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空中庭を持つRCの家

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写真は仙台の古い街道に面した旧市街地の町家敷地に建つ家。
間口が狭く奥行きが長い、という敷地ですが
あえてその立地に着目して、あらたに土地を購入して3階建てRC住宅を建てたもの。
このブログでも前にも取り上げていますが、今回は庭について見てみます。
そういう敷地条件なので、周辺環境の中で
よりよい居住環境をどう作り出すのか、
いろいろと工夫努力が見られる住宅なんですが、
この写真は2階の主たる居住スペース、居間の様子です。
基本的に光や風の渡りなどは考えながらも、周辺からは隔絶されたような
中庭を、家の内部に取り込んだようなプランになっています。
しかも、1階はたくさんの友人たちの集う場として、
駐車場スペースを確保しているので、この中庭は2階にあります。
まぁ、いってみれば「空中庭」とでもいえるでしょう。
この場所には、たぶんこれから観葉植物など鉢物での装飾が考えられていくでしょうね。
屋根はここにはかけられていません。
床面の排水は十分に考慮されていますから、そういう機能面はOK。
天井ばかりではなく、隣地との壁面にも、
スチール製のルーバーとか、ガラスブロックなど
透光性の素材が多用されているので、大変明るい空間になっています。
インテリアで見れば、やや暗い印象のコンクリート空間と
コントラストが鮮やかともいえますね。
都市性というものは、その交通的利便性として利用して
こういう空間性の部分では、中庭も含めて
大変閉鎖的でありながら、一方で開放的な生活装置にもなっている。
ちょっと、おもしろい出来上がりになった事例だと思います。
まぁ、家の中の細い通路空間も別に設置はされていますけれど、
この中庭は、向かいには和室が配置されていますから、
家の中での通路空間にもなっています。
家の中で移動するのに、外部の気象条件、晴れや雨、雪、風、といった
自然の移ろいの中に身をさらすことになる、というコンセプト。
ちょっとふしぎな暮らし方になる気がします。
まぁ、古くからある日本の都市住宅、町家の伝統的スタイルともいえます。
木と、コンクリートの違いはあるけれど、家の造られようは同じですね。
この家は、リプラン東北版1月15日発売号でご紹介しています。
ぜひ、ごらんください。ちょっとユニークです。

JR八戸駅の無料LANスポット

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写真は先日の出張の折に着いた八戸駅の外観。
っていっても、すっかり日が短くなって、これで4時半前です。
で、新幹線でこのあと、仙台まで移動したのですが、
ここ八戸ではお気に入りのスポットがあります。
とはいっても、おいしい食事の話ではありません。
<ここの食事処はけっこう庶民的でおいしいけど(笑)>
なんとこの駅には、公共がやっている「無料LAN接続スポット」があるんです。
たぶん八戸市が、IT化推進とかの施策としてやっているのでしょうが、
わたしのような人間はあまりいないと見えて、
いつ利用しても、誰もインターネット接続しているのを見たことがありません。
とはいっても、わたしが利用したのも、まぁ、7〜8回程度ではありますが・・・。
どうしても、出張先で急ぎのデータダウンロードをしなければならないケースや
リッチコンテンツのHPへの接続が必要なときにはうれしい。
でなくても、駅での時間待ちを仕事を片付けながら過ごせる利点があります。
いつも空いている(笑)ので、単純にゆったりしたデスクスペースとしても極上。
出張していながら、ノートPCを立ち上げれば、
十分に、オフィスとしての機能を果たすことまで出来ます。
実際、ここにこういうスポットがあるということを計算しながら、
アポして、データやりとりしたり、書類をダウンロードしたり、重宝しています。
しかもまったくの無料。こりゃぁいい。
八戸駅にこういうスポットを設けた理由は、
たぶん、新幹線利用のビジネス客への利便性を考えたものでしょうから
その意味では大変有意義ではありますが、
さて、ねぇ、どれくらいの利用があるんでしょうか?
一応、公共施設らしく対応してくれる窓口の女性までいてくれるし、
言えば、LANケーブルも貸し出してくれます。
常時接続のブロードバンドなので、LANの設定さえしておけば
特別なんの手間も必要ありません。
まぁ、会社によってはセキュリティの問題で、こうしたスポットからの
接続を禁止しているようなケースもあるとは思いますが、
公共が運営している接続サーバーですから、まぁ悪意の運用はありえないでしょう。
いろいろな地方を出張で動き回るのですが、
ここまでのサービススポットはあまり出会ったことがありません。
でも、ちょっと人ごとながら、心配でもありますね。
こんなサービスをまったく無料で提供するために八戸市(かどうか、運営主体は不明ですが)は
公共事業として、予算を使っているわけですよね。
わたしとしてはありがたいけれど、こういうサービスは続けていけるものなんでしょうか?
ちょっと複雑ですが、おおいに利用させていただいています。
この場を使って、感謝申し上げます。(笑)

