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地盤を確認する

最近、札幌の街ではあちこちで地面を掘り返す公共事業が盛んです。
行政窓口ごとの縦割り事業なので、それぞれで、たとえば道路の工事と
水道の工事はそれぞれ別に発注されることで
つい先日道路を掘り返してやっていたと思ったら
また違う業者がやってきて、また掘り返させてくださいということになる。
前のは道路の工事で、今度は水道だというわけです。
けっして一緒にはやらないことになっている、のかどうか。
誰が考えても、段取りを考えてやれば、少しは無駄は省けるだろうに・・・。
それぞれの許認可権限に差異が生じない、という行政側のメリットのみが優先され
「税金の無駄遣いの抑制」というような、行政にとってのどうでもいい事柄は
まったく顧慮されずに、どんどん既成事実を積み重ねていく。
こういうの、国レベルで言えば、つい2年ほど前に
国交省でも似たような「エコ的な住宅への施策」が大々的に行われている最中に
今度は環境省が、大いにうれしがって
「おれたちも住宅政策をやるんだ」という意気込みで
全国20箇所で大々的な環境モデルハウスを建てていた。
まぁ、まったく意味がないとは思わないけれど、
さりとて、緊急性を要しているかと言えば、とてもそうとは思われない。
ああして建てたモデルハウスって、どう活用しているのでしょうか?

一方で、国の会計をひとつの家の家計例にして考えてみると、
40万円しか収入がないのに、90万円を使うというのが国の歳入歳出の現状。
あ、そのほかに家人の知らないところで、120万円の独自運用がある。
これは毎年、国会審議にも付されない。
こっちの120,万円の方には、ちゃんとした収入は確保されている。
これは家のひとがいろいろに納めている、たとえば高速道路の通行料のようなもので、
でもちゃんとみんなが負担していることには変わりはない。
ちょっとまじめにこの現状を考えようと、
総額210万円の収入に対して、全体としてバランスを考えて支出を考えてみましょう、
と提案する人はいるけれど、
なぜだか知らないが、町内会の回覧板とか、掲示板とか町内放送などで
「ああいうことを言っている人は、実は悪い人で奥さんにも逃げられているんですよ」
みたいな、掟破りの手法まで駆使して意見を押さえ込んでいる。
90万円の支出に対して50万円足りない、という話しか出てこない。
でも160万円ある実際の収入で、
使ってしまっている210万円、そのなかの50万円の借金を
どうにかしようと考えると、知恵もやり方も見えてくるはずですよね。
しかし、この家の家計はけっしてそうはならない。
状況から考えると、どう考えても
支出の仕方に大いに問題がありそうな120万円にからんだ既得権益構造があって、
そっちのほうから、大きな圧力が掛かっていることは見透かせる。
でも、話が大きすぎて毎日の生活からは、見えにくくなっている。
「あの人、顔も悪人面だしね〜」
みたいなことで、毎日が流されていく・・・。
それで税金が足りないから上げるという。
こういう地獄にいたる平和な輪廻は、いったい誰が止めることが出来るのでしょうか?
歴代自民党も、変えると声高に約束した民主党も出来なかった、
こんどは橋下維新なら出来るのでしょうか?
どうも根拠もなく、フラストレーションのはけ口を求めているだけとしか思われない。

って、話が違う展開になってしまった(笑)。
本当は、基礎を考える基本である地盤面のことを書きたかったのです。
ちょうど、掘り返したところだったので、
その様子を業者さんに頼んで、写真に撮らせてもらった次第。
あ、わたしは至ってこういう業者さんには暖かく接しております(笑)。
まぁわが社の地盤はこんな感じの地層になっております。
ここはなかなかいい地盤なんですが、
残念ながら、半分以上砂で埋め戻されてしまっていました。
まるで、隠蔽工作のよう・・・って、どうも疑り深くなっている(笑)。

