
青森に来たら、やはり弘前には立ち寄りたい。
そう思って弘前に投宿し、朝、お城を散策してみた。
冷たい雨が降り、ときどき白い物も混じるというなかでしたが、
大手門から数えて3番目の門の手前では、
ごらんのような紅葉の赤絨毯が敷き込まれていました。
まさに陶然たる世界。
人のゆく裏に道あり花の山、という競馬の穴狙いの格言がありますが、
まさにそんな言葉がぴったりの光景であります。
江戸期に建築された城郭建築は
権力の象徴としての荘厳装置であり、公共事業だったわけですが、
その時代は大規模な土木工事の技術進展があった時代でもあった。
そういう土木デザインの大きな要素技術として
「植栽のデザイン」ということはきわめて肝要な技術であったのでしょうね。
土木による自然改造と同時に、自然エネルギーそのものである
木の植栽をこころがけ、その樹木の選定自体でデザインを考えていた。
この弘前城は春のサクラが全国一の評価が高いのですが、
この季節に訪れてみて、その紅葉・黄葉・常緑のバランス、
その展開といったものも、デザインされているのだと気付く。
写真の紅葉の絨毯の下には石段が隠されていて
急傾斜の土塁を上っていく場所になっているのですが、
こういう場所に集中的にモミジを植え込んで、
秋にはこのような光景を造形しようと、設計者は考えたに違いない。
この時代の設計者としては、茶人・造園設計の小堀遠州などが知られるけれど
江戸期のこういうデザイン感覚が、今日にまで及ぼしている
影響力の大きさは計り知れないと思う。
花鳥風月、という日本人のデザイン思想は、
こういう場所を訪れることで、先人の感覚として体感することが出来る。
そしてマザーとしてのこういう空間に圧倒的に癒される。
日本人であるということを、こころから喜びたいと思う次第です。
Posted on 11月 20th, 2012 by replanmin
Filed under: 出張&旅先にて | No Comments »

きのうは、開催中の「JIA東北大会」のイベント
「第6回東北住宅大賞」の公開審査。
第1回~第2回まではわたしも審査委員を務めさせていただいた賞であります。
毎年、東北で建てられた住宅のなかから
賞に値する住宅を選出し、東北の住宅の質を高めていこう、というもの。
当初は、メディア的な視点からという要請もあって
やや荷が重いながらも、選考委員を引き受けさせられていたのです。
第2回まででおおむね賞の方向性や位置づけが固まったので、
建築家のみなさんの住宅について選考する、という辛い立場は降ろさせていただきました。
ただ、選考委員長の古谷誠章さんや、委員の五十嵐太郎さん、
そして主催のJIA東北支部のみなさんには
たいへんご迷惑をおかけしてしまったかと反省させられています。
昨年は東日本大震災の発生を受けて中止のやむなきに至り
ことしは復活ということになった次第。
どのような変化があって、またどのような継続性があるのか、
たまたま靑森での開催と言うことで、他の要件もあったので、
取材がてら、参加させていただきました。
ただ、ほとんどのみなさんが知己であり、やはり選考委員は辞退させていただいて
正解だったと痛感させられました(笑)。
応募作品はことしは全部で34作品。
それを短い時間で応募者が選考委員に説明し、
きのうの「公開審査」ではおおむね6作品に絞り込んで
その後、その作品を来年3月頃に「現地審査」して
大賞その他の受賞作品を選考していくわけです。
どの作品にも、それぞれの思い入れがあり、
短い時間の説明の中で絞り込んでいく作業は、本当に気骨が折れる。
古谷さん、五十嵐さんの気持ちも痛いほど感じるので
会場から、ハラハラしながら見続けておりました。
ふたりの選考が重なった4作品まではすんなり固まったのですが、
その後、あと2作品という段階で決め手に窮してきた。
会場から、おふたりに内心で声援を送っていました。
しかしやはり絞りきれず、8作品について現地審査しようという結果に。
ということで、ようやく会場に安堵感が流れたのですが、
この現地審査もスケジュールの調整や施主さんの了解取り付けなど、
なかなかに気骨が折れる作業が待っている。
ほんとうに主催者側のご苦労、察するにあまりあります。
というような次第でしたが、わたしも取材者としても
まるで、いろいろな意味でハラハラで、どっぷりと疲労感に包まれました(笑)。
ほんとうにみなさん、お疲れさまでした。
Posted on 11月 19th, 2012 by replanmin
Filed under: 住宅取材&ウラ話 | No Comments »

