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【始原の建築を支えた道具たち】


以前このブログで書きましたが、
日本列島に人類が到達したのは、当時大陸と陸続きだった台湾地域から
約3万年ほど前のことであって、この列島への進出に当たっては、
それまでの葦船から丸木舟への技術進化があった、とされている。
その丸木舟を作るためには「木を切る」技術が不可欠で、
そのときに「石斧」が開発されて、多数の丸木舟が生産された。
大工の世界で、船大工と家大工という2系統があって、
船大工の方がより古層の技術体系であると伝承されていますね。
この「技術目的」と現生人類の世界進出は深く関わっている事象なのでしょう。
で、当時は「石器」文化の時代で非農耕、狩猟採集ライフスタイル。
そういう生き方の人類がこの東アジア弧状列島で、暖流と寒流がぶつかって、
豊富でおいしい漁業資源と出会って、縄文的ライフスタイル、
漁労と森林植物採集、木質バイオマス燃料という基本生存方法で生きてきた。
世界的にも珍しい、非農耕なのに「定住」性の高い生活を獲得した。
日本列島社会では、ここに移り住んできた経緯に即して
「木を扱う」技術が濃厚に発達していったのではないかと想像できる。
そんなふうに歴史考古の世界で理解が進んできていると思っています。
木で家を建てる、当時の常識としては
「竪穴」を建てることになりますが、室内気候安定のために、
より防風性と温度環境性能の高い半地下空間を持つことが一般的に追究された。
住居の進化は、こうした「住宅性能」が主導して進んできたことは明白。
たぶん「木を切る」ということと「縦穴を掘る」ということが、
最大の技術進化要因だっただろうことも明らかでしょうね。

神戸の新幹線駅直近にある「竹中大工道具館」見学、
長年の念願が実って、今回駆け足ながらようやくできました。
で、いの一番の展示に、この「石斧」のことが展示されていた。
石斧と鉄斧の間には、巨大な技術進化があり、同時に農耕文化の発展があった。
一方で、土を掘る、地面を掘り下げるのには、
どんな道具が使われたのかという点では、
2番目の写真のようなものだったようですね。
「地面を掘り下げる」という建築的目的に向かって、こういった自然木観察と、
その道具としての利用を人類は工夫してきた。
この写真はアイヌの女性の穴掘りの光景ですが、
使っている道具は、「踏み鋤」と呼ばれるものです。
見るとどうも自然木で先が2方向に分かれたものを探して、
若干の「加工」を施したとおぼしき形状ですね。
こういった「木の道具」というのは、なかなか考古的には残らないようです。
すぐに炭化して土に還ってしまう。
こういう木を切る技術と竪穴を掘る技術の両方が理解出来て、
始原の家づくりの道具のピースが埋まってきた感じがします。

【京都府・伊根舟屋に見る住む人類史】


きのうの続篇です。この変わった「住宅」群。
ひとつの「街並み」として考えたら非常に優れた「都市景観」を作っています。
北海道にいると、そもそもからして都市計画が欧米的であることに気付きます。
札幌は北海道開拓の基本計画を黒田清隆から委託された
当時のアメリカ農務局長、ホーレス・ケプロンさんとその技師グループが
作っていったことが明瞭にわかります。
積雪寒冷条件の都市環境において、有効な「空地」を広大な道路計画に
反映させている様子を見れば、一目瞭然です。
札幌中心市街の、住宅地の横道ですら8mが基本というスタイルは
ほかの日本の都市ではありえないような贅沢な計画ぶり。
この計画がその後の札幌の都市の発展にとって最重要なキーポイントだった。
そういった地域環境に住んでいる者として、都市計画ということの
意味合いとか、いつも肌に感じている部分があります。
そういうわたしの目線的に、この海の京都と呼ばれる町家的景観は
自然発生的で、生活機能性がそのまま「地域計画」化に至った
すばらしいモデルケースと思われたものです。