日本的な美への傾斜

本州地域は大変な暑さが続いているそうでありますが、
札幌は申し訳ないくらいの涼しさで、
拍子抜けの夏の終盤戦の様相。
わが社は、16日からお盆明けの営業開始。
来週からはさっそくあれこれの行動計画が始まりますが、
2日間はどっぷりと企画書作りで、あれこれのスタートであります。
なんですが、ここんところ、
写真は、好文亭の写真の美しさにすっかりハマっております。
もともと日本的な空間美には弱いのですが、
それにしても、カメラを構えていて、次々とその美しさに圧倒されてしまう。

先日会った設計者の方に
日本中の無国籍風の住宅群について
はたして審美的に、愛着とか民族的永続性はありえるのだろうかと
論議をふっかけてしまいましたが、
どう考えても、美的な感受性は日本人、大きく鈍磨してしまっている。
まぁ現代の住宅は、現代文明のエネルギー大量使用の「快適性」生活文化のほうに
より大きな価値観を置いて、
審美的な空間への感受性は置いてきぼりにしてきたと言わざるを得ない。

次の世紀くらいになったときに、
果たして、この20世紀から21世紀くらいにかけての住宅建築って
どのように評価されるのか、
本当に恥ずかしいように思われてならないのです。
それに対して、江戸の中期といわれる好文亭は、
それ以前の日本文化に対するまっとうな姿勢を感じますね。


そういうことで、
まぁ、お盆の休みに整理していた写真の大量在庫処分ブログ(笑)。
あんまりテキストで書く必要性もないような
写真をして語っていただく方が、はるかにいい。
本当に、脱帽させられ続けている次第であります。

日本最北の地・稚内

北海道、ここんところ
本州地域とはまったく違う雨の夏を過ごしております。
涼しいのはいいけれど、このまま秋になってしまうのがさみしい・・・。
13日、あんまり天気がよくないので、
ドライブならば、天気の良さそうな場所まで行けるのではないかと
進路を北にとって出発いたしまして、
結局は、最北の稚内まで走ってみようと脚を伸ばしました。
今回は道央道を深川まで上がって、そこから海沿いに出て
日本海側の留萌あたりから北上したのですが、
北の方は、途中から高い木もなくなっていく。
低灌木が強い浜風に必死にしがみついているような海岸線が続きます。
天塩の町を抜けて海岸線を北上すると
以前探検に来た「オトンルイ」遺跡があります。
アイヌが北方サハリンに進出した拠点集落と言われており、
天然の古代外洋船の港として、好適地の様相を見せているそうです。
左手の日本海と、それに沿うように砂州状の陸地があって、
その内側に、湖のような水運適地が広がっているという地域なのですね。
その地形の有り様は、津軽十三湊があった十三湖に近似していて
木造の船が陸伝いに、日本海岸を南北に行き来する錨地というイメージが彷彿とする。
でも、いまクルマを走らせれば、360度のパノラマが広がる
いかにも北海道的な地域であります。
そういえば、途中、たぶん冬の吹雪を避けるかのように
ぽつんとコンクリートのトンネルがありました。
段々近づいて入ろうかとした矢先、
トンネル内から猛スピードで飛び出してきたクルマが
こちら側車線にはみ出し、飛び出してくる!
ちょうどカミさんが運転していて、路肩側にハンドルを切って急停車。
間一髪、命からがらだったのですが、
相手の車は何事もなかったかのように走り去っていく。
どうも、トンネルのなかで減速もせずに走って、
急に明るい外に出たので、フラッシュを焚いたような白光のなかで
ハンドルがずれて右側車線にはみ出したことを自覚していなかったようです。
たぶん、北海道以外からの運転者のようだったのですが、
こういった条件、状況も起こりうるので、ぜひ注意していただきたいですね。
とっさのハンドル捌きが出来て、何事もなかったのはまぁ幸いでした。

