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【江戸期絵図面に見るナマナマしい地方「政経」構造】



写真はわが家の先祖伝承を探訪してきて
先般見学して来た姫路市林田の「三木家住宅」復元主屋の様子です。
この林田という地域は江戸期には1万石といういちばん小規模の「大名領地」。
1万石というのは、米の生産高が1万人の1年分に相当するという意味。
この計算式はなかなか秀逸なようで、江戸期末期の全国の石高は3.000万石と言われ、
また人口も3,000万人と相似していたとされる。
で、大名さんは「建部」さんということだそうですが、
この下の絵図面では「武部」という名前で記載されています。
「武部内匠頭」1万石というように記載がある。
絵図制作に当たっての「校正」が十分ではなかった(笑)のか、
そもそも漢字の表記にはおおらかであったのか、その両方でしょうか。
で、わが家の家系に連なるこちらの「三木」さんは、
絵図上では「構」と表記され「三木三郎左衛門」の屋敷が図右上にある。
ちなみにこの三木家住宅は復元され、配置図平面図は以下の通り。

塀がまわされた中庭空間の様子は、絵図の三木家図でもわかる。
さらに「御下高一万石百姓也」と記載されていて「大庄屋」の機能がわかる。
図には「御成門」も描かれている。
ということで、政治というか、軍事警察機構当主である建部(武部)さんと
経済を司っている「三木家」さん両方で「一万石」という表記・記載が重なっている。
江戸時代のニッポンの1/3000のミニチュア模型のような
典型的な地域支配の構造がピンナップされているのですね。
まことにわかりやすい。
まぁ実際に1万人程度がこの領国地域に居住存在していたかどうかは
そこまではわかりませんが、江戸時代このような構造によって
社会は営まれてきたことが明瞭に伝わってきます。
大体、絵図にこうした経済支配の差配人の家屋敷が明示されるのですから、
支配構造のどうであるかは、明らかではありますね。

歴史理解って、ある定点的な了解点から広がっていくのだと思います。
こういう「座標軸」が明確になり、そして復元された三木家住宅がある。
それらを大きな手掛かりにして、いろいろな人間活動が「取材」で明らかになる。
わたしの場合、たまたま遠い縁戚のような気分も感じられて、
この播州姫路の地が一気に超身近なものに感じられるようになってきました。
この「歴史のモノサシ」を使って、もっと生々しく学んでいきたいと思っている。
まことに老後の研究テーマには事欠かない次第であります(笑)。
ただしそのような境遇にまで至れるのかどうか、
日々地道に経済活動に精を出して、将来は坂の上の雲を追っていきたいです。

【空間コミュニケーション 人間と平面図】

わたしは建築を勉強した人間ではありません。
ビジネス的興味、人間的興味から住宅ということに関わるようになった。
それでも住宅の表現手段としての「図面」は、すぐ直感的に空間把握できた。
一般的に賃貸住宅を借りるというようなときでも、
平面図がほぼ誰でもが共通のコミュニケーションツールになり得る。
これはたぶん人間同士が地面に棒状の石や木片で線画を描いて相談したような
そういった古層人類的経験知の結果なのでしょう。
はじめてこういう「視点」を人類が獲得したのは、いったいどういう経緯か、
ふかく思いを致させられるものがあります。
たぶん想像をたくましくすれば、狩猟採集の時代に落とし穴とかをつくって
獲物を集団で獲得するとき、その方法として作戦会議が行われたでしょう。
コミュニケーションツールとしてこういった「図面」が頻用された。
線画という抽象性には空間を単純化して理解させる把握力がある。
集団的狩猟行為はさまざまな人間の営為を生んだに違いないけれど、
その基礎にこういった「上方からの視点」というものが役立ったのではないか。
人類学の本を読むと言語もまた、こういった必要性が大きかったとされる。
合図とか、動物の自然心理のウラをかくことが言語の発達を促したとか。
狩猟行為がどんどん複雑化し高度化して行く過程で、
より複雑な「作戦会議」を共有していくのに、線画図面は大きく関わっただろう。
コトバと同時くらいにこうした「図面」は原初的な気がする。