日本列島では基本的には漁業という「狩猟採集」が生業として
相当の進化を遂げてきたのだろうと思われます。
石器時代的な陸上動物主体の狩猟採集から、東アジアの太平洋との
フロントに位置するこの列島におよそ3万年前に人類が到達して、
漁業の最たる好適地として多くの人々にとらえられたことは明白。
そしてこの「ウォーターフロント」には、森林が身近に迫ってもいたので、
有用な植物食物も裏山から容易に得られたのでしょう。
さらにいえば、この裏山からはバイオマス資源が過不足なく供給されてきた。
結果として、それまでの人類の普遍的生業「狩猟採集」生活がもっとも進化した。
それがあまりにも「ハマりすぎて」いたので、
次の人類段階である農耕、稲作文化が他地域と比べて遅れたのではないか。
また、こういった縄文的ライフスタイルを基盤に残しながら
徐々に農耕文化を受け入れていったのではないだろうか。
そういえば「和の国」というこの列島社会の国の自称が、
どうもそのような成立のプロセスを暗示させているように思えてなりません。
この伊根の舟屋群をみていて、こういう強い印象に包まれていました。

東アジアの台湾地域から日本列島に移住した一団は、
強い海流を突破する舟の推進力を得るために、
それまでの「葦舟」から、丸木をくり抜いた丸木舟を開発したとされていた。
そのために石器の打撃破断力を高めた「石斧」が開発された。
それによって「船大工」という人類的技術領域が確立したとされます。
後ほど、竹中大工道具館の見学の様子を書く予定ですが
そこでも、いの一番展示として、この「石斧」が扱われていました。
それくらい、初源における木材利用において「舟を作る」用途は巨大だった。
人類の「交通史」として考えても、この丸木舟制作技術は基本中の基本。
そういった意味も、この伊根の舟屋群からは明瞭に伝わってくる。
いまは、すっかり樹脂製の舟に代わっているということでしたが、
以前には「船大工」を生業としていた家がこの集落には数軒存在していたそうです。
こういう舟のための建て家が「舟屋」と言われるものですが、
通常の居住空間は、それと一対のカタチで存在する建物群。
いまはその間が生活道路となっていますが、
たぶん、このような道の成立には各戸に共通していた「中庭」用地が
その用途にあてられたに違いないということでした。
そのような機能分化、生業のフロントと生活の奥空間というありようも、
京町家的な計画性を感じさせてくれています。

【豊穣なくらし「海の京町家」〜伊根の舟屋】



1階が舟のガレージで2階が居室になっている「伊根の舟屋」は、
京都府の宮津市・天橋立のさらに奥の伊根湾沿いのウオーターフロントギリギリに
約230軒の住宅が軒を連ねている「海の町家」。
近くには「浦島太郎」伝説に連なる「浦嶋神社」もあるという伊根。
新住協総会後の1日、かねて気になっていた「海の京都」を訪ねてみた。

いつも手に届くところに海があり、さばいたサカナのアラを魚取りの網に入れておくと
またそこに魚が掛かっている。ときにはアワビやサザエが這い上がってきて
そのまま夕餉の食卓に上がっていたりする、という。
この伊根地域は日本海に面しているけれど、複雑に湾入りしていて、この前の海は
この「舟屋」群集落に対して南側に広がっている。
急な傾斜で陸塊が海に傾斜しているので、その海への接点に沿って
このように「町家」形式の建築が集積することで
海民たちの生業のためのウォーターフロントシティが歴史的に積層してきた。
この「街並み」を特徴付けているのは「妻入り」の規則的な連続性。
これらが群として連なることで大きな環境景観美を作り出している。
しかもそれが海という反射鏡と背景の崖の緑のラインを構成しているので、
圧倒的な集合美を見せてくれている。
この伊根の舟屋の歴史はよくわからないとされているけれど、
この「生業」感を現地で実際に体験してみると、縄文以来のこの列島社会での
基盤的なライフスタイルをそこに見る思いがしてくる。
目の前の穏やかな海と、行動の自由を保障してくれる舟は、
基本的な人間生存環境をまざまざと実感させてくる。
現代のわれわれは、資本主義経済という不確実な「利益追求」の巧拙程度のことで
常に不安と変動にさらされる日常を送っている。
そしてきわめて不安定なエネルギーに依存した日常を余儀なくされているけれど、
この伊根の舟屋群の集住環境は、そういう感覚と大きく異なる。
ちょうど、地震とその後のブラックアウトを経験してそこからどう生き延びるかを
日々考え続けているのだけれど、
このような光景を目の当たりにして、はたしてわれわれ現代は
人間環境として「進化」したのだと本当に言えるのか、
深い、内面側からの懺悔の思いにも似た感覚にとらわれ続けていました。
それほどに、たぶん縄文から先人たちが続けてきた生存方法の工夫の
環境合理性に徹底的に打ちのめされるような気がします。

