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省エネの「憲法改定」

先週、省エネ基準改正に関する、国交省・経産省合同による
「第1回、省エネルギー判断基準等小委員会 合同会議」(8月21日)
が開かれて、その内容が開示されています。
 経産省と国交省が今回省エネ基準を見直すのは、
2020年に予定している全ての新築建物の省エネ義務化に向けた前提条件の構築。
義務化する省エネ性能のレベルを設定するもの。
いわば、今後の省エネの憲法を作るようなものです。
ちなみに公開を原則としているので発表されている委員名簿は以下の通り。

社会資本整備審議会 建築分科会 建築環境部会
省エネルギー判断基準等小委員会 委員名簿<国交省側>

委 員 長 坂本雄三 独立行政法人 建築研究所 理事長
秋元孝之 芝浦工業大学 工学部建築工学科 教授
伊香賀俊治 慶應義塾大学 理工学部システムデザイン工学科教授
伊久哲夫 社団法人 住宅生産団体連合会 住宅性能向上委員会委員長
碓氷辰男 一般社団法人 不動産協会 環境委員会委員長
澤田雅紀 全国建設労働組合総連合 住宅対策部長
澤地孝男 独立行政法人 建築研究所 環境グループ長
鈴木大隆 地方独立行政法人 北海道立総合研究機構環境科学部長
清家 剛 東京大学大学院 新領域創成科学研究科准教授
高井啓明 社団法人 日本建設業連合会 サステナブル建築専門部会主査
野原文男 株式会社日建設計 執行役員 設備設計部門代表
前 真之 東京大学大学院 工学系研究科 准教授

総合資源エネルギー調査会省エネルギー基準部会
住宅・建築物判断基準小委員会 委員名簿<経産省側>

委 員 長 川瀬貴晴 千葉大学大学院 工学研究科 教授
秋田 徹 一般社団法人 日本電機工業会常務理事
井上 隆 東京理科大学 理工学部建築学科 教授
岸野 寛 一般社団法人 日本ガス協会 業務部長
岸本哲郎 一般社団法人 日本冷凍空調工業会 専務理事
栗山知広 株式会社 日建設計総合研究所 取締役
鯉淵 正 電気事業連合会 省エネルギーシステム検討委員会委員長
田辺新一 早稲田大学 理工学術院創造理工学部 教授
富田育男 一般社団法人 日本建材・住宅設備産業協会 専務理事
村越千春 株式会社 住環境計画研究所 副所長
山口知明 石油連盟 石油システム推進委員長

国土交通省側の専門委員はおおむね知っている方が多いのですが、
やはり縦割りニッポン、経産省側の専門委員はあまり存じ上げません。
国の「省エネ基準」についての意志決定ですから、
その進め方については公正を期さねばならないし、
いろいろなバランスを取って勘案していく必要があるのでしょう。
会議の議長が国交省側の坂本雄三さんだったということは
主務的な組織としては国交省が音頭取りであることも見えてきます。
このあと、環境省系の審議会組織の意見も反映されていく予定だということ。
また、情報公開の原則から会議の内容自体も公開されています。
まさに薄氷を踏むような運営を行っていっているだろうと思います。
この会議自体はあと2回予定されていて、
その論議に踏まえて、年内中に会議としての結論が出される予定ということです。

Q値から外皮平均熱貫流率(U値)へ
そういうなかで、この会議の討議資料として
どのような脈絡からなのか、
かなりサプライズ気味に、断熱性能の評価軸の更新が発表されました。
これまで根付いてきた
建物全体からの熱損失をその床面積で割り返した係数(Q値)から、
外皮平均熱貫流率(U値)への、基準となる指標自体の変更がアナウンスされました。
にわかにはその良否は判断しにくい変化球だな、というのが実感。
その論議自体は前から存在していたと思うのですが、
この時点で大きく打ち出される意味合いはなんなのだろうと
さまざまな論議を呼ぶことは必至なのではないかと思われます。
事実、委員の方たちからは異論もかなり出ていたようです。
ただ、省庁側からのあいさつでは、日経さんの取材表現ですら
〜「痛みを伴わない」住宅省エネ化となるか〜
とされているようで、やはりこれまでの国としての考え方が踏襲されてきている。
 国交省の橋本公博・住宅生産課長は開会直後のあいさつで、
「今後の省エネ義務化で、中小の住宅生産者に痛みが生じるようなことをしてはいけない。
(住宅市場に悪影響を与えて)経済の足を引っ張ってはいけない。
むしろ新たなビジネスチャンスが生まれるようにしたい」
と語ったとされています。
まぁ枠組みの論議なので、活発に異論も出されていたという委員のみなさんの意見も
今後、反映されていくのだろうと思いますし、
まずはその行方を注視していきたいと思います。