この平面図というものは、現実にはあり得ない「上から見下ろす」建築的視点。
そして同時に、作り上げていくときに非常に便利な情報伝達を兼ね備えている。
建築もまた多くの人間の共同作業であり、言語発生と同時とも思える
このコミュニケーションツールを大いに活用する営為。
最近、またいろいろな図面などを引っ張り出しては
それを土台にして語り合うことが多いので、このわかりやすさを再認識する思い。
しかし図面でもう数十年前のものをみると「青焼き」図面が出てくる。
手書きの風合い感も垣間見えていて、風情があるのだけれど、
それを見せると現代の建築関係の人たち、みんな困ったような顔をする。
いまはすべてコンピュータソフトで情報処理するようになって、
昔のように大型青焼き機が存在しなくなっている。図も大型でコピーも取りにくい。
通常の印刷もA3までのものに変換されるようになって来ている。
「写真に撮って、画像にして取り込むか」
「PDFにしてもらえませんかね」
などといった声が交差している。ほんの数十年の人類変化のすさまじさを実感する(笑)。
そういえば、人類のある発展段階で普遍的だっただろう、集団狩猟行為は
いまやすでにほとんど記憶継承もされていないでしょうね。

上に掲載したのは、江戸東京たてもの園のなかの「三井八郎右衞門邸」。
本日は珍しくやや寝不足で、更新が遅れました。
日々の雑感ブログ篇でした。

【株価上昇が示しているサインとは?】

株というのは、経済の先行指標であるとよく言われる。
ここのところ、日本株の上昇が顕著に見られるようになってきた。
経済アナリストの言説はあんまり地に足が付いているとは思わないけれど、
経営をしている人間としては、やはり目は通しておくようにしています。

「日本株は過去21年の常識を覆す大相場に発展か」 2017/11/08
経済アナリスト 田嶋智太郎氏
という、日経さんのWEB上の記事などを拝見した。
〜ついに日経平均株価が1996年6月26日につけた平成バブル崩壊後の
戻り高値=2万2666円を上抜け、一気に2万3000円に迫る水準まで上昇してきた。
(中略)言うまでもなくこのところの株価急上昇の立役者は海外投資家である。
彼らは、日本人が思う以上に先の衆議院選挙で与党が大勝したことによって
政権が安定していることを評価し(中略)期待を強めている。そして、彼らは再び
日本の大型優良株や値がさハイテク株などに触手を伸ばし始めておりそうした
個別銘柄の寄与度が高い日経平均株価の伸びをより高いものにしている。(中略)
大きな流れは”過去21年の常識”を覆すほどの”大相場”へと向かう展開に
なってきているものと思われる。〜
っていうような「イケイケドンドン」風の威勢のいい記事。
東京はこうした傾向がモロに感じられるのでしょうが、
地方ではこうした動向とは無縁の無風状態が続いているようだけれど、
しかし身の回りでも、一時期のような停滞感は底を打った雰囲気はある。
知人が、中央区の地下鉄駅から5分ほどの親から相続して持っていた住宅を
つい先年、RC外断熱賃貸MSに改造したけれど、
そのプロセスで、札幌市中心部での地価高騰状況を側聞した。
銀行の話でもそういった状況変化が裏付けられていると。
そういえば、積水ハウスが東京都心の土地購入話で詐欺にあったニュース。
たぶんそれだけの「バブル」状況が東京などでは出来している証拠。
世界的な金融の動きが、日本に注目してきている流れはあるのでは。

たしかにこれまでの日本では短期間に政権が交代して不安定で
世界の金融から取り残される現実があったのかも知れません。
ドイツでは選挙の結果でメルケル政権が不安定化しているそうで、
EU圏内の不安定化が進んでいるともいわれる。
先進国の常識的政権交代はアメリカでは4年2期で8年が一般的だし、
メルケルさんに至っては、2005年から首相なので12年もやっている。
とくに金融余剰の現代世界では、投資対象としての先進国の政権安定は
経済成長性評価の面では大きなプラス判断になってきているのだろう。
グローバルな環境変化が、そうした動きに敏感なマネーに影響する。
あくまでも「民主的」である大前提で、政治の安定は好材料なのでしょう。
少なくともマネーは正直に日本の現状をそう語っているように思われる。
このような流れが、さて足下の住宅建築にどのような動きとなって現れてくるか、
よりリアルに現実を見ていく必要があるでしょうね。
経済的環境要因が大きく動き始めている可能性が高いのではないか。