海上タクシーのように舟に乗せていただいたのですが、(ひとり1,000円)
ちょうどひとりで乗ることになったので、その船頭をしている
若い方に説明もしていただきました。
かれは北海道との間を行き来するフェリーの会社に勤めていたのを辞めて
この生まれ故郷でこういう仕事で生きてきているそうです。
「北海道のホッケが無性に食べたくなった(笑)」と屈託なく笑っていましたが
この伊根の舟屋が生み出すライフスタイル・リズムが
この若者に、現代都市生活以上のものと思えた部分があったのだろうと思います。
先人たちの豊かに生きる知恵そのものと触れた気がしました。

【かわいい高断熱コンパクト都市住宅 in大阪】


きのうは主に大阪市内の住宅見学ツアー。
コースは3つに別れていて、聴竹居を含む京都コースが人気でしたが、
わたしはすでに2度見学しているので、こちらに参加しました。

写真は2軒目に訪れた「蔵家・居蔵邸」。
Ua値は0.398ということで大阪は省エネ区分6地域で0.87なので、
おおむね省エネ基準住宅に対して50%程度の削減達成率の住宅。
しかしそれ以上に都市型住宅のデザイン面で楽しい住宅。
「外構植栽コスト、どれくらいかかったの?」
「う〜〜ん、だいたい100万円」ということでした。
植栽は建物前面の、狭いけれど南面したベルトゾーンをメインに、
写真右側のアプローチ外周に沿って、植え込まれている。
植え込まれた樹種も10数種類で、だいたい3日くらいかかったそうです。
万が一、枯れたときの保証は1年間はしているとのこと。
この建物は新築から数ヶ月ですが、そこそこの高さの植え込みがあって、
今後、美しい緑をこの外観に対して与えていく。
その表情がどんな風に移ろっていくか、何度か見てみたいと思える外観です。
で、わたし的にはこの前面の駐車スペースの半緑地に目が向いた。
居蔵さんは説明でお忙しかったので、同行の温暖地設計者に聞いた。
こちらの床面仕上げは、二の字型の表面を見せているブロックを
一定の深さまで掘り込んだ路面に設置していって、
そこに土を被覆させて芝生を生やして路面を調整するということ。
車のタイヤ加重によって長期間にわたって「天圧」がかかって、
丈の短い草が密生させられることで出来上がる路面。
北海道東北ではほとんど見られない路面仕上げですね。
やはり「凍結深度」の考え方がない地域で可能な路面デザイン。
このまま北海道で作ったら、一冬で凸凹があらわれてくるでしょうね。
そういった事態を回避したいとすれば、凍結深度以下まで路面掘削して
そこに凍上対策をなんらか施した上で表面デザインすることになる。
言うまでもなくそこにはコストの問題が横たわってくる。
しかし温暖地ならではこういうデザインが一般的に可能になる。
北海道では同じデザインはできないからどう考えるか。
そこがいろいろと頭を使った工夫が求められることになる。
住宅デザインはこのように地域偏差が顕著に表れることなので、
「全国コンテスト」というような場合、「評価基準」はきわめて難しい。
というか、やはり公平性の確保はほとんどムリでしょうね。

室内でもデザイン的な遊び心は各所で満載されていました。
蔵家さんは建築デザイナーとのコラボが多く、
この家もマンションリノベが多い設計者とのことでしたが、
そういうことで、日頃のうっぷんを晴らすように「高低差」が多用されていた(笑)。
住宅デザインの地域偏差についてオモシロい気付きのあった家でした。

