代の先端を走り続けていたものに関わり続けていた人物。
そういう領域で、人間的なインスピレーションを反映させ続けてきた人物。
技術というものをどういうふうに使ったらいいのか、
そういう部分で、多くの人間がかれのインスピレーションを支持した。
スティーブジョブスさんというのはそういう存在ですね。

日本のテレビを見ると
島田紳助さんがどうしたとかいうことをやっていますが、
世界的に見て、そういうことはまぁどうでもいいのではないか(笑)。
パーソナルコンピュータという事業領域をはじめて現実的なものにして見せたこと。
そして自ら創業したAppleから追放されたこと。
そしてかれの不在の結果、奈落の底に落ちたAppleにComeBackして
そこから、iMacや、iPod、iPhoneといった製品を出荷して
世界最大の時価総額企業に再生させたこと。
たぶん、一番大きなポイントは、ボロボロになっていたMacOSを
UNIXベースのMacOS-Xに転換させたことが、その後の
新製品ラッシュに繋がったのだと思います。
Windowsが、採用企業が多すぎて
大きな革新ができなくなっていったこととの対比では
この転換に成功したことが大きいのでしょうね。

まぁ、すごい業績です。
それでも、会長の職にはとどまり続けると言うことだそうなので、
Appleという企業のロードマップには大きな転換は当面ないでしょう。
しかし、かれがApple社内で果たしてきたことが
どういうものだったのかは、わたしたちにはよくわからない。
Appleという、企業文化として革新を常に提示し続けてきた企業が、
その創業経営者の退場によってどうなるのか、
その辺は今後の推移を見ていくしかありません。

しかし人間は必ず老い、病を得て、やがて死ぬんですね。

<写真は、作られてから3000年近く、日本人を魅了し続けている遮光土偶>
 

網走ほたてラーメン

2日間、網走におりました。
地域工務店のグループ・アース21の例会出席です。
で、昨日お昼に終了して、札幌に帰るのですが、
せっかくの網走、ということで、
ちょっと買い物と、地元のおいしいものを、ということで
足を向けたら、同じ会の十勝からの出席者のみなさんとも合流。
買い物先の「佐藤鮮魚店」のお母さんは名物(?)だそうで、
まぁ、いろいろ便宜を図っていただきました(笑)。
深く感謝申し上げます。
で、お母さんから教えていただいたのが、この「ほたてラーメン」。
鮮魚店を出て、言われたとおりに歩いてみても
「ラーメン」みたいな看板やのぼりは出ていない。
不思議に思っていると、「洋食屋」さんで、小さく
「ほたてラーメン」と黒板に書き出している。
半信半疑で、店に入ったら正解だったのですが、
っていうことは、まだそれほど地元の人からも知られていないのかも。
で、くだんのみなさんとワイワイがやがややっていて、
ようやくお出ましになったのが写真の「ほたてラーメン」。
1パイ850円なりであります。

具にほたてのむき身2つ入っていまして、
これがむっちりとした重量感のあるヤツでして、
食べ応えが思いの外にヘビー級。
味は塩味で、おじさん族にはありがたい、あっさり感。
スープはさわやかさもあって、コクもある。
久しぶりに、お好みタイプのラーメンに出会えた幸せ、であります。
どうも最近、札幌市内で食べるラーメンは、
たぶん、ユーザーの志向がそうだからなんでしょうが、
これでもかってほどに、濃厚ギトギト系に進化してしまっていて
どうもわたしがいいなぁと思う方向とは
別種の食べ物になってしまった観があります。
可愛さのあるイヌ対どう猛なオオカミみたいな距離感を感じます。
まぁ、どう猛さも悪くはないと思いますが、
おじさんの胃袋はやさしさを求めている、というところ。
以前食した、十三湖の「しじみラーメン」にも通じる優しさがありました。
コクは風味の結晶性に求めるべきで
やたら脂肪感のある方向に求めるべきではないと思います。
でもまぁ、若い人の胃袋は濃厚こってりを求めるのも理解できる。
ぜひ、棲み分けを考えていただきたい。
札幌のラーメン店には、そういう「世代向け」という発想が乏しいと思われます。

ということで、その後一軒立ち寄って一路札幌へ。
高速の最終が丸瀬布という町で、
そこまで行くのに100km超。
この一般道区間の長さがなかなかに辛い。
やや疲労困憊で帰ってきた次第であります。
今朝はさすがに、6時にようやく起床というところ。
さてさて、今日も頑張るぞ、っと。

電気の本質は「便利」なのか?