地下水循環利用の冷房装置

きのうは、高校同期の仲間たちと還暦を迎えての一大イベント、
「還暦修学旅行」で、休みを取らせていただきました。
まぁ、個人的には仲間意識でたっぷりと心の充電をさせていただきました次第。

このブログとしては、
そういうなかでも住宅関連的なテーマで見ている部分もありました。
というのは「修学旅行」なので、
観光ばかりではなく、「見学」も出来たからなのです。
写真は、旭川にある「高砂酒造」の工場の冷温貯蔵庫。
建物構造自体は木造のようですが、壁は塗り壁で仕上げられていて
蓄熱にも配慮された造作になっている。
断熱がどうなっているのかはちょっと質問も出来なかったのですが、
興味を惹かれたのが、壁上部・天井周囲にパイピングされた
白い導管であります。
ここに地下水を汲み上げて循環させていて、
そこからさらに冷風を室内側に送風もさせているということ。
こういった工夫で、室内空気は外気とは相当の温度差、
なにせ同窓会なので態度的に劣等生のお遊び感覚に嵌まり込んでいたので(笑)
温度についての質問もせずにいましたので、体感ですが、
どうも20℃前後のように感じられました。
室全体の面積もたぶん300坪程度はゆうにあったようなのですが、
外気温30℃超の暑さの中では
かなりのレベルの冷房を実現している。
また、地下水利用なので年間を通して温度レベルは一定になるはずなので
冬にはこれもまた一定の温度環境を作っているのではないかと
推察させていただいた次第。
地下水の温度はおおむね11度と聞かされましたが、
まぁ知識として持っていた旭川の年平均気温に近似している。
こういった面積と気積の空間を一定環境に保つとすると
それもたとえばエアコンのような装置で実現するとすると
たいへんなエネルギーが必要になりますが、
もちろん、日本民族の歴史的経験知の総和の側面を持っている酒造業で
そのような近代主義・エネルギーがぶ飲み技術が採用されているわけもなく
聞いてみれば、まさに自然エネルギーを
知恵と工夫で高度に利用していると実感いたしました。
酷暑にさらされている中で、ひたすらエアコン空調に頼り切っているのが
大多数である首都圏地域などのビルディングなどでは、
こういった自然エネルギー活用技術は、現状、どうなっているのか、
あんまり利用が普及していないとすれば、
こういった経験知がきわめて有効なのではないかと
ひそかに舌を巻いておりました。
でもまぁ、なんせ、修学旅行での発見ですので、一般解には至っておりません。
こういった程度のことは遠の昔に着手して、あまりうまくいかないから
現在普及していないのか、あるいはすでに相当普及しているのか、
今度、調べてみたいなぁと気付かされた次第であります。
どうなんだろうなぁ?

仙台で東京ラーメン

わたし本日は旅の空でありまして、
高校の同期会による「修学旅行」真っ盛りなわけです。
そうなんですね、修学旅行と言えば、まだ夏の名残のあるこの時期、
友たちと、夜寝ないで枕投げにうつつを抜かしていたわけです(笑)。
さてそういうのが、星霜を経てどういった展開で行われるか、
また別の機会にご紹介できればいいなと。

