
きのうは旭川の北部地域まで往復しておりました。
取材の立ち会いということでしたが、
週の半ばと言うことで、緊急性を要する案件も持ち上がって
ひっきりなしにケータイに連絡が入り、こっちも連絡を入れる。
運転と連絡、交互にやっていくので、
なかなか時間も掛かる、という状況。
一方で、家族的にも娘が帰省を終えて引き返すし、
カミさんの母親にもカミさんが付きそう必要もあったということで、
多事多難な一日でありました。
人間、いろいろな意味で多忙になっていく時期というのは
好むと好まざるとに関わらず、否応なくやってくる。
こういった時期には、常識を豊かに持つと言うことが重要。
きのうはスタッフが段取りよく取材を片付けてくれていて、
まぁわたしの役割はごく少なくて済んでおりました。
役回りも、だんだんと年相応になっていく。
しかし、あれこれと心配事も増えていく。
そういうなかでは、やはり坦々とした心理を持つことが大切ですね。
感情の起伏を押さえる、というのは
こういった心理を維持し続けるというのが条件になるのでしょう。
ただ、夕方帰ってきたらやや腰痛気味。
長時間の運転は、体調がイマイチだとダメージがきます。
で、いきおい、甘いものに手が行く(笑)。
どうしても、刹那的に脳が覚醒するような
チョコレートなどに触手が動くのですね。
こういうのを無自覚に繰り返していると
すぐに肥満になって帰ってくる。
どうも、きょうは年寄り臭い話題になってしまいますね(笑)。
どうも申し訳ありません。
あすは、元気復活と行きたいです。ではでは。
Posted on 10月 17th, 2012 by replanmin
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ここんところ、毎日のように森口さんという名前が露出している。
ちょうど山中教授のノーベル賞受賞とタイミングが重なったことで、
より注目度が上がってしまったのだけれど、
きのう、帰国しての成田での様子は報道の過熱ぶりを如実に表していた。
さて、今回の事件はいろいろな角度があると思うけれど、
メディアに多少なりとも関わって生きている人間からすると、
これが読売新聞の1面記事になったという事実がいちばんの関心事。
このことが表している大メディアというものの危機です。
わたしは住宅についての雑誌を作っているわけで、
とても他人事とは思えないのです。
わたしたちは、住宅という領域でだけ世間をウォッチしているのですが、
そうすると、専門性のある部分についてはある程度の「常識理解」がある。
その大枠としての理解の中で、新しい事象に対しての対応が日常なのですね。
一方、なんでもありの社会の全領域を扱っている新聞は
なかなかそういった専門性のある領域については、難しい対応になる。
わたしの領域でも、いろいろなマス媒体の記者の方と接する機会があるけれど、
そういう「住宅担当者」という記者さんも
2年程度の期間で担当をはずれていって、またイチから始める記者さんに替わる。
そのたびに専門性のあるわたしどもに訪ねてこられて、
下取材的なことを情報収集されていく。
こちらは、敬意も持ってなるべくていねいに対応しているつもりですが、
その都度ゼロに戻っての説明というのは、なかなか骨も折れる。
担当が替わって新鮮な感受性を持って、特定領域のことに触れるというのは
大変いい面も持っていると思うのですが、一方で知識不足と言うことは
免れない部分もある。
医学的な専門性を持った今回の読売新聞の記事について、
その掲載決定プロセスに、おいおいというまでに、それがモロに出てしまった。
一度出てしまえば、信用の失墜は避けられない。
しばらくの間、読売は差し障りのない記事構成に向かうことは目に見えている。
で、わたしの最大関心事は、そこです。
読売新聞がここで、どんなふうに対応していくのか?
契約で縛られている月極の読者は
簡単には契約解除には向かわないと思いますが、
コンビニや駅スタンド売りなどの、メディアの競争力を如実に示すバロメーターでは
確実に落ちていくだろう。
そういった現実を突きつけられて、
メディアとして、どのように「次の手」を出してくるか?