さてまぁ、アテのない道中ですので、
あちこちの道の駅に途中下車して、ちょこちょこと食べ歩き。
ふたりでラーメンを1杯だけ頼んで味見したりしておりました。
で、途中で稚内に行こうと言うことで
稚内の道の駅を探したら、鉄道の駅と同じ場所。
日本最北端の鉄道、という置き看板もあってさいはて感を演出している(笑)。


でもなぁ、そう教えられてもイマイチ、迫っては来ないなぁ。
稚内は、はじめて来たのですが、想像以上に都会で
ロシアからのみなさんとか、なかなか「国境感」は感じられます。
しかし、結局思い出したのは、名物の「たこしゃぶ」であります(笑)。
駅の近くの観光向けの市場で、
どうかなぁと思いつつも2000円弱で冷凍したヤツを購入。

帰り道は、国道40号線という幹線道路を通って帰りましたが、
内陸側になると、少しは高い木々が生育しています。
しかし、なかなか農業の痕跡は見えない。
しばらく走って酪農地帯が目につくようになって、その後、
ようやく「そば畑」が広がるようになる。
この時期の淡い緑とも白とも言えないあの風景、なかなかいいのではないでしょうか。
北海道、ラベンダー畑などが有名になりましたが、
北の方のそば畑も悪くはないのではないかと・・・。
だれか、写真家の方、あの美をクローズアップしてみてください。

で、くだんの「たこしゃぶ」。
1日おいて翌日夜に食べたのですが、超美味でありました。
むむむ、もっと買ってくればよかった・・・。

現代史教育の不在

日本には「国家戦略がない」と言われ続けています。
ないのは当たり前だと思います。
それは中学校や高校の授業で、日本史の授業で近現代史をネグレクトしているから。
確かに戦後の日本史って、直接現代の政治的思惑がからまって
客観的に評価することは難しいでしょう。
しかしそういうことを放置し続けてきて、現在の不毛な状況がある。
きのう迎えた「終戦記念日」ですが、
あの戦争について、その名前すら明確な規定が行われていない。
太平洋戦争というのは単に、対米戦争を表すに過ぎず、
それ以前に泥沼化していた中国への侵攻とセットで名付ける名称が確定していない。
アジア太平洋戦争などとも名付けられているそうですが・・・。
いずれにせよ、その戦争目的と共に
名前すら明確でないほどに、国家としての自覚的な目的性もなく
また、アメリカとは戦う意志も薄弱なまま、
戦争指導の退廃のままに戦線を無目的に拡大してしまった。
戦前の日本の戦争の戦略を学会で論議している資料を見ても
これが日本の国家戦略だという明確な資料が見当たらないと言われている。
対米戦争に至っては、ドイツがイギリスを降伏させることに期待して
それがアメリカの戦意喪失を招くという一縷の望みを開陳しているに過ぎない。
最後の陸軍大臣に至っては、呪文のような精神論だけしか言葉を発せなくなった末に
最後の関東防衛について必要な武器弾薬すら、
9月にならなければ配備できないという補給の無計画ぶりをさらけ出して、
ただひとり、8月半ばの玉音放送の日の朝に自決した。
戦争の負けっぷりはどうであったのか、戦後の日本を考えていくのに、
その基盤になる敗戦の教訓、国家戦略の破綻内容すら十分に論議されていない。
もちろん、占領政策で日本の無力化が目的的に追求されたこともあって、
こうした「普通の国」としての国家戦略を持たないように
不断に統治されてきたというのが、実態ではあるのでしょうが、
今にいたるも、そうした状況であるというのはなんとも無惨だといえる。

そういった意味では、
敗戦に至った戦前の最後の状況を見れば、
日本には「国家戦略」を自力で構想するようなことは無理なのであり、
これから先も「普通の国」にはなれない可能性の方が高いのかも知れない。
歴史的にも、地政学的にも日本は大枠としての
集団的安全保障体制のなかでしか存立していけないということか。
そうであれば、現実にそうであるアメリカの世界戦略の中でのありようしか、
今後もありえないのではないでしょうか。
最近の世論調査では、橋下さんの「維新」が伸びそう、ということだそうですが、
どうも政治が本格的に浮き草的な漂流を繰り返していく方向だと
思われてなりません。
自民党の長期政権の後、なんども繰り返された離合集散、
目新しさだけに右往左往する選択がふたたび繰り返される可能性が高い。
国民としては、そういうなかで
どう生き抜いていくか、よく考えていくしかなさそうですね。