【全室「冷房」をどう実現するか? 新住協総会】


きのうから新住協総会が大阪で開かれています。
わたしどもでは「Replan関西版」も発行しているので、北海道から参加ですが
認識的にはどうも「両端を持している」感じでの参加であります(笑)。
で、昨日は懇親会で大盛り上がりで、なお本日は「バス見学会」参加。
ということで、そもそも睡眠時間も少ない中、
既報のように、前真之東大准教授から「北海道のエネルギー危機」について
学生さんとの「授業対話」企画が持ち込まれていて、
その資料が大量にWEBで送られてきた(!)。
そのどれもが興味深い内容で、まったく時間がありません(泣)。
で、本日のブログ更新は、速報的なカタチで入れといて、
また時間を確保できてから、追加的にテーマを深めるようにしていきたいと思います。

きのうの新住協の研究集会でもっとも興味深かったのが、
表題のようなテーマ、パネルディスカッションであります。
「全室冷房」という概念は、いま、日本の住宅シーンではメインの考え方ではない。
そもそも北海道で「全室暖房」が先導的に実現しているのに、
行政側としては、「暖房室・非暖房室」というような考え方が基本であり、
ZEH基準のエネルギー計算では、暖房面積をより「小さく」計算した方が
基準をクリアさせるという意味ではより有利に働くようになっている。
しかし、ユーザー側からすれば生活の質で考えれば現実から後退している。
基本的に住宅市場が、より高満足度の全室暖房に向かったのに、
制度側から、後退圧力が来ているような状況。
しかし、住宅性能進化の最前線に位置する新住協メンバーからすれば、
この全室暖房は、不可逆的なユーザー志向だと認識しているし、
より合理的な技術の進化方向であることはあきらか。
で、そういった先進的な家づくりのメンバーのさらなる志向として
この「全室冷房」というチャレンジは自然発生的に生まれ出てきた概念といえる。
この発表では、非寒冷地、関東・関西・中国地方などのメンバーが
パネラーとしてそれぞれの技術的チャレンジの様子を公開してくれました。

わたしとしては、寒冷地側の印象感覚もあって、
こうした議論展開にはまことに新鮮な驚きがありました。
北海道では、議論されていた蒸暑期室温湿度での
「27-29度、45-50%」というような内容自体が認識の想定外論議。
北海道では温暖化とはいっても、外気温が30度を超え湿度が70-80%
というような気候はむしろ「待望する」季節感であり、
そういう気候環境も10日もあればいいほう。
なので、その外気候環境が数ヶ月も継続して、怨嗟の対象になる実感に乏しい。
まことに、オドロキの発表だったというのがホンネであります。
さて、きょうはここまでであとは、時間を見ながらとします。
<写真はダイシンビルド・清水さんの発表データから>

【わが家の「暖房安全保障」-2 車バッテリー下見】

きのうはクルマのバッテリーに直接接続させて、それをインバーターに繋ぎ
一般的な100Vコンセント電力に変換して利用し冬期の必需品・暖房器への
起動電源を確保させる〜北海道の冬でも最低限、生存可能な温熱条件を
確保させる「暖房安全保障」の道筋を考えてみました。
同様の問題意識から、北海道の全住戸295万戸に対して、「暖房安全保障」として
太陽光発電1kw相当を配布設置する「緊急公共事業」を提案したのですが、
こちらは提起はできてもいかんせん民意の合意形成が不可欠だし、
いまの政治社会状況でこういう提案に即座に賛意が得られる可能性は高くはない。
また当然のように「時間がかかる」ので、緊急対応は別に「自己防衛」的に
考えていかなければならない、という問題意識からでした。
また地域に根ざす住宅メディアとして、ReplanWEBマガジンや次号の雑誌誌面で、
さまざまにエネルギー危機を「いなす」断熱強化や自然エネルギー自立型、
いわゆる「オフグリッド」志向の住宅事例も「キャンペーン」展開していこうと
意志してきています。こういったいわばドンキホーテ的な行動でも、やることで、
いろいろな反応が多少なりとも起こってきて、この問題への社会の対応力が
高まっていくと信じています。
そういうなかReplan誌面やReplanWEBマガジンでエネルギーや住宅設備の連載を
お願いしている東京大学の前真之先生から、突然電話連絡をいただいた。
聞けば授業の一環として、学生さんたちと「北海道のエネルギー危機」について
話し合いを持ち、学生さんたちから「危機対応提案」なども寄せられているということ。
ご縁のあるみなさんから、こういった世論喚起に繋がる行動をいただけることは、
北海道に暮らすものとして率直にありがたいことだと思っています。
また北海道の状況について学生さんたちとの授業にSNS利用で参加の依頼も。
危機はやむを得ないけれど、それに対して多くの知恵と工夫で立ち向かって行けば、
希望は生まれてくると思います。