住む土地と住宅

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きのうブログで書いていて、気づいた部分がふくらんでいます。
特定の土地にしばられて生きる、住宅を建築するっていう行為は、
現代人にとってどういう意味を持っているのか?
って、真正面から書くと大げさなんですが、
取材しているといろいろなケースに出くわしますね。
古民家などは、いろいろな社会的な制約の中でそこで暮らし続けることが
きわめて当然のこととして受け止めていて、
というか、そんな思念が及ばないくらい当たり前のこととして
生まれ育った土地に暮らし続けるという選択をしていただろうことが
ストレートに伝わってきます。
個人という基準よりも、「家の存続」、ということがらのほうが重要度が高く、
そういう住宅は、大家族の生活装置として、
個人的趣向よりも、仏壇とか神棚、といった家系存続装置のほうが重視されている。
家の機能として、当主個人よりも法人としての家系のほうが価値観が高い。
住宅建築ということが、大事業であり、
長い年月にわたって大切に使うという社会常識が存在していた。
それに対して、現代、建てられ続けている住宅は
基本的には、夫婦という単位での生活維持が基本であり、
むしろ個人的な、快適生活享受のための装置という側面が少し目立ってきた、
というような作られようなのではないかと感じます。
極端な例では、・・・っていうか、増えているけれど
戸建てで、ひとりしか住まないことを目的とした家、というのも多い。
都市でのワンルームマンションばかりではなく、
単身のまま、結婚しないことを決めた女性のひとり暮らしの住宅、
というようなケースも増えてきているんですね。
こういうケースでは、あきらかに目的が違ってくる部分がある。
古民家のような、そこに暮らし続ける必然性を前提としたものと、
どう考えても、単身として使ったあとの使用目的の永続が考えられないもの。
このふたつの家づくりの間で、ゆれ動いているのが
現代の家づくりなのではないかと、思われます。
とくに後者のような場合では、地域との必然性はどうしても薄くなる。
たまたま、社会的な、あるいは自然環境的な部分だけで選択されているケースが多い。
よく建築家の住宅を取材すると、家のタイトルに
地名を付けているケースが多いのですが、それって、
かれらの一番の関心事が、その土地が大前提という意識で
プランしていることが伝わってくるわけです。
確かに家を考えるときには、土地の条件が一番大きいのは当然です。
しかし、どうも、社会的には、建て主の意識としても
そういう部分は、どんどん小さくなってきているというのが実態だと思います。
昔の感覚でいえば、その土地での四季折々の自然の移ろいが
くらしのなかでの句読点として大切にされたけれど、
今はむしろ、どんな土地に暮らしても、標準的快適性の追求の方が
ユーザー認識としては高くなっている、という感じ。
庭はいらないけれど、車の駐車台数は必ず家族分、必要だ、みたいなことなんですね。
社会全体としても、こういう個人的快楽追求のほうに価値観が移行した。
ということなのではないかなぁ、という思いが強くなってきている次第です。
どうしても、大型耐久消費財的な方向に向かっているのでしょうか?
現代の家づくりって。
<写真は盛岡市のお城公園の四阿。記事とは無関係です>