戦後67年目の夏の状況

仙台での活動が徐々に活発化してきています。
スタッフも増えたのですが、出張機会も多いことから、
車両を増やすことにしまして、その駐車場を仙台空港周辺で借りています。
以前借りていた「こだま駐車場」というところは、
看板だけは残っていますが、活動の痕跡は見られない。
その他、震災前にたくさんあった民間駐車場は、2〜3を除いて
再開のメドが立たない状況のようです。

そんななかで空港の海側の方で
若干集住的な街区のあったあたりで、再開していた駐車場があり、
お願いすることにしました。
空港から歩いても3分くらいの近さなのですが、
聞いたら、まだ電気も来ていないし、固定電話も引かれていない。
そういうインフラ整備について、明確な方針が出来ていないのだろうと思います。
やむなく連絡手段はケータイのみで、
その上、夜になってくると電気が通電していないので
自家発電装置をけたたましく動かしながら操業しています。
震災前から操業しているそうですが、
預かっていたクルマについての補償などは求められなかったのか、
というよりもきちんとした「不動産取引」としての契約書などは
そもそも存在していなかったのでしょうね。
いまは2ヶ月間の契約で駐車場を借りているという状態。
くわしくは確認していませんが、たぶん、その期間内なら、
「一時的駐車」というような範囲内に納まっているという法規判断があるのでしょうか?
震災という状況の中で、
仮設的ではあれ、こういう「復興」意欲というのは始原的なものだと思います。
震災から1年半近く経っていますが、
いまの政治や社会の状況を見ていると、それ以前の
「地方が過疎になっていく」構造がそのまま、むしろ勢いを得ているように思います。
政治というのは、社会が解決したいと思っていることがらについて
その解決策を処方箋として提示して
国民に選択を迫っていく、というものであるべきだと思いますが、
どうも民主党のマニュフェストに対する無惨な態度がまかり通ってしまっていることで、
モラルの真正な破綻が起こってしまっている。
震災からの復興について、
被災した3県をどのように再生していくのかの処方箋など、
まったくイメージを持っていない、というのが現状のようだと思います。
実体の伴わない官僚的な美辞麗句を並べ立てたような「復興計画」の
「ごときもの」だけしかなく、
目的自体がそうであるから、手段についても
意味不明な方向でことは進んでいきそうです。

本日は「終戦記念日」。
このような国家の光景が、戦後67年目の2012年の夏の状況なのですね。

<上の写真は仙台市内中心部のJR線をパスする名物トンネルの様子>

好文亭・ふすま絵の美しさ

好文亭で感じたこと、その3です。
日本の美しい空間美を感じさせるものに
ふすま絵があります。
もう現代では観賞に堪えるような名品は生まれにくいように思います。
そもそもこういった芸術のパトロンになろうとするような人は少ないだろうし、
そういう少数の人にとっても、和室を華麗に装飾するという構想は持ちにくい。
そういった先入観が大きく頭にある中で、
これらのふすま絵のオンパレードを見せられて打ちのめされました。
とくにこの「竹の間」など、構図が大胆で目を奪われる。

こちらは見たとおり、「ツツジの間」。
構図も素晴らしいし、色彩感覚の鮮やかさには度肝を抜かれる。
由緒書きがどこにもないので、
たぶん、最近になっての復元、というか新作の創作なのでしょうね。
写真などに撮影はしてあったことはあるでしょうが、
自由さが感じられてどの作品もふすま絵の素晴らしさを堪能させてくれます。


