
きょうは、朝起きてからずっと作業し続けていて
ブログを書く時間がありませんでした。
ようやく、すこし一段落なのですが、
朝4時くらいから作業や、なにやかややっているので
アタマの整理がつきません。
まぁ、もともと整理はついていない(笑)。
でもここまで休みなしのブログですので
もったいないので、きょうも若干書きます。
もうすぐ、来週28日には表題のように
「東北の住まい再生2」を発行いたします。
これは、Replan東北を出版している住宅雑誌出版元として
今回の大震災になにかの行動をしたいと考えた活動です。
具体的には、被災した3県と山形県の4県庁から「後援」いただいて
被災して住まいにダメージを負ったみなさん向けに
無料配布の住宅情報誌をお送りしようという企画。
第1号を6月初旬に発行し、好評をいただいたので
ふたたび11月末と言うことで2号を発行する次第です。
配布については、各県の窓口からの配布になりますが、
今回は各県が確保しているコンビニ店頭の「情報配布ラック」に差し込まれる予定。
ぜひ多くのみなさんに見ていただきたいと思います。
特集は、木造での応急仮設住宅の東北全域での動きについて。
多くの仮設住宅が、国の「随意契約」によって
「プレハブ建築協会」傘下の大手住宅企業に独占されてきた流れが、
今回の震災では、地域の工務店が協同して木造での仮設住宅を実現させています。
これは、寒冷地である東北全域での
「鉄骨住宅」の寒さに対して、有効な建築方法であると思います。
鉄骨住宅がほぼ北海道では歴史的に見限られてきた経緯があり、
それが大量に、5万戸以上、仮設とはいえ建てられていることは、
大きな「寒さ」問題を引き起こすと推定されます。
そういった切り口から、今後の復興住宅への住宅のあり方を
考えていく、参考にしていただければと考えています。
ぜひ、ご覧ください。
なお、いろんなところで講演すると、みなさん、「見たい、読みたい」
といわれるので、一般への配布手段も検討中であります。
Posted on 11月 24th, 2011 by replanmin
Filed under: リプラン&事業 | No Comments »

わたしは絵巻物という日本の文化ジャンルが大好きです。
絵師、という職業は、一般的にあったのかどうかと思うのですが、
たぶん、日本人のコミュニケーション活動の中で
書かれた文章は読めない人が多くいた状況のなかで、
ものを伝えていくということについての具体的手段として、
きわめて重要な存在だったのではないかと思えてなりません。
現代で言えば、カメラマンに存在自体は近く、
しかし、職業的鍛錬は絵画の描き方に多くの情熱が注がれたことと想像します。
それは、「どうしたら、わかりやすく描けるか」ということを
突き詰めて研究開発してきた結果だったのではないか。
そういった研鑽の結果、たとえば寺院などの縁起ものの制作というような
大きな、後世に残っていくような仕事のチャンスがあって
そういった仕事でかれらの消息をわれわれは感受することになる。
そういうのが「絵巻物」としてわれわれが見ているものなのですね。
で、現代のマンガに繋がってくるような
コミュニケーションツールとして、日本人には
こういった絵画表現の優れた文化が伝わっていると思うのです。
万言を費やすよりも、瞬時にさまざまなことを伝えきってしまう。
絵師たちの残したそういった痕跡を観賞するのが楽しい。
ただし、こういった絵師たちにはほとんど名前を残したようなひとがいない。
職人の一種として、
名もなく、市井に埋没して、文化の底辺を支えてきた。
まぁ、そういったところも好ましく思える部分ではあるのですが・・・。
Posted on 11月 23rd, 2011 by replanmin
Filed under: こちら発行人です | No Comments »