ふしぎな郷愁感

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表題に書いたような、縁もゆかりもない場所なのに、なぜか郷愁を感じる
っていうような感覚に捉えられる風景の場所がありまして
いろいろと想像して楽しんでいます。
この写真の場所は、青森県の黒石市の山側でして、
八甲田山系を縦断する道に面しています。
前にも一度、通りかかったことがありまして、
つい先日、1ヶ月ほど前にも通りかかりました。
まぁ、なんの変哲もないような、こんなような風景でして、
前面に川が流れていて、その先に段々状の畑地や田んぼが連なっていて
里山の背景として、低い山が連なっている。
というような、それこそどこにでもあると思える風景ですね。
SF的な想像力はあんまり興味がないし、
べつに疲れ切っていての「既視体験」というものでもないのは
2度目にも、やはり同様な印象を抱いたことから、明らかです。
というようなことで、考えてみると
どうも、3才まで過ごしていたという幼少期のわたしが
見ていたに違いなさそうな光景と似ていそうだ、ということに気づいた次第。
わたしは北海道栗沢町と岩見沢市の狭間の川縁の農家住宅で育ったのです。
3才といっても、実際には、丸2年間
こういう風景とよく似た土地に建っていた家で過ごしていたようです。
まぁ、そういう時期ですから、定かな記憶があるわけでもありません。
いまは高速で行けば、そう時間もかからないので、
折に触れて通りかかることがある生地の風景と符合する印象。
といっても、普段はそんなに気に留めているわけでもないのに、
そういう記憶を、この写真の場所は思い起こさせるわけですね。
最近よく、「住む場所」っていうことについて考えます。
現代の都市生活って、縁もゆかりもない土地に、
上下水道だとか、交通の利便性だとか、という住宅地としての機能条件で
希望したり、やむを得ずっていうようなことで
多くの人が住んでいるっていうのが一般的。
あんまり土地とのつながりや連関性というのは、希薄になっています。
まぁ、古民家とか取材していても、そういう側面はまるでないとはいえませんが、
しかし、多くの場合は、根がらみで土地と生活基盤は密接に結びついていた。
苦労や、大変さもあったけれど、土地への愛着・執着はあった。
一方、現代では、定年後の団塊世代の「移住」の話題が
政府や行政機関の主要なテーマとして浮かび上がるほどに
土地との連関性が薄い暮らし方が、一般化した。
今、住んでいるだろう場所に、愛着などあろうはずがない、
というような前提が、こうした団塊世代移住には視点として存在する。
そのようにしか考えられない地域に、
長い人生時間を関わらせるのが、現代生活なのかなぁ、と思う次第。
地縁というようなものは存在せず、
定年退職という職縁関係の消滅という時点で、居住地域などという部分は
どうとでも変えられるのだ、ということなのですね。
中国なんかでは、国家の政策変更で容赦なく庶民から
土地を奪っていくのが平気で行われているそうですが、
多少の違いはあっても、似たようなものとは言えるのでしょうか。
考えてみれば、こういうのって、すごいことですよね。
その家を巣立った子ども世代からすれば、
かけがえのない生家の記憶を消し去ることでもありますね。
確かにこれだけ、移動の手段が高速化し、
情報の重要性の方が増してきている社会では、
土地へのこだわり、とかという部分は意味がなくなっていくものなのかも知れません。
しかし、本来的な意味で言えば、
家は、住宅は、その本質的な部分で、それが建っている敷地から
無縁ではいられない、というもののような気がします。
さてこのあたり、どのようになっていくのか、思いが沸いてくる部分です。