さて、わが家のクルマ、通常使用はホンダのガソリンタイプのVEZELであります。
ハイブリッドもあるのですが、販売店の担当者から、車種選択に当たって
ほかの社用車が雪に埋まったときに引っ張り上げるパワーが必要だと伝えたところ、
いまのところガソリン車の方が4WDタイプとしては「オススメ」だと言われたヤツです。
写真は初めてマジマジと見てみたボンネット内部のVEZELのバッテリーであります。
いやはや、まったく整備していないことが明白でお恥ずかしい(汗)・・・。
なんですが、バッテリーから接続する端子がどうもわからない。
これまでNISSANのEXTRAILでは何度か自車バッテリーから他のクルマをヘルプした。
過去の経験から接続端子を特別意識したことは無かった。
プラスとマイナスの接続端子はこれまでは一目瞭然にわかった。ところが、
このVEZELではどうも勝手が違う。プラスは見えるけどマイナスは??
車整備は人任せだったので、この状態がデフォルトなのかどうかもわからない。
WEBで検索してみるけれど、どうも検索言語もピッタリ当たってくれない(泣)。
こういうときに限ってホンダの販売店は休日。う~~む、であります。
結局、きのうはこの「下調べ」だけで出張出発の時間が来てしまった。
まぁ幸いにしてきのうから今日にかけては地震・停電は無かったけれど、
なんとか早くバッテリーをしっかりチェックし、家電への給電方法を確立したいもの。
わが家の備えを確実にして、こうした経験知を情報拡散していきたいと思います。
住宅の危機対策からクルマのチェックになるっていうのはまことに思わぬ展開。
ただし、きのうから関西出張でして、帰還は5日夜。
いったんはプロジェクト進行は休止せざるを得ません。また進展に合わせて
寒冷地「暖房安全保障」の探究、情報拡散に務めたいと思います。

【北海道の冬場停電時「暖房安全保障」作戦-1】



きのうも比較的大きな地震がやってきた北海道であります。
台風のなれの果てもやってくるは、地震ももれなく「突いて」くるはで、
すっかり災害頻発状況ですね。
で、みんなで考える冬場の停電時の暖房安全保障策、
今回の地震勃発・ブラックアウトのときのご活躍で札幌市内で話題を集めた
創住環 トミタさんの佐山社長をお訪ねしてきました。
佐山さんは、東芝OBで電気の専門家。
東日本大震災に際して、太陽光発電が大注目されたとき、
1枚目の写真の太陽光発電車両を作られて、
岐阜県中津川での音楽コンサートにデビューさせた経験をお持ちです。
なんでもこのPV電源では音質も高品質が実現されるのだとか。
わかりやすいエネルギーの「地産地消」イメージを訴求させた。
そういった流れから、今回の地震でも社屋周辺のみなさんに
スマホ充電を無料開放されて、同時に自社のWiFiも開放して
北海道民にブラックアウトへのひと筋の光明を垣間見せていただいた。
その後、病院関係などから非常時電源について、多くの相談が寄せられている、
というように語られていましたが、
この車両で今回地震時には、ご自宅と複数戸に配電もされていたそうです。