で、きょうは久しぶりに食べ物ネタであります。
わたし、暑い時期になると、はじめは素麺大好き、となるのですが、
それが一段落すると、
やっぱり夏は熱いラーメンだぜ、と豹変していくのです。
暑さには慣れていきますよね。
仙台はそこそこ風が海から渡ってくる
過ごしやすい暑さということもありますが、
3日間、比較的にラーメン、食べておりました。
ふ〜ふ〜、言いながらすするのが格別であります。
でも普通の人は暑さで敬遠することが多いので
比較的人気店でも空いていて、冷房の利き具合もいいという利点もある。
で、ある人から紹介されたのがこの「東京屋」という店。
わたしは札幌ラーメンの昨今のアブラギッシュぶりには抵抗感いっぱい。
ごくシンプルに魚醬系のうまみスープにほっそり麺が大好き。
そういった嗜好には、まさにぴったりでありまして、
麺1.5倍の「中盛り」を食べましたが、なかなかグッドでありました。
ということで、ラーメンは札幌ではまず食べない。
またそういう傾向の店は札幌ではどんどん廃れていく。
味の好みが徐々にふるさと離れしていくという悲しい現実。

で、入るときにもなんとなく気に入ったのですが、
出るときに、ふとふり返ったこの暖簾。
3枚ものの真ん中の部分の下側が欠けている。
どういった経緯でこうなってしまったのか、
よくわかりませんが、
こうなってしまってもそれでもこの暖簾がいいなと思っている
そういう感受性が、職人さんの自己主張としては
なかなかに同意を迫ってくるなぁと。
考えすぎかなぁ、でもいいんでないかい?
あ、北海道弁になってしまった、仙台ネタなのに(笑)。

江戸期のデザイン窓

さて、きのう遅くに仙台から札幌に帰ってきました。
最終便近くの便だったのですが、
飛行場に着いたら、同じANAのその次の便について
「到着地千歳地方、悪天候のため着陸できない場合には羽田に行きます」
というアナウンスをやっている。
仙台はきのう夜には一時天候が崩れるという天気予報でしたが、
まぁ普通の天候でしたし、千歳はあんまり良くないのか?
と思っていたのですが、一方、わたしの乗る便については
そういうアナウンスがない。
それって、千歳がこれから集中的に天気が崩れると言うことなのか?
っていう、オオカミ少年の大声が響き渡っておりました。
で、問題なく到着した千歳は多少の霧雨程度。
まさに空振りのオオカミ少年だったわけです。
どうも最近、行き過ぎの「リスク情報過多」傾向が蔓延していますね。
社会的な情報に対する許容力の限度の低下で
発信側の過対応が目立つのではないかと思われます。

おっと、テーマがずれていく・・・(笑)。
一昨日のテーマの続きなんですが、
そういえばきのうも大きな開口部について書いている。
ここんところ窓の話題が多くなっておりますね。
写真は偕楽園・好文亭でのものであります。
2つの建物を繋ぐ渡り廊下があって、
そこの内装の様子なんですが、画面左手に窓があり、
やわらかな採光が得られていて、周囲の木質空間を絵のように描き出している。
使われている素材も正直な本物素材ばかりですので
視覚的に、充足感をもたらせてくれる。
で、もっと近寄ってみると

わたし、こういう工夫の窓は初めて見た次第。
この建物自体は近年の再建築なわけですが、
それでも基本的なデザインについては、復元を基本にしているはず。
また案内でも、この窓について解説していましたから、
江戸期に造作された窓であることは間違いがないと思われます。
三角屋根で屋根がかけられ、しっかりと軒の出も取られているので
基本的な雨についての防御性は考えられている上で
ここでは葦とおぼしき素材をタテに組み上げて
通風性と視覚性をギリギリに実現した窓を創造しています。
下側には、蝶番のように工夫した「板戸」が装置されているのですね。
で、こちらにも内側に葦が使われている。
万が一、軒の出を超えて激しい横殴りのような雨が来た場合には
この下の板戸で遮断するようなのです。