先般の「北の国から30周年」番組への雑感その3です。
作家・倉本聰さんの提言はいくつかのテーマがあったのですが、
その最後に語られていたのが、
便利さと、さまざまな「家電製品」、電気と言うこと。
富良野での活動の中で、
「富良野塾」という俳優養成私塾の活動が大きな部分。
その卒塾生たちが再度、倉本さんに集められて
あるアンケート回答をさせられていた。
それは、いまある家電製品がどれくらい大切かを答えるというもの。
富良野塾での活動当時は、自分たちが生きていくのに大切なものは何か
という問いに対して、
水とか、ナイフとか、食べ物という答が上位の生活をしていた卒塾生の
現在の意識を問うというものでした。
ちなみに、原宿で現代の若者に同じ問いを発したら、
1位がお金、2位がケータイ云々ということだったので、
そういう相違を浮き上がらせようという企画だったようです。

結果は、想像以上に明白なもので、
家電製品というものが、必需品とされているのに、
その本質というのは、やはり「便利」ということであって、
衣食住の基本が成立しないという部類のものではないという結果を出していた。
そして、富良野塾で、サバイバルな生活を体験した人たちでも
一般の暮らしの中では、
そういう種類の便利さに、大きく引きずり込まれていくのだということ。
それが現代社会の本質であるということでしょうか。
いうまでもなく、これは原発の事故の教訓から
電気への依存から自由になって行くにはどうすべきかを
倉本聰さん的にリードしていくような展開になっていたわけです。

ここで、豊かさについて
もっと突っ込んでいくことが面白いなと思ったのですが、
ある意味で、予定調和的なところに展開は進んでいました。
いまの社会の論議の中で、
世界の状況をも合わせて考えていくと、
より本質的には、16世紀くらいから開始した
資本主義国家間戦争の時代から、
資源大量消費型の「発展」という社会目標が今後、どうなっていくのか、
そういう論議が必要になってくるものかも知れません。

エネルギーは現在の生産活動維持、社会体制維持のためにも必須です。
もしそれがなくなってしまえば、
われわれの社会が成立しなくなっている。
そのような大きな転換は起こりえないとせざるを得ない。
しかし、エネルギー依存は低減させていかなければならない。
そしてそういう社会発展(?)のなかで
「豊かさ」について、
誰もがわかるような基軸を確立していかなければならない。
どうも、なかなかに難しい局面に立ち至らざるを得ないのが現代ですね。
わからないなかで、
それでも、前に進んでいかなければならない。
暗夜行路、というのが実感でしょうか。

消費することと豊かさ

先般の「北の国から30周年」番組への雑感その2です。
倉本聰さんは、「北の国から」でも
繰り返し、ものを捨てるということへの違和感を
ドラマでも表現し続けています。
幼い純くんと蛍ちゃんが運動靴を買い与えられ、
それまで履いていた「まだ使える」運動靴を
ゴミとして捨てられて、
それを取り戻しにゴミ捨て場を探し回る、というドラマの場面が出てくる。
また、捨てられていた自転車を
黒板五郎さんが修理して磨き上げてこどもに使わせていたら、
前の持ち主がゴミとして捨てたことに口をつぐんで、
「いや、あれはちょっと放置していたのだ」と言って
警察に通報し、警官が回収しに来るという場面も回顧されていた。

資本主義の本質として
「消費すること」への翼賛が繰り返されているのが
現代の社会であることは、明白。
そしてその過程で、ものへの愛着とか、ものを大切にする心というのは
どんどん鈍感になっていく。
いいじゃないですか、便利になっていくじゃないですか、
ということが優先される社会。
そういう社会に対して、違和感を申し立てる視点を繰り返し、
倉本聰という作家は語り続けていると思います。
いわば、消費という、資本主義の基本理念への
その破綻せざるを得ない部分への異議申し立てですね。
その結果として、「本当の豊かさとは」という展開になっていく。
まぁそれもひとつの「予定調和」的な、ちょっと疑問の湧く展開。