建物にせよ周辺構築物にせよ、
木などの繊維を使って造作していく場合、
それらを組み合わせたりすることが必要になる。
そういうときに、巧まざるようにして、
その組み合わせにはデザインが特定のパターンで採用される。
最近見ていたごくなにげないパターンから2点ほど。
ひとつめは、ごくありふれたタテの押縁の木材の連続パターンであります。
まぁ、なにげなく見ていたのですが、
よく見ているうちに、左側からの陽光によって生まれる
陰影に微妙に違いがあって、リズム感と非連続性とが、
おもしろく展開していることに気付いた。
たぶんそれは、押縁の下地の壁面にわずかな凸凹があって、
それが押縁にバラツキを与えているのだと思われたのです。
この壁面は、一見するとこの押縁の連続する面で見せるデザインなのですが、
その面の中にこのようなバラツキが意匠されている。
まったくの偶然でしょうが、しかし、人知を越えた深みにも通ずる。

一方こちらは、竹囲いの一般的な組み方の様子。
タテに建てた木杭に対して、
半割にした竹が、その「しなやかさ」を活かして、
交互に絡みつかせるように組み合わされて行っています。
ごく普通に行われている「手業」の痕跡を感じさせるものですが
その様子を子細に見ていると、無数の変化要素が感受される。
素材の竹の表面の表情が、ひとつひとつまったく違っていて
見入ってしまうほどに複雑微妙な印象を与える。
そして「しなやかさ」のレベルは1本1本の竹によって違いがあり、
その屈曲感にも偶然に近いような多様性を感じさせる。
そしてそのような竹組みが全体として面として造形デザインされる。
面を構成する一体感はありながら、子細には素晴らしい多様性を表現する。
どちらもこんな印象を感じさせてくれた次第です。
最近、自然のデザインは完全である、と深く思っていますが、
本当に、舌を巻くように驚かされる思いがいたします。
Posted on 11月 18th, 2012 by replanmin
Filed under: 住宅性能・設備 | No Comments »

記録文字を持たない文化のひとびとの営みは
なかなかそれを跡づけるのが難しい。
北海道に生まれ育ったわたしにとって、この島に住んでいたひとびとが
どのようにこの時代まで生き延びてきたのかは
おのずと強い興味を持たざるを得ない。
他の日本の地域の人であれば、そういう興味はそのまま歴史記録に
表現されていて追体験は容易になっている。
しかし、北海道島ではつい160年前くらいからしか、
わたしたちの直接の民族は時間を持っていないので、
アイヌ、もしくはそれ以前のひとびとに対しては
想像力で向かっていくしか、方法がない。
とくにわたしのような学問的門外漢、素人の歴史好きには
妄想を巡らすくらいしかできない。
そういう疑問の中で大きかったのが、短い距離とは言え、
ほぼ陸地が見えなくなるような地点もある「外洋」、津軽海峡を
アイヌ側、北海道島側のひとびとはどう渡ったのか、
ということへの具体的な船の実相を感受できなかったことがあります。
ところがきのう、靑森市内の「船の博物館」という施設の存在を知り
見学して来て、目からウロコが落ちるように氷塊いたしました。

やはり大型の帆船を操っていたのですね。
それも「ガマ」〜北半球の温暖な地域やオーストラリアと日本の北海道から九州の広範囲に分布する。池や沼などの水辺に生える。〜
の繊維を編み上げた帆掛船だということであります。
船体は基底を構成する部分に竜骨を直交させて、
船べりにも木材を張り付けていって構成していた。
マストに対して帆を掛けて、それをくるくると回転させて
風を利用して海を渡っていたようなのですね。
以前、アイヌの聖地・二風谷では丸木舟しか見られなかったのが、
北海道ではなく、青森県で発見できたというのも
なにか、面白みを感じさせてくれる。
こういう具体的なもので見せられると一発で
枯渇していた想像力にたっぷりの水分が補給されて
知的乾燥感が癒されていくのを感じています。
Posted on 11月 17th, 2012 by replanmin
Filed under: 歴史探訪 | No Comments »