現代ではガラスが広く高層ビルに至るまで建材として使われるわけですが
ほんの150年前くらいまで、
建築はそういう素材を想定してこなかった。
そういう化学的な製品が存在しないという制約条件の中で、
あらゆる知恵と工夫が「建てる人間」にとって不可欠に必須とされていた。
しかしそういう素材的条件背景、社会的条件背景のなかで
それもたぶん、この時代の中での最高級建築創造の場で
まことに、清々しいばかりに知恵と工夫が実現されていると思いました。
江戸期には木を使った「からくり」というものも大盛況だったそうですから
手間をかければ、こういう開口部も工夫する工学的知識レベルだったのですね。
で、最近よく思うのですが、
こういう知恵って、素材が豊富になってきて
むしろ、どんどん鈍磨してきているのではないか、という不安。
最近の「社会の需要不足」って、こういうものづくりの
知恵と工夫が、末端まで消え去ろうとしていることから来ているのではないかと
そんな思いに駆られてきているのです。
奥行きのある知恵と工夫がそこに確認できれば、
まだまだ旺盛に、高齢者からの需要も引き出せるのではないか。
大量生産システム的な創造物には驚きはなくなってきたけれど
こういう制約の中での知恵と工夫には、
まだまだ率直な感動要因があるのではないでしょうか?

思いっきり大きな開口

わたしは今は仙台におります。
きのうは「省CO2先導事業」の取り組み動向についての報告会。
住まいと環境東北フォーラムの会合でした。
会場では、毎回顔を合わせるみなさんが多く、
旧交を温めておりました。
そんななかで、少し気になる情報もあって、
今後の展開がどうなっていくのか、注目といったところであります。
って、何を書いているのかさっぱりわかりませんね(笑)。
申し訳ありません、もう少し情報を確認してから、いずれ書きます。

写真は、先日の北海道札幌での工務店グループ・アース21例会での
見学先事例であります。
わが家のリフォームとかもお願いしているヨシケンさんの最新事例。
まだ工事中で未完成物件ですが、
「やりたいけれど、なかなかやらなかったことを、
エイヤ、とやってみた家です(笑)」という意欲作。
なんといっても、南面側の開口部の大きさがすごい。
2階建てなんですが、居間は2層分の高い天井で、
それともバランスが取れているくらい、開口部の高さも高く広い。

ほぼ人間が立っている目線での感じは上の写真のような感覚。
構造上、梁をどうしても通さなければならないのですが、
そこから上も高いので、せり出している大屋根の軒のすぐ下まで
窓が思いっきり開いている。
ここまでの大開口になると、プライバシーの問題が
都市住宅では最大の問題になるけれど、
この家の場合には、南側にご主人の実家があって、
そういう意味では気兼ねがいらなかったというポイントが大きい。
で、こんな大開口だけれど、
そのガラスは木製なのですね。
木製サッシのメーカーさんと打ち合わせしながら、
コストも抑え、巨大なガラス面を実現させたのだそうです。
忙しくて、その後、この件の聞き取りをまだしていないのですが、
他の部位でも自然素材を使っているので、
開口部は当然、木製を使いたくなる。しかし、
ちょっと、ほかの日本では考えられないような贅沢な素材選択だと思います。
でも、こういう木製窓でもそんなに高コストにはならないのが、
北海道の住宅マーケットの不思議さであるのかも知れません。

最後は正面、西側からの外観であります。
こういうシンプルな外観が、やはりいいですね。
奇抜であるよりも、長く愛され続けるのは
やはり人間のDNAに訴えかけてくるような形なのでしょう。
安定感があるプロポーションは、
いまの時代も、そしていつの時代も
「安全・安心」という人間の基本欲求を満たしてくれている。
そんな好印象を受けた住宅でした。

蒸暑の夏・日本の窓

きのうは札幌を出て、仙台まで移動。
朝早い時間には空模様は、まだ持っていたのですが、
6時を過ぎたあたりから激しい雨になってきて、
クルマで出掛けはじめた8時過ぎにはかなりの降雨状態。
千歳に向かう高速道路では、一部で集中豪雨のような様子で
これはフライトもあぶないかな、ということでしたが、
無事に仙台に到着。ごらんのような厳しい蒸暑の夏、真っ盛りですね。
ことしはくっきりと津軽海峡あたりが気候の変化ラインになっているようで、
その違いが明確です。