ただただ、感嘆していた美しいふすま絵でした。

好文亭で考える日本の行く末

さて、好文亭の撮影写真を中心に構成していきたいと思います。
なんですが、この創建者である水戸斉昭さんに敬意を表して
やはり日本のことについて・・・を。

わたし歴史が好きではありますが、
あくまでも現代の平和ニッポンで生まれ育った国内限定的な
ドメスティックなものの見方が肉体化していたんだなと思います。
文献史学に落ち込んでしまっているいまの日本史研究を見ていると
生き生きとしたモノの実証性で切り込んでいる考古学と
もっと交流すべきだと思っています。
文献記録だけでしか、歴史を確認しないという態度は、
どうもおかしいですよね。
同じように、日本のことは日本でだけ考えてもやはり視野狭窄に陥ってしまう。
大日本史を編纂した水戸徳川家の労は多としたいのですが、
やはり鎖国という条件の中で、日本の民族性ってずいぶん内向きになってしまった。
でも歴史って、本当は世界史と日本史というように
完全に分けて学ぶべきではないと思うのですね。
日本史は、大きく人類史の中に位置づけて、その一部を構成する分野である
っていうくらいの理解が本当はいいのではないでしょうか?
日本人の「国際感覚がどうも」という論がありますが、
あれは、そのように仕向けられてきた結果ではないかと思うのです。
どうも日本の学問領域の構成それ自体が「縦割り的」で、専門的視野狭窄を感じる。

現代世界はアメリカによる一極支配体制であり、
グローバリズムという名での金融による経済支配が進められている世界。
消費税の増税とか、TPPとかって、
何年かすると、それらは一体の何かであったというように解析されるのはないでしょうか。
どうもアメリカ発の金融破綻のつけ回しが、ギリシャであったり
スペインであったり、そして日本であったりするのではないかと
不安な気分が胸をよぎってなりません。
こういう分析とか予測って、実体の経済とはややかけ離れた部分があって、
一般的に理解できる範囲を超えている。
いまは、そういうあやうい時代だと強く感じますね。

それにしても、写真を再構成して追体験しても
こういう空間性はいかにも美しいニッポンです。
こういった内向的な美の世界に閉じこもるのも悪くはないですよね(笑)。
やはりわたしたちは、こういう日本的感受性を
次の時代にまで生き延びさせることを考えていくべきなのだとも考えます。
どうも連休で、まとまりはまったくないブログ独白であります、申しわけありません。

お墓参り

本日は早朝に家を出て、お墓参りであります。
日本には、お盆の時期にご先祖様を家にお迎えしていっしょに過ごすという風習がある。
社会が育んできた民族的な慣習であって
未来に向かって続いていって欲しいなぁと思う次第ですが、
ただ、大家族制が崩壊した後、小家族制、っていうか、
核家族的な状況になってきて、
「家」という社会的存在の延命の仕方は難しくなっている。
たまたま、日本は東西冷戦の中で
アメリカの世界戦略の中で稀有な経済成長が可能になって、
その過程でそれまでの「ムラ」社会への帰属性の高い社会から
個々人単位が都会での労働者へと変身させられ、
それぞれが小さな「家」を都市周辺に建ててその「新興住宅地」の初代に
なったはずなのだけれど、しかし、故郷忘じがたく、
夏の時期には「帰省ラッシュ」というようなその両方の引き裂かれた属性を
追体験するような年中行事が繰り返されてきた。
わたし自身は、そういう社会の中では比較的に
「地域性」の側に添った生き方をしてきたように思います。
何年かは東京での単身生活をしていたけれど、
そのまま勤務先周辺での人生環境の構築という方向には進まず、
幸いにして勤務先で、生まれ故郷への転勤のチャンスがあったので、
それを生かして、故郷で仕事の独立をした。
で、「初代」としての生き方を選択してここまで生きてきた。