写真は、先日の「身体感覚で学ぶ建築性能」セミナー修了後、
見学して来た小室雅伸さん設計の最近作外観。
札幌圏近郊の立地であり、敷地にゆとりがあって
平屋の計画が採用されていました。
小室さんの住宅は思い切りが良くて好きなのですが、
この家も、プロポーションはシンプルなボックス。
屋根にはまったく傾斜がなく、
屋上緑化で仕上げられている。
車庫スペースが2台分取られていて、
その両サイドに収納が設けられているので、
建物の「低さ」がより強調されている。
色合いも、渋く暗いトーンになっていて、好もしい。
敷地の左右幅をいっぱいに活かすように、
建物はまっすぐ横長に計画され、配置されている。
入り口は「北入り」で、南側からの日射取得を大きくするような計画。

そういう建物に内部に入ると
いきなり下がる階段が5段くらいあって、
室内は天井高がゆったりと高く取られている。
左手正面は、南面していて日中の日射取得がたっぷりと得られる。
ただし、軒の出はしっかり取られていて、
夏は日射が遮蔽気味になり、冬場は低い太陽光を室内に導入している。
きわめてシンプルに、立地環境に即した環境配慮型の「素器」。
室内は均一な温熱環境を得られるように一体空間が広がっている。
ただし、太陽光に対して素直にまっすぐ向いている建物なので、
奥行きは狭めに設定されている。
一方で東西方向にはたいへん細長く配置がなされている。
そういうことで、心理的には間仕切りがなくても
自然に空間の使用途変化が展開している、という印象を受ける。
和室自体が小上がり的になっているので
写真では、来訪者がその高低差の部分に腰を掛けてリラックスしている。
まんなかにあるテーブルを中心にして、
まるで自由な対人関係が計画され、装置されているようだ。
外観の印象とはかなり違う、高低差を活かした室内空間。
たぶん、敷地の高低差をそのまま活かしているのでしょうが、
生活装置として、シンプルでいて変化に富んでいるという印象。
こういう空間が、重厚な建物外皮で守られている。
壁もしっかり厚く、また窓は3重ガラス入りでしかも高い密閉性なので、
室内は静止空気環境が保持されている。
静かで穏やかにマイルド、というデザインと温熱の環境が実現している。
環境性能とデザインのひとつのわかりやすい実現例だと思いました。
Posted on 11月 16th, 2012 by replanmin
Filed under: 住宅取材&ウラ話, 住宅性能・設備 | No Comments »

きのう、急用が出来て仙台へ。
この前の仙台出張では、10月30日帰りの日に空港に行ったら
「全便欠航」の無情の案内。
そこでようやく「不発弾の発見」のニュースを知るといううかつな展開でした。
で、今回もまったくそんなことは頭の片隅にもなかったのですが、
飛行機のフライトを調べていたら
札幌からの最初の便は予約不可になっている。
「え、なにこれ」という状態。
で、ようやく昼頃の便が選択できたので、そちらに予約。
そんなことで、どうやら不発弾の処理が
きのう行われるのだということを知りました。
わたし、たいへんついております(笑)。
でもなぁ、不発弾についていてもなぁ、っていう次第。
めったにないことの最初と最後にたまたま仙台空港を利用したという
ギネスブックに登録申請しても、まぁ却下でしょうが・・・。
で、「不発弾の処理状況によっては、欠航や遅れも想定されます」という案内。
まぁ泣く子と不発弾には手出しできない。
まぁしかし、案ずるよりも危険回避は易し、か。
爆弾から信管を抜く作業は無事に予定どおり終了したようで
フライトにはなんの影響もありませんでした。
仙台での案件先でも打合せ後はしばし、この不発弾騒ぎのお話し。
あだ名で不発弾男、っていうのもなんか恥ずかしい次第ですが、
遅れてきた爆弾男、というのもどうも勘弁して欲しい。
こういう縁は、どのように活かせるものかと思案しておりますが、
そもそもこういうのは良縁なのか、悪縁なのか、
そんな思念がつい湧いてきてしまう「体験」でありました。
<写真は、広瀬川上流の渓谷美>
Posted on 11月 15th, 2012 by replanmin
Filed under: 出張&旅先にて | No Comments »