こういう時期には、
蒸暑の夏を乗り切る建築的な工夫を見たくなる。
写真は、先般来お見せしている水戸偕楽園・好文亭。
軒の出が深くとられ、その下の縁側空間は、日影が演出されています。
庭の緑からは、気化熱で蒸発する水分があるでしょうから、
それこそ自然エネルギーを活用した天然のクーラー環境が作り出されている。
無意識な知恵として、緑化は夏の蒸暑対策の基本だったと思います。
現在進めている「自立循環型住宅の設計指針」でも、
自然エネルギーの利用という部分の基本にあたる。
それから建築的な日射遮蔽空間としての深い軒があって
気化熱によるかすかな温度変化の結果生じやすい風を
やわらかい建築の皮膚のような紙の開口部・障子が受け止めていく。
大屋根で日影が作られている室内には
板の間や、植物繊維で織り上げられた畳の床が、
住む人の足の裏に、そこに生じる微妙な温湿度変化を伝達させる。

一方で、縁を取っていない側では、
ご覧のような開口部仕様になっている。
いわゆる「押し上げ窓」ですが、
板戸がつっかえ棒で跳ねあげられていて、
それ自体が軒を形成するように考えられている。
このようなワンクッションで、気化熱で温度低下が図られた庭からの薫風が
室内に導入されていく。
簡便な窓の開閉装置が、人間の感受センサー能力をフルに使っている。
簡単であればあるほど、こういう人間能力への教育効果もあるのではないか。
あ、きょうは少し蒸しているなぁ、半数だけ開けておこうかとか、
これから雨が落ちてきそうだから、締めておこうとか。
繊細な感受性を日々、鍛え上げていくように思われる。

現代の住宅は、
こういう人間の繊細さを家電製品で置き換えて
皮膚感覚的には鈍磨させる方向にひたすら向かってきていたと思います。
こういう部分がなくなっていくことで、
他者への「思いやり」とか、情緒の部分での鈍感さが拡大するのではないか。
日本人のこうした伝統的な知恵を
現代人がもう一回しっかりカラダに叩き込ませることが
自然エネルギーへの繊細な感受性を研ぎ澄ますということになり、
省エネでも、一番大きな効果をもたらすのではないかと思う次第。
それがひいては、日本が自然エネルギー活用の知恵で
省エネな世界を作っていく最良の戦略になっていく可能性もある。
ただし、これでは「産業の知恵」にはなっていかないか?
国家を建築する、日本の「工学部」としてはそれは困るのかなぁ・・・。

というようなことを
クーラー冷房に頼った空間で書いているのが
悲しいいまの日本の現実ではありますね(笑)。

外壁に蜂の巣

一昨日は久しぶりにお酒を、だいぶんたくさん飲んでしまった。
わたしは、あんまり強くないのに
お話しが面白くなってくると、ついつい進んで行ってしまう。
前半、っていっても飲み始めたのはなんと5時くらいから。
業界の会合で、他のメンバーが別件で打合せをしている時間から
「懇親会」のスタートまでに1時間半以上時間があったので
屋根板金の樋口さんと盛り上がってしまっておりました。
しかし、若い2代目社長さんですが、しっかり現場大好き人という感じで
細かく工夫している様子には驚かされる次第です。
どうしても「経営」という枠で考えざるを得なくなってきますが、
しかし、どれだけ現場感覚を磨き続けられるかというのも
これからの中小企業のトップには大切なものになると思いますね。
本当にいろいろ教えられました。
で、そこから場所を移動して懇親会になだれ込みまして、
おかげさまでカミさんが迎えに来てくれるまで、いろいろ情報交換。
大変有意義に過ごさせていただいた次第。
なんですが、やはり、お酒は翌日に辛さがやってきます(笑)。
まぁなんとか、二日酔いとかにはなってはいません。
ふ〜む、というところです。
が、そういうやや軟調の頭のところに、事務所の大開口窓面をぼんやり見ていたら
なにやら、スタッフがひそひそと顔を寄せ合っている。
なになに、ふむふむ、え!
でありまして、なんと窓の縁の板金の一部に止まり木のように
蜂の巣が張り付いているではありませんか。
よくもまぁこんなところに巣を作るものだと感心させられました。
その様子は室内側の窓から見えるわけで、
あんまり見たくはないけれど、安全は確保されていると
人間、野次馬的な心情に駆られるもののようです。
みんながすっかり見入っておりました。
あの凶暴なスズメバチではないようで、ひと安心ですが、
放ってもおけず、札幌で虫問題についてはこちらということで、
青山プリサーブさんに連絡して、すぐに午前中に来ていただけました。
来られた方は、なんと若い女性の方。
すごい、こういうのに強い女性がいるんだ、と感心させられました。
説明しているウチに、もう1箇所の巣も確認して、
ハチの防御服に身を包んで、さっそく退治していただけました。カッコイイ。
なんでも、このハチはアシナガバチという種類で
攻撃性はそうは強くないのだそうです。
札幌の西区は比較的に自然が豊かと言うことから、駆除要請が多いとのこと。
わが家、事務所も若干の庭木などを植え込んでおりますので、
かれらに好まれているようですが、まぁ、ありがた迷惑。
そういえば、昨年の秋も深まった頃、
ヤマボウシの木から芳香が漂ってきてスズメバチが楽しそうに呼び寄せられてきたり
どうも、かれら種族に当社環境、好かれているようであります。
あんまり仲良くはしたくないなぁ(笑)・・・。