とりあえず、今回の大ミス記事関連事実の「徹底検証」という
取材・報道の姿勢は見せているようだけれど、
現在見る限りでは、他社の「この機会に読売をたたきつぶせ」という
「徹底取材」攻勢の方がずっと勢いを感じる。
メディアとしての大失態から、さてどんなふうな作戦で捲土重来を期すか、
そこに強い興味を持って見ている次第です。
Posted on 10月 16th, 2012 by replanmin
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最近、札幌での観光ということに関心が向くことがあります。
地元の人間なので、自分自身はあんまり関心を持つことがないテーマだけれど
他の地域から札幌に来る人の目線で考えてみると
札幌のいまの環境の厳しさがひしひしと感じられて、
危機感を持ってしまう。
それでなくても、今の市長さんになってから、建築の世界では
新たな魅力的な都市再開発プロジェクトが
ほとんどストップさせられているので
震災以降、活気にあふれ魅力的な再開発がすすむ仙台と比較して
都市の魅力で、相当の開きが出てきていると感じています。
残念ながら、いまの市長さんからは
都市経営のビジョンが見えてきません。
きのう、用事があって、札幌の中心部に出掛けてきて
札幌観光の目玉でありながら、長く「がっかり度」ナンバーワン
と言われ続けている
「時計台」周辺を歩かざるを得ず、見てきました。
時計台自体は、いろいろな見方があろうかと思いますが、
日本の木造建築の世界に「洋風建築」という領域を切り開き、
住宅建築の世界で大きなシンボル的な存在であり続けたものとして、
本来その価値は高いと思います。
先年の修復作業もきちんとされているので好もしく思っています。
問題なのは、こういった大きな資産のみにただ頼って、
その価値観をつねに再評価させるような、いわば「文化的な仕掛け」を
怠り続けてきた、「文化活動の不在」にこそあるのではないか。
そういった弊害は、時計台を囲む周辺環境に如実に表れていると思う。
いま行ってみても、周辺には
時計台の文化性を持ったテーマ的なものはほとんど見られない。
西側に隣接しているのはふつうの商業ビルだけれど、
特段の関連施設は見られない。
せっかくの時計台だけれど、それをどう活かしたらいいのか、
発想の痕跡すら見いだせない。
北側には、その名も「時計台ビル」というビルがあり、地下も含めて
時計台とのアクセスを意識した設計にはなっているけれど、
こちらも、これをどう活かすべきかについて、
やや諦めの気分が感じられる。
きのうは、日曜日の午後に行ってみたのですが、
オープンカフェすら営業していなかった。
東側に至っては最悪で、「札幌商工会議所」のビルがあるけれど、
時計台に向かって隣接しているのに、
駐車場の入り口になっているに過ぎない。
その隣には個性的な「北地蔵」というカフェがあったのだけれど、
それも廃業してしまって、まことに殺風景そのものになっています。
このような周辺環境では、少なくとも滞留的な要素、
賑わいの要素が感じられない。
まぁたぶん、これまでさまざまに取り組んできた結果ではあるのでしょうが、
このまま推移すると、ある日突然、
観光客が誰も来なくなってしまうのではないか。
端的に、「時計台の魅力の再設計」が必要なのではないでしょうか?