【雨読マーケティング研究 in 氷雨さっぽろ2017】

週末を狙って悪天候のさっぽろ地方であります。
こういう日には打合せとか、いろいろなデスクワークに精を出すことに。
昼過ぎからは、ある建築計画のはじめての会合。
設計者・施工者に来ていただいて、論議を集約していくことができました。
やっぱり建物を計画していくのは本当に面白いものだと再認識。
建築にあたっては、やはり計画がいちばんのキモだと思いますね。

ということで、イラスト画は日本の経済市場規模マップ。
市場規模に応じてボックスの大きさが違っているのですが、
それぞれの規模が直感的に理解出来るので、ときどき参照しています。
日本経済最大の市場は、自動車・付属製品製造業で、62兆5,000億円規模。
以下、そのボックスの大きさに沿って逓減していく。
建設は第2位ですが、関連しての「不動産」を合算すると90兆円超。
あとわたしが関連するマーケットで言えば、広告が6,2兆円。
出版1.5兆円、住宅リフォーム6.5兆円などとなっています。
リンク先でご自分の関係するマーケットを参照されると興味深いのでは。
自分の会社の売上規模などと、こうした巨視的データを比べていると、
位置関係、日本のなかでの自分の立場などと妄想するのに
いろいろな気付きを得られると思います。
大きく衣食住というようにいいますが、
この建設関連90兆円というのは、日本の国家予算とほぼ同額規模。
考えてみれば、人間は生きている時間の9割前後は「建物」のなかで過ごす。
そのイレモノを考える仕事というのは、非常に普遍的。
ちょとやそっとでは市場要因が極度に減衰することも考えにくい。
先日、奈良で「石舞台」を見学して来ましたが、
そこで考えたのは、石器時代から建築的営為はあったに違いないという想念。
ピラミッド建築のように石を組み合わせて構造をつくっていくのは、
相当の技術歴史があったに違いないと思った。
建築の中こそが、人間の本然的な「環境領域」であることは疑いない。
よく「自然と繋がる」環境建築、というように言い放つ言説があるけれど、
やはり人間の普遍的追求テーマはそういう方向性ではなく、
外界の多様な気候環境、自然条件の中で、普遍的生存要件を構築するかが
まずは基本テーマでなければならないだろうと思う。
その置かれた自然環境の中でもっともパッシブな解決法で
普遍的な生存環境を創造するのが、いちばんの建築の任務であろうと。

おお、また、別のテーマに想念が移ろっていく(笑)。
それはそれでまた深めていきたいと思っております。
本日は、巨視的な経済構造の視覚的把握という話題提供でした。

【健康への国費投入、医療費偏重から住宅断熱へも】

きのうはすっかり忘れていた腸内検診。
1年ちょっと前に大腸検診を受けガンの疑いはなく、数個のポリープ切除を行い、
その「1年点検」みたいなことで、医師から言われて受診した次第。
まぁまったく自覚症状があるわけではなかったのですが、
たまたま整腸薬が欲しくて行ったら、ちょうどいいからと1年点検になった(笑)。
食事制限から下剤服用でお腹をからっぽにする必要がある。
そういう準備をして内視鏡を下から入れられて検査する。
おかげさまで腸内には不審な様子は見られなかったということで、無事終了。
診療費は5,000円以上の患者個人負担でした。