夏の生き物たち

札幌の街も、雨が上がると夏らしい気候が戻って来ます。
雨上がりだった昨日朝は、朝日が上がってくると共に
その湿気が地面から立ち上ってきて
まるで霧のように森の中を包んでおりました。
そのなかに陽射しが幾筋もの光の束になっていて
まことに夢幻的な光景が広がっていました。
札幌でもこんなに湿度が高くなることがあるんだ、とびっくりするほどの多湿ぶり。
北国育ちの人間には、こういう季節感って
羨望にも似た思いが募ってきます。
ようやくにして、束の間、蒸暑の日本であることができる、
というような痛切な感覚が迫ってくるのですね。
まぁ、人間はそこにないものに憧れるというものなので、
南のみなさん、一般の日本の多くの人たちが夏になると
「北海道、いいですよね〜〜〜」と
泣きそうになりながら話してくれるわけですが、
こっちは、逆にいまの燃えたぎるような蒸暑の日本に強く惹かれているのです。

で、そういうのは人間だけではなくて
動物の世界でも、営まれているのですね。
写真は、ある沼地で撮影した「イトトンボ」です。
小さい頃は、北大の構内にあった沼地に良く出掛けたおりに、
束の間の蒸暑気候に寸暇を惜しむかのように、かれらが飛び回っていた記憶がある。
さらに強い羽音の「ギンヤンマ」も飛来したりしていたのですが、
さすがに敏捷に動き回るかれらはカメラには納まらない。
蒸暑の日本では、こうした高温多湿の結果、
土にも独特の粘度が加わり、また強い季節の薫りが立ち上ってきますが、
北海道でも、そのさわりのようなものまでは感受できる。
もうしばらく、こんな季節感を楽しんでいたいと思いますね。

そんな雨上がりになると
道上に、ごらんのような元気のいい「ミミズ」も徘徊してきます。
かれらの生態って、よく知らないのですが、
沼とか川などの水辺とは離れた場所で、
雨上がりにはよく見かけます。
きっとカラスなどの野鳥類にとっては、格好のおやつなんでしょうね(笑)。
しかし、そうはならじと必死に逃げ場を求めて
動き回っている姿、応援したくはなるけれど
自然の摂理のなかで、きっと厳しい運命はあるのでしょう。
そういういろんな断面を見せてくれる、真夏の毎日の散歩道です。

Skype利用のWEB会議

きのうから本格的な下期の営業開始。
日本の場合、どうしてもお盆が節目で上期・下期に分かれる。
「盆前までに」というような言葉が交わされやすい。
零細企業ですが、2地点で営業していると
そのコントロールのために会議とかをやらないとならない。
スタッフが増えたこともあって、会議は増えざるを得ない。
なんですが、札幌でももちろん各種の用事もあるので、
そうは頻繁には出張も出来ない。
ということで、きのう、わたしのパソコンと仙台のスタッフのパソコンをWEBアプリのSkypeで繋いで会議。

