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ついに欠航に遭遇

あぶないとは思ってはいたのですが・・・。
きのうは仙台のホテルで目覚めて、事務所に出て要件の片付けなどを
しておりまして、
その後、最終の飛行機で千歳に飛ぶ予定でしたが、
日中は宮城県地方、かなりの強風でこれは・・・、という状況。
で、夕方近くになって問い合わせたら、
千歳もかなり厳しい状況。
なので、1便帰りを早めて
7時前の便に変更して、空港に駆けつけました。
これでひと安心、と空港の天候も悪くないので、よかった、
と思っていたのですが、
出発が近づいてきても、乗る飛行機の機体が見えない。
「???」と思っていたら、アナウンスがあって
使用する機材(飛行機)がまだ、千歳にあって
こっちに向かって飛んでもいない、というお知らせ。
千歳の降雪が激しくなって
滑走路が閉鎖寸前、そして閉鎖、という悪い流れ。
「もし遅れて飛んだとしても、千歳に下りられなかったら、羽田に向かう」
というオイオイ、の情報。
ということで、7時前には欠航が決定であります。
そのあとの最終便も、まぁまず無理そうなので、
手続きをした後、仙台に引き返しました。
で、ホテルを仙台市内で探したら、どこも満室の案内。
光のページェントの観光で、どこもいっぱいとのこと。
であれば、と状況を判断して、5日のアポイントのある青森に早めに入ろう、
という結論を下し、新幹線に乗車。
初めて「新青森」まで乗りましたが、快適に睡眠タイム。
で、なんとか11時前にホテル投宿。
本当は、きょう札幌の事務所で打合せもあったのですが、
まぁ、これはジタバタせずに青森にこのままいたほうが、
安全性が高いと判断した次第。

ついに、でありました(笑)。
というのは、わたし、北海道に住んでいて
ひんぱんに東北や東京に出張を繰り返しているのですが、
これまで一度も飛行機の欠航には遭遇しておりません。
マァ運が良いというか、
だったのですが、それもついに運が尽きたようです。
で、仕事の段取りもあって、思いっきり状況が混乱・・・。
連立複式方程式が、4つくらいあって整理不能。
こういうときは、しょがないので、のんびりしていたほうが得策。
1日、青森市中心部で過ごしていたいと思います。
やれやれ・・・。

新雪の山並み

きのうは朝、札幌から仙台へ移動であります。
仙台での会議出席ですが、
冷え込んだ朝、平地でもうっすらと積雪していましたが、
ちょうど、千歳空港そばの駐車場にクルマを向かわせた途端、
急に視界がパッと開けて、
澄み切った清涼な青空の向こうに、日高山脈が遠景に見えた次第。
ここんとこ、自然に触れるというか、
そういうリズム感に身を委ねることから遠ざかっておりましたが、
思わず、クルマを止めてしまって
その美しさのなかに立ちすくんでおりました。
冬という季節はきびしいけれど、
北方のそれは、まことに千変万化して、
実に美しい局面ももたらせてくれる。
雪の色の白さは、最高のコントラストで自然を化粧する。
まぁ、ほんの一瞬なんだけれど、
しばらく見ていなかったことを思い起こさせてくれて
こういう土地に暮らしているありがたさを思った次第。
やはり北海道は、北半球有数の美しさを持っていますね。

ということですが、
さて会議を終えて本日は仙台で過ごして
帰ってからは、ふたたび青森に月曜日には移動。
年末ギリギリまで、多忙さは続きそうです。
どうも、遠くの山の神さまが
なにかを、伝えてくれているのかも知れません。

厚い壁と窓辺

きのう、Replan北海道版、
12月末発売号が一段落。
実は12月には大型の企画がほかに3件もあるなかで、
非常に厳しい状況でしたが、
なんとか、ひと山越えられたというところです。