そもそも時計台の価値とはなんなのか、
最初に定義したような趣旨に沿って、
札幌の重要な観光資源の分析をして、
そこからどのような文化的資産を磨き上げていくのか、
そういった「戦略的見直し」が不可欠に求められているといえるでしょう。
残念ながら、現状を打開する発想は感じられない。
日々、空白が広がって行きつつあるように感じられてなりません。
惜しい、もったいない、という気持ちが強い。
Posted on 10月 15th, 2012 by replanmin
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きのうは娘が久しぶりの帰郷。
ということで、朝早くからそわそわとしていて、
札幌中央卸売市場に行って、食材の買い出しに。
この時期の北海道らしい食べ物と言えば、なんだろうか、
と頭を悩ませながら、たどり着いた先は、カニの売り場でしたね、やはり。
見ていると毛ガニ、ズワイカニ、花咲など、たくさんの種類が並べられている。
秋の初め頃、ってさて? ということでお店の人の情報頼りに。
結果、勧められたのはこのタラバガニであります。
4kgほどもあるという巨大さで、
「デパートだったら、3万円以上(笑)」というのが一般的値付けだとか。
いくらで購入できたかは、まぁマル秘ということで(笑)。
早起きは三文、以上の巨大なトクであったことは間違いありませんでした。
で、夕食で5人で食べた次第。
なんとか、カニ肉の一部を刮ぎだして冷蔵して、食べ尽くすことは出来ました。
まことに圧巻の食べ応え、超絶でありました。
確かにタラバガニは、脚の関節部分に注意して肉を取り出せば、
どんとした食べ応えは得られる。
わたしもそうは経験はなかったのですが、
1〜2回でコツがつかめて、「お、名人」という家人の声がするほどに。
家族の分も剥いてあげておりまして、
いっとき、家長たる自尊心を満足させられた次第、えへん。
ってまぁ、そんなに自慢することでもありませんね。
市場ではその他に、やや季節外れと思えた
「北海しまえび」もゲットできました。
こちらは、坊主の無上の大好物。
話に夢中になって、ちょっと目を離したスキに、
あれよあれよと、剝きガラが積み上がって行くではありませんか(笑)。
ということで、楽しい夕食が家族団らんで楽しめた幸せであります。
あんまり、内容がないブログで申し訳ありません。
明日以降、心を入れ替えて、内容満載を心がけますので、
本日のところはお許しください。ではでは。
Posted on 10月 14th, 2012 by replanmin
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ことしはなかなか遺跡探訪とか、歴史行脚ができない。
まぁ、立ち向かうべきいろいろな案件が多すぎて
時間が取れないというのが実態なのですが、
どうもこころの豊かさが、その蓄電量が不足してくるように感じる。
小さいときに、社会科というものとふれあったときに
感じた、あの豊穣感って、
いろんな人々の息づかいが伝わってくる、こころで満たされるものだった気がする。
確かに昔、こういうことを感じた人々がいて
そのひとたちの活動の結果、わたしたちの現在の社会が存在している、
というような思い。
そういう直接的な機縁とふれあう機会が、
やはり直接的な目的とした時間がなかなか確保されていかない不幸感。
どうもそのような時間を、辛く堪え忍んでいるような気がします。
歴史に関連する時空間に接すると、
そのとき、タイムスリップして、そこで生きてきたひとびとへの
想像力が全開してくる瞬間がある。
「こういうことのために、このひとたちの命があったんだ」と気付かされる瞬間。
そういう歴史時間でも同様に日常があり、
ひととして当たり前に過ごす時間がそこで展開もしている。
そういう尺度を持って、昔の時間経過の中のひとびとと対話している。
きっと、わたしの歴史好きは、そんな部分なのだと思っています。
ことしもカレンダーはどんどん無情に進んで行ってしまう。
少しでもこういう豊穣感を体験できるような時間を持ちたい、
そういう思いが、こころのなかでストレスになって来ている次第。
やはり人間、こころにもバランスが大切ですね。
Posted on 10月 13th, 2012 by replanmin
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カミさんの母親が入院している。
ちょっとしたきっかけでケガをして、その後、バイ菌が悪さをして
炎症を起こしたので、入院した。
しかし、年齢も重ねていま、86歳。
これを機会に、いろいろと病院でチェックしてくれているところ。
やはり年齢なりにいろいろなことが出てくる。
わたし自身も見舞ったりはするけれど、
しかし、カミさんはやはり娘として、
肉親、親の体の健康についてはごく自然に、その管理者的な立場に立っている。