一方で、わたしには、もうひとつのテーマが見えてきまして
現代という社会は、貧しい、ということを恥ずかしがる社会であるということ。
黒板五郎が、警官に対して反論するのを
前の奥さんは制止するのだけれど、
その奥さんの心理の底には、もめて欲しくないというのと、
同時に、そうしなければならないほどにわが家は貧しい、
お金がない、ということへの恥の感覚が強く印象させられた次第。
欧米の社会では、
お金がないということに、恥を感じるという文化は本質的に存在するのだろうか。
かれらは、そういう状況に対したら、
それを「階級闘争」として解決するという発想の方が強いのではないか。
最近のイギリス社会の若者の暴動って
いつか見ていた光景が違う表現で出てきた、という気分にもさせられます。
どうもこのあたりの、日本人と欧米価値観の間に
微妙な違いがあるように思われてならない。
この「恥」の感覚って、
いったいどんな容貌を持っている事柄なのか、
もっとよく考えていかなければならない気がします。

<写真は自動車社会直前の青森市での、道路の「雪割り」の様子>

財政運営に政治は適任か

政権末期の日本に欧米の経済不安による超円高が押し寄せている。
東日本大震災以降の厳しい経済状況、
国のエネルギー政策の見通しも見えない中で、
国内で必死に輸出型製造業を維持してきている産業にとって、
相当に厳しい局面が現れてきている。

現代では、資本主義は世界全域での大競争の時代になり、
そのときどきの為替の状況などで、
それこそリスクは普遍的に存在する。
金融は自由に国境を越えて、より有利な運用先を求めて移動する。
そこにモラルはとくに存在しない。
こういった時代背景の中で、各国政府・中央銀行は協調して、
経済運営に当たっていくのだけれど、
その主体者は、各国のさまざまな政治決定システムの結果で選ばれる。
その政治指導者選出の過程で、
主に問われるのは、当然ですがその国民の利益。
で、大きなポイントは経済の活性化とか、景気の動向。
そうであるのに、政治の方の選択システムでは
そのポイントについて、大きな論議が行われるというのは聞いたことがない。
わたしたちの国の現在の首相は菅直人さんですが、
かれがどういう経済運営観を持っていたか、
たぶん、多くの国民はまったく知らなかった。
というか、そういう面から首相の選択の仕方をしていない。
より大きくは、衆議院議員の選挙においても、
そのような選択をわたしたちはしていない。
財政の運営というのは、まぁ、中央銀行たる日銀もあるわけで、
ひとり政府運営者だけの問題ではないのだけれど、
今日の政治運営システムの中で、この財政運営はどういう選択が必要なのか、
という論議が起こってこないのはどういうことなのだろうと思います。
たぶん、だれが主体者になっても難しい、
ということを表しているのだろうけれど、
そうだからといって、運営システムについて、
マスコミなどでの論議がないというのも、おかしいと思っています。
まぁ結局、国の運営を任された政治指導者が、
経済財政運営の仕方にも、その適任者を任命するという形で
責任を取る、というのが限界的な対応と言うことになってくるのでしょう。
しかし、政治の結果責任でかなり大きなポイントになっている問題で、
おおまかではあれ、政治指導者の素養の部分が見えないで
指導者選択をするという現状も、やはり危険率は高い。
菅直人さんが、基本的に増税論者である、ということは
なってみてからわかった、というのが多くの声ではないのか。

このあたり、いつも疑問に感じています。

便利さを捨てる時代

きのうは先週の出張から札幌に帰ってきて
久しぶりに「なにもしない」で、休養に努めておりました。
肉体的なばかりではなく、神経的にも疲れが出ていて、
ちょっと自分でも反省するような部分が見られたりしたので、
本当になにもせず、ひたすら寝たり、考えないようにしたり、
そのように務めておりました。
おかげさまで、そうすると
少しは頭が回るようになって、
やる気が出て参りますね。
人間,オンがあれば、オフもあるっていうのが必要だと痛感。

で、カミさんが「倉本聰さん、テレビに出ているよ」
って、知らせてくれまして、
昨年から今年前半に掛けて、ずいぶんお世話になったので、
日ハムの試合以外で、大変久しぶりにテレビを見続けておりました。
BSフジテレビだと思いますが、
「北の国から30周年」という特別番組でして
始まって30分くらい経ってからだったので、全体的な視聴ではありません。
全体としては、東日本大震災以降の状況変化の中で
倉本聰さんが、いま、どんな考え方をしているのか、
そんな展開でお話が進んでおりました。