で、きょうと明日はわたしは仙台へ。
さらに週明け、来週はたぶん、北海道にはずっといない予定。
そういうなかで、出張先でのデスクワーク作業が増えそうです。
アップルが注力したことで
デスクトップパブリッシング、ということが浸透したわけですが、
そのぶん、どうも仕事のデフレが起こったというのは間違いがない。
たぶん、ITの進展というのは、
仕事が可能になった人間と世界が広がったことで、
価値観が大きく変化してきているのだと思います。
そのただ中にいるので、なにが本当に変わったのかが
冷静に判断できなくなっているのでしょうね。
たぶん、人類史の中でも特異な局面をわれわれは過ごしているのではないか。

おっと、かなり(笑)脱線しておりますね。
いろいろ変化していくと言えば、
わたしが関与している住宅関係でいえば、やはり建物の性能向上。
ごらんの写真のような窓の方向に向かっていくと思います。
何がいちばん違うかといえば、壁の厚みですね。
この家は壁の厚みが20cm以上あります。
断熱を強化すると、こういう光景が当たり前になってくる。
こういう家では、窓というものが
ちょっと存在感が変わってくるのではないか。
日本の木造建築は、極端に言えば、屋根を基本的要件に成立したような建て方。
その場合、開口部は広ければ広いほど良い、
ほとんどスキンレスな開放感を目指してきた。
でも、それでは、夏もダメ、というようになってきた。
断熱、という日本的な構法では意図していなかったことで、
壁の厚みが変化してきたのですね。
さて、こういう窓をどのように生かすのか?
まだまだ、デザインの方では、試行錯誤が続いていると思います。

玄米・ぬか漬け

毎朝、食べ盛りの息子がいるわが家では
お米を4合以上、炊いております。
家事時間も確保が大変なので、1日分をいっぺんに炊くのですね。
朝食分とお弁当の分、さらに夕食分になります。
で、最近石巻在住のスタッフからいただいた
玄米を毎日、精米して炊飯しています。
精米したてのお米って、やはり無上においしい。
おかず以上に、やはりおいしいわけで、太る心配をしております。

なんですが、こうやって毎日精米していると
米糠が毎日出る。
で、よせばいいのに、ぬか漬けに挑戦しております。
わが家は最近、非暖房の空間も作っていまして、
1階のふだん使っていないキッチンコーナーでやっております。
毎日出る米糠を、フライパンで煎って、
ぬか漬けに足していっております。
大きなタッパー容器でぬか床を作り始めて、2週間くらいでしょうか。
1カ月くらいはかかるという情報なのですが、
ときどき、様子を見るのに試し版を食べてみています。
米糠に、パンくずをドロドロに煮込んださまし汁とか、
塩水のさまし汁とか、コンブ、鷹の爪(家庭菜園生産)などを
混ぜ込んで経過観察し続けております。
まだ、味付け自体はものによっては薄味でして
そこはかとない、「あ、かすかにぬか漬け」という案配(笑)。
さてものになるやら、っていうところですが、
こういう毎日すこしづつ案配を見るというものがあるのは
それなりに楽しいものであります。
ぬか床を育てるっていう感覚なんですね。
結局、普通にやっていたら出来てくる自然からの贈り物を
いろいろに工夫して、食文化を紡いでいくのが
当たり前の姿なんだろうなと、そんなことを思いながら、
せっせと、作り続けております。
さて、きょうはどんな味になっているかなぁ・・・。

故きを温ね、新しきを知る

きのう、必要があって、
竪穴住居の暖房の必要エネルギーについて計算してもらった。
わたしたちの祖先はこういう計算はせずに
経験的に、エネルギーが得られる範囲で、
ほかの生業の時間を確保することを最優先させながら、
現実に生き延び続けてきたのだから、
生存可能な数値には到達するのだろうけれど、
やってみるとなかなか数値化はむずかしい。
やはり考えさせられたのは、建物の方の性能とのバランスだということ。
現実的でない結果数値は、
それを計算するほうが、おかしいのであって、
条件をいろいろに変更して、解を得なければならないなと。
そういうなかで、そのころの人々の考え方や思いが見えてもくる。