付いていられる時間はなるべく近くにいてあげようとしている。
母親にとって見れば、やはり娘の言葉に最後は従う、ということになる。
頼もしいなと、わがカミさんながら思う。
父親が亡くなったときにも、やはりそう感じていたけれど、
そのときにはやはり連れ合いとしての母親が近侍していて、
そうはその存在は大きくはなかったように思う。
生きていれば、こういった役回りは必ずついて回る。
こういうときには、夫として、
カミさんが娘としての役割を果たすことをなるべくサポートしなければと思う。
そんなときもとき、
わが家の娘がこの週末、久しぶりに帰省する。
いまはまだ、父母として娘のことをあれこれと心配するのが役割だけれど、
やがてわが娘が、いまのカミさんのような役割を果たすこともあるのだ、
と考えが及ぶ。
今回は孫娘として、祖母を見舞うことになるだろうけれど、
カミさんは身をもって、娘としての役割と言うことを
自分の娘に伝えるようなことになるかも知れない。
親として、その本然の心の持ちようのようなものを子に伝えるということ。
伝えていく、ということにはたくさんのことがあると思うけれど、
こういうことが、ある大切な部分なのだと、つくづく思い至らされる。
一方で、わたしたち男性というのは
こういう部分では、あんまり役に立たないなぁと(笑)実感させられる。
わたしの父が死んだときのことを思い起こしても、
やはり母と、娘としての姉が
父親の本当の近くで、その死んでいく人間の近くに寄り添っていた。
息子たちはたくさんいても、大して役には立たない。
姉のことを、本当にすごい力を持っているのだと尊敬していた記憶がある。
ひとは、いくつもの役割をそのときに
坦々とこなしていけるように、こころを整えて準備していなければならない。
そんな思いを感じている昨今であります。
Posted on 10月 12th, 2012 by replanmin
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きのうは夕方、久しく行ったことがなかった北大の北側構内に。
住所で言うと、札幌市北区北21条西10丁目、ということなのですが、
そこは北大構内なので、道路がまずあるのかどうか、
そして道路があっても、通行可能なのかどうか(許可証みたいなのが必要なのか?)
さらには、それら条件をクリアして、その上で駐車場はあるのか?
というような数多くの不明点、不安点を抱えながら、出掛けてきました。
どうも歳を取ってくると、そのようなことに気が回るようになって、
慎重になってくると言うことなのでしょうか?
それとも単に、年寄りの心配症状が明確になってきたのでしょうか(笑)。
会合は中小企業家同友会の「産学連携」についての講演会。
北大の山本強というIT関係の先生による、「地域こそITのススメ」と題したお話。
たいへん素晴らしいお話でした・・・。
なんですが、前半はITの専門用語がどんどん飛び出してきて
その概念を追っているだけで、脳の運動限界を突破してしまって、
ほぼ、無反応状態に突入しておりました。
まぁ、簡単に言うと、大きな声では言えませんが、強烈な眠気(汗)・・・。
一生懸命に聞こうとして、前から2番目の席に座ったものですから、
・・・なかなかな、修行状態に突入。
先生は面白おかしくギャグも入れてお話しいただけたのですが、
こっちの知識レベルがどうにもついていけなかったのですね。
たいへん、お恥ずかしい状態で、必死に戦っていた次第。
しかしそうであればあるほど、先生の方からは目立っていたようで、
ときどき目線が合ってしまって、
「あんた、なにしに来ているの?」という痛いほどの視線を感じさせられる。
・・・いや、わたしの良心の呵責がそのように感じさせられているのですね。
まことにお恥ずかしい時間を過ごしておりました。
なんですが、
そういう講演の中、先生のひとことが胸に残りました。
「最近のひとからよく、これでいいですか?と聞かれるのです。
あれは、本当にダメですね。自己責任を予め放棄する宣言をしている。
自分の中には目的感がなく、責任回避だけがあるのですね・・・」
というお言葉。
さすが、見るひとはきちんと人を見ているのだなと気付かされました。
凡人であるわたしは、そういわれて、あ、そうなんだ、と驚かされた次第。
まぁ、このことは気にはなっていたけれど、もやもやとした認識だったのです。
先生からそのように言われて、そう感じているのは自分だけではなかったという思い。
ただ、このような反応が多くのひとに出てきているのには
たぶん、社会全体として、不都合なことはだれかを追求すればいいという
「集団的いじめ構造」がはびこり、充満していることを表していると思います。
そういう社会ヒステリーから自己防衛するには
簡単には、それを指摘する側になるのがいちばんいい、という認識も存在する。
責任回避と自己防衛から、新しい創造は生まれてくるのだろうか?
