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寒さに震える開花

1315

さてすっかりブログの更新時間が遅れました。
きのう、沖縄から札幌まで帰って来て、
その後、いろいろな整理整頓作業があって、その上、来客もあって、
なかなか時間が取れませんでした。
さすがに5日間札幌を離れ、東京・沖縄と歩いていた感覚からすると
札幌との気候格差に愕然と致しますね。
沖縄では新たな発見で、沖縄に自生している植物、木のお話を伺っていて
どうも本土とは、樹種が違うし、種類も聞いたことがない木が多いなぁという
そういう漠然とした印象だったのですが、
これも、沖縄には明確な四季変化がなく、年輪ができないのだと聞かされて
今更ながら、驚愕させられたりしておりました。
そうなんですね。
で、やたり樹種が多くて、
紅葉もしないのだとか、まぁ当たり前のようなことを知らされる。
だから、広葉樹か針葉樹か、という
わたしたち北海道を含めた本土の人が持つ木への感覚が通じない。
広葉樹が年中、緑を絶やさないのですね。
まぁ、言われてみれば当然なのですが・・・。

で、札幌に一気に帰ってくると、
その彼我の違いに、これも圧倒される思いが致します。
極彩色とまでは言わないけれど、
豊かな緑と、花の色のグラデーションの世界が
一気にくすんだ色合いの世界になる。
飛行機に乗る前に購入した「さんぴん茶」の味も
こころなしか、淡泊に感じられてくるほどです。
でもまぁ、ようやくにして、サクラは開花したようです。
しかし、遅れたせいで、花と葉がいっしょになってしまっています。
曇りがちで、しかもまだ肌寒い気候もあって、
サクラの色合いも、全体として輝きが感じられない。
そんななか、もう雪解けから1ヶ月半ほど経って、
ようやく庭の花が開花いたしました。
このブログでも芽吹きだした頃に写真掲載しましたが、
ようやく開花であります。
北国の遅すぎる春に、なんともため息の出るような気分でいます。
せめて、ここまで遅れたのなら、
もっと美しい姿を見たかったサクラであります。
でも、こんなことを言っていたら、罰があたるかなぁ・・・。

沖縄中城・中村家住宅

1314

故あって、沖縄に来ております。
で、やはり住宅は基本的な興味分野と言うことで
もう何回も訪れているのですが、
沖縄中部の中城の旧家・中村家住宅を今回は2度訪れました。
何回観ても、その知恵の奥深さに圧倒される思いが強まる次第なのです。
しかも今回は、関西大学・環境都市工学部・建築学科による
住まいの温熱環境調査に基づく「中村家住宅のひみつ」というレポートも
手にすることが出来て、その最新の「住宅性能解剖」結果も
知ることが出来たのであります。
わたしは寒冷地・北海道東北での「住宅性能」の目、という
「科学する」視点というのが基本フィールドですが、
この蒸暑気候・沖縄での住宅にも同様のアプローチが試みられて
その最新知見が、この3月23日に発行出版されていたのです。
蒸暑地域気候条件下で、伝統的な住居はどのような
温熱環境的なふるまいを見せ、その具体的な手法はどうであるのか、
まことに興味の尽きない研究アプローチでして、
その労を多としたいと思います。
まぁ、そういう具体的な部分については、じっくりと読んでみてからとしたいのですが、
まことに「性能とデザイン」の精華を見せられる思いであります。
地域に生きて、その気候風土を読み取っていく中で
しかも伝統的な素材だけを使って、
パッシブに「住みごこちの良さ」を実現しているのです。

そして、独立王朝を持つ地域としての
本土社会や中国との建築的なコミュニケーションもかいま見えます。
家の作りようの基本は、畳による床が特徴的な
日本文化を感じさせますが、一方で
風水という、東アジアに広がった「環境解析技術手法」も
建築計画の下敷きに、しっかりと存在しています。
しかしながら、それがまた、中国からの輸入知識そのままではなく、
やはり日本的なアレンジが施されていて、
たとえば、建物配置などでは、中国的な定規で測ったような規格ではなく
やや融通無碍ともいえるような部分が見られます。
規格形・対称性重視から、やや不定形・非対称嗜好を感じさせられます。
やはり感受性の部分では、日本的といえると思います。
しかし、日射制御・熱環境コントロール手法については
まさに沖縄らしい独自の知恵がたっぷりと凝縮されています。
それが、みごとな意匠性をまとって、
強いエスニシティをもって訴えかけてきます。
素晴らしい、ほんとうにすごい迫力を感じさせられました。
中村家住宅、大好きであります(笑)。