そんな経緯ですが、
墓参りはカミさんの方のご先祖様も、ひとつの霊園地域に納まっております。
都合3つの墓にお参りするわけですが、なにかと便利でいい。
ただ、日本の場合、長男以外の男子は家から出て行って
初代になるしか、墓として残っていく方法はない。
で、そのうち、わたしの墓はどうするか、決めなければならない。
戦前までの日本人があんまり考えなくても済んでいたような問題を
考えなければならなくなっている。
そう考えると、これから先の日本のことを見通していかなければならない。
って、大袈裟ですね(笑)。
また、わが家の息子は、どうも2つの墓を守っていくことにもなりそう。
たぶん、これから、少子高齢社会でこんな問題が
民族的な問題として浮かび上がっていくことでしょうね。
たぶん、子どもたちの世代は、いろいろ負担が増えていく。
まぁ、私たちの年代でも宗教とか墓とか無頓着な人は多いのですが、
否応なくそういった価値観が支配的になる気がいたします。

その後、カミさんの実家に寄って
菜園でたくさん成っているというインゲンを採取。
パッと見た目では発見しにくいのですが、
見つけ出すとわさわさと獲れてくる。
思わず嵌まってしまいましたが、さてこんなにたくさん、どうやって食べるか?
であります。
上の写真は、墓参りで使ったチャッカマンがえらい使いにくかったので、
その後立ち寄った100均ショップで見てみた次第。
こどもの火遊びによる事故以来、
役所主導で安全対策を製品に義務づけているようですが、
それまでのチャッカマンに比較して、たいへん使いづらくなっている。
どうも、いまの日本を象徴している事態なのでは・・・・。

水戸偕楽園好文亭にて−1

さて本日からお盆休暇であります。
ここんところ、やや疲れが溜まっているのか、
いくら寝ても寝たりません(笑)。
たくさん本を買い込んでいるのですが、
休暇中にどれだけ読破できるか、はなはな不安。
横になるとすぐに睡魔が襲ってきて、読書がサッパリ進まないのです。

ということですが、
先日のいわきの取材の帰りに脚を伸ばして
水戸偕楽園を見学して参りました。
いわきからは常磐道を南下すること約100kmなのでごく短時間。
前から一度は見ておきたいと思っていたのですが、
なにせ「梅の名所」という知名度が高いので、どうも他の季節に行くと
損なような感じがして、やや縁遠く感じてもおりました。
意を決して(オーバー)見に行った次第ですが、
さすがに素晴らしかったのです。
偕楽園という大名庭園だと思い込んでいたのですが、
ほかのたとえば岡山・後楽園のような人工庭園のような感じではない。
自然の起伏や景観を生かしながら、庭園にしている。
そういうことなので、この数寄屋建築・好文亭の意味合いが非常に高い。

案内書き。
『好文亭』という名前は,中国の故事「文を好めば則ち梅開き,学を廃すれば則ち梅開かず」により,梅の異名を「好文木」(こうぶんぼく)といったことから,命名されたという。
水戸藩の第9代藩主・徳川斉昭公により,偕楽園内に詩歌の会や茶会などを催すために建てられた。1945年の水戸空襲により焼失ししたが,1955年から3年かけて復元された。
造り
2層3階の好文亭と北につながる奥御殿からなる。一般に全体を総称して好文亭と呼ばれる。
派手さのない質素な,質実さと優雅さが調和した建築です。

尊皇攘夷思想の本家のように言われた
水戸斉昭さんが、ひろく民衆と意見を交わらせるための交流の場とした、
っていうようにいわれています。

ちょうど、水戸斉昭さん没後170年と言うことで
入園料・入館料ともに無料になっておりまして、
そのうえ、殿様が民と親しんだという写真の東塗縁広間(ひがしぬりえんひろま)では
ふるまいの茶も行われておりまして、
ありがたく楽しく、頂戴して参りました。
なんでもこの水戸では、石洲流という武家の茶道のみなさんが多く、
ありがたくも、亭主のような方からいろいろお教えいただきました。
おいしいお菓子と冷茶をみなさんといっしょに楽しませていただいた次第。
作法とかはまったく知らないのですが、
でも、茶って、たいへん楽しいものであることは感じられます。
いろいろ質問していたら、実にご親切にご教授いただけました。