われながら、電気のことはまったくのオンチであることが
ちょっとした調べ物をしていても、深く認識できる(泣)。
そういうことなので、まずは専門家の方に
おおまかで基礎的な知識を教え込んでいただく必要がある。
なんといっても、人間、虚心坦懐に聞くことからすべては始まる。
わたしの願いは、この冬にまた北海道でブラックアウトが起これば
確実に死者まで出ることが危惧される北海道で、どうその危機を回避させられるか、
いろいろな専門家の知見をあつめて、自衛的な情報知識を広めたいということです。
ブラックアウトの40時間超は、現代人として無力を痛感させられた。
住宅メディアに関わる人間として、自分自身の知識レベルでも可能な
暖房安全保障策を探ることで、多くのみなさんに参考になればと考えている次第です。
今後、佐山さんには折に触れてこのブログ記事について
専門的なチェックもいただいていく考えですので、今回はその第1回。

まずは、どんな暖房機も電気が無ければ大部分動作しない。
で、冬場の暖房安全保障の基本はその暖房機にどう電源供給するか、です。
わたしは一つの提案として太陽光パネル1kw相当を
北海道内で全戸配布すべきと意見拡散させていますが、どう考えても時間がかかる。
それはそれで進めながら、この冬の直近対応策としては、
クルマからの電源供給がいちばん具体性があると思います。
とくに北海道は顕著なクルマ社会であり、一家に2台という保有も珍しくない。
先日の地震時にはわが家でクルマからシガレットコンセントで
パソコンなどに電源供給させましたが、この「パワーアップ」が一番現実的。
で、開口一番「直接カーバッテリーからインバーターに接続させればいいんですよ」
という明快なお答え。 おお、であります。
先日の時はシガレットコンセントからの電源確保でしたが、
ガソリン車のボンネットを開けて直接バッテリーにコードを接続させて
そこに2枚目の写真のインバーターを接続させればいい、ということ。
こういったクルマのバッテリー利用は寒冷地の人間ならば何度か経験している。
「バッテリーが上がった」クルマを助けに行ってこのようにバッテリー接続して
起動電源を確保させたというようなことは多くの人がやったことがあるでしょう。
わたし自身は何度も経験してきているし、接続コードも自宅にある。
で、インバーターの方は3枚目の写真のように、クルマバッテリーからの接続端子と
そこから宅内へのコンセント口もご覧のように装置されている。
このインバーターを安定した設置場所を確保して定置させて、
そこから宅内に電源コードを繋いでいけばいいのですね。
ちなみにこのインバーター、Amazonなどの通販で価格帯もバリエーションがあって
手軽に入手することが可能になっています。ほぼ数万円程度。
ということで、あす以降、このインバーター選びについてのポイントをお伝えします。

【個性的生き方実現を志向する現代住宅】


日本に於いて戸建て住宅、それも諸外国と比較して
圧倒的に多い数の「注文住宅」が建てられているということは、
どういうことをあらわしているのでしょうか?