司馬遼太郎の日本北方住宅論

1312

東大での講義で、紹介した司馬遼太郎の文章からの要旨。
わたしは現在の住宅雑誌を始める前は、ごく一般的な読書傾向にあり、
間違っても、そんなに建築の世界にのめり込むことなど
想像すらしていなかったのですが、
なりゆき的に住宅のことに深く関わるようになってきて、
ふと改めて、司馬遼太郎さんの文章の中から
自分の事業分野についての著述を探してみたのです。
そうしたら、多作な司馬さんらしく、あったのですね(笑)。
司馬さんの旅行記・風土記とでもいえる
「街道を行く」シリーズで、北海道も取り上げていて、
やはり寒冷地住宅について書き綴っている文章があるのです。
そのなかで、一番端的に語っているのが、この一節。
日本建築文化の寒冷への非対応ぶりについて触れて
「驚嘆すべき文化と言っていい」というすさまじさであります(笑)。
函館・湯ノ川温泉の和風旅館に泊まって、
数寄屋作りの贅をこらしたその建物で、夜寝る前にストーブに
薪をくべてくださいね、という宿の主人の忠告をうっかり忘れたら、
驚嘆すべき寒さの朝を迎えて、その想像を超えた寒さに閉口した経験を語っています。
まぁわたしのような昭和30年代に子ども時代を過ごした世代では
わりと共通した体験を持っていますが、
わたしたちは北海道にいる人間の立場であり、
司馬さんは、その北海道に対して文化を与える中央の側の視点をもっていた。
そういう文節の中での「気付き」だったと思いました。

こういう視点の違いって、
北海道に住んでいる人間からすると、
いろいろなことを学習させてくれるものだと思いますし、
「生きることのリアリティ」を垣間見せてくれる文筆家・作家の
フィルターを通した日本文化の実相診断として
まことにわかりやすく伝えてくれる。
で、こういうわかりやすい視点というのを
中央の側は、認めることについて率直さにかけていたと思うのです。
そうではなく、温暖気候の中での文化習俗を
中央から地方の垂れ流すことをもっぱらとしてきた。
わかりやすくいえば、日本の権威ある建築の賞を受賞した建築家が
寒冷地気候に対してまったくの無知であることを恥とも感じずに
「中央はこういう文化なのだ」と押しつけ、
作られた建物には巨大な氷柱ができて、
冬期間、人間が使用することが危険でできない、というような極端な現実も生んでいる。
また一方で、地方の側も自己主張できずに
「長いものには巻かれろ」的に中央に迎合し続けてきたのが
日本という国家社会だったのだということを明瞭に示している。

で、そういうことが是正されているのならいいのですが、
まだまだ、延々とこういう背景文化社会は続いていると思うのです。
どうするべきなのか、悩ましい現実だと思います。

東大での講義、無事終了

1311

さてきのうは、身に余るお役を仰せつかった東大での講義。
東大の学生さんたちに、学生時代ほとんど勉強した記憶がない(笑)わたしが、
こんなふうに講義を依頼されるというのは、
まことに人生の不可思議さと、玄妙な思いが胸に去来いたします。
でもまぁ、どんなことでもあちらから来たお話しは、
なにかの機縁でしょうから、ありがたくその機縁に感謝して
誠心誠意、微力ながら、務めさせていただきました。
講義後、申し出をいただいた前真之東大准教授から、
過分なまでに喜んでいただけたこと、
深く感謝申し上げたいと思っております。

さて、その後、故あって
沖縄に来ておりますが、追いかけるように
前さんの研究室から「ミニテスト」採点依頼というのが来て
これも仰天させられました。
え、今度は学生さんを「採点」までするの? というところですが、
でもまぁ考えてみれば当然で、
講義を行ったわたしが行うしかないワケですね。
学生さんたちの「答案」には、
こちらの意図を遙かに超えるようなお答えもあり、
むしろ、謹んで意見を聞かせていただいた、という感じであります。
ひとつの設問で、
地球を「外断熱」しているものはなにか?
という設問をお出ししたのですが、
まぁ、答としては「大気」と言うことになるわけですが、
さすがに活発に意見が書かれていてまことに楽しい。
ふむふむと読みながら、若いみなさんと対話しているような気がしました。
やはり若いみなさんは、生きている時代感覚が違う部分もあります。
司馬遼太郎さんの著作の一節を引いたりしていたのですが、
ふと気付いて
「みなさん、司馬遼太郎さんの本を読んだことありますか?」
と質問してみた次第。
やはり不安的中で、誰も読んだことがないそうです。
ちなみに40代の前先生は愛読されていたということですから、
やはり時代の移り変わりと言うことを表しているのだろうと、
深く納得させられました。
コミュニケーション、私たち年代が当然と考えるものも、
やはり環境が大きく変わってきているのでしょうね。
逆に「じゃぁ、みなさんはどんな本を読んでいるのですか?」と
質問すれば良かったと思いましたが、
時間が本当に足りなかったので、やむを得ませんね。