日本人男性、わたしの年齢では平均的生存年は82才くらいだそうで、
わたしの場合、それを考えた人生設計を立てています。
逆算して、それまでにどのようなことをやっておくべきか、
そういう計画性をもった生き方をしたいと思っている。
それに対しての「投資」として肉体・健康のコントロール・管理をしている。
日本の医療制度というのは、国民長寿命化システムを構築してきたと思います。
このこと自体は、まことにすばらしい。
死が訪れる直前までの「ピンピン」状態をしっかり考え、
そこから先は「余命」として、いつ「コロリ」が来ても安寧な心境で迎えられる。
ただ、こういった医療システム総体として日本全体で年間42兆円超、お金が掛かる。
国家予算に占めるこういった費用は、ほぼ固定化されている。
建築の側から、住宅の性能向上でこの日本の医療費削減のひとつの方策とする
そういう社会運動も提起されているけれど、
厚労省は「エビデンス(証拠)が不十分である」としてなかなか取り合わない。
建築の側では日本人の「よりよい生き方」を考えて
住宅を高断熱高気密化して住宅性能を高めると有為な健康上の結果が得られると
エビデンス努力をして、一部の医療関係者からも協力が得られているけれど、
たしかに医薬品許認可のような厳密性のある証明にまでは
道のりは相当にあるのも事実だろうと思われる。
しかし一方で、高齢者延命長寿化だけが社会の求めるべき「幸福」かどうか、
国家一般会計予算が90兆円、特別会計を入れても200兆円前後のなかで、
医療システムだけがほぼ聖域化され
40兆円を超える財政規模で、なお膨張し続けている現状ははたしてどうなのか?
誰が見ても、その現状には財政的危機感を感じるのではないか。
どう考えてもこの金額規模になってくると岩盤的に固定化した構造、
あえていえば「権力構造」がそこに構築されるだろうと容易に疑いを持つ。
こういった視座でしっかりと議論できるような政治論はあり得ないのだろうか?
そもそも住宅の高性能化効果には、新規医薬品許諾のような
厳密性は不必要で、国民「常識」的判断こそが基準であるべきではないか。
自分自身の身をもって体感しながら、いつもこのテーマを考えさせられます。

【Facebook Marketingスタッフとのデジタル対話】

わたしは自分のブログをFacebookで拡散しています。
もう1年半くらいやっているわけですが、自分なりに成果を得られている。
わたしはテレビの黎明期をほぼ同時代で過ごしたメディア人間であり
コミュニケーションを仕事としてきた人間ですので、
現代でもどんどん変貌を遂げるメディア、SNSなどに強く興味を持っています。
そんなわたしにFacebookから連絡があって、
「より情報拡散を拡大するご提案」というような恐ろしげな(笑)申し入れが。
もちろん好奇心が強いタイプなので、OKして昨日交信致しました。

わたしのページについてのマネージメントページをMacで開いて
決まった時間にケータイ電話に電話を掛けてくるという形式での接触でした。
一応、仕事にも直接的に活かせることなので、
当社の業務関係スタッフも同席してもらって、応答しておりました。
スマホ電話をスピーカーモードにして、たくさんのスタッフに聞いてもらった。
さらにわたしのMacの画面をプロジェクターで映写して
画面の操作やアクションなども情報共有できるようにセットアップしました。
たしか3日前に時間を約束設定して、メールも受け取り、
さらにこの1時間前には重ねて確認のメールも受け取っておりました。
電話はわたしのスマホにシンガポールから掛けてきます、という事前案内。
なにそれ、ひょっとすると怪しげな日本語相手に話させられるのかと身構えていたら、
そうではなく、電話してきたのは日本人名の方で普通の日本語。
所属は「Facebook Marketing Expert」というセクションだということ。
営業拠点は東京ではなく、アジア拠点として存在するのはシンガポールのようです。
Facebookの方でターゲティングしたわたしに情報拡散をもっと拡大させる狙いだと。
最初にわたしのfacebook活用の基本目標を聞いてくる。
そういうストレートさは簡明であり、好感も持てますね。
当方としては、シチュエーション的に会話に円滑さが欠けるかもと考え、
時折積極的にジョークを仕掛けて、なるべく有為な情報をゲットしようと努めました。
「デジタル大好きスーパー65才です(笑)」ととぼけた自己紹介で場を柔らかくする。
パソコンやプロジェクターでのビジュアルを見ながら、
会話はスピーカーモードのスマホという「遠距離会議」の様相であります(笑)。
当社スタッフのフォローもあって、情報交換の中身はまことに充実したもの。
たくさんのビジネスチャンスへの気付きが得られ、
会話時間は30-40分ほどにも及びました。
やはりFacebookはさすがに最先端知見・テクノロジーを駆使する情報企業。
なかなか得がたい情報接触ができて面白かったです。
どうしても情報の中心は東京などになって、地方ではナマで接触できないことが多い。
しかしそういった格差を感じさせないコミュニケーションもまた可能ですね。
当社のような地方企業ですら、YahooとかFacebookとかとの
デジタルメディア接触の方が身近。一方でアナログ全国メディアとの接触はあまりない。
ビジネスで経験をある程度積んだ上で、面白い時代に参加できていること、
たいへんありがたいことだと思いを新たにしておりました。