昨年10月からことし6月くらいまで、
2度の対談や、舞台鑑賞も2度ほどあって
富良野や倉本さんとは、親しい時間を共有してきています。
で、最近6月の舞台でも、ずいぶん、涙を流させていただいた。
6月の舞台は「帰国」で、戦後の意味を問い直すものでしたが、
やはり感じていたとおり、
東日本大震災のことが、大きな思索テーマになっている様子がわかりました。
戦後社会は、欧米的価値観の「資本主義思想」が明治の開国以上に
日本社会に圧倒的になだれ込んできた社会である、
という認識が倉本さんに強くあって、
今回の大震災から、その総体への問い直しが始まるのではないか、始めなければ
っていうような問題意識が、大きく出ていたように思います。
明治の開国というのは、欧米列強に対して
それに対抗していこう、という気分が濃厚な
「近代国家」競争意識が遙かに優先した社会であって、
「資本主義」というよりは、剥き出しの帝国主義国家間戦争に対して
日本人社会が、雪崩を打って突入していった社会だった。
それは、一部では独占的な「財閥」を生み出した社会ではあったけれど、
それ以上に、国家主義が優先され、
暮らしや生活の価値観は、江戸期までの社会とそうは違っていなかった。
質素倹約、刻苦勉励という規範が強く存在していた。
少なくとも、倉本聰さんはそういう気分を強く持っていると思います。
戦前までのこうした社会規範が倉本聰さんの心理の基底に存在し
そういう価値観と、現代生活との違和感が強いのでしょう。
そして東日本大震災の経験から、そこに回帰するしかないのではないか、
そのように思われていると思います。
表題のような、便利さを捨てる時代に「ならねばならない」のではないかと
作家的直感が、そう感じさせているように思います。

番組は、いくつかのテーマについて
倉本聰さんが語り続ける、という構成になっていて
そういう意味では、ここ最近のわたし自身の心象にも近くて
非常に興味を強く感じて見させていただいた次第です。
このテーマ、簡単にどうであるとは言い切れないテーマだと思っています。
ひとつだけ、
「復旧」という言葉への違和感については、
まったくその通りだと思いました。
復旧は、だれも心の中で思い続けてはいないだろうというのは、
実感として、たいへん伝わってきた言葉でした。
問題意識が違う部分もあるのですが、
その後のことを、倉本さんに報告したいなぁとも思った次第です。

後藤純男美術館

北海道の地方都市にある個人名の美術館というのは
不勉強でして、1〜2度くらいしか行ったことがなく
その経験では、あんまり良い印象を持っておりませんでした。
そういうことで、この後藤純男美術館もなんとなく敬遠し続けていた次第です。
・・・・ところが、
今回、お盆の数少ない休みの日にカミさんと上富良野に行ってみて驚愕。
本当にわが身の不勉強をつくづくと思い知らされました。
すごい、本当にすごい。
日本画、ということなのですが、
詳しい技法的な特徴とか、その分類とかはまったく興味ありません。
そういった知識とはまったく異次元の部分で圧倒されました。
経歴的には、真言宗僧侶の家の次男として生まれ
絵に目覚めて以来、日本画、それも宗教的題材を中心に描き始めて
その後、作家としての転機として
北海道の自然を日本画として描き続けてこられ
独自の画風を確立させたと言うことだそうであります。
その後、中国にも渡られて、彼の地の自然や建築世界も数多く描かれています。
いやぁ、とにかく凄い、としか言いようがない。
特に感銘を受けたのが、やはり北海道人なので
厳しい冬の季節を大作で表現した日本画の数々。
なるほど、このような美的感受性によって表現する北の冬の世界がある、
確かにある、というように誇らしく思えるのですね。
深い共感が、人間の感受性というファクターを通してまざまざと伝わってくる。
日本画の伝統であるのか、
金色が随所に効果的に使われていて、
それが「きざし」のような、光の残照なのか、予感なのか、
なんとも表現できない情動として心理の奥底に響いてくる。
冬の流氷のシーンなどに使われるとき、
現実を遙かに超えるようなシュールな臨場感を味わわせてくれる。
東京芸大で教授も務められていた方なのだそうで、
そういう作家が、北海道の自然をここまで深く愛してくださり、
ここを拠点に捜索活動を続けられているということに
深く歓びを感じる次第です。

作品の数も、相当数あって、
すべてを見終わる頃には、かなり疲労感がカラダに残るほど。
しかし、美しいものを見た心の満足感は素晴らしい体験。
これからもきっと、長く通い、見続けるのではないかと予感しています。
写真はこの美術館2階のレストランの様子であります。
おいしい食事が楽しめますので、鑑賞後、よい句読点になることでしょう。
<美術館HP>
http://www.gotosumiomuseum.com/index.html