日本的ガーデニング装置

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写真は福島県白河市での取材先でのもの。
古い城下町としての敷地割りの土地に建つ住宅で、
間口が狭く、そのかわり敷地の一番奥には、代々丹誠を込めてきた
四季変化をたっぷり楽しめ、見事な樹種が咲き誇る。みごとな庭があります。
生活を楽しむ、という装置としての庭の存在が、この家の最大ポイント。
その土地で現代的な暮らしが可能なように建て替えることで
代々の住まい手である祖先の暮らしの息づかいまで
感じられるような空間に抱かれて、過ごされているのです。
このテーマに沿って、敷地の奥のほうに寄せられた玄関から、庭にむかって
ウッドデッキが広く取られています。
隣家との間にはごらんのように目隠しとしての収納が装置されています。
これは庭作業をいろいろに展開するウッドデッキのために
庭仕事などの道具やら、その他、家の中にはしまい込めないものを
保管しておくための、外物置的な装置。
しかし、そのデザインでも、しっかりとライフスタイルをわきまえて
扉を目透かし状に、ルーバーのように造作していました。
ちょうど、庭で採れた、とうがらしの乾燥に使われていましたが、
こういう扉デザインにしておけば、物置内部に確保するたっぷりの通気を
こうやって、外側でも吊り下げて使うことで利用できるのですね。
ルーバーって面白くて、デザイン的に見れば
普段の時はその中の収納物って、そうは気にしないが、
案外気をつけると、その中に仕舞ったものはおおまかに認識できる。
来訪者などは、その中のものなんて、ほとんど留意しない、
そんな「あいまいさ」をもたらせてくれるもののような気がします。
ここでは、そういう装置が実にうまく生かされているなと感じました。
ガーデニングって、一時期、英国風のスタイルとして
もてはやされたと思いますが、
日本の伝統的な生活装置のなかには、実に巧みな手法が
たくさんあり、また、日本の植栽に似合ってもいると感じます。
それにしても、こういう風情って、
いかにも日本的な季節感を醸してくれていて、
その土地での暮らしの味わいそのもの、という印象を持ちましたね。

こどもと父の勉強空間

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札幌市内で見学した住宅内部の様子です。
この家では、上下逆転プランが採用され、居間が2階にあります。
写真では天井面に木組みがあらわれていますが、
この場所は1階です。隣地との関係から1階の右側は壁一面の壁面書棚。
2階の居間には大きな開口部が設けられていて、
ちょうど天井からさんさんと明るい日射しが降り注いできます。
で、この場所は勉強コーナーとしてあるのです。
普通、勉強のための空間といえば、個室として子ども部屋を想像しますが、
この家ではふたりの子どもさんのコーナーを左右にして
真ん中にはおとうさんの書斎が兼用になっています。
まぁ、図書館の一角でみんなで勉強するような雰囲気ですね。
そのうえ、天井が開放されて、居間にいるおかあさんも
その様子が一体的に感じられる空間になっています。
その辺に配慮してか、テレビはありませんでした。
上で、おかあさんや家族が大音量でテレビなんかをかけっぱなしにしている中で
下で、しこしこと勉強するっていうのは、まぁ、ありえないですしね。
なので、このスタイル、テレビと、子どもの勉強、家族関係
すべてをふくめて、大変ユニークな生活スタイルをあらわしているもの。
親の側で、かなりライフスタイルを絞り込んでいる結果とも言えますね。
テレビの代わりに、ムーディな音楽は背景として流されていまして、
落ち着いた生活の旋律、とも思えました。
さて、くだんの勉強コーナー。
まず、勉強するのに孤立感が際だつ個室スタイルに比べて、
こういうスタイルだと、ある程度、家族の会話を楽しみながら
勉強を「一緒に」している、という感じが出てくるように思いました。
その分、普通のお父さんにはかなりプレッシャーになるのではないかと思いますが
お父さんは職住一体の設計事務所が仕事なので、
普段から、机に向かって仕事していく職業である、という要素があって
こういうスタイルでも、とくにイヤではないということのようです。
逆に考えれば、こどもといっしょに暮らせる人生時間なんて
案外限られているのですから、その時間を
きわめて有効に楽しむために、楽しいライフスタイル演出であるのかも知れません。
子どもが巣立ってからでも、この空間はお父さんの書斎として
ずっと活用することも出来るでしょうから、
ライフスタイルに柔軟に対応しているとも言えましょう。
たいへん変わった間取り配置の例でしたが、
さて、みなさん、こういうスタイル、いかが思われますか?