この夏に見た三内丸山遺跡の写真です。
縄文時代というと、住宅はおおむね竪穴住居という先入観念があったのですが、
最近の発掘で、こういった高床式建物もその存在が確認されてきている。
推定年代は、いまから4500年前。
屋根は切妻。材料は三内らしくクリの木。広さは8.4m×4.2m、高さは6m。
高床式建物というのは、
木と木を組み合わせる接合部の強度を確保するためには
技術的な一定のレベルが必要だと思うし、
接合部をくりぬいたり、組み合わせたりするには施工レベルも必要になってくる。
今の時代のように、「鉄器」がないだろう時代に、
鋭利な石器が想定される道具を使って、まことに見事に作り上げたものだと思う。
そうした技術の高度化は、必要性という「母」が存在して成立したものだろう。
その母性とは何か。
考えられるのは2つ。
ひとつは、食料保存のための「倉庫」が必要不可欠になったこと。
三内丸山は「縄文の都」といわれるほどの都市構造を持っていたので、
そうした社会的な要請として、食料中央保管施設が必要になったという考え方。
そしてもうひとつは、
最近、温暖地の建築研究者から聞かされたのですが、
竪穴住居は冬には、寒さから人を守ってくれるけれど、
夏になれば、湿気が多く、またそのなかで煮炊きをすると耐えられないほどに暑くなった、
というように、夏の気候にはアジャストしていなかったので、
「夏の家」という居住性を求める必要があった、という考え方。
この辺になると、どちらとも
まだ、結論が出ていないようですが、
しかし、高床式の必要性はおおむねこの2点には絞られるでしょう。
その両方の考え方だったのかも知れません。
また、この時期の青森県地域はいまよりも温暖で、
現在の関東地域くらいの気候条件であったといわれています。
しかし、それにしても、
技術的には、その後の日本の歴史に登場する
出雲大社を始祖とするような、大型木造建築のルーツが、
ここではまごうことなく存在していたといえる。
縄文という世界は、まさに豊穣な日本文化のゆりかごを形成していた
そういうように大きな母性を感じる。
これはなんだろうと考えながら、
その醸し出すおおらかな優しさ、たくましさに
深く癒されていく自分自身というものを感じ続けていました。
Posted on 11月 22nd, 2011 by replanmin
Filed under: 古民家シリーズ | No Comments »

なんか、日本人とまったく外見が変わらず、
民族衣装も、日本の着物を連想させるいでたちという
たいへん、親近感を抱かせる国から、国王夫妻が来てくれました。
人口が70万人弱と言うから
日本の1県にも満たないような小国家だけれど、
東日本大震災と原発事故に心を痛められていて
福島県相馬市に立ち寄ってくれて、
「必ずここにもう一度帰ってきたい」とまで発言してくれた。
また、こどもたちに講演をしていたなかでの
「みなさんひとりひとりに、人格という龍がついています。それを磨いて
大きく成長させてください」という趣旨の発言が心温まった。
さすが、現代世界で仏教国の国王として生存してきた知恵というか、
そういう言葉に力を感じさせるひとだと思いました。
で、新婚の奥さんとの結婚のエピソードもすばらしい。
まだ7才だった奥さんから10年経ったらお嫁さんにしてくださいといわれて
10年経ってもその気持ちが変わらなかったら、といって、
実際に彼女が17才になったときにプロポーズしたのだという。
その奥さんも京都で和服姿を披露して、
その美貌ですっかりブータンファンを増やすことに成功していた。
わたしもすっかり、このお二人に参ったクチですね。
そんなことで、調べてみたら、なかなか面白い国ですね。
前国王が提唱した国民総生産にかわる国民総幸福量 (GNH) という概念、さまざまな環境政策、伝統文化保持のための国民に対する民族衣装着用の強制などが近年のスローライフなどのキーワードと組み合わされて語られる場合も多い。
っていうようなことなのだそうです。
立憲君主制という、現代世界ではきわめて特殊な政体で、
国王もそういう意味で政治的に訓練されている印象を持ちました。
金融の肥大による現代国家の経済危機を毎日見続けているわれわれからすると、
ちょっとお伽噺のようでもあり、
興味をそそられる部分が多い国。
いま、世界は非常にわかりにくくなっているけれど、
こういった小国家から、学ぶべき点も多いと気付かされました。
将来は、この国で老後を過ごそうかなぁ・・・。
Posted on 11月 21st, 2011 by replanmin
Filed under: こちら発行人です | No Comments »