民主党 住宅リフォーム推進議員連盟発足

民主党の参議院議員で、奈良県選出の中村てつじさんは、
わたしどもが発行した「エコ住宅Q1.0」という特集号を購読して以来、
ずっと、霞ヶ関で同僚国会議員や国交省のお役人さんたちに
その本を大量に配ったりされて来られていました。
新住協の実践的住宅性能向上運動に深く傾倒されて
個人会員として参加され続けています。
そういう経緯の積み重ねがあって、きのう18日に
表題のような議員連盟が発足することになりました。
発足会では、新住協の技術情報誌や、わたしどもの「東北の住まい再生」誌も
資料として、参加議員のみなさんや報道陣に配布されました。

写真は、発足会でひな壇側に並んだ政治家のみなさん。
左端が、議員連盟の幹事長を務められる中村哲治参議院議員。
そのとなりに、前首相・鳩山由紀夫氏。最高顧問。
その右側は、技術上の指導的立場に立つ鎌田紀彦室蘭工業大学教授。
その隣には、議員連盟の会長になる川内博史衆議院議員。
その右には、民主党の住宅政策立案者であり、顧問に就任した前田武志参議院議員。
一番右側は、事務局長を務める木村たけつか衆議院議員。
その他、副会長に26人、幹事長代理に1名、事務局次長に12名の政治家が名を連ね、
総勢で44名、さらに当日、石川知裕代議士の姿も見えていましたが、
なお数名の参加者があったと思われます。
川内代議士は民主党の国交省部会の委員長経験もあり、
幹事長の中村さんとの行動+戦略コンビという感じがいたします。
こういう時期での議員連盟旗揚げなので、たぶん、
いくらかの政治的な、政局的な思惑もあるのではないかと思いますが、
今後の活動方針として
1 サラリーマンが住宅ローンに苦しまない中古市場づくり
2 お年寄りが風呂場やトイレで倒れない家づくり
3 (東南海・南海など)来るべき震災に備えた家づくり
4 政策的な課題を総合的に解決するための業界側の受け皿作り
という4項目が中村さんから示されていました。
会合には、国交省の窓口となる住宅局の主要メンバーも顔を見せており、
本格的な与党政治側と、行政機構側の構図が鮮明になったと思います。
これまで正面切って
住宅の政策について窓口や折衝は存在しなかったのではないかと思いますが、
こういうひとつの可能性が見えてきたと言うことでしょう。

否応なく、その行方を注目していかねばならない動きだと思います。

焼き鳥屋に逃げ込む赤ちゃんカモ

先日、青森の散歩道でのこと。
海辺の街らしく、いろいろな海鳥やカラスなどよく行き交うのですが、
ある交差点信号機で待っているとき、
ふと足下を見ると、見慣れない鳥が歩いている。
ちゃんと横断歩道の所で、信号を待っているではありませんか。
よく見ると写真のようなお姿。
たぶん、群からはぐれた赤ちゃんカモのようなのですね。
可愛いやら、かわいそうやら、
咄嗟のことに、どうすればよいか、迷って見ておりました。
カモの赤ちゃんとはいえ、走るのはけっこう早い。
なかなか敏捷そうではあるのですね。
しかしどう見ても、周辺に水場はないし、群の姿はない。
これは仲間を捜して戻してやろうかと思って近づくと、
大あわてになって羽根をばたばたさせながら逃げまどう。
おかしいやら、可愛いやら、どうしていいやらであります。
で、居合わせた郵便配達の方などと
「あれま、あれま」と見守っていたら、
車道を横断していって逃げていく。
青森の繁華街にも近い場所なので、かれの向かった先には
なんと、「焼き鳥」店があるではありませんか!
あまりの事態の展開に、わたしたちも唖然仰天であります。
なんと、様子を見ていたら、その店が気に入ったのか、
玄関前でしばしたたずんでいる(笑)。
こんなネギを背負ったカモ状態っていうのも見たことはない。
野生動物なので、いまどき、捕まえて客に出す店もないでしょうが
まぁあまりの絶体絶命状態(笑)であります。
で、これは強制的に捕獲して安全な場所に、と思ったのですが、
さらにかれは、逃げまどい続けて路地に入り込んでいって
ついに行方不明になってしまいました。
けっしてわたし、野生動物を虐待したわけではないのですが、
あまりの珍事に、どう対処すべきか、ワケもわからなくなった次第であります。

まぁ、この事件から
5日間ほど経っているのですが、
いまも、心配でときどき胸を痛めている次第であります。
あ、そういえば、きのう居酒屋で焼き鳥を食してしまった(!)。
まことに人間は罪深い存在であることよ・・・。