そういうことですが、
まぁなんとか、お役は果たせて、ほっと安堵であります。

<写真は、東大本郷の構内の様子。正面が工学部11号館>

絵巻絵画の描写力

1308

ことしは伊勢神宮と出雲大社の「式年遷宮」にあたります。
それもきょう10日が、伊勢の方はクライマックスなんだとか。
まぁ死ぬまでに一度は伊勢には行ってみたいのですが、
まだ、霊験あらたかな伊勢には行けておりません(泣)。
なんですが、その神社の年にあたって、
上野の国立博物館で、「大神社展」というエスニックな催事が行われているので、
今回出張の貴重な勉強機会として、見て参りました。

先日、真言宗でも偉い位階をお持ちのわが家のお坊さんと
宗教談義で盛り上がっていたのですが、
そのとき、お坊さんなのに
「いやはぁ、神社って面白いんですよ」と笑って話されていましたが、
この展示で見られる「神宝」の数々は、
まさに歴史のワンダーランドであります。
わたしたち民族のなにごとかに深く触れてくるのは間違いがない。
なにを見ても、深く啓発されるものばかりなんですが、
ひときわわたしの心に突き刺さってくるのは
「縁起」という絵巻物の類であります。
まぁ以前から大好きで、死ぬまでに一枚でもいいから手元に欲しいほどなんですが、
今回は、藤原氏が造営したという春日権現さんの絵巻物と、
やや時代を下った豊国社祭礼の屏風図にまったくノックアウトされました。
写真はインターネットで探したその絵巻物写真(一部)ですが、
まことに一瞬の切り取り方の中に
その時代が醸していた空気感が凝縮して表現されていて
まことに生き生きと伝わって参ります。
掻かれている人物が、それぞれにその瞬間になにを為そうとしていたか、
そういうものが観るものにありありと見えてくる。
春日権現のほうの解題を読んでみると、
こういう絵巻物の製作発願は有力者による文化的営為であり、
スポンサーになって、今日で言えば映画を制作したようなものだと
思い至りました。
どんな人物にもみごとにキャスティングが為されていて、
それぞれのドラマがきちんと「取材」「表現」されている様子がわかる。
わたし自身も、現代日本でそういう類の仕事をしているので
なにか、こういった表現者たちに感動を覚える部分がある次第です。
それも昔人の肉筆感が伝わってくる迫力は
圧倒的な臨場感でこっちを刺激して止みません。う〜〜〜む。
やはり、歴史はこういう伝播力が必要ですね。
こういうことが感受できると
人間社会、またまったく見方が変わってくる部分がある。
まことにいい体験をさせていただきました。

さて、本日はいよいよ、東大工学部での講義であります。
なんとか、なにかのお役に立てられるものかどうか、
一生懸命がんばりたいと思います。ではでは。

北海道サクラ開花予想

1305

気象庁からの発表であります。
2013年の桜の開花前線は、津軽海峡を1週間かけて渡り、
5月6日にようやく北海道(松前町)に到達しました。
ゴールデンウィーク期間中の寒さの影響を大きく受け、北海道の桜の開花と満開は
平年より1週間から10日遅いところが多いでしょう。
札幌の開花は5月12日の見込みで、
およそ30年ぶりの遅い記録となりそうです。
桜前線の終着は根室で5月23日でしょう。
開花から4~5日で満開になるところが多いでしょう。