わたしは歴史が大好きなんですが、
北海道って、残念ながら文献に残っている文字記録がたいへん少ない。
この地に生まれ育っているけれど、
そういう人文的積層を感じられないのが残念なのですね。
なので、文字記録ではない、考古的研究の方に
その記録などに、興味が行くようになってきています。
そんな研究者の中でも、旭川博物館の瀬川拓朗さんの著作などには
大いに刺激を受けている次第です。
で、最近はこうした考古学と歴史学との「学際的研究」が進んでいるようです。
考古学というのは基本的には発掘されたモノを
いわば実証的証拠として、そこから推論を立ち上げていくような研究。
一方の文献記録研究に近い歴史のアプローチがあって、
それらを重ね合わせることで、新たな知の発掘を目指しているようなのです。
こういった試行は、すばらしいなと日頃感じている次第。
そういうなかでは、建築ってどうなのか。
先日、筑波大学の安藤邦廣先生にお会いして
戦国末期の京都の状況などを重ね合わせた木造建築の歴史研究のお話を伺って
目の覚めるような思いをしたのですが、
それは、スペシャリストとして、閉じられた領域の中だけで
物事の本質を見ようとはせず、時代背景を含めて総合的に判断しようという
そういった「学際」的な姿勢を、初めて建築研究者から聞いたからです。
でも多くの建築研究者のみなさんは、相変わらず、
それぞれの専門的分野に閉じこもって、
その範囲内だけで、スペシャリストとしてふるまいたいと念願している。
そうした姿勢は、きのうまでの積み重ねのなかで思考していこうという考えを感じます。
まぁ、それでよかったのがこれまでなのでしょうね。
その道の専門家、プロは間違いなく安心できる、
というような世界観がその根底にあるのでしょう。
しかし、たった1000年に一度、起こる確率のことすら、
これまでのそれぞれの専門フィールドでの各自の研究からは予測できず、
未曾有の惨禍を経験したばかりなのですね、わたしたちの社会。
スペシャリストの、どうでもいいような繰り言ではなく、
事象と事象を重ね合わせて、実践的な「どうすべきか」という
社会の選択に意味のあるように、学問領域の相互撹拌をしなければ、
どうにも出口なしは解消できないのではないか。
とくに住宅や建築の方で、
国の施策も含めて、相当に硬直してきている。
それは、学者代表のスペシャリストという存在が、
あまりにも基本的「想像力」を失っていることが要因だと思う。
原子力委員会、原子力安全委員会の蹉跌に
わたしたちは、社会として学ばなければならないのではないか。
Posted on 11月 20th, 2011 by replanmin
Filed under: 状況・政治への発言 | No Comments »

きのう、ようやく東北復興のための住宅情報ボランティア企画
無料配布雑誌「東北の住まい再生_2号」が下版。
ことしは通常号に加えて、その他の企画がたくさん進行しているので
なかなか休日が取れませんでしたが、
本日と明日は、仕事はひとつの進行だけになったので、
久しぶりに、少しリラックスできるようです。
休みなく働いていると、効率が良さそうですが、
実は頭の回転が著しく低下していくように思います。
ぼ〜〜っとして過ごしていると、
そのときは、本当にアタマ空っぽで、
本性と向き合わされて、あきれるほどですが(笑)、
そこから通常の状況に復帰すると、けっこう全体状況がクリアに見えてくる。
2日間、なるべくぼ〜〜〜っとしていたい。
え、いつもと変わらないだろうって?・・・むむむ。
ということで、
そういうときは、食べることに気分を集中するといい。
で、本日朝は、わたしが朝食をつくりました。
写真のような手の込んだ、ホテル洋食みたいなのを作りたいが、
まぁ、こんなのが出来るんだったら、レストラン開業します。
余り物整理で、シャケの頭の切り落としがあったので、三平汁であります。
そうすると、ごはんも普通の白米ではなく、おにぎりに。
三平汁、具だくさんだったので、まぁ、これでOK。
食べ終わると、こんどは昼食の心配。
っていうように、
単純に主夫的なことばかり考えていると、
気分の切り替え、リラックスには効果的ですね。
でもせっかくなので、少しは外食をしたいところではあります。
さてさて、食べ物のことを考えるのは、なんとも楽しい。
Posted on 11月 19th, 2011 by replanmin
Filed under: おとこの料理&食 | No Comments »