茶室の床柱には
屋久島に自生するツツジが使われているのだそうです。
茶って、信長や秀吉の頃にその文化的成長期があったなかでは
海を渡ってくる舶来の事物・情報が交わされたように聞きます。
ここでは、鎖国の時代の茶室ですが、
可能な限りの「世界性」をそこに見いだそうと考えたのでしょうか?
いっぱい写真は撮ったので、明日も紹介いたします。

カーナビ顛末後記

ここんところしばらくは好天続きなので、散歩を続けていましたが、
本日はつい「なでしこ」のオリンピック決勝戦を見てしまって、
なんとなく行きそびれてしまったところ、おあつらえ向きに雨まで降ってきた。
野球をやっている少年たちは、雨降りが大好きになるそうですが(笑)、
こういう「お休み」って、やっぱりうれしいのが人間のホンネ。
そういうことで、パソコンに向かいましたが、
出張から帰ってきて、その整理もままならず、写真類も整頓しておりません。
そういう整理は明日からの5連休期間に着手しそうであります。
なので、あんまりブログのテーマを整理しておりません。
ブログを書いている人って、どんなふうに「書き続けるか」悩まれると思うのですが、
わたしの場合は、旅は道連れで持ち歩くカメラやiPhoneで撮影した写真が
一番のテーマ創出方法であります。
で、パソコンの中を見ていたら、上のような写真が出てきました。
以前書いた「カーナビ購入顛末記」について
ふとした機会に出会った知人の方から、その後のことを聞かれました。
そうか、そういうふうに展開をウォッチされる方もいるのかと驚くと共に
そういえば、ということに気付かされた次第。

2台のクルマにカーナビを取り付けるのに、
タイヤも別発注の方が安上がりなように、経費を節減するために
カーナビももちろん別発注といたしまして、
大手カー用品店に行ったのですが、いろいろ問題もあって
結局、インターネット通販を利用して取り付けも別発注とした次第。
現在、ごらんのような感じで運用しておりまして、
掛かった経費は、クルマメーカーの純正カーナビ購入に比較すれば、
おおむね1/3程度で済ませられました。
ただ、そこで気付いたことが、またいくつか出て参りました。
ひとつは、インターネット通販購入時の「保証書」捺印の件。
たぶん、そういう保証書記名捺印のこともきっとどこかに書かれているはずだと思うのですが、
しっかりサイトの隅から隅まで見る時間のないこともあって
わたしには、見つけることが出来ませんでした。
大手カー用品販売店では、こういう取り付けサービスだけの場合には
必ず「保証書」を要求されます。
それも当然ではあると思います。
そもそも動作が保証されていないような製品取り付けを安易に受けて
取り付けてから動作しないというような場合、問題の所在を確定できないし、
顧客からの責任追及に応えられないだろうというのも道理。
ここのところで、時間もなかったので、わたしの方の「自己責任」で、
知人のガソリンスタンドで取り付け作業をお願いしました。
幸いにして問題なく取り付けられて、動作も問題なく運用されていますが、
まだ、この「保証書記名捺印」については確認できておりません。
というより、時間がなくて追跡調査活動ができていない。
たぶん、多くのユーザーがそういった事情で、そのうち忘れるというのが
どうも一般的なパターンなのではないかと思念いたします(笑)。
まぁ、あんまり笑い事ではないのですが、
現実的には、それにかけられる時間が圧倒的に現代人は不足しているのではないか。
そこでやむなく、時間をかけることと引き換えにお金を払うことになる。

まぁたかがカーナビ取り付けですが
結局は現代世界がかかえる矛盾を集約的に体験させられた気がします(笑)。
まぁいまのところ、快調に動作していて
スタッフの仕事の能率が向上しているのは喜ばしいことではあります。

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