毎年のときの経過の早さにはもう驚きもなくなってきましたが、
それにしても季節の輪廻転生のスピードはすごい。
日本人が「花鳥風月」という民族的美意識を持ち続けてきたことのなかに
こうした季節感の無常性があったことだけは間違いがありませんね。
司馬遼太郎さんは、日本人はいさぎよいとかの美意識が
思想的な重さに優先する、というように喝破されていましたが、
生き方のなかにまで、そのように刷り込まれているように思います。
これほどに四季変化が明瞭な気候風土の国土も珍しいのでしょう。
幾度も幾度もくりかえされる季節の輪廻が
日本人の生き方に決定的ななにかを植え付けていくのは深く理解できる。
だから、短い命をあざやかに散らせるサクラが
つねに日本人の感性を揺さぶり続けるのでしょう。
ことしの北海道での紅葉、さっぱり赤が見えないまま、
山ではすっかり色が消え去ってしまいましたが、
里に残っている木々では、ようやくに赤が鮮やかさを増しています。
黄葉が早くやってきて、紅葉は遅くきたので、
紅葉にならないうちに早い場所では落葉してしまったのか。
でも考えようによっては、黄葉のあとに紅葉を別々に愉しんでいるともいえる。
そう考えれば、前向きにもとらえられるかも。
札幌の住宅街は、市の南から西に掛けて山地がガードしていて
それら地域が土地利用制限されている場所が多いせいで
山の植生が里にも展開してくれている。
住宅街のすぐそばで自然の息づかいが感じられる。
まったくの市街地では全国どこの街にもあるように
自然が感じられない場所も多いのですが、
ちょっと探せば、こんなさりげない自然と共生するような土地にも行き当たる。
ナナカマド、しばらくゆっくり見たことがなかったけれど、
先日、住宅取材の裏山で、しばし、見とれていました。
なぜこの実は食用にならないのに、こんなにも美しいのか。
鳥たちも、ほかにまったく食べるものがなくなるまで、
この実には見向きもしない。
でも、北海道の秋の花鳥風月の欠かせないプレーヤーですね。
Posted on 11月 14th, 2012 by replanmin
Filed under: こちら発行人です | No Comments »

ここんところ、北海道ではずっと雨模様の日が続いております。
晴天が長続きしない。
9月10月はたぶん、記録的に晴天率が低かったのではないかと思います。
11月に入っても、その傾向には変わりはない。
異常気象ということが言われてから久しいけれど、
こういった傾向はどんどん加速していくのでしょうか?
きのうは小沢一郎への高裁判決が下された。
結果は控訴棄却。
この結果、裁判の判決では3度目の小沢勝訴になった。
マスメディアは、「東京地検特捜部」のリークのままに
疑いの段階から起訴の段階、裁判中の段階では
きわめてセンセーショナルに1面トップで取り上げ続けてきたけれど、
3度目の小沢勝訴になったきのうのニュース扱いは
朝日で、政界の動向を紹介して
「政治的には有罪だ」というような自民党側の談話を掲載している。
まぁ、ここまで徹底するのだなと言うのが、
背筋の冷たくなるような日本の現実なのだと思わざるを得ない。
マスコミ報道というものが、どのようなものであるのか、
ここにきわまったように感じてしまう。
やはり大きな力が圧倒的に働いているのだということでしょう。
いじめの問題が学校のこととして論じられているけれど、
マスメディアによる根拠のきわめて薄弱な集団的暴力は放置され、
野放しにされ続けている。
しばらくの間、朝日新聞ではいじめ問題へのキャンペーンのようなことが
掲載されていたけれど、
こんな野放図に一方で自分たち自身が加担していて、
よくそういったキャンペーンを行えると、疑問に思う。
現代というのは、こういう時代なのかと思わざるを得ない。
これから選挙の季節を迎えそうです。
TPPを推進しようということを選挙テーマにしようと
いまの政権は邁進するそうだけれど、
いったい、審判はどのように下るのか、凝視するしかない。
Posted on 11月 13th, 2012 by replanmin
Filed under: 状況・政治への発言 | No Comments »