最近、息子が大きくなってきて
男の子の教育というか、男子としての気概を育てる、
というようなことに向き合わざるを得なくなってくる。
そうなってきて、考えることは人間は結局、人間にしか影響されないだろう、
という、ごく当たり前のこと。
いい本を読め、とかよく言われますが、
それって、要するに良き人物と巡りあえ、ということだと思います。
尊敬できる生き方や考え方を持って生きている人間に
多感な時期の感受性には、接するようにさせてやりたい。
どのように生きることが、人生の目的であるのか、
というようなことに関わってくる。
そう考えてきてみると、
現状の社会の中で、具体的な人物像が見あたらない。
信じうる価値観を体現して、いま生きてきている、
そういった骨太な大人というのは、探してみて、なかなか見あたらないのが現実。
まぁそれは、知名度とかの社会的尺度でだけ見渡した結果なのかも知れないけれど。
この喪失感の理由って、やはり社会の側に問題がある。
なにを尊いとするのか、その社会的目的が見えなくなっていることが起因ではないか。
わかりやすく言えば、今の社会はアメリカ的プラグマティズム
効率性を徹底追求するという資本の論理が支配している。
それはものづくりの論理と言うよりも
金融の論理であって、いわば目的が喪失して、手段だけが異常拡大しているに等しい。
しかし、人間は現代でも、人間として生きている。
今後、金融資本的な論理に哲学を見いだして
それを理念にまで高めて金融の自己増殖的拡大、金儲けに
倫理的側面を持たせていくような考え方が出てくるものだろうか?
どうもそれは根本的矛盾を背負っているとしか思えない。
そうだとすると、やはり子どもたちに理念としての未来概念を
明確に示し得ないのではないか、やはり。
で、そういう絶望感の中で、目標・目的が見いだせないから、
ひたすら「スペシャリスト」という「手段」的専門性の高度化に社会全体が向かう。
そしてそれが破綻しても、復興していく目的感が発露してこない。
いまの日本の状況って、こういった流れになっているのではないか。
きのう、多くのみなさんと
講演会を通していろいろ考えてみた次第ですが、
核心的には、こういった問題意識に、気分が集中して行かざるを得ませんでした。
Posted on 11月 18th, 2011 by replanmin
Filed under: こちら発行人です, 状況・政治への発言 | No Comments »

けさ5時、静かだなぁ、
という雰囲気で目覚める。
予感はあった。
就寝中に、さわがしいあられのような音が感じられたのです。
で、ブラインドを開けてみると、
やはり、初雪であります。
静かに、夜の底が白くなる。
というのが、北国人の初雪への一般的な印象といえるでしょうか。
とにかく、静かさがまず、やってきます。
雪が、遮音の効果を持っているのはその通りなんでしょう。
街を構成しているさまざまな音源に対して
まんべんなく上辺をカバーしてしまう。
したがって、さまざまな音源を動かそうとしても、他のものとの接触に
クッション効果を与え続ける。
で、くらしのモードが切り替わる。
きのうは友人のガソリンスタンド経営者から
朝一番で電話が来て、「タイヤ交換、空いてるから来いや」
っていう案内がありまして、率直に従いました。
タイミングはバッチリであります。
黒澤明さんの作品は自然現象とのコラボレーションが特徴ですが、
北国人は、そういった感受性を否応なく強く持つと思います。
本日はちょうど、札幌市立大学の羽深先生から言われていた
「札幌建築夜学校」で、お話しをする日に当たっております。
「札幌らしさ」
って、住宅ではどんなことが考えられるのか、というテーマ。
そういう事ことへの興味を持っている人たちと、
探求のきっかけを作っていきましょう、ということなのです。
しかし、一応、スライドはいろいろに用意を致しましたが、
テーマがテーマだけに、絞り込みは容易ではない。
どういうことになるのか、出たとこ勝負の側面が大きい(笑)。
でも、それが面白さになっていくのではないか。
黒澤明さんばりに、こういう札幌らしい季節感のチェンジを
うまく利用したアレンジが出来るのかどうか、
はなはだ不安ではありますが、
楽しくお話しできたらいいなと思っております。
本日午後6時半から、札幌市立大学サテライトキャンパス
(札幌市中央区北4条西5丁目 アスティ45ビル12階)
で、入場無料で行われます。
興味のある方は、足をお運びいただければ幸いです。
Posted on 11月 17th, 2011 by replanmin
Filed under: こちら発行人です | No Comments »