帯広日帰り出張

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ちょっと厳しいスケジュールになってしまって、
まぁしゃーない、行ってみるか!
ってことで、無謀な予定で動いてしまいました。
札幌帯広往復、約500km。
用件はアース21という、このブログでも何回か紹介している
工務店ネットワークの今年最後の会議への出席と一件訪問。
前日がどうしても外せない会議出席で夜まで札幌。
なので最初は、JR移動を考えまして、
前日、当日両方考えたのですが、
いずれにせよ、帯広からはレンタカーで移動しなければならないのです。
そうすると、今の時期って、レンタカー会社の営業開始時間が
なんと、早くて8:30からなんだとか。
会議は8:15からなので、都合1時間以上遅れるのは明白。
前日に何とか入っても、今度はレンタカー、終わる時間も夕方7時。
結局、なんも考えずに車で往復するしかないな、
と、朝4時半に家を出て、えっちらおっちら、走らせました。
行きは日勝峠頂上付近ですこし吹雪いた程度で
無事に会議にも間に合い、訪問先も片付けることが出来ましたが・・・
さて、帰りは十勝の平野部から吹雪き始めていまして、
日勝峠は視界不良のなか、おそるおそるの上り下り。
そこからも山間部はずっと吹雪模様の荒天続き。
今冬シーズン、はじめての長距離の走行でしたので、
夜、8時過ぎに家に帰り着いたときには、疲労困憊の体。
いやはや、なさけないような体力ダウンを実感いたしました。
まぁ、冬道でなければ、それほどでもないのですが、
刻一刻、状況が変化する冬道運転は、通常の走行の倍は疲れます。
きのうの会議については、webを使って報告も求められています、が、
やっぱり、疲れると考えも断片化してしまいます。
すこし頭と体を落ち着かせてからでないと、考えがまとまってきません。
でもたいへん有意義なお話がたくさん聞けて、
この会議、有益に参加させていただいています。
いつも、建築のいまの、ナマな問題・話題に触れることが出来るんですね。
ま、すこし体を休ませてから、一部をご報告いたします。
ふぅぅ、やれやれ。

和デザインのツーバイフォー

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とても大空間を実現させながら、
暖かくて、気密性がすぐれたツーバイフォーで和風という住宅を拝見。
和のしつらいが施されたアプローチ、玄関を入って、
見上げるばかりの大空間が高々と迎えてくれました。
これだけの大空間を在来木造で作るとすると、
相当大きな構造材が必要になってくるはず。
そういう意味では、ツーバイフォーで作ったというのは合理的な選択といえます。
在来では小屋組だけでも、たくさんの構造材があらわれてくるはずですから、
その点だけで考えても、ツーバイフォーのほうが合理的。
大空間で、ほんわかと暖かい室内環境も実現していて、
でも、天井にはなんと、葦簀(よしず)も張られている和の空間。
って、在来工法では、普通こういう仕上げは考えないようなデザイン。
全体としては和風の感じを持つのですが、
ちょっと違う、スケール感覚の違う和風、という感じでしょうか。
写真は2層分の吹き抜け天井空間を持つ2間続きの和室から
隣接しているリビングルームを見返したところ。
ちょっと不思議な感覚に襲われるようなインテリア空間です。
ビルダーさんに聞いたら、建て主さんの要望が和風住宅ということで、
ツーバイフォーを専門に作っているけれど、
在来工法でも積算してみたのだそうです。
そうすると、構造材だけでもかなりのコストがかかる計算になったので、
こういう和風ツーバイフォーフォーという住宅に
挑戦してみようということになったのだとか。
とくに玄関からすぐの2間続きの和室は確かに壮観。
天井は高々と10m近くあり、間延びしないようにと、
1階天井部分には木組み格子もデザイン的にあしらっています。
とてもデジカメでは全景を表現することが出来ません。
今度1月15日発売のリプラン東北版に掲載予定ですので、
興味をお持ちの方は、ぜひごらんください。
まぁ、買っていただくのは強制ではありません(笑)、って宣伝っぽいですけど(汗)。

さて、根雪かなぁ?