【北大工学部で学生さんに「講義」しました】


既報の通り、昨日北大工学部で3年生相手に「講義」であります。
これは北海道大学・森太郎准教授との交友からひょうたんから駒の企画。
先生は、社会での住宅の動きを学生たちに感じて欲しいということだったのでしょう。
わたしとしては、若い世代のみなさんと気分を共有できるのはウレシイ。
ちょうどわが家の息子と同じ年代の人たちなので、
そのあたりのかれらの気分の勘所はわきまえているつもり。
講義のテーマは「メディアと建築」といったものでしたが、
いま、住宅と向き合いながらメディアを創っている立場で、
むしろその臨場感とか、なまなましい現場感覚をお伝えするべきと考えました。

わたしとしては、住宅メディアを作り続けて30年近いので
取材をし続けてきて、だんだんと経験知が積み上がっていき、
本質的な人間居住というようなことに興味が向かっていく。
古民家などにもふつうに取材したりすると、
いわば、時間と空間を超えたような人間活動の「取材・ヒアリング」が
いろいろな機縁を通して感じるようになってくる。
そうしたときにモノサシとしての歴史、「人類史」視点のような、
巨視的なスタンスでも見ていくようになる。
「そもそも、どうして人類は寒冷気候から身を守ることを考えたのか」
「住宅デザインの本然はどこにあるのか」
とくに、わたしは建築を学んだ学生ではなく、文系の人間として、
この住宅というものと向き合ってきて、そんな本質的立場であろうと思っている。
いわば普遍的人間としての「住」の意味合いの対象化でしょうか。
そんな「スタンス」について、お話しさせていただきました。
まぁ予想通り、総数250枚くらい用意したプレゼンデータは、
約半分くらいを猛スピードで見せて、話したところで
予定時間を遙かにオーバーしてしまいました(笑)。
しかしそもそもの趣旨が、メディアと建築なので、
その現在進行形を「伝える」意味では、狙い通りだったのではと思っています。

講義のあと、2問だけ学生さんたちとの「応答」もできました。
「環境建築」というコトバについて中国からの女子留学生さんの指摘は、
納得できるもので、ある視座を与えられもしました。
また、講義後、数人の学生さんからも質問があって、
廊下で応答させていただいたりもしました。
若々しい感受性と触れあえるのは無上の楽しい経験ですね。
さらに、数人の方からはFacebook友だち申請もいただきました。
若い年代の人たちはFacebookよりもInstagramとか、ツイッター、LINEの方が
より身近なんだろうと思いますが、
年寄りに合わせてきてくれて、まことにありがたいところです。
今後、大いに学生さん年代とも「交流」していきたいと願っています。