欧米では一部の高級層を別にして、
ふつう一般的には戸建て住宅とは言っても、圧倒的に「建て売り」が主流。
どうしてこういう違いができてしまったかについては、
いろいろな要因がもちろんあったのでしょう。
戦後の焼け野原からの復興局面でのさまざまな条件が大きかったといわれる。
国にまったくお金がなくて公共住宅を建てることが出来ず、
民間の側でも資本蓄積が十分でなかったので
勢い、住宅は個人が自己努力のみで建てるしかなかった。
なにより材料資源に乏しかったので、当初期間は広さの制限などで、
大量の需要に対応することが優先されざるをえなかった。
その後の戦後経済成長で、住宅持ち家という「夢」は、
地方から都市圏に仕事を求めて大量移動してきた人々への
大きな「勤労意欲」「人生欲望喚起」の象徴になっていった。
そういった過程で、大量生産型の住宅建築市場構造が出来上がり、
戦後すぐには資材市場管理まで行った行政側の「指導」がこの局面ですら
多いに発揮されて、住宅の「大手メーカー」という不思議な業態まで出現した。
当初、いわゆる大手ハウスメーカー出現の「需要」としては、
「ハウス55計画」などに顕著なように規格大量販売が意図されていたけれど、
しかしユーザー動向としては、大都市居住での「夢の実現」要素が大きく反映し、
いわばジャパンドリームとしての「持ち家」、人生ステータス表現に
市場構造・動機欲求の主流が向かっていったのだと思います。
ハウスメーカー住宅がむしろ「高級需要」対応型に転換していったのは、
一時期の「土地価格インフレ」が底流もあってのことだったかも知れない。
家を建てれば土地資産インフレが後押ししてくれるという期待値の高まり。
そうであればと、夢の実現という側面がもっと加速したと思われる。
日本の住宅市場は、こんな大きなトレンドのなかで形成されてきた。
もちろん、基本は企画大量生産型住宅ではあるけれど、
それ以上に「夢の実現」としての欲望刺激・喚起型需要が促されてきた。
そういったなかで、世界的にも珍しい「建築家関与」の戸建て住宅、という
非常に「個性対応消費型」としての戸建て注文住宅要素すら出現した。
住吉の長屋のような、デザイン優先で住み暮らすことに困難なような住宅が
もてはやされるようなユーザーの志向があったことも事実でしょう。
こういったデザイン志向のトレンドはやはり底流に根強くある。
こういった全国的市場構造の中で、しかし北海道はやや独自の進化を見せて
どんなデザイン表現でも基本に地域特性の寒冷対応要因が存在した。
また、きわめて地域特性的であることから「全国ハウスメーカー」の主導性以上に
地域の工務店層の方が、より合理的な対応力を見せて
高断熱高気密という技術をベースにした自由設計住宅市場が生まれ出た。
地域雑誌Replanは基本的にこういった市場背景を出自条件としています。
遅まきながら、大手全国ハウスメーカーの側でも高断熱高気密に
対応した企業もあらわれてきている。
今の局面は、こういった状況が日本の住宅市場構造なのでしょう。

このように発展してきた、高断熱高気密住宅でなおライフスタイル表現的な
家づくりをどのように表現して伝えていくか? このことが
当面する日本の住宅マーケットのテーマになっているのではないか。
その意味で「生き方・暮らし方」への探求ということが、大きな要素になっていく。
写真の住宅は東京から北海道ニセコに移住された方の戸建て住宅ですが、
仕事のIT化の進展と移動の自由の拡大という巨大な現代人の環境変化が、
こういった拡大した「住み暮らす」居住イメージをもたらしてきている。
<ReplanWEBマガジン参照〜ニセコの山々が教えてくれた「ありのままに暮らす」こと>
寒冷という条件が住宅内部ではほぼ完全に克服され、
ITで仕事環境がまったく革新され、移動もワールドワイドで自由が拡大する、
こういった時代の「戸建て住宅」の可能性の拡大もまた現実です。
雑誌制作で培ってきた表現力が多様な暮らし方をとらえ、
それが誌面に豊かに表現され、同時にWEBでリアルタイムで広く拡散される。
現代はステキな生き方の夢が拡大してきている。
「夢の実現」が非常にダイナミックな生き方の発見創造段階に向かってきている。
たいへん大きな住意識変化の時代になってきていると言えるでしょうね。

【Replan北海道122号 平屋の間取り特集発売】

さて表題のように週末、全道の大部分と首都圏の一部書店で
Replan北海道最新号が発売されています。
今回から「雑誌+WEB」という表現に本格挑戦しています。
この春3−4月から本格稼働させたReplanWEBマガジンと、
定期発売雑誌媒体との「コラボレーション」企画が
各クライアント企業との間で本格的にスタートしてきた次第。
その様子をWEBやSNSを利用して拡散しています。
わたしのFacebookページでも掲載された住宅のWEBページも本日紹介中。
住宅雑誌のメディアとしての優れた特性である写真撮影の表現力と
テキスト表現力、さらにフォーカスの定まった技術性能的マニュアル表現など、
ながく磨いてきた「表現力」は、WEB時代に各社様のホームページ制作で
大いにご活用いただいてきている部分。
なんといっても、ホームページは「メディア」なので、当然ユーザー側としては
その「表現レベル」がやがて大きな「選別眼」に繋がっていく。
その意味で自社でオールインワンとして住宅の表現に取り組んできた
わたしどものような企業は、WEB制作と親和しやすいといえるのです。
で、さらに今回ReplanWEBマガジンとして訴求力を高めてきています。
トータルリーチでは顕著な伸びを示してきています。
で、このように「雑誌+WEB」というそれぞれの特徴をフルに活かして
どのように「注文住宅」の世界を表現するか、ということに
全社的にスタッフの総力を挙げて取り組んできているのです。
そうです、わたしたちの中心的マーケット領域は「戸建て注文住宅」の表現。
まずは、このような表現に足る住宅であるかどうかのメディアとしての「選別眼」。
そしてそのレベルをクリアした上で、
高品質のそうした住宅をどう表現するか、ということが大きなテーマになる。
発出するメディアの特性も合わせて十分に検討して
その最適な表現スタイルを「吟味」していくことになります。
本日2件の住宅事例をFacebookで紹介させていただきましたが、
読者のみなさんからの「感想」も聞いてみたいと思っています。