という教育者としての気付きがそこにあるのだと思いました。
まぁ、本来のITのほうは、あんまり理解できなかったで、
その代わり、ひとつは役に立つ収穫もあった、という
どうも、このブログも自己防衛的な色彩が感じられるなぁ・・・(笑)。
Posted on 10月 11th, 2012 by replanmin
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震災から1年半以上が経過しているけれど、
住宅再建の足取りがきわめてスローペースで推移している。
都市計画・地域計画レベルの問題で、具体的に防潮堤の高さをどうするか、というような事柄ですら、
国と県と、地域自治体の間で
意見がなかなか集約されない現実があって、
その起点の行く末をにらみながら、住宅再建を考えているひとでも
なかなか「利用地」のアテが確定できない。
上の写真は、先日伺った大槌町で見せていただいた町再生の土木の計画図。
まずは、防潮堤の高さが決定されて、
そこからはじめて地域利用計画が具体的に線引きできるようになる。
住宅や店舗を再建したいひとでも、その土地利用の用途地域が確定しなければ
具体的にプラン出来ない、というのが現実の姿なんですね。
1年半以上経過しているのにこういうのが実態であるという事実は、
いかに震災発生時の政治権力が無能なものだったかを
よく表現しているように思われて、残念でなりません。
住田町の町長さんは、「専決」という自治体の長に認められた手法まで活用して
「その非常時にやらねばならないこと」を、具体的に判断して、
権力を使って被災者向けの木造応急仮設住宅建設を、
国の同意もなしで、どんどんと推し進めた。
その後、国からはそうした動きが脱法的であり、仮設住宅の要件を満たしていない、
というように反動の動きが出たけれど、信念を持って政策を推し進めたのです。
そのような権限は、この国の法でももちろん準備されているハズです。
最高権力者としての深い洞察と覚悟があれば、そんな知恵は誰にでも湧いて出たはずです。
国家経営についての確固とした意志を持っていなかった市民運動家レベルの首相の下、
復旧復興は、決定的に立ち遅れ続けてきた。
信念なき統治による国家が被った災害は、いま、その本性を現している。
いまは、ただただ、残念だと思います。

しかし、過去を振り向いてもいられない。
そういう失敗を糧にして、前に向かっていくしかない。
山ほどの「既成の東京的管理体制の保持延命のための法的枠組み」を丹念に現場で処理しながら、
少しずつ、やらなければならないことに立ち向かって行くしかない。
復興計画、という骨太のテーマすら具体的な指針として明確ではないという
決定的不幸を背負って、時間の掛かる現実が進行している。
Posted on 10月 10th, 2012 by replanmin
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日本の住宅から姿を消しつつあるものに
「雨戸収納」があります。
アルミ製のものはいざ知らず、木製の雨戸はほとんど新築では見られない。
雨戸を開け閉めするという行為は、
家のメンテナンスを習慣づけるのに、たいへん有効だったと思うのですが、
ガラスの窓が普及するのに反比例していたのではないかと推測します。
考えてみると雨戸を必要とする家屋は、同時に壁のない柱だけの室内空間も持っていた。
長い縁側空間が容易に想定できる。
そういう空間であれば、雨戸をメンテナンスする動作場所も確保されている。
その終末端にあって、普段の雨戸格納に利用されたのが
この雨戸収納です。
たぶん、昔の日本家屋にあっては、必要不可欠な装備であったのでしょう。