写真は、先日の十勝住宅見学での様子。
モダンデザインで地域で人気の北栄建設さんの住宅です。
玄関を入ると、正面に衝立があって、
その裏手にキッチンがあります。
対面式になっているので、来客を迎えるような配置関係。
で、ポイントは手前側の白く浮き立っているようなライン。
キッチンの色は黒く塗られています。
この住宅は基本的にモノトーン、というか
白黒のハッキリとしたインテリア空間。
そういった演出を盛り上げるのに、
このライン状の装置は視覚に効果的。
空間機能としては、日常の身の回り品の棚のようなのですが、
まぁ、そういう「用」というよりは、デザイン性でしょうね。
面素材はメラミン加工を施してあって光沢感がある。
で、その上部にはLED照明が埋め込まれていて、
やや金属感のあるようなデザイン仕上がりになっています。
たいへん、シャープな印象をもたらせてくれます。
こういうインテリアの感覚って、
やはり年代的には、若い30代などの感覚と言うことになるでしょうか?
わたしなんかにもけっしてワルくはないけれど、
毎日過ごすインテリア空間としては、やや刺激的すぎるかなと
そういう気分を持つのは避けられない。
人間がやすらぎを感じるという部分も、変化していくものだと思うので
こういった感覚に親近感ややすらぎを感じるひともいるのだと
そう思いますね。
境界のハッキリとした、シャキッとした空間性ですね。
で、その照明装置としては
ここで使われているようなLEDって、
似合っているのかも知れません。
わたしのような昭和の年代には、電球色の暖かさがいやされるのですが、
ただ単に年代的なものなのか、少し複雑であるかも知れませんね。
そういえば、応急仮設住宅でも木造の木を表したような
インテリア空間ではなく、どちらかといえば、
素材感を消してしまって、陰影感だけにしたい、というような
こういった志向性を持ったひとも少数だけれど、
一定割合でいる、というように聞きました。
好み、というようなことなのでしょうか。
Posted on 11月 16th, 2011 by replanmin
Filed under: 住宅取材&ウラ話 | No Comments »

仙台のスタッフから
新米を送ってもらいました。
玄米で送ってくれまして、毎日精米して
食べさせていただいております。
春まだ遠い3月の震災を経て、
ことしという年の時間の積み重ねを体現する味わいです。
精米器からぽろぽろと落ちてくる米粒。
それを受け止めて、精米したてのそれを毎朝炊いています。
石巻にはことし何度か行きましたが、
あの街で、あの地域でと思うと、
よくぞ、このお米がと、思います。
とくに、海沿いの工業地帯の被災工場を訪問させていただいたときには
その不屈のたたかいぶりに胸を打たれました。
人間の生き様を見せつけられた思いがしたものです。
年商を上回るような新たな借金を重ねても
それでも社員の雇用を守って、地域の底支えになっている。
住んでいる国民に対しては災害の「補償」はあるけれど、
企業経営には、たとえどんな天災であっても補償はない。
アパートに住んでいる人には、補償が出るけれど、
そのアパートを維持管理してきたオーナーには
それを再建する費用についての補償はない。
被災地での経営って、そういう厳しさがあります。
しかし、企業が存続して、生き延びていかなければ、
人々の暮らしの再生はありえない。
きのうまでやってきたことを、きちんと積み重ねていくこと。
それなくしては、前提が構成されないのだということ。
そういったことを、さまざまに教えてもらった気がします。
まぁ、いろいろな思いが交錯しながら、
お米、食べています。 うまい。
PS
本日、国会参議院予算委員会で民主党・中村哲治さんが質問されます。
で、どうもその質問に際して
わたしどもの無料配布誌「東北の住まい再生」が
出席議員に配られて、そういった関連質問が行われるそうです。
夕方に、NHKの全国放送でもその模様が流されるということ。
どういう脈絡で紹介されるのかは不明なのですが、
情報として、お知らせいたします。
Posted on 11月 15th, 2011 by replanmin
Filed under: こちら発行人です | No Comments »