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ことしも師走の訪れから、はや6日。
札幌もすっかり冬景色が似合って参りました。
といっても、雪が降り始めてから、まだ1週間程度でしょうか?
北国に住んでいると、雪の降り方がその年ごとに違いがあって、
そういう自然との対話が、みんなの共有する関心事になっていると思います。
それはそうなりますよね、だって何日か地吹雪が続くようなときには
みんながお互いを気遣っていかなければ、過ごせない部分がある。
垣根や塀というようなものがあまり見られないのが
北海道の街並みのひとつの特徴でしたが、
それは、屋根からの落雪を溜めておくスペースがお互いに必要、という
側面が大きかったのです。
道路幅も、本州地域のような狭さでは、雪のことを考えたら
ちょっと降っただけで、すぐに交通がマヒしてしまうことから、
必要に迫られて、そのように都市計画がされたのだと思います。
札幌の何条何丁目、という地割りの地域では、
中通りの道路幅で8m、通常道路でも16mなんていう地割りになっています。
こういう都市計画に現代のわたしたちは感謝しなければなりません。
札幌が、現代都市として、交通インフラの面で他の日本の都市とは
比較にならないくらい車社会に見事に対応できているのは
こういう部分が大きいのですね。
昨年の秋田の大雪などでは、即、大交通マヒが日常化していました。
2車線道路が、そのようにまったく機能していなかった。
片側一車線になってしまえば、都市の機能としては致命的です。
ただまぁ、札幌でも最近はさすがに
中心部への車の集中で、冬場の渋滞が常態化してきてはいますけれど。
今年も余すところ、あと4週間ほど。
結局、いまのこの雪が根雪になりそうな雰囲気です。
だんだん、家のまわりのことには無頓着になってきておりまして
かろうじて、アオキのほうには薦被りをかぶせましたが、
ツツジには、雪の備えをしておりません(汗)。
でもツツジの下には、緑の下草もまだ見えております。
このまま、積もる雪が、断熱材の役目も果たすようなんですね。
だから、春になって雪が消えるとすぐに緑が甦ってくる。
この時期の北海道だから感じられる光景でしょうか。

オーニングか、エアコンか

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先日の宮城県石巻市近郊の住宅にて、オーニングを発見。
オーニングって、日射の制御には大変有効といわれるものです。
室内のカーテンなどでは、熱を取り入れてしまってから
伝導を少し緩和させる、くらいの効果しか期待できないのですが、
オーニングでは、強すぎる日射熱を遮るので、室内への伝導熱を抑えることが出来ます。
まぁ、エアコンをガンガン使うよりは省エネルギーであることは明確。
ところが、なかなかデザイン的に、取り入れるっていうビルダーさんは少ない。
エアコンの室外機は、しょううがないと考えるのに
どうしてなんでしょうかね。
それと、オーニングのメーカーなんかも、もっと工夫して
マンション用とか、ビル用とかいろいろ開発すべきなんでゃないでしょうか。
地球温暖化防止の、省エネルギーという面では、効果は高いと思われるのですが・・・。
北海道などの雪国では、積雪加重の問題もあるので、
普及しにくいと思いますが、
本州の温暖地域では、大いに地球温暖化対策にいいのではないでしょうかね。
コスト的には、確か、エアコンとほぼ同じくらいの負担になります。
このあたりが心理的に、エアコンならば暖房にも使える、という
心理を刺激して、2の足を踏ませるのかも知れませんね。
でも、この家でもそうでしたが、ウッドデッキが増えてきているので
それへの屋根かけ、と考えればコスト面でもけっこう有用性は高い。
大いに普及して欲しいオーニングって、
少し語呂かけにもなりますが、いかがなものでしょうかね。