写真は、先日の住田見学時に見たデザイン収納の様子。
このように見せられてしまえば、
確かに日本家屋において、面のデザインを必要とする
数少ない部位であることを知らされる。
しかしたぶん、他の壁面に比較してより「仮設」的な装置であり、
そこまでの配慮は普通一般には思い至らなかったに違いない。
縦縁で区切られた壁面の5分割された面を木張りの木目の変化で表装する。
さらにその上下部には用途としては濡れた雨戸の乾燥を狙って
欄間が作られ、まるで室内デザインと同様な透かし彫りで仕上げている。
この家は商家とも農家とも言えるような「旦那」様の家のようでしたが、
江戸期、まさに経済の主体であった、そういう層の富貴さを
物語っているかのようであります。
この家には蔵だけでも3棟あったのです。
それも、みんな豪壮な建物。
そういうなかでもこの雨戸収納、あまりにも立派で、家具とも見まごうばかり。
ひょっとすると、大工の仕事と言うよりも建具職人・家具職人の仕事かも。
いずれにせよ、木工技術や生活文化の積層の素晴らしさを垣間見せてくれるもの。
しばし感嘆の声を上げていた次第でした。
Posted on 10月 9th, 2012 by replanmin
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先日9月26日に岩手県の沿岸被災地、大槌町を訪問しました。
北海道のアース21という住宅の工務店団体で軽トラックを支援として
お送りしたことへの感謝の意味から町長さんに面談した次第。
ほんとうにお忙しいなか、時間を取っていただいて恐縮してしまいました。
面談の実現には、協力メンバーである東北電力さんの尽力もありました。
深く感謝したいと思います。
軽トラックの寄贈は、岩手県北上市在住のメンバーが希望を聞き取ってくれて
実現したもので、人だけでなく物資の配送に小回りの利く軽トラックは
大変役立っていますと感謝されました。
メンバーの善意がうまく活かして使われ、たいへんうれしく思いました。
やはり必要なものをタイムリーに支援するということが重要。

大槌町では、以前の人口の15000人に対して
2000戸の仮設住宅が建てられているそうです。
人口減少はハッキリとしていて、
復興計画の方向性も、その将来展望を見据えながらのものになるわけで、
時間が掛かるのは、ある意味でやむを得ないのかも知れませんね。
しかし、国の制度がこの緊急時に「厳密に」運用されなければならないかどうかは
たいへん多くの疑問を感じざるを得ませんでした。
法律の条文は、明治以来、複雑化しながら
その時々で、よりよいと思われる方向で作られ続けてきたわけですが、
そうした法の厳密運用が、それこそ町職員の過半が亡くなったような
地域自治体に対して要請される、というのは、
誤解を怖れずに言えば、やや理不尽とまで思わされます。
マスメディアでは日々、そのような方向での世論づくりが行われるわけですが、
そのような日本社会の現状が、復興の大きな妨げになっているのは事実。

しかし、町の庁舎も旧小学校の建物をリニューアルして整備され、
また、職員のみなさんも全国の自治体からの応援スタッフを含めて
活発に活動されています。
見通しがなかなか見えにくい現状のなかですが、
町長さんはじめ、みなさん強い使命感を持って立ち向かっている様子が
ひしひしと伝わってきて、感動いたしました。
結局、ひとりひとりの強い思いが町の再生の基本エネルギーなのですね。
この模様の詳細については、近々発行する刊行物で発表していきたいと思っています。
Posted on 10月 8th, 2012 by replanmin
Filed under: 住宅取材&ウラ話 | No Comments »