ということであります。
きのう、久しぶりの青空が広がって
空が明るいというのに、なんとも感動させられておりました。
まぁ、幸せ感じ上手、ということでおめでたいものです(笑)。
で、クルマで町を走るとあちこちでツツジが咲いたり、
レンギョウが咲いたりしている。
この寒さですが、季節は確実には歩んできているのだと気付きました。
まぁそうはいっても、サクラのつぼみは堅いままのようで、
さてどうなるのかなぁというところですね。
でも悲しいことに、本日からしばらくは出張の身の上になります。
とは言っても例の東大での講義と、その後の週末を利用しての沖縄行きです。
あたたかい、というよりも暑いくらいの予想温度25℃以上なんだとか。
札幌ではまだ、ダウンジャケットが手放せないほどなのに
もうすっかり初夏の地域に移動することになるので、
着ていく服もまことに微妙であります。
北海道では長時間外にいる時間はないので、
シャツは半袖にしていくようにカミさんからは指示がありまして、
そうする予定ですが、1枚は長袖シャツも持参する。
しかし4泊5日程度だし、なるべく身軽で行動したい。
ということなんですが、なかなか季節感の違いに惑わされる時期ですね。
まぁしかし、せっかくの北海道の長く待ったサクラの開花をみられないかもという
ちょうどこの時期に出張がぶつかってしまうのは、いかにも残念です。
できれば、帰ってくる13日以降にサクラは開花してほしい。
なんていう罰当たりなことを願ったりもしている次第(笑)。
せっかくのGWもまったくの期待はずれで、
悲しい連休を過ごした北海道民としては、
小さな幸せの願いでもあります(泣)。
ということですが、まぁ、元気に行ってきたいと思います。ではでは。

Adobeのソフト「料金改定」

1303

きのうは現在取り組んでいた作業に一定の方向性が出て、
ほぼメドが立って参りました。
ということで、ここからはある程度、仕上げのような段階に突入であります。
そういうことで、ここしばらくはMacと格闘する毎日なのですが、
Adobeがかなり大胆な「料金改定」を発表した。
Adobeというのは、ソフトの会社でPhotoshopなどDTPの世界では
Appleとともに基本を構成する企業です。
その会社が、これからはクラウド上でサービスを提供して
既存のユーザーは毎月5000円の「使用料」を払って、
ソフトを使うようにサービスを根本的に変えていくと発表したのです。
1ユーザーあたり年間で60000円の出費になります。
人数が多くなれば、その倍数というのがかかる経費ということになる。
これまでは、DTPに使用するソフト群がワンパッケージで、
おおむね100000円程度で購入できていた。
アップグレードというのは、バグに遭遇する確率も高いので
すこしずつやっているケースが多く、
まぁ、3年に一度くらいしか、アップグレードはしないので、
単純に言って、この率で計算していくと、
年間に掛かる経費は、場合によっては倍以上になる可能性がある。

きのうも缶詰めで自宅で作業していたので、
きょう会社に出て、いろいろな情報を集めていかなければなりませんが、
なかなか悩ましい発表だと思わされております。
ソフトの会社というのは、事業環境が大きく変わってきているので
やはり経営、かなり難しくはなっていることは理解は出来るのですが、
さりとて受け手側としては、唯々諾々と受け入れられる内容とは言えない。
Windowsにしても、PCメーカーの地盤沈下状況があって、
今後の事業展開は難しい舵取りだろうと思います。
いわんや、各ソフトウェアの企業では、
スマホやタブレット端末などの拡張で、PCの事業分野が小さくなっている。
Adobeのような専門的な領域の企業にとっては、
死活的な事態が進行しているということなんだと思います。
ディファクトスタンダードという言葉が踊っていた頃、
事実上、ひとつの会社が業界標準を握っていく事態が進行した。
その弊害がささやかれてはいましたが、
それが、このような独占的発表というかたちで表面化してきたのではないかと思います。
ユーザー側にどのような対応手段があるのか
ちょっと見通せないのですが、
慎重に対応していきたいと思っております。むむむ・・・。

<写真は、無関係のマンガ文化展示です>

明けない夜はない、かなぁ?

1302

今朝も早くに起きて仕事であります。
完全に時間軸が変わった生活になってしまっています(笑)。
小さいとき、高校くらいにこれくらいの勉強時間を確保していたら、
だいぶ違った人生になっていただろうか、と想像すると、
さてどうだったのか?
しかし、きのうも思ったのですが、
あの時こうすればよかった、とかの考え方を、最近、すっかり忘れています。
歳とともに、振り返るよりも先のことへの想像力の方が勝ってきて
どんどん未来志向が強まっております。
たぶん、息子と話す機会が多いことがその理由なのだろうと考えています。
息子と話していると、
父親として、ああすればよかったとか、そういう後悔を思うゆとりはなくなる。
いっしょにこれからのことを真剣に考えると
よし、こうしてみようとか、
これからの人たちのことを考えたら、
自分は今、何をしなければならないのか、
というように考えるようになる。
自分自身のことも相対的に考えられるように思うのですね。
もちろん、振り返って自省することは必要欠くべからざることではあると思うのですが、
また、自分自身のこともひとつの駒、役割だと認識することも
自分自身で驚くほど、前向きな考え方をさせる力がある。
まぁどうせ、生きている時間には限りがあるのですから、
なにかの役に立てれば、それがいちばん幸せなのだと思うのですね。
っていうようなことで、夜中に仕事に精を出しております(笑)。