【日本建築学会・川島範久氏から「環境住宅」論議の案内】

昨年、新建築住宅特集6月号で掲載された「環境住宅特集」について
わたしが違和感を自分のブログで書き込んだことから、
Facebook上でのやり取りが活発に展開しました。
その誌面に掲載された川嶋範久・東京工業大学准教授の「巻頭論文」に
疑問を呈した次第だったのです。川島さんの巻頭論文には
「自然と一体化し、自然のリズムが実感できる環境は、その変化によって時折、
環境工学的に「不快」になり得る。しかしその変化を楽しめる度量を持てた時、
それは歓び(Delight)にもなり得る。」という記載。
高断熱高気密化が国策として推進され省エネが世界的に焦眉の課題の時代に、
一部とはいえ建築のサイドから、こういった記述がされることに疑問を感じた。
世界の寒冷地域あるいは北海道の人間として素朴な感覚として、
戦国期に織田軍に滅ぼされた武田サイドの禅寺の和尚さんが、
「心頭を滅却すれば火もまた涼し」といって自死したという故事を書き、
精神論で気候条件を乗り越えろという意味合いでしょうかと、疑問を呈した。
また、「環境住宅特集」と銘打たれているけれど、
記事の中では「環境技術と環境政策の系譜【年表】」も掲載されていて
そのなかで北海道の地域を挙げた寒冷地気候対応としての
高断熱高気密化の努力についての記述が確認できなかった。
「環境住宅論議」に高断熱高気密化の要素を無視していいのだろうかと。
わたしの意見に対し多くのみなさんからの反響があり、活発な論議が起こった。
その様子が伝わったのか、その「環境住宅特集」関連のシンポジウムが
日本建築学会「地球の声」デザイン小委員会主催で開かれ、
わたしの書いた問題提起が取り上げられたりしたこともあった。
さらにそこから、筆者である川島さんが北海道住宅の視察に来られて、
北海道の建築研究者、建築家、ビルダーなどを交えた討論も行われました。
語り合うことで、大いに相互理解が深まった面があったと思います。

そんな経緯があったのですが、
昨日、それ以来懇意にさせていただいている川島さんからのお知らせ。
以下引用は、氏のFacebookページの案内文からです。
〜【告知・拡散希望】〜
2017年11月24日(金)18:00より建築会館3階会議室にて公開シンポジウム
(日本建築学会「地球の声」デザイン小委員会・拡大委員会)を開催します。
テーマは、『環境住宅』を「地域性」と「倫理」から再考する。
ゲストスピーカーとして、堀部安嗣氏(堀部安嗣建築設計事務所)、
竹内昌義氏(みかんぐみ)、藤野高志氏(生物建築舎)、末光弘和氏(SUEP.)。
様々な地域(気候風土・文化歴史)において、様々な考え(倫理観)のもと、
「環境」に対する具体的な「実践」をご紹介いただき、それらを議論する中で、
『環境』住宅の多様な可能性を改めて認識するとともに、これからの建築が
向かうべき方向性を炙り出せればと思っております。多くの方々と共有したい議論。
ぜひお誘い合わせの上、ご参加いただければと思います。よろしくお願いします。
日時:2017年11月24日(金)18:00~20:30
場所: 建築会館3階・308 会議室
司会・連絡先:川島範久(東京工業大学/「地球の声」デザイン小委員会・幹事)
〜一部要旨引用。

というような展開になりました。
ただ、当日はわたしは京都で住宅取材の予定が入っているので日程調整に困惑。
またわたしは寒冷地の住宅をウォッチしている立場とはいえ、メディアの人間。
なので、JIA北海道支部など建築側にこの情報をお伝えし参加を促している次第。
本日、北海道大学で建築の学生さんたちに「講義」するのですが、
こういったメディアと建築もテーマの予定です。論議が活発になるのは
社会全体としてたいへん意義があることだと思っています。

【ひとが暮らす 街や地域の「環境」評価】

住宅のことが結局ライフテーマのようになって、
毎日情報発信もしているけれど、だんだんと、街や地域という
「まゆ」のような空間性について興味が深まってくる。

住宅は必ず「その場所」に建てられる。
なのでそもそも人間は住宅よりも前に、場所を選定している。
そのことの決定要因や誘因など、さまざまなファクターがそこに存在する。
有能な設計者は、まずは「土地を読む」という。
そこにある先験的条件から「最適解」を導き出すのが家づくりの核心だと。
世界的にも歴史的にも、住宅の選択というのは、
おおむね先験的条件の方がより大きかったのが、普遍真理ではないか。
アメリカでは住宅取得はおおむね建て売り住宅が一般的で
ユーザーは現状有姿を確認した上で、購入するとされる。
なによりも集合形態としての街での生活仕様そのものを選択している。
その大きな選択の範囲の中で、個別の「好み」程度が
個別対応として用意されているに過ぎない。
こういう場合、住み手としては「街と家」の両方を一気に選択できる。
デベロッパーというのが、住宅選択の主要な選択肢になる。
どういう考え方で人間のくらしようを考えているのか、
比較的に明瞭なカタチでユーザーが購入することができる。