さて、今回の表紙に対しては結構インパクトがあるという反応。
まぁ、屋根が板金ではなく、シート防水という
最近北海道で広がってきている工法住宅であり、
それをしかも「平屋の間取り」ということで上空目線から押さえてみた。
間取り図もそこに入れることで、ユーザーのみなさんに
まったく見たこともない住宅ビジュアルの世界を感受していただきたい。
「雑誌+WEB」表現としては、仮想現実的にその家を訪問しているように
感じていただき、同時にその平面体験以上の世界も見せたい、
というような欲張りで挑戦的な表現手法の探究であります。
Replanはつねに革新的な表現媒体でありたいと思っています。

【にぎり寿司は美・触・食の感覚世界】


今週も寿司ランチを主催しまして、ごらんのような握りを作りました。
3回目となるとかなり慣れてきまして、ネタの仕入にも余裕が出てくる。
最初の回はネタは魚屋さんでお願いしたのですが、
2回目3回目と、自分で仕入れてさばくようにしてきています。
中トロ、イカ、サバ、ハマチ、ツブ貝、ホッキ、ホタテ
っていうのが、今回のネタ群であります。
今回はサバは、カブ漬け風味のヤツにしまして、
ちょっと関西風「押し寿司」感覚の味わいを試してみました。
わたしは北陸とか関西でよく押し寿司を食べるのですが、
あの風合いはにぎり寿司とはまた違った奥行きの世界だと思っています。

それと、今回の初挑戦は「ツブ」であります。
札幌の西の積丹半島の古平にある「東しゃこたん漁協」即売所まで
カミさんとよく出掛けるのですが、こちらで仕入れてきた。
もちろん貝殻からはさばいていて、それを冷凍させたもの500gパック。
それを自然解凍させて、包丁を入れるのであります。
なんですが、ツブは独特の食感があり、
ややゴツゴツとした感じなので、浅く切り身を入れて食べやすくさせた。
ひとくちで食べるにはやや大きめにして豪快感を狙う。
醍醐味のある舌ざわりと驚くほど繊細な味わいが口の中で躍動する。
北海道民には馴染みの深い貝類ですが、
北海道・東北北部が主要な産地のようですね。
おかげさまで今回の主役を張ってくれたようで、大好評をいただきました。
イカは今回15-6カン分を2ハイのイカを捌いて作った。
で、残ったヤツ、ゲソ・足などもいっしょに「塩から」も手作りしました。
イカの旨みを引き出すには、さばいてから半日くらい冷蔵庫で寝かせたほうがいい、
ということで前日のうちにさばいておいた。
ワタはその段階で取りだしてこちらには塩をたっぷり振りかけて同様に寝かせる。
で、寿司に取りかかる前に塩からは作って見ました。

わたしは自作塩からはこれが2回目の挑戦。
カミさんからの意見で「塩麹」を調味料として使ってみました。
彼女もいっしょに工夫に参加してくれるので楽しさは2人分になります(笑)。
いろいろな調理の仕方、さばく、切る、混ぜる、握る、そろえるなど、
まことにたくさんのプロセスを一気に楽しめる料理。
すっかりハマっていますが、いろいろふるまう工夫は尽きませんね。