で、きのうまで天気に愚痴っぽいことを書いていたら、
東の空が、やけに明るく感じた。
タイトルのような印象を持ったのですが、
いま5時半になってきたら、ふたたび雲が多くなってきました(泣)。
まぁでも、きのうまでのような雨降りではない。
ようやくにして、雨から逃れられるかも知れません。
なんとか天候も前向きになって欲しいものだと思います。
さて、もう一踏ん張り、頑張るぞっと。

5月GWに雪かよ(泣)

1301

今朝もひたすらデータ制作に精を出しておりまして、
世間の連休はいっさいわたしに関係ないものと思っておりますが、
しかし、今朝もまた札幌は雨でありまして、
これで連休中はすべて雨という信じられない悪天候であります。
で、テレビを見ていたら、帯広では8年ぶりとかで
雪が積もっているのだとか。
いやはや、オホーツク海に停滞しているという低気圧、
なんとも殺生でありますね。
わが家は、坊主がきょうは特別テストとかで出掛けていまして
まぁことしはそういう行楽には縁がないのでいいのですが、
ほかのお宅の子どもさんたちのことを考えたら、
なんともお気の毒と言葉もありませんね。

それにしても、この悪天候はどういうことなのでしょう。
東北に冷害をもたらすという「やませ」は、
夏に近づいてから、一向に気温が上がらずに、という状態。
今年の場合は、そのずっと前の春自体がこない。
たしかに雪は融けたので、まぁ季節としては春になるのでしょうが、
気温はまったく上がらず寒いままで、エアコンはずっと暖房運転しています。
東北の津軽、弘前でもサクラが遅れていて、
連休にも5分咲き程度なのでしょうか。
いわんや、北海道においておや、でして、
サクラの名所も各地で、まったくつぼみが膨らまない。
静内の二十間道路のサクラ、楽しみにしていますが、
きのうHPでチェックしても、サクラは堅いつぼみのままであります。
この長雨が5月中旬くらいまでは引きずりそうで、
ことしは観測史上一番遅いサクラの開花になるのではと思われます。
わたし自身は、10日の東大での講義が終わるまでには、
ほかの執筆作業も完了させ、その週末には少し休息したいと考えています。
でも、この調子では来週末もこういった天候が続いていそうですね。
春よ来い、って歌もややヤケ気味の今日この頃であります。
やれやれ・・・。

写真は寒々しい、近所の「屯田兵屋」であります。

日本人の色彩感覚

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日本人と西洋人には色彩について
多くの相違点があるように思います。
雑誌の仕事などをしていると、必然的に色彩について
いろいろ感覚すべき世界が広がるのですが、
やはりこの世界は奥が深いなぁといつも思わされる次第。

色彩感覚というのは、
やはり四季が織りなす自然からの色彩情報をどれほど
いっぱい感受するかで決まってくるのではないかと思います。
きっと民族ごとに、その受容する色彩には違いが微妙にあるに違いない。
だんだん歳を取ってきて
花鳥風月、という日本的感受性に、
抗うことの出来ない、圧倒的な力を感じるようになってきた。
ヒマラヤ山脈がアジア大陸とぶつかって
そこから吹き下ろされる偏西風が、日本海や東シナ海という
湿度の多い海を渡ってくることで
四季に十分な水分がたっぷりと加えられて、
日本では樹木が自然的に力強い生命力を持っている。
そして、伝統的に日本には金が発掘されてきた。
塗り壁の色彩世界の彩りの鮮やかさは、ちょっと驚くほどです。
印刷のインクの世界でも、ジャパンカラーという
オリジナルの色味が存在していて、
日本人の豊かな感受性を表している。
いろいろな色彩の世界を眺めていて、
本当に日本に生まれた悦びを感じてしまいます。

本日も多忙で、ブログ更新に気付きませんでした。
この調子では、そのうちついに継続が途切れるかも知れません。
なかなか、厳しくなってきました。