それに対して日本は、この「街と家」の選択が分かれている方が一般的。
同じ「戸建て」の住宅政策だけれど、「建て売り」と「注文」の違いか。
アメリカの場合には、高々数百年単位の歴史しかないから、
また、交通の発展以降に国が発展したから、
この「土地の条件」というのが違いすぎるのでしょう。
歴史のプロセスが濃厚に残り続けている社会としては
中国以上に単一的国土空間意識があるこの国では、
この「土地の環境要因」というものの価値が必然的に高まらざるを得ない。
たぶん、物理的環境性能という意味ではなく、
より文化性の割合が大きい「環境」要因を深く考えなければならない。
建築家の西方里見さんからよく、
日本の現代住宅の建築文化的祖形は江戸期の中下級武家住宅だ、
というようにいわれることがあります。
たぶん、生産手段とは直結せず、サラリーで暮らしている、
主人は「奉公」していて日中は留守であるという物理的生活特性は似つかわしい。
でも、生活文化として現代住宅との連続性はどうだろうか。

う〜む、きょうはまったくまとまらないテーマですね(笑)。
都市の個性というか、暮らしのまゆとしての評価軸を考えたいという趣旨でしたが、
ブログで書くには領域が広すぎ、テーマの整理もできなかった(泣)。
さて、あしたは北大で学生さん相手に「講義」して、
その後、学生さんたちとディスカッションまでさせられます。
いろいろプレゼンデータを作成していて、浮かんできた想念でした。
また今度まとめるべく挑戦します。まとまらない点をはお許しください。

【構造素地が教えてくれる仕事のプライド】


写真はことし訪問してきた古民家の中でも
ひときわひしひしと臨場感を感じていた播州福崎の「三木家住宅」の様子。
遠い縁戚とおぼしき家系の住宅でしたが、
おかげさまで福崎の町の公的管理になっている建物です。
まぁ、勝手に縁があるというように思っているだけなのですが、
印象はやはり独特であり、強く際だっている。
300数十年以前の建築と言うことで、ことし本屋部分の保存修理作業が終わって、
ようやく一般公開されるようになった。
上の写真は紹介パンフレットからの転写で、
同じ建物内での方向で、軸組構造に還元された様子と仕上げられた様子。
こういった軸組の様子はいつも見ていますが、
現代の断熱気密化された状況で見ることが多いので、
たまにこういった素地の軸組だけをみると、その素寒貧さに驚かされる。
300年間、そう大きな腐朽もなく残ってきたのは、
建築時の素性の良さを感じさせてくれます。
よく、軸組の段階を確認される建て主さんが、その美しさに打たれて
「このままにして欲しい」というような気分になることがあると聞かされる(笑)。
だいたいが男性だそうです。
意志的で簡素な構造が、なにか心象を揺さぶる部分があるように思います。
わたし自身も、小学校のころに家の新築工事の機会があって、
毎日、学校の帰り道、仮住まいの方の家に帰る前に、
こんな骨組みの様子を見学することが無性に楽しかったことを思い出します。
すっかり大工さんとも仲良くなったのですが、
その大工さんの「道具」を見させてもらっていて、ふと触れた途端に
雷鳴のような大工さんの声がとどろき渡って、
「さわったらダメだ!絶対!」と譴責された記憶がある。
軸組にはどうもそんな記憶が刷り込まれていて、
自然に折り目を意識するような気分が起こってくる。
そのときの大工さんに、いまだに尊敬の念を持ち続けている自分がいます。
叱ってくれて、ほんとうにありがたかったと、繰り返し思い続けています。

こういう軸組の隙の無さに比較して、
塗り壁下地の「木舞」部分は雑駁なおおらかさを感じさせられる。
この福崎三木家では一般的な竹小舞ではなく、
雑木のサクラや樫などで組み上げられているということ。
その樹木なりに婉曲した構造の様子が、
不思議と深く、印象にも残るように思います。木組みの様子って、
どこか森を歩いているような心象・気分が包んでくれるのかも知れませんね。
わたしは、こういう様子に強く惹かれるタイプであります。