やはり、竪穴ということで、「穴」を掘るのが
決定的な暖房装置の相当部分を構成していると思う。
地熱が得られそうだ、ということのほかに
やはり一度暖房熱源として利用したエネルギーを
「蓄熱」させることで、長く利用しようと考えれば、
土壌の蓄熱生というのが、大変大きいだろうと思う。
まことに「パッシブ」な考え方だと思いますね。
土は、その土地の年平均気温を一定の深さに下がれば
確保している、といわれる。
札幌であれば約8度、東京以南であれば16度。
そうであれば、加温は札幌でも10度くらい上げればいい。
そんなふうに考えていけば、
薪の数量も妥当な数字に落ち着くことと思う。
さて、計算してもらったらどの程度になるか、
楽しみでもあります。

さて、きょうで11月も末。
いろいろと節目の年でありますが、
あとひと月、残りもカウントダウンが近づいてきました。
どんどんと忙しさが募ってくるのは
それだけ経験を積んできて、やらなければならないと思うことが
幾何級数的に増えていくからなのか、
なんとも気ぜわしいこの頃であります。ふ〜〜。

ジョブズさん本の読書感想_3

若い億万長者たち

いま、アメリカでは次代のジョブズを探せ、という
そういったムードが充満しているという。
アップルやマイクロソフトの勃興期、
空前の事態があった。
株式公開という名目で、まだ若い企業家たちが巨万の富を得たのだ。
実態の売上金額とはかけ離れた巨額のマネーが
このIT業界になだれ込んできた。
このIT革命以降、拡大した「金融」が、新たな投資先を求めて
結局はサブプライムローンにどんどん向かい、
それが破綻することから、現代資本主義の出口なしが始まったのだと思う。
しかし、この時点の金融の働き方は、
日本ではあり得ないダイナミックさであって、
こういう活力を生み出す金融の力自体は、すごい機能を果たしていたと思う。
日本で起業しようとすると、「あなたは実績がないから」と
銀行から断られ、そうでなくとも
ほぼ全生命を担保に取られるというのが大方の実態。
金融というもののありようが、日本とアメリカではまったく違うと思う。

このアップルの創業期での企業活動のダイナミズムを見ていると
なぜ、日本ではこうした技術革新が起こらないか、
そして、キャッチアップにばかり社会資本が向かうのはなぜかを
再認識させられる。
生命保険まで担保に入れさせる日本と、
挑戦する若者に積極的に投資する社会との違いが明瞭だ。
その後、日本でもこういった形体の資本の展開があったけれど、
それはまさにアメリカのキャッチアップにしか過ぎなかったと思う。
まぁ、資本の投資スタイルについては、まだ明確な白黒は付けられないだろうけれど。
しかし、こうした資本のダイナミックな展開で
IT産業が勃興したこと自体は間違いがない。
ジョブズさんは、まさにアメリカンドリームそのままに、
あっという間に数百億円という資産を手に入れることになる。

<まだ、続きそうです>

ジョブズさん本の読書感想_2

若い日の精神の彷徨。

きのうの続編であります。
ジョブズさんはわたしとも同年代なので、
かれの若い頃の雰囲気はリアルタイムであり、
あぁ、やっぱり同じような空気感に満たされていたのだな、と思えます。
ドラッグまみれになっていた精神の時代を公言して憚らなかったそうですね。
このあたり、州の法律はどうなっているのか、
時効でもあろうし知るよしもありませんが、そういった雰囲気の時代であって
多感な時期をそのように過ごしたということ自体は、よくある精神史。
ただし、かれの場合には、出生にまつわる精神の不安定感が
常に顔を覗かせていたといえるでしょう。
そういう彷徨の中から、
インドに行って、修行に似たようなこともしていたのだとか。
私生児としてこの世に生を受けたということからの
精神の解放を求めて、いわゆる欧米的なキリスト教的な救済は
かれの生には似合わなかったのでしょうね。
キリスト教的価値観では非正規な出生であり、厳格には離婚も認めないわけですから
そういった世界観では、十全なこころの安寧は得られるわけもない。
そういったことから、むしろ東洋的な哲学に救いを求めるまでは
ある意味で、自然な流れのように思われます。
かれの結婚式は、仏教的なスタイルで祝福され、
食べ物の嗜好的にもすし、とくにあなごが数回記述されていましたが(笑)、
そういった料理を好んだというあたり、禅などの思索傾向に傾いていたのでしょうね。
かれの製品への立ち向かい方には
こうした感覚が非常に先鋭に表れていると思います。
そもそも、コンピュータのデスクトップの考え方には
こういう端的な精神性が反映されてもいると思います。