写真は、北海道上ノ国町に残っている古建築エントランス。
江戸期に旺盛だったニシン漁などの網元の家です。
その後の明治期にはニシン漁はもっと巨大ビジネス化するので
こうした「番屋」建築はもっと巨大化するのですが、
その建築としてのありようは、ほぼ同様のもの。
前浜に隣接して建てられていて、
旦那の居住領域と出稼ぎ人たちの共同生活領域に
土間空間を境にして大きく分離した大型建築です。
こうした「資本家」たちは、松前藩との交渉によって利権を獲得し、
漁業の運営権を得る。
そのプロセスでは、相当の裏金が動いていたことは
想像に難くない。
初期に建てられた建築が徐々に巨大化していくのは、
そのような「初期投資」をやや力尽くで早急に回収したい
というような意志をそこに感じます。
で、建築としては、材料の基本は現地で調達して、
建築工事は、旦那が3〜4年という長期間、棟梁の人材を確保して
材料の調達から、大工職人の調達まで一貫して請け負わせていた。
明治期になると、そもそも資本それ自体の初期投資が大きくなって
材料まで日本海側地域から北前船で持ってきていたりする。
この上ノ国の家は、そこまでのものではなく、
比較的こぢんまりとした規模でのものです。
しかし、その外観での木造らしい繊細さを持ったデザインには息をのむ。
屋根はつつましく石置き屋根が採用されている。
日本海側の西風の強さは半端ではないので、
そうした条件に打ち勝つように質実剛健な造作としたのでしょう。
玄関前からこうしてみると、玄関前の庇部分など、
表側に跳ね出しとして露出した梁の先端が
まるで、組み手のようにデザイン加工されている。
寺社建築とは違って、こういう様式については江戸時代には
厳格な「格式差別」が存在したようですが、
その範囲内で最上の表現が施されているように思われます。
玄関横には出窓が配置され、タテ桟の木格子で仕上げられている。
外壁の下見板押縁加工などとあいまって、
木組みのデザイン処理が、美しい。
この写真は別にモノクロで撮影したものではないのですが、
表面劣化した木造の素材色彩はこのように還元されてくる。
日本的陰影感を強調したデザイン、そうした意図が伝わってくる。
まぁ、あきのこない
わたしたちの感受性に深く刷り込まれた空間美を感じます。
Posted on 11月 12th, 2012 by replanmin
Filed under: 古民家シリーズ | No Comments »

写真は水戸偕楽園・好文亭のひとこま。
日本建築の美は、日常のメンテナンスの積み重なりも大きい。
西洋のように石造りの場合には、そこまで違いがないだろうけれど、
木造建築の場合には、日常の手入れがかなりの違いを生む。
日本の建築は重厚な屋根の建築であって
萱であったり、瓦であったりするけれど、
どちらも庇や軒がしっかりと室内をガードするようにデザインされる。
とくに日射取得をかなり制御してきた伝統建築では
かえって、数少ない日射をどうやって室内に取り込むか
相当の知恵が費やされたのではないかと推測できる。
そういう知恵の大きな部分が「廊下のメンテナンス」だと思う。
一度導入された光は、室内の木の床からバウンドして
再度、室内の天井をほのかに照らし出す工夫が為されていた。
いい家では、かならず米糠も使って廊下を磨き上げてきたのだ。
わたしは1952年の生まれなので、
戦後の高度経済成長時代が始まって、
このような木造建築へのメンテナンス努力の継承よりも
どんどん建て替えて、新しい建築に代替させることのほうが
合理的だというような刷り込みの中にいたと思う。
そういった風潮の中で、日本人が失った
多くのライフスタイルや習慣があった。
このような廊下のメンテナンスなどはその最たるものだった。
しかし、これから時代は大きく転換せざるを得ない。
住宅はこれからも建てられ続けては行くだろうけれど、
これまでのようには、量産はされない時代になる。
そういう時代になって、はたして「家のメンテナンス」というように
日本人の習慣が甦ってくるのかどうか。
一度失われると、なかなか再生できていかないのが
技術と言われるけれど、
こういったライフスタイル、習慣はいったいどうなのか?
それに、そもそもいまの家は愛着を持った住宅になっているのかどうか?
興味深いと同時に、やはり不安の念を感じざるを得ない。
Posted on 11月 11th, 2012 by replanmin
Filed under: 住宅取材&ウラ話 | No Comments »