しばらく繋いでいなかったら、
Skypeから、バージョンアップの督促があって、
唯々諾々と従って、最新版までアップデート。
設定とか、けっこうイチからやり直される場合もあるので
若干の不安もありましたが、案ずるまでもなく一発接続。
1時間半近くの会議でしたが、
要領よく問題点の把握と共有化ができて、スムーズな進行。
Macは最近、ノートパソコンには標準でカメラが装備されているので
大変便利になりましたね。
そのうえ、画面に紙を大きく見せたりも出来るので、
実際の集まってやる会議よりも効率的な部分もありました。
また、使用した資料にはハガキもあったのですが、
すぐにデスクのスキャナーでスキャンして
PDFでメール送信、というような共有化もすぐに出来る。
仕事は確かに効率は向上してきている。
そういった環境をフルに使っているかどうか、が
情報産業としては、決定的な部分になっていきそうですね。
パソコン離れが言われたり、またツイッターみたいな断片化も進行していますが、
やはりリアルと組み合わせたこういうシステムは使いようがある。
顔の表情を確認しながら、話せるというのはまことにいいですね。
久しぶりに技術の進化を痛感させられました次第であります。

「くだけ」を仕掛ける

写真は水戸偕楽園・好文亭の茶室での「待合」の様子。
窓が開けられていますが、丸、三角、四角という造形がユーモラス。
思わず笑ってしまう。
茶って遊びなので、こんな開口部を作って、笑いを仕掛けているのでしょうか?
待合は、約束の刻限までの時間を過ごす場所。
茶に招かれるというのは数人になるので、客同士で談笑する場所という意味もある。
非日常性の空間に、こういう諧謔性を仕込んでおくというのは
人に会う、という緊張感を和らげる意味合いなのでしょう。
こういう空間って、世界の建築では他にどんなものがあるのか、不勉強でよく知りません。
背景として存在するべき建築が、そのスタンスをちょっと砕いて、
にじり寄ってみた、というような雰囲気を感じさせてくれます。
たぶん、亭主である水戸斉昭さんの個性が表れたものであるのでしょうか。
はるかに時代を下がってなお、その空間をして訴えてくるものがある。

外交交渉なんて、
こういうところでやればいいのでしょうね。
ここのところ、極東アジア3カ国の間でのあつれきが恒例化している。
日本という国は、その「排他的経済水域」で見ると、
世界で6番目の「領土空間」を持っている国なのだそうです。
わたしは、南北を逆さに見た日本周辺地図を事務所に貼っていますが、
それを見ていると、ちょうど半島国家である朝鮮や、国土は広いけれど
海洋への出口が国土のごく一部しかない中国などの実態がよくわかる。
だから日本人は縄文以来、サカナを補食する文化を営々と磨き上げてきたし、
海運の分野でも伝統的に技術レベルが高い。
そういう隣国を持っている朝鮮や中国が、常に危機感を持つことは疑問の余地がない。

そして実際に明治以降、これらの国の領土に対して
旺盛な興味を、西郷隆盛の征韓論以来持ち続け、行動もしてきた。
そうした流れの中で、摩擦要因として島の領有権問題は考えるべきだと思う。
魏志倭人伝の昔から、日本人・倭人は、海に生きている人種として
かれら中国・朝鮮の人々は認定もしてきた。
なぜだか知らないけれど、三陸で産する「ふかひれ」が、
さらに蝦夷地のコンブが、有力な対中貿易産品であり続け、
中国料理の最高級食材であり続けてきたのが東アジアの食の歴史。
司馬遼太郎さんの文章を見ると、
歴史的に中国文化圏では、漁業への関心が高くなかったと言われている。
たぶん東シナ海は、
長大だけれど漁業権益海域としての有用性が高くないのかも知れません。
そういう文化圏の国が、やはり資源のナショナリズムが
一番の動機だと思うけれどまさに領土的野心を露わにしてきている。
韓国も同様だと思われます。
まぁ、韓国の場合は大統領の国内的不人気の挽回策という側面が大きいとは思うけれど。
当面は冷静な対応を心がけていくしかないでしょう。
南北逆さに地図を見ていると、
日本の地政学的な有利性は際だっていると思われるのです。
これに、あんまり資源として将来性がないと日本の学会リーダーがなぜか断定している
「メタンハイドレート」の利権争いということも合わせて考えなければならない。
まぁ、あんまり排外主義的な対応は利にはならないと思われます。

こういう緊張には、
日本の茶文化で対応するのが至当なのでは?