ただ、わたしたち日本人からすると、
かれの心の中の禅的なものは、非常に動的であって、
しかも非常に排他的な、純粋性を希求するという感じが強い。
やはり、そのあたりは多民族社会のアメリカというベースがそのような雰囲気を
育んでいるということが出来るでしょうね。
わたしたちの禅的な世界には、あのような攻撃性は
見ることができないと思います。
しかし、こういった側面は思索研究のテーマとしては、
今後、もう少し深めて論議されていって欲しいと思いますね。

<たぶん、もう少し続きます(笑)>

ジョブズさん本の読書感想_1

誕生について

わたしはアップルの創業者であるスティーブジョブズさんの
来歴とかは、ほとんど知りませんでした。
断片的には、現代のIT産業興亡史、三国志にも比せられるような
激動の動きのニュースなどを通じて知識はあったけれど
かれの個人的なことについては、まったく知りませんでした。
今回の「伝記」を読んで初めて知った次第です。
そのなかでも、出生についての数奇さには驚かされた次第。
現代アメリカというのは、このような
家族とか、結婚といった価値観の動乱状況の中にあって
そういうなかから、奇跡的な人材が生まれてくるのだと驚嘆しました。

かれは、私生児として生まれて、
生まれる前からすでに養子に出されたのだということ。
母親は、アメリカ東部の厳格な家庭環境に生まれて
結婚を父親に拒否された相手との間に出来た命を、
宗教的な理由から中絶することも出来ず
その点について比較的寛容な、西海岸・カリフォルニアで出産する道を選んだ。
そして中産階級の子どもが出来なかった夫婦に引き取られるのだが、
このような私生児を、養子として育てることにも
すでに法律的・社会的ルールが存在していたということにも驚く。
しかし、ルールはあっても、
それを受容する人間の心は、まったく準備されていない。
かれの特殊な人間性、性格を分析するとすれば、
この体験というか、事実が、人間形成に大きな影響を与えたことは疑いがない。
あまりにも過酷な試練、母親にも父親にも
生まれる前から、あらかじめ拒否されつつ、
なお、生命を得なければならなかった人間の内面性はどうなるか、
そういった極限的なテーマが生まれる前にすでに決定されていたのだ。
まさに、想像を絶する。
かれの作りだしてきた製品群に繰り返し出てくるテーマ
テクノロジーと、人間の感受性の「交差点」っていう概念に照らせば、
かれ自身も、人間の感受性と、人間の社会システムとの
現代的なきわどい接点、極限点から出生してきた、ということになる。

このことが、自分自身は「特殊であり、特別なのだ」
という強い自己認識を生んだであろうことは、その後のかれの
人格形成を見てみれば明瞭だ。
そしてかれには、ほぼ同様のDNAを受けた妹が存在するそうだ。
彼女は、ジョブズを捨てた両親が、その後、正式に結婚して生まれた。
後に、両親は離婚することになるけれど、
それでも彼女には、出生に責任を負った両親がちゃんと存在する。
一方は、そういう存在を持たない。
ほぼ同様のDNAを受け継いだ兄妹が、どのように違っていくのか、
社会的にも、興味は持たざるを得ない部分だと思う。

このような人間性というのが、まず、読むものに
大きな想像力の試練をもたらす。
こうした「喪失感」とともに生きていくっていうことはどういうことか、よくわからないし、
そういう人間をどのように理解すべきなのかも、わからない。
そしてもっとわからないのは、
そういうような人間の尊厳性という部分までの極限的な状況が
現代アメリカでは、現実のものになっているということ。
人類はおおむね、「家族」という繭で包み込まれながら育つ感受性が基本である、
という相互理解でコミュニケーションをやってきたし、社会を作ってきた。
しかし、そうしたことに、あらかじめ拒絶されて育った人間も
一定の範囲で、その数が拡大し続けている。
そういうことを認識させられた。
どう考えていけばいいのか、正直、なかなかレベル調節がむずかしいと思わざるを得なかった。

<明日以降へつづく>

やっと読み終わったジョブズ本、ふ〜。

長かった・・・。
上下刊のハードカバー本で900ページ近くですから、
読み終わるのに、覚悟はある程度したけれど、
それにしても1カ月近く掛かって、
その間、ついに他の本もつまみ読みをはじめたり、
それよりなにより、時間が全くなくなって、
ベッドで読もうと思っても、
2行か3行で、まったく目が開けていられなくなって・・・。
そういった経過をたどっておりましたが、
なんとか、最後のページまでたどりつき、
本日朝、ようやくこのひとの人生記録と離れることが出来ました(笑)。
たいへん清々しい達成感に満ちております(笑)。

ハッキリ言って、
前巻のほうは、あまりにも個人的な記録部分が多いので
人の名前も覚えるのがたいへんでした。
翻訳も超特急だったはずなので、
やや「???」っていう箇所もなくはないですね。
しかし後巻のほうは、なじみのあるPC関係の名詞が飛び交うようになるので
おおむねスムーズに読み進むことが出来たし、
ビジネスのヒントも盛りだくさんだったと思います。
逆に、こっちの方を前段に持ってきて
展開を考えたほうが良かったかも知れません。
興味を深く持ってから、これはどうして?
っていう感じで、その人格的ルーツを探る、っていうほうが
アプローチとして、わかりやすかったかも知れません。
さて、読後感想文ですが、
ゆっくり考えて、明日のブログに書こうと思います。
<すいません、本日も片付け仕事がいろいろあって・・・>
ということで、またあした。

北海道の古民家

北海道でも、開拓から140年以上経って
ようやく古民家というものへの理解と郷愁に似たものが芽生えて来つつある。
Replan誌面でもお馴染みの武部建設さんは、
こうした面で主導的な役割を果たされているが、
その慧眼にはうなずけます。
開拓初期に入植して生活が安定してきた農家は、
与えられた耕地面積も大きく、
また、開拓したての農地は地味も豊かだっただろうから、
大きな農業収入が可能だった。
最初の住宅はそれこそ竪穴と大して変わらない仮小屋だっただろうけれど、
やがて、しっかりとした木造建築を建てたいと館上げはじめる。
そこで、その出身地の建築様式に似せた住宅を建てた。
当然だけれど、建築材料はその開拓地周辺の森から自ら切り出してきた。
そういった建築材料は見事な大径木材であり、
いま古材となって出回って、あらためてその立派さに驚くという。
そういう住宅が、しかし、その価値をわからないまま、
寒いから、古いからと言って簡単に解体している。
まことにもったいない。
また、そういう現実の進行に、この地での生活文化の積層が間に合わず、
購入してその「古び」を愛でようという文化が十分には育っていなかった。

しかし、最近、他の出版社ではあるけれど、
「HO」という首都圏で言えば「東京人」のコンセプトに近い雑誌が
北海道でも出てきて
密かに、静かに若い世代から、古くて寒い家を購入して
手を加えて、その味わいを店舗などのベースにして生かそうという
考え方が出てきている。
そういう店舗に行くのはなかなかに楽しい。
まぁ、やっと出てきてくれたか、というところ。
これからそういう文化が出てくると、
わたしのような化石的生活文化愛好者にも日の目があたるかも?
そんな妄想を、ときどき楽しんでおります。